紙飛行機明日が来てしまう前に紙飛行機を死んだような夜の空に向けて投げた。風の音と共に闇の中に吸い込まれていく。
医学部に進学した兄さんのテストの点数はいつも三桁だった。俺はいつもあと少しで三桁に届きそうな点数で頭を打っている。周囲からするとそれでもすごい事らしい。親も兄さんと比べずに褒めてくれる。その優しさが時折後ろめたく感じる。
全ては順調だ。先生も国立、私立問わず医学部は堅いと言っていた。俺はこのまま医学部に進学する。全て上手くいくんだ。数点の差なんて医学部に行ってしまえば関係ない。それでいいんだ。きっと、大丈夫だ。
途中式は完璧だったけれど最後の最後で間違えて減点された数学の答案用紙を見つめていた。完璧じゃないと意味が無いんだ。人の身体を開く人間に失敗は許されない。
本当に上手くいくのか、本当に。
「そんなもの投げちゃえよ」
譲介が言った。
俺の手からシワのついた答案用紙を取り上げた。譲介はそれに新しく折り目をつけて器用に紙飛行機を作ってしまった。少しよれている。昔施設にいた人から教わったんだと言っていた。よく飛ぶ折り方らしい。
「これが落ちなかったら上手くいくよ、全部」
投げるのは君だと言わんばかりに答案用紙で作った紙飛行機を手渡された。
譲介は時折意味のわからない事をする。俺の中には無い発想で動く事がある。
「僕には逆立ちしたってそんな点数取れないよ」
遠くを見つめた譲介が言う。
そうだな、そうだ。それでいい。
追い風が吹いた瞬間、紙飛行機を手放した。風に乗った紙飛行機は段々と遠くへ行ってしまった。俺たちは夜の静寂に吸い込まれていくそれを見ていた。
どうか紙飛行機が落ちませんように。明日に届きますように。俺は夜の河川敷で、譲介の横で、ずっとそんな事を一人で願っていた。