とある二人の文通事情 鬼を連れた少年を蝶屋敷で預かって一週間が過ぎた。痛みに耐える側からすればもう一週間という感覚だろうが、治療する側からすればまだたったの一週間である。
少年の名は竈門炭治郎。顔面及び腕・足に多数の切創と擦過傷あり。全身の筋肉痛は放っておくとしても、肉離れと下顎打撲の治癒には相応の時間を要するだろう。機能回復訓練に入るまでに二ヶ月半は掛かるというのが、鬼殺隊専門医でもある胡蝶しのぶの見立てだ。
かなりの大怪我である事には違いないが、相手は下弦の伍だったのだから継子でもないのに五体満足で生き残れた事自体が僥倖。後遺症が出るかもしれない完全に蜘蛛化してしまった隊士達に比べれば、遥かにマシな状況と言える。それに炭治郎に処方している薬は、蜘蛛になりかけてしまった少年が飲む薬ほど苦いわけでもない。あとは七十五日間ほど安静にして、ただただ痛みを耐え抜くのみだ。
患者達の治療を任せている神崎アオイから受け取った数十名分の診療録を読み終え、しのぶは最後に目を通した炭治郎の診療録を指先で叩く。その脳裏に浮かぶのは素直な少年の笑顔ではなく、その兄弟子のぶっきらぼうな顔だ。
「……どうしましょうかねぇ」
冨岡義勇。しのぶよりも先に水柱となっていたその男は、とにかく口数が少なく無表情で何を考えているのか掴みにくい。だが、しのぶは冨岡義勇という男が本当は優しい人間である事を知っている。最近は二人で任務にあたる機会が増えており、そうした面を垣間見る事もあるのだ。
その冨岡が己の命まで懸けて助けたのが、炭治郎とその妹の禰豆子だった。己の師である元水柱まで巻き込んで、彼にとってもまた憎き仇であるはずの鬼となった少女の命を救おうとした。炭治郎は水柱の継子というわけではないので、別に報告の義務は発生しない。しかし、しのぶは冨岡が今この瞬間も竈門兄妹の事を気にしているような気がしてならなかった。
「一応、冨岡さんにはお知らせしておきましょうかねぇ」
しのぶは筆を取って少年の近況を書き綴る。怪我の具合だけでは事務的なので、同室の仲間と楽しげに会話していた様子も書き記した。
「これを水柱の冨岡さんに」
炭治郎の事を書き綴った手紙を託し、しのぶは橙色に染まる空へと飛び立つ鎹鴉の姿を見送った。もうすぐ日が暮れる。そろそろまた警備に出なければならない。
「……あなたまで運び込まれないでくださいね」
あっという間に見えなくなった鎹鴉が消えて行った方向を見つめ、しのぶはぽろりとそんな言葉を零す。夕焼けに染まる空に心外だと言わんばかりに目を丸くする男の顔が浮かんで見えた気がした。