兄に逐一弟との報告をしないといけなくなった話「それで、昨日はフェイスとどんな風に致したんだ」
それなりに一緒に死線をくぐり抜けてきたはずの同期はそう言いながら、お役所窓口かと見まがうばかりの表情をしていた。
「……昨日はヤッてねぇ」
確かに兄であるブラッドにフェイスと関係を持っていることがバレたからには多少なりとも報告の義務があるだろうことは覚悟していた。
だからといって逐一デートはどういう内容だとか夜はどういう風に致しているのかあいつを満足させてやっているのかなどプライベートなことを事細かく報告しろなんて、そんな馬鹿げたことがあっていいのだろうか。
「嘘をつくな。本日のパトロール中にフェイスがだるそうにしていたばかりか数回よろめいていたとの報告が上がっている」
「っていうかだるそうにしてるのはいつもだろ。どこ情報だよ」
「どこだっていいだろう」
きっとオスカーだろう。見られたら報告されるからと最近は避けるようにしているが、どこかで見られていたらしい。全く、油断も隙もない。
「ルーキーの体調を気にかけるのもメンターリーダーの仕事だ」
いつもと変わらぬ能面、しかしこの冷ややかな顔の裏に潜むこいつの感情は以前とはまるで違っていた。
最近、過去から小さい頃のフェイスが現れるという不思議な事件があったのだ。それをきっかけに、ほんの少しだけ弟とのわだかまりがなくなったらしい。それが嬉しかったのか余程オレ達の関係が気になっていたのか、好都合とばかりにフェイスの様子を聞いてくるようになったのだ。それも、ちょっとどころじゃないしつこさで。
今まで我慢していた分、オレへの無茶な要求は日に日に増すばかりだった。
「今まであいつの踏み込んだことなんか聞いてこなかったくせに」
「何か言ったか?」
「いいや、何でも」
普通にフェイスの様子を教えるだけならば面倒だがまぁいい。問題は、オレとのことまで聞かれるばかりか、下手をすると常に監視されているようなこの状況だ。
ディノに付き合いを指摘された場にたまたまこいつが居合わせたのが運の尽き。その場では付き合っているということだけバレてしまったのが、後日付き合うのはいいが身体の関係は慎重に結べと言われ、そんなもんとっくに済んでるなどと余計なことをぽろっと口走ってしまったのだ。
だってまさか、清い交際をしていると思われているとは。フェイスのあの顔で。
いやこの際顔は関係ないとして、兄ゆえの願望が交じるとそういう思考になるのだろうか。あの夜遊び上手相手なのに。
そこまで考えてフェイスに、男はキースが初めてだよと少し恥ずかしそうに言われたことを思い出した。ついでにその顔にムラついて、散々色々奉仕させたことも。
どう考えても一番のクソ野郎はオレだ。ブラッドが心配になるのも頷ける。
「怠惰な様子はいつものことだとして、フェイスがふらつくのは昨晩の貴様の行いのせいだろう」
「だーから、昨日はヤッてねーって……」
「ふたりして帰るのが遅かったと聞くが」
「誰から聞いてんだよ」
「ちなみに昨夜は三度目のナイトプールイベントの日だったな」
「全部お見通しかよ……」
さすがメンターリーダー様は以前ヒーローとして関わった仕事のその後も把握しているらしい。それともただ単にフェイスの行動を把握しているだけなのか。それも十分怖いが。
「イベントはフェイスに誘われたのか? それとも酒が飲めると貴様が嗅ぎつけたのか」
「別に、行ったのはただの気まぐれだよ」
以前フェイスのレポートの一環として、事故で被害のあったホテルでナイトプールを企画し、フェイス自身が盛り上げて事業を手伝うという人助けを行ったことがあった。好評だったので是非次もと周りに求められ、二回目はディノにせがまれてブラッドと三人で繰り出した。昨晩でちょうど三度目だったのだ。
初めは既に二回も行ったし行くつもりなんかなかったが、色々あって成り行きで同行することになった。酒が飲めたしいいモンも見られたしで結果的に満足のいくものだったが。
「またイベントがあるからとフェイスから誘われたわけじゃなかったのか」
その言葉に滲む感情を敏感に感じとる。人を羨むことのないらしいこいつにすれば無意識かもしれないが、これはきっと嫉妬だ。
「なんだぁお兄ちゃん。弟に誘われたかったのか?」
「別に、そういうわけじゃない」
「またまたぁ、弟が一生懸命皿まわしてる姿を見たかったんだろ?」
「……」
無言で睨まれる。これ以上からかうと後が怖いからこの辺で手を引くことにした。
「俺はただ単に、フェイスの紡ぐ音楽をまた日常的に味わいたかったかっただけだ」
ぽつりとこぼされた本音に流石に申し訳なくなってしまった。当のオレはといえばフェイスの音楽を楽しむどころか、酒を飲みながらあいつの痴態を楽しんでいたからだ。皿を回し終わった後なんか、雪崩れるように連れ込んだシャワー室でめちゃくちゃ盛り上がってしまった。サカってたのはお互いにだから、これは決してオレひとりのせいじゃないだろうが。
「まぁ、オレは音楽のことはよくわかんねぇけど、昨日もよくやってたと思うぜ」
「そうか」
流石に公共の場であるナイトプールでお前の弟とセックスしてましたなどとは言えないので、話を逸らすように当たり障りのない良さげなことを言っておく。
「時にキース、通販でいかがわしい玩具を買ったな?」
「いっ……!?」
なんの天罰か、いきなりデッドボールが来た。酒を口に含んでいたら吹き出していたところだろう。まともに受け身も取れず、言葉の出てこない口をぱくぱくと動かすことしかできない。
「貴様宛ての荷物などほぼ酒しかないのに、急に軽量のものがくれば怪しいに決まってるだろう」
「お前それ、いちいちチェックしてんの?」
「届いた荷物が怪しければすぐ伝えるようにとジャックに頼んである。ちなみに中身はスキャン済みだ」
「このタワーにはプライバシーはないのかよ」
「もちろん危険物以外にはこういう処置はしない。貴様の荷物だからだ」
「どうせならディノの無駄な通販を検知してくれぇ……」
正直、荷物を見られるぐらい気にもしないが、今回はそれを使う相手が悪かった。事情を知ってるディノに頼んで貰えばよかったかと一瞬思ったが、自分も指導しているメンティーに使ういかがわしいオモチャなんて流石に注文したくないだろう。
オレも自分の性癖を昔なじみに知られたくない。前立腺を内からも外からも刺激するオモチャなんてすごいな、などと真顔で感心された日には死にたくなることだろう。
「ところで、前立腺を内からも外からも刺激する玩具というのはどういうものなんだ」
もうひとりの昔なじみには思いっきりバレていた。
「……何のことだ~?」
「とぼけるな。スキャンしたものが何に分類されるものなのかわからず調べた」
「知ってて言わせようとしてるのか? 悪趣味だな」
「箱の説明を読んでも医療用素材だとか前立腺マッサージなどと書かれていたから最初は医療器具だと思ったんだ。心配になって調べた俺が馬鹿だった」
どうやらいらない心配をかけていたらしい。でも危険物でもない、人に届いた荷物の細部までスキャンするのはこれを機に反省して欲しいところだ。
「性産業の商品だということまではわかった。そしてそれをフェイスに使おうとしていることも」
「……言いがかりだろ」
「では貴様が使うのか?」
「冗談っーーいや、使ーーわねーわ……」
誤魔化そうにもどちらに転んだとしてもまずいことになると悟ったので適当に濁す形になったが、こいつにはバレバレだろう。
「そんなつもりであいつを貴様に預けたわけじゃなかったのに、まさかこんなことになるなんてな」
ため息ひとつにも疲れが滲み出ている。仕事のしすぎなのかもしれない、と自分のかけている心労のことは棚に上げて考えた。
「オレだってこんなつもりじゃなかったよ。決まった相手なんざ作るつもりなんて、さらさらなかったからな」
ましてやガキひとりに本気になるなんて、思ってもみなかった。過去のオレが知ったらさぞかし笑うことだろう。
「しかし、あいつも貴様のような男のどこがいいんだろうな」
「うぉいっ! 一応お前のトモダチだからな?」
「冗談だ」
こいつにしては珍しく柔らかな表情をしているが、弟を思う兄としてはさっきのはあながち冗談とは言い切れないだろう。オレがこいつの友人でなければどこの馬の骨だと怒鳴られて追いかけ回されてそうだ。
「正直兄としては複雑だが、あいつの選択を信じよう」
「そうしてやってくれ」
いい感じに認めてもらったところでそそくさと立ち去ろうとする。廊下でばったり会って話し込んでしまったが、早く部屋に帰って酒を入れたい。
「ところで、その通販で買った玩具とやらの使用報告がまだだが」
「えっ」
「無茶をして身体に負担をかけているからパトロール中に立ちくらみがするんだろう。未成年の適切な射精回数を心がけろ」
「未成年の適切な射精回数ってなんだ!?」
「貴様も通ってきた道なのだから感覚的にわかるだろう。何事もやりすぎはよくないということだ」
「いや全然わからねー……」
「まぁいい。ちょうど仕事もひと段落したし報告は俺の部屋で聞こう」
この不毛な尋問はまだまだ続くようだ。
これも弟を友人に取られた兄の憂さ晴らしとして根気よく付き合うべきか、それとも逃げ続けるべきか。
この場合、考えるまでもなく自らの部屋へとダッシュしていたオレを責める奴なんてそうそういないだろう。そう思いたい。