ジムに行くときのトレーニングウェアってどんなのを着ているのか「お願いですから、その格好で表に行くのはやめて下さい」
「何故だ」
最近買ったばかりのハイブランドのセットアップを着て、早朝の高級住宅街をジョギングするつもりの無惨だが、コットンジャージー素材の上下には全面ブランドロゴが印字され、色も落ち着いたダークブルーにすれば良いものの、人目を引くブラックとキャメルの組み合わせにしてしまったがために、そこにいるだけで目がチカチカするのだ。
「顔が良いから何でも似合う」
そんな問題ではない。確かに似合っているが、そんな問題ではないのだ。
恐らく、豪華なマンションのエントランスにこの姿で登場するだけで写真に撮られ、ネットのおもちゃにされ、いつの間にかアクリルスタンドとして発売され、一年くらいは揶揄われる未来が簡単に想像出来るので黒死牟は必死で止めた。
「これで行って下さい」
某作業着専門店で購入したスポーツウェアを渡すと、露骨に嫌そうな顔をされた。
「地味だから嫌」
「動きやすさ、機能性に関しては絶対にこちらの方が優れています」
実用性重視の黒死牟は以前から、ちゃんとしたスポーツウェアを勧めているのに、無惨は絶対にそれらを着ない。彼は実用性より見た目重視、それも煌びやかなことが第一なのだ。
お前の格好はコーヒーの紙コップ片手に馬鹿みたいに小さいチワワを抱き上げているハリウッドセレブがパパラッチに撮られる時に着ている格好なんだよ、走る格好じゃねぇんだよ! と黒死牟は思わず言いそうになるが、相手は雇用主なので本音をぐっと抑えた。お前の格好で走るくらいなら、高校時代のボロボロのジャージで走っている方が、よほど体の為には良いわ、と正直思うのだ。
「今日はもう走らない。ジムに行く」
「でしたら、これを……」
同じ某作業着専門店で購入したウェアを渡すが、やはり受け取らない。
嫌なのだ。錦鯉みたいにキラキラした無惨をジムに連れて行くと、いくら会員制で回りは経営者や芸能人ばかりといっても、そんなセレブリティの中でも無惨は異様に目立つのだ。
黒死牟も同様にジムに登録して、遠目で見守りながらトレーニングしていたのだが、ちょっと目を離すと無惨の周りに群がるのだ、男が。
恐らくキラキラチャラチャラして、お遊びのようにマシンでトレーニングしているから、可愛い仔猫が紛れ込んだ、と下心丸出しで近付かれているのだろう。可愛い仔猫なものか、スパーリングでも挑んでみろ、半殺しにされるぞ……と黒死牟は大きな溜息を吐くが、自分も自分で、ノースリーブのピッチピチのコンプレッションウェアでチェストプレスをしていると、数名から舐めるようないやらしい目で見られていることに気付き、自分たちはこういう場所に不向きだと思い知って、自宅の一部を改装してマシンを数台入れた。
しかし、それでは退屈だと錦鯉は大海に出ようとする。止めても聞かないので会員権だけは残しているのだが、あの群がる蝿を追い払う作業を考えると、うんざりするのだ。
色々考えた結果、一番害がない手段を取ることにした。
「無惨様、今日が家でトレーニングしませんか? 裸で」
黒死牟がサングラスを外して上目遣いで誘うと、無惨の目が輝く。
「そうだな。私の専属トレーナーであるお前に色々と教えてもらおうか」
「えぇ、勿論です。手加減しませんからね」
そう言いながら、二人仲良く手を繋いで寝室へと向かった。