お互い浮気相手として遊びで始まった二人が本気になっていくむざこく「黒死牟、お前は付き合っている相手がいるのか?」
「え?」
突然の質問に持っていたスマホを落とした。
それを今、聞くか? と黒死牟は思った。それは三度目のセックスが終わった、ベッドの中で聞かれた。
「あの……」
「いや、いい。お前は好い男だからな、付き合っている女のひとりやふたり、いてもおかしくはないな」
煙草を吸いながら自己完結する鬼舞辻だが、どうして今更、そんなことを聞いてきたのか解らない。
「おりますが……」
数ヶ月前、付き合いで行った合コンで知り合った女性と交際していたが、結婚したいという向こうの熱量が酷すぎて、黒死牟の感情がついていかず疎遠になっていた。
「そういう先生もいらっしゃいますよね?」
「ん? あ、あぁ……」
女優、女子アナ、モデル、CA、この世のありとあらゆる人気の女性と浮名を流している色男である。政治家としては不誠実極まりないと呆れてしまうが、仕方無いかなと思える程の美形であり、稀代のモテ男である。本人も「親父、じいさん、ひいじいさん、歴代の当主は全員、二号どころか五号ぐらいまでいたからな」と代々好色家であることを公言し、政治家の中でも、鬼舞辻家の妾が産んだ血筋の人間が数名いる為、家を存続させる為の当主の務めだと豪語する。
しかも、彼は現在、独身である。婚約しているような相手もいない。
つまり誰を付き合っても問題はないし、たとえ秘書の黒死牟に手をつけても何ら問題ないのだ。
「ということは、この間柄は『浮気』ですね」
何か閃いた黒死牟がそう言うと、鬼舞辻は目を丸くしたが、「そうだな」と小さく呟いた。
そうだ、これは浮気だ、と口にすると、黒死牟の心は何故か軽くなった。
これは浮気、これは浮気、そう思うと毎回ホテルに行って、一旦解散し、翌朝顔を合わしても涼しい顔でいられた。
ただ、自分で女々しいと思いつつも、セックスした日を手帳に付けていると、やけに頻度が多いことに気付いた。好きで交際した相手とも、こんなに頻繁に会って、ホテルに行ったことなどない。
ホテルに行ったなら未だしも、車の中で済ませたり、事務所でしたこともあった。
黒死牟は手帳を見ながら首を傾げた。これが女子大生で、彼氏とエッチした日にハートなんざ付けようものなら、カレンダーがハート乱舞になる勢いだ。
多分、自分で処理するのが便利ということだな、と黒死牟は手帳を閉じ、鞄の中にしまった。
それにしても、毎回毎回、最高の気分だった。
業務の延長戦くらいの気持ちでいるつもりだったが、ベッドの中で見つめ合っていると、「好きです」と言ってしまいそうになり、何度もその言葉を飲み込んだ。
きっと告白などされても鬼舞辻は困るだけだろう。ベッドの中での告白など、性欲に目が眩んだまやかしだと互いに解っている。
それでも、好きだと言いたかった。そして、愛していると囁かれたかった。
互いに持て余した熱を処理するだけの間柄だと割り切っていたが、徐々に黒死牟は物足りなさを感じるようになっていった。
「どうせ、明日の朝、また来るのだ。泊っていけ」
シャワーを浴び終えた鬼舞辻はベッドで横になっている黒死牟にそう言った。珍しく鬼舞辻が自宅に誘ったので、御言葉に甘えて、と黒死牟は余韻を味わいながら、うとうとと微睡んでいた。
こんなに自分と頻繁に逢瀬を重ねて、いつ彼女と会っているのか。自分の彼女も、もう自然消滅したと諦めてくれただろうか、LINEもブロックしたし、携帯番号も着信拒否にしたから、もう諦めてくれただろう。
そんなことを考えていると、鬼舞辻は黒死牟の左手を握り、薬指に銀色の輪を嵌めた。
黒死牟がぱちりと目を開けると、そこには鬼舞辻の自宅の鍵が付けられたキーリングが嵌められている。
「先生、これは……」
「合鍵だ。好きな時に来ると良い」
元々、秘書として合鍵は預かっている。しかし、こんな小洒落たブランドのキーリングに付けられた特別感はない。
黒死牟の目は期待で輝いている。これだけだと確信が持てないから、ハッキリと言葉で言って欲しいと目をキラキラと輝かせて、無言で訴えかけていた。
何故か解らないが、鬼舞辻は黒死牟の思っていることをいつも察してくれていた。自分はそんなに表情に出やすいタイプだったか? と思い尋ねたことがあったが、鬼舞辻も「何故か解らんが、お前の考えていることは解る」と話していた。
はぁ、と小さく溜息を吐いて、鬼舞辻は黒死牟の手を握った。
「私と付き合わないか?」
嬉しさのあまり声が出なかった。
早く「はい」と答えたいが、その言葉を待ち侘びすぎたせいか、喉が締め付けられたように苦しく、すぐに返事が出来なかった。
しかし、無言でいても鬼舞辻の表情は優しく微笑んでくれていた。もしかすると、脳内で響く祝福の鐘の音が鬼舞辻にも伝わっているのだろうか。
そんなことを考えながら、黒死牟は小さく頷いた。