「スミスぅ!なにかみつけた?ルルも!」
穏やかな天気の昼下がり、ルルの指差す方向には人だかりがあった。聞こえてくるのは賑やかな歓声で悪いことではなさそうだと胸を撫で下ろす。
「Alright,行ってみようか」
そう声をかけると同時か少しはやく、ルルはオレの腕を引っ張りながら人だかりへの突入していった。
押し合いへし合い、どうにかたどり着いた中心に居たのは一匹の黒猫。身体の大きさからして成猫だろうか。墨を流したような艷やかな毛並みとヘーゼルカラーの瞳が美しい。どうやら怯えてしまっているらしく、フーフーと荒い息が聞こえる。
まわりはお構い無しに口笛を吹いたり近付こうとしたりとやりたい放題だ。
「スミス!」
猫を指さしてルルが笑う。
「ルル、スミスはオレ。あれは猫だ。」
「ネコぉ?」
「そう、猫。」
よく出来たと頭を撫でてやるとルルは満足気に笑った。
と、その瞬間。
黒猫が駆け寄ってきて、オレ目掛けて飛び掛かってきた。
「……っ!?」
咄嗟に抱きかかえると猫はうにゃうにゃと何かを訴えるように鳴き始める。
「Ah……すまない、君みたいな美人は一度みたら忘れないと思うんだが……どこかで逢っていたかな?」
言いながらゆっくりと目を合わせるとべしべしと尻尾で腕を叩かれた。
「スミス、お前猫にまで手を出したのか?」
「モテる男は違うな!」
「今度口説き方を教えてくれよ」
口々にまわりに囃し立てられ、若干困惑しつつも動物に好かれるのは悪い気はしない。俺たちにも撫でさせろとのばされた手を躱しつつウィンクを投げる。
「悪いな。どうやらKittyはオレをご所望らしい」
猫はオレの服にしっかりと爪を食い込ませにゃうにゃうと鳴き続けている。
「スミス!ルルもぉ。ルルも、ネコ!」
グイグイと服の裾を引っ張られて、そういえばルルも居たのだと思い出した。鳴き続けている猫と視線を合わせて問いかける。
「どうだろう、この子に撫でられてやってくれないか?」
数秒ののち、猫は鳴くのをやめてゆっくりと目を閉じた。これは了承、でいいのだろうか?
犬や猫が人の言葉を理解する、というのは聞いたことがあるが本当に理解をしているのだろうか。驚きつつもしゃがんでルルの目線に合わせてやる。
「ルル、そっとな。やさしくだ。」
「ネコ、やさしくやさしくぅ。そ〜っとぉ……」
ゆっくりゆっくりと手をのばして、耳の間をやさしく撫でる。猫は触られた瞬間、薄目をあけたが大人しくしている。
「わぁ……やわらかぁい、あったかい!ネコ、
ががぴぃ!」
「あぁ、そうだな。かわいい。」
「ねこぉ、かわい!」
ルルが嬉しそうに声をあげる。しばらく大人しく撫でられていた猫だがルルの手から逃れるようにふるふると頭を振り「んな」と一声鳴いた。
「ルル、おしまいだ。」
「おしまいぃ?」
「そう。猫が疲れたみたいだ。また今度な。」
ルルは不服そうに頬を膨らませていたがくたりとオレの腕の中で丸くなっている猫をみて「つかれた、ネコ。またね」と納得したようだった。
諸々許可を得て猫を自室へと連れて帰ってきたのは良いものの、本当にぴったりとくっついて離れない。今は膝の上で丸くなりゴロゴロと喉を鳴らしながら眠っている。
そういえばルルもはじめはこんな感じで離れなかったな、と思わず苦笑が漏れた。そんなルルはと言えば今は動画に夢中でオレを呼ぶのは次の話が観たいときくらいだ。若干の寂しさを噛み締めていると視線を感じ、キョロキョロと部屋を見回すといつの間にか起きていた猫と目が合った。
「Morning.もう昼寝はいいのか?」
猫は問いかけには応えず伸びをひとつすると、前足をオレの胸にかけてズイと顔を近付けて来た。綺麗なヘーゼルアイと間近で見つめ合う。
ふと、そういえば彼もこんな目をしていたなぁと思い出して。偶然の共通点に心が暖かくなると同時に何故だが締め付けられる。
生まれた心の違和感にぼんやりと意識を彷徨わせていると、不意にオレの鼻先に湿った感触がして。猫の鼻先が押し付けられたのだと理解したのは数度押し付けられた後だった。
「Kitty,本当にオレたちどこかで逢ったことがあるのかい?」
問いかけても猫は呆れたような、怒ったような目でジッと見つめてくるだけで。
「参ったな……」
猫相手に何故か気不味さを感じてしまい視線をそらすとデスクに置かれた時計が目に入る。時刻は22時を過ぎていた。
「ルル、良い子はおやすみの時間だ。」
「えー、あと1話!」
「ダメだ。明日にしなさい。」
「むぅ……じゃあネコもいっしょ!」
ビシッと猫を指さしてルルが頬を膨らませる。
猫はそんなルルを一瞥するとスルリと膝の上から降りてオレのベッドで丸くなった。
「あ、おい……」
「スミス、ずっとネコ、ずるい!ルルもぉ!」
猫と一緒!とあまりに騒ぐので、じゃあ三人(?)で寝ようと提案すれば不満そうに「スミスもぉ?」と睨まれた。一応、猫にもそれで良いかと問いかけると短く「な」と鳴き壁際へ移動する。本当に賢い猫だ。
壁際から猫、オレ、ルルの順に横になる。実際猫はオレの脇の下で丸くなっているので順番に含めるかは微妙なところだが。
「ネーコ、ネコぉ。あしたも、がぴぃ!」
上機嫌に猫に手を伸ばすルルにそうだなと返して、欠伸を噛み殺す。
人への慣れ具合から恐らく飼い猫だろう。明日からこの猫の元の飼い主を探してやらないとな。これだけ綺麗な猫だ。大切に育てられて来たのだろう。
まずは民間人の避難所を数件、当たってみるか。
「ちゃんと戻してやるからな。」
通じているかはわからないが頭を撫でてやると猫は嬉しそうににゃあと鳴いた。