こいつとデキたらおしまいだ「はぁ……っ」
なのになんでまた今、こんなことになってるんだ?
「……っ」
同じ方向を向いて極力顔を合わせないように、見ないように。後ろから抱きつくようにしながらフェイスのゆるく勃ち上がったものをしごいている。
「……」
この行為が始まってからはフェイスがたまに吐息を漏らすぐらいでお互いに無言だった。オレは今回クスリを飲んでいないが、フェイスはこの間と同じ状態なのに。
そう、フェイスは何を考えたかまたもやハート柄の小瓶を飲んだのだ。
みんなが寝静まった後ひとりで晩酌していると、連日続くピザがよっぽど嫌だったのか珍しく夜中まで出掛けていたらしいフェイスが寂しそうだから付き合ってあげる、と無理矢理参加してきたのだ。お互いにそんな素振りもなかったから無視していつも通り飲んでそろそろ寝るか、と腰を上げかけたところでねぇキース、と話しかけられた。手には例の小瓶が握られていた。
フェイスのグラスの中に逆さまに落ちていく液体の量は、この間よりも少なかった気がした。
「……っ、……」
しごいてやっている左腕をぎゅっと掴まれる。無意識だったのか我に返ったように力は弱まるが、掴まれた腕はそのままだった。右手を使えればよかったが、さすがに友人の部屋を向いてこういう行為をする気にはなれなかった。お互い顔とブツを見ながらやりたくないっていうのもあった。万が一を考えて布団で隠しているが、見えないながらも衣擦れや肌を擦る音は聞こえるので余計に気になってしまう。
「オレの手がそんなにお気に召したのか?」
居た堪れない空気はいつものような軽口で吹き飛ばすに限る。こう言うとお前は否定するしかなくなるから。しかし返ってきた言葉は肯定ともとれるものだった。
「前に言ったでしょ? 安心するって。それの延長」
確かオレの匂いが、とか抱き枕にすると、とか言っていたような気がする。いくら安心するからってメンターにシコらせるメンティーがどこにいるんだ。それともこれも添い寝の一種だというのか。安心感を得られて、よく眠れて、女とは違って後腐れなく性欲も解消できる。
「お前にとってのオレってただの便利屋?」
「アハ」
「いや笑い事じゃねーよ」
ムカついてちょっと強めに扱くと、それに連動するように掴まれた腕に力が込められた。
「何でまたクスリ飲んだんだよ」
少し切り込んだ質問に聞くかどうか迷ったことすら馬鹿らしいほどフェイスはあっけらかんと答えてくれた。
「俺が追い込まれてないとキースはやってくれないでしょ」
オレをそんなに優しい奴だと思ってるならとんだ見込みちがいだ。
「次飲んでももうやらねーぞ」
「じゃあ誰か他の人探さなきゃ」
「そうしろ」
何も考えずに反射で答えて、何かおかしな言葉が聞こえた気がする。
「男の人ってどう誘えばいいの。女の子と一緒で大丈夫かな」
どうやら街で調達するつもりらしい。まて待てマテ。
「……危ない奴は止めろよ。後で脅してくる奴とか、本気にする奴とか」
「大丈夫じゃない?」
さすが、いつか刺されるんじゃないかっていう女の扱いをしてきただけはある男の発言だ。上手くやると言っても女と男は違うんだし、限度がある。
「とにかく、後でオレらに迷惑かかるようなのだけはやめろよ」
ただでさえフェイスのカノジョとかファンには変な奴が多いのに。大概はそれを見て笑っていられるが、たまにこっちに飛び火してくるから困る。
「一緒に寝て心地いい男の人を今から見つけるのも骨が折れそうだし、タワーの人間なんて論外だもんね。唯一引き受けてくれそうなディノとかオスカーじゃアレの耳に入るだろうし、おチビちゃんだと初心すぎてちゃんとした形に辿り着くまであと何年かかるのって感じだしね」
アレ、とはフェイスのこわ〜いアレのことだろう。このことが耳に入りでもしたら監督不行き届きできっとオレが殺される。というよりもディノやオスカーにやらせるつもりがあったのだろうか。そんな関係になるのだとしたら絶対に関わり合いたくない。
「消去法で行くと、キースしかいないんだよね」
「消去法かよ」
「後腐れなさそうなのってキースぐらいでしょ」
「お前オレのことを何だと思ってんだ」
「だって本当のことでしょ」
「まぁ……」
もっとまともな理由はないのかと思ったけど、オレほど外にアクションを起こさない人間はこいつの周りにはいなさそうだ。今までよっぽどいいことも悪いことも周りに言われてここまできたんだろう。周りが関わらずにいられないっていうのは単純に才能だと思うが、承認欲求があるどころか何に対しても欲のなさそうなこいつを見てると大変そうだなとしか思わない。
現に今、オレも構っちまっている。これは向こうからちょっかいをかけてきた結果だから、他の奴とは一緒にしないでほしい。
「はぁ……さっさと出してもう寝ろ」
やりたくないことはさっさと終わらせるに限る。これは牛の乳搾り、もしくは患者の介護。作業のようなものだと思えばなんてことはない。
「ちょ、雑に扱わないで」
「お姫さまのように扱ってほしいならそういう店行け」
「そんな店があるの?」
「知らねぇ」
「あっ……もう!」
怒ったような口調とは裏腹に、どんどんとそこは芯を持っていく。
「ぁ、あ……っ」
「怒るのか感じるのかどっちかにしろよ」
ぴくぴく動く身体を可笑しく思いながらも作業を進める。この間ほどじゃないが、身体もアソコも熱いのにここに来るまでよく無駄話ができていたなと変なところで感心した。
「機械的にしないでよぉ……ゆっくり、触るだけでいいから……」
「それじゃいつまでたってもお前イかないだろ」
「別に、イキたいわけじゃないし……」
じゃあオレにこんな所を触らせている理由は何だ。わけが分からなかったので分からないなりにとりあえず状況を終わらせるためにイかせる動きを早めた。
「もっ……だめだって!」
動かしていた左手を掴んで動きを阻止されたので、脇腹の隙間に突っ込んだ右手で作業を引き継いだ。
「あっ…… ダメダメだめだめ……!」
引き止める腕の動きと静止の声に比例するように、裏筋から先端にかけて絞り出すような動きを早める。暴れるこいつは家畜、今からしぼり出そうとしているのは乳。
「だめだって……ばっ……!」
「オラっ、イけ!」
「……っ、……っっ!」
びくびくと滑稽に痙攣するフェイスのものから出ているであろう乳、もとい液体を手で受けとめながらムキになって荒くなった息を整えていると、断続的に前屈みになっていたフェイスの尻が不意にオレの股間に掠った。
「……っ」
弾かれたように腰を引く。そこでやっと気づいた、自分が少し勃起していることに。
全力疾走した後のように息を整えることに必死なフェイスは多分まだ気づいていない。だけどさっさと精液のついた手ごと離れないとバレるのも時間の問題だろう。
「ティッシュ取ってくれねぇ?」
とりあえず精液まみれの手をどうにかしないと自由に動けない。イッたばかりのフェイスは緩慢な動きで片手を伸ばし、床にあるティッシュを何枚か引き抜いて自分の股間あたりにあるオレの手にティッシュを握らせる。
「はい」
「サンキュ……」
腕をフェイスのわき腹から引き抜き、手早く液体だけ拭う。あぐらのかいた状態で膨らみかけの下半身を目立たなくするのが難しい。掛け布団で隠そうと思ったが、フェイスがかぶったまま脱力しているので下手に動けない。どうかこちらを向かずにそのまま伸びててくれますように。
「イったんなら自分とこで寝ろ」
あまりにもバレたくなくて不自然に突き放すようなことを言ってしまった。案の定フェイスに文句を言われる。
「俺だけイったから拗ねてるの?」
「何でだよ」
「キースもしたげようか」
「いらん」
いつの間にかすっかり身なりを整えていたらしいフェイスが布団から這い出て来てベッドの上で向き合うことになる。下半身も今はだいぶ落ち着いているから多分バレないだろう。
「俺が部屋に戻ったらさ」
フェイスがオレを指さす。その指がくいっと下を向いた。
「ソレ、ひとりでどうにかするの?」
「はあっ?」
「俺にやってる時からずっと勃ってるよね?」
お尻に当たってたから、なんて今までのオレの足掻きは無駄だと言わんばかりに追い打ちをかけてくる。
確かにメンターとして、メンティーのフェイスに愛着が湧いてないと言えば嘘になる。酒も飲めるようになったしオレと一緒に寝たいなんて言ってきて案外子供っぽいところもあるなとか正直可愛く思うことだってある。そうじゃなきゃここまでやってない。シーツに無造作に丸めて捨てられたティッシュがその証拠だろう。
だからその守るべき存在であるメンティーに欲情したわけでは決してない。ただ少し、声がエロいなとか顔がエロいなと思うだけであってそんなつもりは毛頭ない。疲れてたからという理由のほうがまだわかる。
「雰囲気に当てられちゃったのかな」
「そうそれだ」
「アハ、キースもまだまだ若いね?」
からかいを含んでいる筈なのに花が咲いたような微笑み。それを見て何故か今、バーで年若い女がオレよりもっと年老いたオジサンをその気にさせて金を騙し取っている光景を思い出していた。含みがなさそうだからこその、見え見えの餌。
「ねぇ、どうする?」
「何が……」
長年の勘か、フェイスにこれ以上深入りするなと危険信号が出ている。
「やったげようか」
「……っ、やめろ!」
伸ばされた手を反射的に払ってしまう。冗談か本気かの判断すらせず動いてしまったことをすぐに後悔した。冗談だったらひとりで焦ってすげぇカッコ悪い。こんなもの、今後の恰好の揶揄いネタになるだろう。
急に声を荒げたからかフェイスは手を叩かれたままの恰好から動かない。
「あー……」
何を言えばいいのか考えあぐねていると、ちょっとむっとしたような顔でベッドから立ち上がった。
「フェイス、戻るのか?」
返事はない。そのかわりにちらりとこちらを一瞥してから、あんなにも渋っていたのが嘘だったかのように大人しく部屋を出て行った。
「やっ……ちまった」
身体を支えていられなくて横倒しになってシーツに沈み込む。
咄嗟に怖くなって手を振り払ってしまった。フェイスからすれば少しいたずらを仕掛けただけだったんだろう。頭ではそう分かっていたのに。ただでさえ一緒に寝たりオナニーを手伝ったりとおかしな状況になっているというのに、もし万が一間違いがあったりなんかしたらおしまいだ。
相互でオナニーをする行為を表す言葉なんてセックスしか知らない。あの誰からも視線を集めすぎるフェイス・ビームスとセックスフレンドだなんて、ヒーローどころか人生が終わる気がした。