無惨様からシボ様に、京都のイントネーションで「かわいらしいなぁ」と言っていただきたいです。 黒死牟がお座敷遊びで使ったであろう額を他人の懐から回収した無惨は、誰に身請けされることもなく年季を明け、自力で置屋を出てきた。そもそも売られたわけではなく、趣味で潜入しているだけだから年季も何もないというのに適当な縛りを設けた方が俄然燃えると勝手に設定し、その上、黒死牟に金を奪われた為、上乗せしてその損失まで芸妓の仕事で取り返した。
例のお侍以外の客と枕を交わすこともなく、色ではなく芸を売る。無惨の三味線と美貌なら、この先いくらでも稼げるから残って欲しいと泣き縋る遣手婆を振り払い、慣れ親しんだ三味線と「あれ」だけを持って、着物や帯は半玉に渡して出てきたのだ。
「いいんですか? おねえさん」
「ええんよ、大事に使ってね」
黒死牟が使った分以上の金が回収出来ているので、とても機嫌が良い。以前立ち上げた会社は資金繰りが上手くいかず夜逃げ同然に放置してきたので、今回の潜伏は次の開業資金となる良い稼ぎとなった。
そんな内情を知らないと羽振りの良いお姉さんに見え、半玉たちも別れを惜しんで泣いてくれている。実際のところ機嫌が良いだけでなく、同じ着物に二度袖を通さない着道楽なので、持ち帰ったところで使い道がないのだ。
嬉しそうに着物の柄を合わせている半玉たちを見て、無惨はふふっと笑う。
「あんたら、かいらしいなぁ」
「おねえさん、京都のお人でしたんか?」
あまりの機嫌の良さに素の姿が出てしまっていた。そして、素に戻ると故郷の言葉が出ることに無惨は気付いていなかった。改めて指摘されて「廓詞や」と誤魔化したが、こんなところで捨ててきた京の言葉が出るのか、と密かに驚いた。
さて、そんなご機嫌の無惨だが、久し振りに無限城に帰り自室を見た時、眩暈がして倒れそうになった。
派手に壊された金庫。黒死牟の仕業である。
ここまでは想定内だったのだが、お座敷遊びに持ってきた以外にも、かなりの現金を入れていたはずだが、綺麗さっぱりなくなっているのだ。
「黒死牟!」
「ここに……」
久し振りに無惨に呼ばれ、浮かれてやってくる黒死牟だが、到着してすぐに首を刎ねられた。
「お前……この金庫から、いくら盗んだ……」
「はて……」
生やしたばかりの頭を傾ける。無惨は貴族出身の割に意外と銭勘定がしっかり出来ているのだが、比較的裕福な領地を任されていた修行馬鹿の黒死牟は金の使い方もろくに解っておらず、紙幣の価値もいまいち理解出来ていない。流通したばかりの1円札の束を持って豪遊したのは、偏に金銭感覚が身についていないだけなのだ。
無惨は壊れた金庫を前に項垂れる。銀行から借りられるだけ借りて夜逃げし、次の開業資金にしようと思いつつ、ほとぼりが冷めるまで芸妓でもして小銭を稼いで、暫く遊んでから仕事するか、と思っていた開業資金を根こそぎ黒死牟にやられていたのだ。今、持ち帰った金が無惨の全財産である。遊んでいる暇はない、明日からまた仕事である。
「無惨様に会いたい一心で……」
「お前、随分とかいらしいことをするやないか……」
感情が振り切れると素に戻り、京の言葉が出る。半玉たちのおかげで思い出した自分の癖だが、まさか、こんなに早く顔を出すとは思わなかった。
無惨は持ち帰った荷物の中から「あれ」……そう、鼈甲の張形を取り出した。
「無惨様……お戻りになられたら、本物で可愛がって下さると……」
「そうや、たっぷり可愛がってやるからな」
顳顬に青筋を浮き立たせ、怒りを滲まして笑う無惨の表情に後ずさりするが、そんな黒死牟の髪を掴んで、容赦なく鼈甲の張形を黒死牟の口に押し込んだ。喉の奥まで突っ込むと息苦しそうに顔を歪めるが、次第にそれに舌を絡め、たっぷりと唾液を塗り付けると、口から取り出した時には唾液が滴り落ちるほど濡れそぼっていた。
「そんな美味しそうにしゃぶって……ほんまにかいらしいな、お前」
「無惨様……」
「褒めてないわ」
頬を染める黒死牟に対し、冷ややかなツッコミを入れる。そんな仕置きか褒美か解らない無惨の折檻はその日から三日三晩続き、黒死牟の悲鳴のような嬌声が休むことなく無限城に響き渡った。