やったもん勝ちの勝利宣言 好きに種類があるなんて、ダンデはキバナに会うまで知らなかった。知らなかったのだ。
『ダンデ、恋の昇級戦!?』
『深夜の密会か?夜の街に消えるニ人』
ちょっと上手い言い回しだな。なんて現実逃避をしながら本日発売されたゴシップ誌のページを捲るが、内容の事実無根さに眩暈を覚えて思わず目頭を押さえる。
「…この記事を書いた記者は、小説家にでもなったほうがいいんじゃないか?」
「良いですねそれ。この腐れゴシップ誌を発行した会社へしっかりと伝えておきますね!」
ダンデの少し仄暗い皮肉をしっかりと拾い上げた秘書は、声は明るさこそ保っているが顔は一つも笑っていなかった。
「一月後、このクソな会社の土地を更地にする勢いで法務部がやり合いますのでご安心を。ただ2、3日はタワーも通常営業どころでは無いので今日はこのままお帰りください」
そう言われたら素直に従うのが一番良いという事を、ダンデはこれまでの経験で嫌というほど知っている。その言葉をありがたく受け取って、リザードンと共に空へと滑り出す。明るいうちに家路に着くなんて今まで無かった事だったので不思議な気分になりながらも、風切り音に身を任せているとダンデは何か思い付いたような顔になり、ある言葉を相棒へと伝える。それを聞いた彼は、頼もしい声で返事をした後に翼を翻す。
空はいつもと同じ、澄んだ青い色をしていたがダンデの心は今ひとつ晴れなかった。
スパイクタウンは、最近開けっぱなしにしているシャッターのお陰か、はたまた新しいジムリーダーの影響か。以前より少し窓の外から聞こえてくる街の喧騒の種類が変わってきている。人よりも少し耳が良いと自負しているネズは、その音を作業音にしながらパソコン画面へと向かっている。ジムリーダーを妹へと譲ってから、彼は宣言通り音楽家としての活動を主としているため、今はもっぱら外を出歩くよりも部屋での作業の方が多くなっている。
平穏。まさにその二文字を味わいながらネズが愛用のパソコンでの作業を進めていると、その平穏を掻き乱す音が少しずつ近づいてきている事に気が付いてネズは少しだけ面倒臭そうな顔をしつつも部屋にある窓の鍵を開けておく。やがて、その予感通りに1人の男がさも当然と言ったように窓枠へと足を掛けながら部屋の中へと入り込んで来るのを片目で気怠げに追いながら、マウスをクリックしてその音の元へと振り返る。
「お邪魔するぜ!!」
「相変わらずアポ無しだねおまえは」
良いも悪いも聞かないうちに部屋の中へと入ってくる特徴的な燕尾服を纏った男へと、パソコン前の作業用の椅子に胡座座で座りつつジト目で抗議するが、そんなことはお構いなしにダンデは部屋の真ん中。大体ネズの背中側に位置しているソファへとダイブし、モルペコ柄のスクエアクッションへとぐりぐりと顔を押し付けてからだらんと横になる。
「おまえ、子どもじゃないんだから」
「別に、大人でやったって良いだろう」
「はぁ…まあ、良いけどね。マリィが居ない時狙って家にグダリに来るのは職権濫用過ぎません?」
「正しい職権行使だぜ。それににマリィくんにこの姿見せるのは大人としてはいけないだろう?」
「おまえ、口だけ達者になったね…ああ、そういえば栄えあるゴシップデビューおめでとう」
「ありがとう!秘書が相手方の会社を更地にするって息巻いていたぜ」
「そりゃあ今後が楽しみですね」
ヤケクソ気味に、ごろ寝の姿勢でダンデがリザードンポーズを返せば、面白かったのかネズが吹き出しながら作業机の上に置いてあったコーヒー缶を放り投げる。それを慣れたように片手で受け取り、行儀悪く片手でプルタブを開けて一口飲むと顔を顰める。
「これ、ブラックか」
「オレは大人なんでね」
「嫌味か?」
「ご自由に受け取って貰って構いませんよ」
ちょっとブスくれた顔でコーヒーを飲み続けているダンデだったが、彼の渋い顔の理由はコーヒーの苦味だけでは無いのだろう。半分ほど空になった缶を雑にソファ横のローテーブルへと置いたダンデは、ため息を吐きながらソファの上に転がり直して天井を見上げる。マウスのクリック音と電子音が微かに聞こえてくるだけの時間が少しあってから、子どもみたいな声で言葉を放り投げる。
「…ほんと、クソみたいな記事だった」
「まあ、話に尾鰭背鰭を付けて盛り上げるのがゴシップですから」
「尾鰭背鰭?!元の話が全くの嘘なのにか!?」
「はいはい、声が大きいよおまえ」
「オレはあんな道に迷った振りをして抱きついてきたよく分からない女性ではなくキバナが好きなんだ!キミだって知ってるだろう?…それなのに、あんな記事を出されるなんて!キバナに誤解されたらどうしてくれるんだ!!」
「じゃあさっさと告白するなり既成事実作っちまえば良いでしょうに」
「こっ!…きっ!?」
「やっちまったもん勝ちですよ世の中」
「無理だ!!」
「かわいこぶるんじゃねぇですよ」
「未だに一緒にキャンプに行くだけでドキドキするのに!こっ!こっ!」
さっきまでとは打って変わってダンデが顔を赤面させながらソファの上で足をバタバタさせていると、スマホロトムがキバナからの着信があった事をダンデに伝えてくるが流石にタイムリーすぎる。赤面しながらソファに寝転がっている今この状況では出る気になれなかったダンデは、「後で電話する」というメッセージの返信をお願いする。素直に頷きポケットに戻ってもらったスマホロトムを手でぽんぽんと軽く叩きながらもう一度ソファに沈み込むと、何が面白いのかダンデの方を見ながらニヤニヤしている。
「何を今更足踏みしてるのか知りませんが、押し倒してそのままやっちまえば早いでしょうよ。いけるいける」
「いけないいけない!犯罪だろう流石に!」
「おまえ、さっきから声がデカいんですって。そのせいで、パソコンのマイクが音割れするんですよ」
「おお…それはすまない。ん?ちょっと待て…音割れ?何か録音してるのか?」
その疑問を聞いて、待ってましたと言わんばかりにキャスター付きの椅子ごとネズが踊るようにパソコンの前から体をスライドさせると、ソファに寝転がっているダンデの姿が画面に映り込み、沢山の文字が画面の端を流れていくのが見えた。どういう事なのか瞬時に理解したダンデがバッと音がする位の勢いでネズの方を見ると、あくタイプさながらの笑みをこれでもかと顔中に貼り付けたネズが勝利宣言をする。
「言ったじゃ無いですか。やったもん勝ちだって」
ポケットから飛び出してきたスマホロトムが、キバナからの「そこから動くな」というメッセージを元気いっぱいに読み上げるのと、ネズの家の玄関扉が轟音と共に吹き飛ばされてリビングへとひしゃげて飛び込んで来るのは同時だった。
その後を追うように肩で息をして、紫の薔薇の花束を抱えながら真っ赤な顔をしてドアと同じように飛び込んできた2メートル近い男を見て、椅子の上で腹が捩れるほど笑い転げながらネズは配信の終了ボタンを押したのだった。