Happy Halloweenかぼちゃとおばけのアイシングクッキー。
ころりとしたキャラメル。
きらきらの包装紙に包まれたキャンディー。
女の子の夢を詰め込んだみたいな、パステルカラーのマカロン。
エトセトラ、エトセトラ。
おおよそ似つかわしくない色とりどりの菓子を抱えたシャディクを、ミオリネは普段の三割り増しの仏頂面で見上げた。
「…なによ、それ」
「ああ、これ?」
人好きのする顔でシャディクはにこりと笑う。その頭にはおもちゃの角まで付いている。
ハロウィンって知ってるかい?とシャディクはミオリネに尋ねた。
シャディクの話をまとめると、こうだ。
地球にはハロウィンというお祭りがあって、誰が言い出したかシャディクのクラスではそれに倣って、ちょっとした仮装やらお菓子をあげることが流行ってるらしい。
なるほど。大量のお菓子とチープな角はそういうわけか。
もともとハロウィンは秋の収穫を祝うとともに悪霊を払う行事だったが、今日の地球では悪霊に扮した子ども達が近所を訪ねて、大人達から菓子をもらうイベントととして楽しまれているとか。仮装した子ども達はその家の大人達にこう言うのだそうだ。
「Trick or Treat(悪戯かお菓子か?)」
「意味としては、悪霊に悪戯されたくなければお菓子をよこせとか、お菓子をくれないと悪戯してしまうぞ。…かな?」
貰いすぎてしまったんだけど、ひとついる?シャディクは綺麗にラッピングされたピンクのマカロンをつまみ上げた。クラスメイトの間でと言いつつ、可愛らしい菓子のラインナップを見るに、その抱えている菓子のほとんどは女子からだろう。
いらない、とにべもなく返しながらミオリネは思案する。
ふうん。悪戯、ね。
ちらりと、自分よりはるかに高い位置にある顔を見上げる。
「……。私、今お菓子持ってないわよ」
「?そうなんだ」
「お菓子、持ってないの」
「へぇ」
「ここから購買部は遠いし」
「そうだね」
「すぐには買いに行けないわ」
「うん」
「……」
「……」
「………何か言うことないわけ?」
「…ええと。やっぱり、マカロンひとついる?」
「〜ッいらないわよ!」
いつもより三割り増しの仏頂面に、不機嫌さ八割り増しを追加したミオリネはシャディクに背を向けて去って行く。
その足取りはどすどすと音が聞こえそうだ。ミオリネの機嫌の急降下の原因であろうシャディクは、あえて何も言わずその背中を黙って見送るのだった。
「あ、おかえり〜シャディク」
寮の共用スペースのソファで寝転んでいたレネが首だけこちらに向ける。
シャディクは通りすがりがら、持っていた菓子をソファの前のテーブルに置いた。
「食べていいよ」
「えっいいの?有名店の期間限定品とかあるじゃん!どうしたのこれ」
貰った。とだけ答え、悪ノリしたクラスメイトに付けさせられた、角付きのカチューシャも一緒に菓子の山の上にポイっと放る。
レネは綺麗にアイシングされたクッキーに、容赦くかじり付きながら、そのまま自室に向かおうとするシャディクの背中に向かっておざなりに聞く。
「なんかあった?」
問いかけに返事はなかったが、まぁ十中八九あのお姫様絡みだろう、と特に気にもせず、レネはおばけの頭をぺきりと、かじりとった。
自室の扉の内側。
鉄の扉に背中を預けたシャディクは思い切り、すうっと息を吸った。
─言えるわけないだろっ!!
心の中で力いっぱい叫ぶが、現実では、吸った分の息を吐き出すだけにとどめておく。肺の中が空っぽだ。このまま頭も空っぽにしたい。が、そう簡単にはいかない。
シャディクの頭の中では先ほどのミオリネとのやり取りがぐるぐると再生されていた。
ハロウィンの話をして。
決まり文句の意味を教えて。
自分はチープとはいえ仮装していて。
彼女はお菓子を持っていないと言った。
…つまりそういうことだろう。
察しは悪くないつもりだ。
というかこれだけ分かりやすく並べられて察せなかったら、よっぽどだ。まぁ、シャディクは先程、その〝よっぽど〟の朴念仁を演じてしまったのだが。しかし察してしまったそのままを口にするには少し、いや、かなり刺激が強過ぎる。特に彼女に特別な想いを抱いてる自分にとっては。
背中を扉に預けたまま、そのままずるずると座り込む。
(…まったく、わかってて言ってるんだろうか)
シャディクは前髪をぐしゃりと掻き上げた。単なる決まり文句も別の意味を持ってしまうくらいには、自分だって邪なのだ。困惑と、嬉しさと、あと、ほんの少しの後悔。
無駄だとわかっていて、もう一度大きくため息を吐く。
やはり頭の中は、空っぽになってはくれなかった。