キスフェイ、ビリに嗅がせバレ「DJ、もしかしてキースパイセンと付き合ってる?」
お喋りしながらだったからちびちび飲んでいて助かった。思わぬ衝撃に少し吐き出してしまった口端から垂れ落ちるココアを慌てて拭い、すぐに何事もなかったかのように体裁を取り繕う。
「えーと……何?」
「だぁから、付き合ってるのかなって」
「誰と?」
「キースパイセン」
「……ありえないでしょ」
あり得るんだよねこれが、って表情が顔に出ていなければいいけど。自慢じゃないが、ポーカーフェイスに関しては自信がある。それがビリー相手に通じるかと言われると少し精度は落ちるけど。ただでさえ最近は我ながら牙が抜かれたなぁと感じることが多いのに。
「この頃DJからタバコとかお酒の匂いがするんだよネ」
「そりゃあキースとは同じ部屋だし、ディノやおチビちゃんからもするんじゃない?」
何だそんなことか、と安堵する。ただの言いがかりか、それとも気まぐれにカマをかけてきただけなのか。どちらにしろ相手にしない方がいいと素知らぬ顔で再びココアに口をつけた。
「ノンノン、それぐらいじゃDJほどは付かないヨ。こないだジェイたちとみんなで飲みに行ったデショ? その時にオイラにも付くかな〜って思ってたんだけど、全然そんなことなかったし」
ビリーはどれぐらい前から疑っていたんだろう。少なくとも一週間二週間どころの話じゃない。そんな前から自然に振る舞えていただろうかと不安になった。
「俺はほら、よくキースがお酒飲むのに付き合わされてるから」
だから人よりも匂いが移りやすくても不自然じゃない。さぁこれで納得するでしょと思ったのも束の間、目の前にはゴーグルの奥でもわかるほどのにんまり顔があった。
「DJ、前にお酒が足りなくなったって買いに部屋の外に出たでショ。その時オイラとすれ違ったよネ?」
「……何が言いたいの」
結構前のことで記憶は朧げだったけど、変なところはなかったはずだ。その時は確かまだ、何もしていなかった。したのは、その後。
「その時のDJは今ほどの匂いはさせてなかったヨ」
決定打にするにはまだ甘い意見を聞いてこのまま誤魔化そうと思ったけど、今後ビリーに警戒して匂いに気をつけ続ける労力を考えると面倒くささの方が勝ってしまった。もういっそのこと、曖昧にしてしまえ。
「はぁ……ま、どう思っててもいいけどね」
「ちなみに今日のキースパイセンからはDJが昨日買ってきた限定ショコラの香りがしマース!」
モチロン、ノースのあの店のだよ〜なんて昨日の俺の行動まで把握して、ちゃっかり決定打を打ってきたビリーに心の中でこっそり白旗を上げる。ちゃんと用意してるんじゃん、情報屋は規模縮小してるんじゃなかったのとなじりたくなった。
「キースに一口あげたからじゃない?」
「キースパイセンは確か甘いものは〜、」
「嫌いだけど、何故か昨日は欲しがったんだよね」
「あれれ〜おっかしいなぁ、キースパイセンの口は頭にあるのかナ?」
「どういうこと?」
何かの謎かけかと思ったけどどうやら違うらしく、ビリーが立てた人差し指をくるくると回しながらご機嫌に答えてくれた。
「キースパイセン、髪の毛にショコラついてたよ」
「うわ……」
事情を知ってても普通に引いてしまったのは悪くないだろう。気づいてやれなかった自分も悪いけど、いくらキースの鳥の巣みたいな頭とはいえすぐそばで匂いがしてて気づかないものだろうか。しかも自分の嫌いな甘い匂い。
それに気づかないぐらい相手の好きなものの匂いが当たり前になってるなんて、どうかしてる。お互いに。
そう思って鼻をすんと啜ってみても、自分にこびりついたキースの匂いなんて既にわからなかった。だめだ、気が緩みきっている。
「ショコラを頭に敷いて何してたのカナ〜?」
「さぁ、酔っ払って寝ちゃってたんじゃない?」
正しくはキースのベッドで俺と一緒に、だけど。持ってた箱からこぼれたショコラなんて、手を引かれて引き寄せられた時点でもう気にならなくなっていたんだからしょうがない。
「キースに、早くシャワー浴びるように言っとくよ」
ビリーはもう確信してるだろうから正解は言わない。情報の重要さを知ってるからこそ不用意に広めたりはしないだろうし、このまま放っておくのが一番だ。もしかしたらビリーが知ってて良いこともあるかもしれないし。いざという時は助けてもらおう。そう前向きに考える。
ビリーも野暮だと思ったのか、いつも通りこれ以上追い縋ってはこなかった。ベスティと書いて、都合のいい関係。自分たちにぴったりだ。
「そうした方がいいよ、怒られる前にネ」
その時、遠くからメンターリーダーの怒鳴り声と情けない俺の恋人の声がタイミングよく響いたので、助言の意味なかったねとふたりで笑いあった。