ネタでしかない「…ごめんなさい」
そう言って泣きそうな顔をした小エビちゃんは何かを堪えるように自分の腕をギュッと握り締めていた。ゆらゆらと瞳を揺らしている小エビちゃんに深く聞くことがどうしても出来ずオレは小さく「そっか…」と言って背中を向けた。
ゆっくりと去っていくフロイド先輩の背中をジッと見つめる。ギュッと握りしめた腕からザラリとした感触が伝わり、ギュッと唇を噛み締めた。
どうして、今日だったのだろう。もっと遅ければ、こんなに苦しくなかったのに。
ほろりと一滴、涙が流れた。頬を伝う涙を拭うとザラリとした感触に絶望する。
「……もう、時間が無い」
私がここ、NRCに来る少し前、私の住んでいた世界で起きた『塩害』それは、人間が塩に変わる怪現象。日本全土で始まったそれは、関東圏の人口を三分の一まで減らし、人々の生活を破壊した。
原因も、予防法もわからない。明日は我が身かもしれない。その恐怖と隣り合わせの生活が始まったのだ。たまたま私はその日体調を崩していて家で寝ていた。両親は…その日から帰ってこなかった。
一人で配給で食いつなぎ、何とか生きていたある日、馬の嘶きと同時に意識を失い…私はこの世界に居たのだ。
「…行かなきゃ」
身体が徐々に塩に変化していく。このまま学園内に居たら塩の石像になった私を見られてしまう。それは、それだけは避けなくてはいけない。
この世界に来た当初に学園長には『塩害』の話をしておいた。私はブレザーのポケットから支給されたスマホを取り出して電話を掛ける。11コールで出た相手は学園長。
「学園長、時が来ました…後のことを頼みます」
端的に伝えると学園長の返事も待たずに通話を切ると背中側に建つオンボロ寮を見上げる。相棒で親分なグリムはハーツラビュル寮にお泊りの日で、都合が良かった。
「…ありがとう、さようなら」
今まで住まわせてくれた感謝を込めて頭を下げる。サラサラと微かに塩の結晶が零れ落ち、時間が無いと悟る。動けるうちに姿を隠さないといけない。どこに行こう。
そう考えた私の脳裏に遠ざかるフロイド先輩の後ろ姿が過ぎった。そうだ、せめて…海に溶けよう。塩の塊になったとしても、海に溶けることが出来たら…いつか海に帰る先輩の傍に居られるかもしれない。
着の身着のまま、私は島の麓の海岸を目指すことにした。スマホをポケットにしまって歩き出す。髪の先から微かに塩の結晶を踊らせながら。
◇
夕方の海岸には人の姿は無かった。そのことにホッとしながら波打ち際に近付く。遠い水平線に太陽がゆっくりと落ちていく。きっと、あの太陽が沈む頃には、私は塩の塊になっているだろう。