🟢新刊サンプル🟢 はるか上空を雲が流れていく。あそこまでどれくらいあるだろう、と地に足をつけたままでイツキは思った。隣にネイティオが同じようにして立っている。一緒に空を見ているが、自分と同じ事を考えているかまではわからない。
パシオの高山帯の奥地、ほとんど人の来ることの無い場所で、しばらく瞑想や修行をしていたが、そろそろ切り上げて戻ろうかと思い始めた頃だった。野生のポケモンもいないパシオでは、あとは人が入らなければ他に何者の気配もなく、集中出来るのでイツキはこの場所がすぐにお気に入りになった。
「そろそろ戻ろうか」
「トゥー」
飛び跳ねるようにふわりと浮いては着地を繰り返すイツキに、ネイティオは飛びながらついてゆく。まだ飛べなかったネイティの頃、ぴょんぴょんと飛ぶ横で、イツキがこうやってくれたのが面白くて楽しくて、今でも時折こうしている。
ふと気配を感じてイツキの足が止まる。少し先の茂みの陰に、何かがいるようだ。ネイティオも気付いたのか、その場で静止する。警戒しているのかわずかに目つきが鋭くなる。
ゆっくりと近付くと、陰から何かが飛び出した。
「……ポケモン?」
出て来たのは一匹のシンボラーだった。宙にふわふわと浮きながらこちらを見ている。警戒しているようだが、すぐに攻撃してくる様子はない。
軽く周囲を探るが、他に誰かがいる気配は感じられない。パシオに野生のポケモンはいないはずだから、トレーナーとはぐれたのだろうか。それとも飛んでいる間にうっかり迷い込んだのか。
「どうしたんだい?迷子?」
なるべく穏やかに声をかけながら、ゆっくりと近付く。と、その瞬間。
「シャーッ!」
ネイティオが突然イツキの前に飛び出して、シンボラーに向かって威嚇のポーズをとる。姿勢を低くして翼と頭部の羽を上げ、片足の爪を地面に打ち付ける。
「待って、ネイティオ」
これまで見たことの無い相棒の姿と声に驚きながら慌てて止めに入る。シンボラーもネイティオに対して多少牽制するように翼を振るが、イツキがネイティオをボールに入れるとおとなしくなった。
改めてよく見る。とりあえず大きなケガなどはなさそうだ。
「大丈夫だよ、おいで」
低めの声でゆっくりと話しかけながら、テレパシーで敵意の無いことを伝える。うまく伝わったかどうかは分からないが、それでもこちらへ近付いてきた。手を差し伸べて翼の先に触れる。
まずはポケモンセンターではぐれたトレーナーがいないかどうか聞いてみようかと思いながら、中心地へとテレポートする。
シンオウ地方――
「ご協力ありがとうございました」
警察官がトラックに乗り込み、走り去るのを見送るゴヨウの姿があった。
エスパータイプのポケモンばかりを専門に狙うという密猟者集団の倉庫から、捕えられたポケモン達と対侵入者用のトラップを作動させるためのポケモン達を保護する、という警察に、エスパータイプのエキスパートとして協力したところだった。
幸か不幸か、捕えられたポケモン達は、「商品価値」を高めるために全て元の生息地情報が記録されていた。そのため、それぞれ元いた場所に帰す事が出来そうだったが、トラップ用のポケモンについては保護施設で預かるという形になるらしい。出来ることなら全て故郷へと思ったのだが。
トラップがあった代わりに、倉庫は無人だった。肝心の密猟者達はまだ誰一人として捕まっていない。既に警察の手が入った場所は捨てて逃げるか、報復に出るか。中には既に誰かの手持ちだったと思われるポケモンも混じっていたし、これはしばらく自分でも用心しなくてはならない、とゴヨウは思った。