Day.4【デートに行く】「銃兎さん、また例の奴が……」
作業中のデスクに申し訳なさそうにやってきた後輩からのお決まりの台詞に、銃兎は溜め息をつく。
「アイツも懲りませんねぇ……」
「本当ですよ!何度も何度も銃兎さんのお手を煩わせやがって……。どうします?一晩くらい放置してやってもいいと思いますけど」
キッと目を細めて怪訝そうな顔をする後輩に、銃兎は眉を下げる。
「そうしてやりたい気持ちは山々なんですがね……放っておくと却って面倒なので行ってきますよ。すみませんが、そこの書類の確認、お願いしてもいいですか?」
「分かりました」
納得はいっていない様子だったが、素直に応じてくれた後輩に銃兎はお礼を言って、自分のデスクを後にした。
コツコツと革靴の音を響かせながらしばらく廊下を進む。ようやく目的の場所へと辿り着くと、そこで待っていた人物にニヤリと笑みを向けられた。
「よォ〜、入間巡査部長サン。待ってたぜ」
怠そうに壁に寄りかかって、銃兎にひらりと手を振る男──碧棺左馬刻は鉄格子の扉を隔てて銃兎の正面にやって来る。
「全く……今月何回目だと思ってます?」
「ア?ンなの数えてねぇわ」
「でしょうね……」
数えているなら今日もこうして鉄格子越しに対面などしていないだろう。こちらから聞いたとはいえ、そんなものは端から分かっていることだった。
「今日は一体何をやらかしたんですか?」
眉をひそめて銃兎が尋ねれば、左馬刻はチッと舌打ちを返す。
「シマの見周り中にコバエ共にガンつけられてムカついたから焼き入れてやっただけだっつの」
「全く……その血の気の多さ、どうにかならないんですかね……」
銃兎が大きく溜め息をつくと、左馬刻がムッとして鉄格子の隙間から手を伸ばした。
「つーかよォ、早くこっから出してくれや」
「……私としては、ここでしばらく反省していてもらっても構わないんですが?」
後輩の言っていたように一晩このまま放置してやろうかと思った銃兎だったが、左馬刻はそんなものお構い無しとばかりに、銃兎に顔を寄せてきた。
「へぇ……?せっかく俺様直々にデートのお誘いに来てやったってのに、ンなひでぇこと言っちまうのかァ……」
「……デート?」
「そ。24時、埠頭横の第八倉庫にな」
左馬刻がニヤリと笑う。銃兎は覚えのありすぎるその場所が左馬刻の口から告げられて、目を見開いた。
「!!それって……」
「どうだ?出してやろうって気になったろ?」
「…………」
しばし訪れる沈黙。銃兎はゴクリと唾を飲むと、スーツのポケットからスマートフォンを取り出して、いくつか操作をしてから電話を掛ける。しばらくやり取りをしてお得意の強請りを披露してから、左馬刻のいる部屋の鍵を開けた。
「碧棺左馬刻、証拠不十分で釈放します」
「おう、サンキュ。やっぱ持つべきモンは悪徳警官サマだなァ」
ニヤニヤと笑いながらぐっとのしかかるように銃兎の肩に腕を回す左馬刻に、銃兎は本日何度目かの溜め息を漏らす。
「ハァ……逮捕を私に会うための手段にするのはやめてもらえます?上を強請るネタだって無限じゃないんですからね」
「へーへー、わぁってるよ」
「どうだか……」
「……そうでもして理由作んねぇと顔見してくんねぇテメェのせいだろが」
「はい?何か言いました?」
「何でもねぇよ。んじゃ、事務所で昼メシの出前取って待ってっから」
銃兎から離れた左馬刻は、ひらひらと手を振ってその場を後にする。銃兎は自分の腕時計を確認して、もう一度溜め息を漏らしたのだった。
***
紡ぎ出される強烈なリリックと暴力的なまでのフロウ。喰らった者たちは次々にその場に倒れ伏していく。
「口程にもねぇ連中だったな」
「ああ」
電源を落とし、形の戻ったマイクを懐に仕舞う。
「左馬刻、銃兎。外に逃亡を図ろうとした者たちも捕らえておいた」
「ありがとうございます、理鶯」
理鶯がドサリと抱えていた数人を床に転がしたのを確認して、銃兎はほうと息をついた。
銃兎が独自に捜査を進めていた薬物の取引。その情報を左馬刻と理鶯の協力を得て入手し、そして今こうして現場を取り押さえることができた。薬物を売り捌く売人どもに与える罰は、国の正当なものなどでは生温い。他でもない銃兎自身の手で裁く。それが、薬物によって大切な人たちを亡くした銃兎なりの彼らへの弔いなのだ。
「これにて、無事に制圧任務完了だな」
「うっし、んじゃ下のモン呼んで来させるわ」
左馬刻が舎弟の一人に、組の若い者を数人ここに寄越すようにと電話を掛ける。その様子を見て、銃兎はふと懐かしい記憶を思い出していた。
「……ねえ、理鶯」
「どうした?」
「実はね、ここ、私と左馬刻の初デートの場所なんですよ」
「ほう?」
「私にとって、初めて"警察官"としてではなく、得た情報を元に独自で動く、一人の人間の"入間銃兎"として裁きを下したのが、ここなんです」
あの日、啖呵を切った自分を左馬刻に見つけてられてから、銃兎の薬物撲滅に対する意志の強さはさらに高まっていた。こんな果てしない願いでも、例えその時は知らなかったとはいえ、ついてくれば叶えてやると言ってのけた、ただ一人の男。その男が、今ある"入間銃兎"を作ったのは紛れもない事実だった。
「何俺様抜きで話してやがる」
通話を終えた左馬刻が銃兎の肩に腕を回して後ろから引っ付いてくる。密かに尖った唇を見て、ハマの王様は案外寂しがり屋なのだと思わず笑みを零す。
「貴方との初デートの話ですよ」
「ア?初デート?」
「まだ手を組んで間もなかった頃、ここで行われるヤクの取引を押さえるからとわざわざ私に会うためにしょっぴかれて誘いに来てくれたじゃないですか。まあ、逮捕を私に会うための手段に使われるのは今もそうですけどね」
左馬刻は少し驚いた表情で銃兎の話を聞いていたが、やがてフッと笑うと銃兎の頬をうりうりとつついてきた。
「兎は寂しいと死んじまうらしいからなァ。お仕事熱心なウサちゃんには俺様が自ら会いに行ってやんねぇと」
「別に、しばらく会えなかったからといって寂しくて死んでしまうなんてことはありません。そもそも寂しくもありません」
「……そういうところがウサちゃんらしくて心配になンだっての」
「何ですか?」
「ウサちゃんは天邪鬼だなっつう話だよ」
ぎゃいぎゃいと騒ぎ合う二人に、理鶯はなるほど、と優しく微笑む。
「二人の絆はそうして培われてきたのだな」
「……まァ、そういうこったな」
「……そういうことですね」
少し照れ臭そうに目を逸らし合う二人を、理鶯は微笑ましげに見守る。それは、きっとこれからも続いていくのだろうと、今改めて確信したのだった。