職場で手ックスするむざこく ソファで資料を読んでいる無惨が、ポンポンとソファを叩いた。
「何ですか?」
「前に立っていられると気が散る。それに質問したい時に不便だから、横に座れ」
「御意」
何も考えず無惨の右隣に座る。もう一部用意していた資料を黒死牟も読み始めると、突然、膝の上に置いていた左手に無惨が右手を添えてきた。
「何か御用で?」
「別に」
無惨に手を握られることなど、今更珍しいことではない。利き手ではないので使えなくても特に不便とは思わないので、黒死牟は気にせず資料を読んでいた。
相手にしないでおこうと思っていたが、無惨は黒死牟の手の甲を人差し指で擦って遊び始めた。指の形をなぞってみたり、指の間を撫でてみたり、と遠慮なく黒死牟の手を触っている。
くすぐったいので「無惨様」と声をかけると、無惨は左手の人差し指を自分の口許に近付け、黙るようジェスチャーしてきた。
ふと周囲を見ると、二人がソファに並んで座っていることに誰も気付いていない。ある意味、見慣れた光景の為、誰も意識しないのだ。
無惨の意図を悟った黒死牟は、てのひらを上に向けると、無惨はやや性急に指を絡めて強く握ってきた。革張りのソファに強く押し付けられ、これはまるで昨夜のベッドでの出来事を思い返させるような仕草である。こうして互いの指を絡め合いながら、シーツに押し付けられる感触を幾度となく味わってきた。
ゆっくりと無惨の手は離れ、指の腹で黒死牟のてのひらを撫でる。窪みを押してみたり、爪の先で擽ってみたり、程好い刺激を与えてくる。マッサージのような心地好さがあったが、そんなもので済みそうにない。黒死牟の人差し指と中指を握ると、ゆっくりと上下に動かし始めた。それはさながら下腹部のそれを扱くような手つきで緩急を付けて動かし、指先で爪の先を撫でるという細かい仕草まで真似てみせる。
次に腕時計の隙間に人差し指を侵入させて、器用にバックルを外してくる。金属製のベルトから解放され、剥き出しになった手首を掴み、己のてのひらを擦りつけてくる。
ただ手と手を合わせているだけにすぎないのに、何とも官能的で、背筋にぞくりとした甘い刺激が駆け抜ける。互いに指を絡ませ、指先を小刻みに動かし、にぎにぎとしていると小さな咳払いが聞こえた。
「あのさぁ、お二人とも……ここ職場なんだけど」
童磨が苦笑いして目の前に立っている。ふと周囲を見ると、皆、気まずそうに俯く。二人が何をしているのか気付いて、代表して童磨が苦情を言いに来たようだ。
「黒死牟の手を指圧していただけだが、何か文句あるのか?」
「指圧の割には黒死牟殿がものすごぉーく気持ち良さそうな顔をしていて、皆が仕事に集中できないので、そういうのは家でやってもらって良いですか?」
そう指摘され、黒死牟は咄嗟に資料で顔を隠した。
「私は指圧が上手いのだ。お前にもやってやろうか?」
「駄目です!」
無惨の右手が童磨に伸びた瞬間、黒死牟はその手を強く掴んだ。
「そういうことですよ、先生。続きはご自宅でどうぞ」
他人に指摘されるほど恥ずかしいことはなく、黒死牟はずっと資料で顔を隠しているが、無惨から見ると、真っ赤な横顔が丸見えの状態である。無惨は顔を近付けて、ふっと息を耳朶に吹き掛けた。
「ひゃあっ……」
あの黒死牟が、そんな可愛い声を出すのか……と全員が驚いて、その時持っていた物を全員が落としたが、次の瞬間、全員が同じことを思うのである。
だから、家でやれって、と。