ルビーの逢瀬「よォ、銃兎ォ」
口端を吊り上げて笑う男が一人、ガシャンと鉄格子を鳴らすその見慣れた光景に、銃兎はいつもの如く溜息を零した。
「……左馬刻、今日は一体何をやらかしたんだ」
名指しで留置場に呼び出されることに慣れる警察官などたまったものではない。指に掛けたキーリングをチャリ、と鳴らして、件の男──碧棺左馬刻を見遣る。
「別に。ちっとばかし目に付いたゴミ虫にヤキ入れてやっただけだわ」
「ハァ……全くお前は本当に……」
銃兎はもう一度溜息を零した。
「つか、ンなこたァどーでもいいんだよ。早く出してくれや」
「簡単に言うけどな……、お前を出してやるための根回しだって楽じゃないんだからな」
「でも、出してくれんだろ?」
な、じゅーと、と語尾にハートでも付きそうなほど甘ったれた声で名前を呼ばれる。今日の左馬刻はいつになくご機嫌だ。まあ、それもそうか、と銃兎は今日の日付を思い浮かべて納得した。
スーツの胸ポケットからスマートフォンを取り出して、電話を掛ける。強請だってもう慣れたものだ。
電話を切ると、ヒュウと左馬刻が口笛を鳴らした。
「お見事だぜ、入間巡査部長」
「おや、一晩放置でも私は全然いいんですよ?」
「はは、冗談だっての」
見せつけるようにキーリングを揺らせば、左馬刻は降参するように両手を上げた。
銃兎は挿した鍵を回して、重い鉄格子の扉を解錠する。中からゆっくりと出てきた左馬刻に、肩を抱かれた。
「サンキュー、銃兎」
「俺だって暇じゃないんだから、自分の誕生日くらい大人しくしてろ」
「あ?誕生日?誰の?」
「……は?」
銃兎は思わず片眉を上げた。
「誰って……、今日はお前の誕生日だろ」
スマートフォンの画面を左馬刻に見せつけるように掲げる。時刻と日付が表示されたその画面をまじまじと見て、左馬刻は眉間に皺を寄せた。
「理鶯から連絡だって来てたろ。今日の夜はお前の好きな肉料理を振舞おうって」
「…………」
「……もしかして、自分の誕生日を忘れてたのか?」
「……うっせぇ!俺様は自分の誕生日なんざどうだっていいんだよ!」
「俺はてっきり誕生日を祝ってほしくてわざとパクられたのかと思ったんだが……。今日のお前、機嫌良かったし」
銃兎は先程までの左馬刻の様子を思い浮かべる。左馬刻にしては珍しく、目に見えて機嫌が良かったのだ。
「それは、その……」
「?」
「……最近、会えてなかった、から……、よ」
「誰に?」
「……ハァ!?銃兎テメェに決まってンだろーが!!」
左馬刻に勢い良く胸ぐらを掴まれる。叫んだ顔は、見たことないほど真っ赤になっていた。
「……はははっ!」
「ンだよ!!」
「ははっ、いいや、なんでもない。昼飯好きなモン奢ってやるよ、何食べたい」
「そういうのいいっつの……」
「まあそう言うな。お前にとってはどうってことない日かもしれないが、俺に……、俺たちにとっては特別な日なんだよ。だから祝わせてくれ」
左馬刻を見上げるように微笑む。未だに赤みの引かない顔に、銃兎はまた声を出して笑った。
「誕生日おめでとう、左馬刻」
「……おう」