なまぐさ神父の無惨様としぼ天使ちゃんの続編 この大雨で洪水が起こるから川沿いに住んでいる人間は避難した方が良い。
それは神のお告げではなく、人が死ぬところを見たくない、子供の純粋な正義感から来る助言であった。
ろくでもない親の元で生まれたのに、そんな正義感が備わっている自分は、根は悪い人間ではないのかもしれない。
母親は娼婦で、父親の顔なんて知るはずもない。生まれてすぐに教会に捨てられ、そこで育てられた。
教会とはいえ治安の悪い地域だ。他の子供も犯罪に巻き込まれた孤児や同じように娼婦の産んだ子など、まともな子がいない。だから神職も腐りきっていた。
女の子供は年頃になれば慰み者にされ、売春宿に二束三文で売られ、男は子供のうちから犯罪に手を染め、まともに育っても労働力にされるだけだった。勿論自分も男なので労働力にされるはずだったが、容姿に恵まれていたので男色趣味の金持ちのところに高額に売られることになっていた。
蛙の子は蛙かと情けなく思ったが、どうしてもその家に行きたくない。その一心で「洪水で人が死ぬ」という話を大人たちに話した。
最初は嘘だと笑われたが、あまりに続く大雨に川の水嵩が増し、そして人々が早めに高台へ避難したおかげで大きな被害が出ずに済んだ。
以来、「神のお告げ」が聞こえるということで重宝がられ、いつしか法衣を着て神の教えを説く立場となった。
それらが本当に神のお告げかどうか解らない。だが、自分の頭に浮かび、実際に口にしたことは現実になる。だから、それを伝えることで人々は自分を慕い、自分のしていることが金になると気付いた。
どうすれば商売が上手くいくか、そんな相談には積極的に乗った。何故なら成功すれば、たんまりと謝礼を持ってくるからだ。
自分の言葉はいくらでも金を産む。そして得た金のうち、いくらかを慈善事業に回して、残りは旨い飯を食い、高い酒を飲み、博打をして、好きなだけ女を抱いて、飽きるくらい享楽に耽った。生まれが悪かったのだから、これくらいしても許されると己の力を思うままに使っていた。
だから、目の前に熾天使が現れた時は、遂に天罰が下る日が来たのかと一瞬怯んだ。
幸か不幸か愚かな天使であり、いつの間にか自分に懐いて「黒死牟」と名付けると喜んで甘えてくる。しかし、この天使は他の人間には見えないようで、自分だけがその姿を捉えることが出来るらしい。
真っ赤に燃える美しい羽、異形の悍ましさと美しさを兼ね備えた六つ目の顔、そして得たばかりの肉体で快楽を貪る姿が愛らしくて仕方なかった。
神に恋い焦がれ、身を窶し、羽を燃やしてここに辿り着いた。愚かだが、とても可愛いと思えるくらいに情が移っていた。
だが、黒死牟が側に来てから、不思議な夢を見るようになった。
「図に乗るな」
何のことか。耳を貸さず寝たふりを続けていたが、その声は言う。
「人間界という地獄に落としても、まだ反省しないのか」
馬鹿馬鹿しいと髪を掻き上げた瞬間、自分の髪が真っ白な長い髪であることに気付いた。
この姿は何だ、そう思った瞬間に目が覚めた。
いつの間に眠ってしまったのか。横には同じように裸のまま眠っている黒死牟がいる。
「……おい、起きろ」
黒死牟も自分がそのまま眠ってしまった自覚がなかったようで、互いに情交の残り香をまとったままなので、ベッドを抜け出しシャワーを浴びることにした。
洗面所に行くと、髪は元の短い黒髪に戻っている。あの白く長い髪は一体何だったのか。そして、人間界に落としたという意味は。
色々考えても頭の中に靄がかかったようにすっきりしない。こういう時に限って「神のお告げ」も何も聞こえないのだ。晴れない気持ちのままシャワーを浴びていると、黒死牟が入って来る。黒死牟は無言で膝を突き、こちらの下腹部に顔を近付け、口に含ませてくる。ぬるりとした口内で徐々に硬さが増していく。黒死牟と同じように自分も愚かだと笑えてくるが、黒死牟の髪を掴み、無理矢理喉の奥に突っ込んで、釈然としない気持ちを振り払うように黒死牟の口内に濁った欲を吐き出した。