黒死牟の鼻血を舐めてキスする無惨様「青い彼岸花?」
「ソウダ、フシノミョウヤク……ドコニアル」
片言の日本語で何度も「アオイヒガンバナ」と尋ねてくる。
自分以外にも探している者がいるのかと無惨はそっと瞼を閉じ、小さな溜息をこぼした。
「本当に存在するなら、私が教えて欲しいくらいだ」
「ウソダ、オマエガモッテイル!」
スーツの襟を掴み、激しく揺さぶってくる。おいおい、高かったのだから、乱暴に扱うなよ……と思いながら、無惨は相手を睨みつける。目出し帽を被っているので顔は解らないが、目元に妙に懐かしい面影がある。
「持っていないし、大体あれは不死の妙薬なんて可愛らしいものではない。そんなに欲しいなら他を当たれ」
男が奥歯を噛み締める音が聞こえる。それほどまでに不死の妙薬を求める理由は何だろう。
尋ねてみたい気持ちになっていたが、日本刀を持った血塗れの黒死牟が部屋に飛び込んてきたので男は急いで無惨から離れた。
走り去る姿を見て黒死牟が追いかけようとするが「追わなくて良い」と無惨は止めた。
「……良いのですか?」
「こんな目に遭ったら、二度と私を誘拐しようなどと思わないだろう」
無惨は笑いながら縄の解けた腕を見せる。先程揺さぶられた時に一気に縄に切れ目を入れたのだ。
「お怪我はございませんか?」
「あぁ。お前は?」
「ありません」
跪いて無惨の足を縛る縄を刀で切った。
「私が至らないばかりに、このような危険な目に遭わせてしまい、合わせる顔もございません」
「そうだな、取り敢えず返り血を何とかしてから抱き合うことにするか。スーツが汚れる」
優しい笑顔の無惨を見て、黒死牟は泣き出しそうになるのを堪え、刀の血を払い懐に入れていた手拭いで刀を拭いてから納刀した。
「切れ味はどうだった?」
「最高でした。現代でこれほど血を吸えた幸運な刀はいないと思います」
無惨は立ち上がり、廃工場の外へと向かう。夕闇の中に童磨とその腹心の部下たちが二人の帰りを待っていた。
「ご無事で良かったです!」
ロケットランチャーを持った童磨がいるので無惨は目を丸くする。
「黒死牟殿が二時間経っても自分たちが出てこなかったら、ロケットランチャーで木っ端微塵にしろって言ってたので……」
「私がいるのにか!?」
無惨に睨まれ、黒死牟はしゅんと小さくなる。
「まぁ良い。おい、よこせ」
童磨からロケットランチャーを取り上げ、無惨は廃工場目掛けて打ち込んだ。
「適当にヤクザやチンピラの抗争ということで処理しておけ」
「畏まりました」
皆が無惨に頭を下げる。
「黒死牟殿、後の処理はこっちでやっとくから、無惨様と帰りなよ。その血みどろでウロウロしてると一発で捕まるよ」
「あぁ……すまない」
近くに万世極楽教の道場があるからと鍵を渡され、既にカーナビの入力も済ませてあった。黒死牟をスモークガラスを貼った後部座席に乗せ、無惨の運転でそちらまで向かう。
道場という名目だが、実質童磨の別荘的なもので、小洒落たログハウスに二人は辿り着いた。
「先に風呂に入ってこい。血の臭いで吐きそうだ」
「申し訳ございません」
黒死牟は大急ぎでバスルームに向かう。その間に無惨は勝手にクローゼットを物色し、童磨の服の中でも比較的地味そうな部屋着を自分たちの着替えとして選んだ。
本当は今すぐにでも寝たいくらい疲れ果てているのだが、何かしていないと「青い彼岸花」のことばかり考えそうだった。
そんなことをしているうちに黒死牟が風呂から出てくる。着替えがないので腰にタオルを巻いただけの姿だ。
「無惨様! お疲れですから、どうぞゆっくりお過ごし下さい!」
慌てて駆け寄ると、無惨はぐいっと黒死牟の腕を引っ張った。
「ここでするか?」
「えっ? あっ……その……」
真っ赤になっていると、黒死牟の鼻から血が垂れてきた。
「どうした? のぼせたか?」
「いえ……なんだか緊張の糸が切れたようで……」
黒死牟が手で拭おうとするが、その血を無惨はそっと舐めた。
「無惨様!」
驚きと羞恥で黒死牟は更に赤くなるが、無惨は妖しく笑う。
「お前の味がする」
垂れてくる血を舐めながら、舌はそのまま唇をなぞり、唾液と血に塗れたまま二人は舌を絡めた。
互いに口にしないが、生きて再会出来て良かったと泣き出したい気持ちだった。
昔から幾度となく危険な目に遭ってきた無惨だが、これほど誰かとの再会を嬉しく思ったことはなかった。
それくらい愛しい存在が出来たから、あの犯人を追うことが出来なかった。
どんな想いで「不死の妙薬」を探しているのか。
血の味がするキスをしながら、互いの温もりで生きている実感を噛み締めた。