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DONEanzr匠メイ
誕生日に行使した「甘やかす権利」について。
「眠っちまっても良いからな。責任持って運んでやるからよ」
「いえ……そんな、わけには」
連休前木曜日、「ハロー」リラクゼーションサロンにて(匠メイ) 極楽浄土とはまさにこのことかもしれない。無意識に凝り固まっていた連日の疲れがどんどんと解れていくのに比例して、何だかふわふわとしたまどろみの中に足を踏み入れたかのような錯覚に陥っている。
いつもなら東海林さんの特等席ともいえるソファに靴を脱ぎ、仰向けで寝転がって、肘掛けのカーブに首から後頭部をあてがい、その道のプロとも遜色ない手つきで頭皮全体をゆっくりと指圧されている。眠ってしまいそうな意識を奮い立たせるべく、密かに拳を握りしめて手のひらに爪を立てた。
「眠っちまっても良いからな。責任持って運んでやるからよ」
「いえ……そんな、わけには」
思えば火村さんは宣言どおり、早朝から随分と私を「構って」くださっているように思う。三食は当たり前のように火村さん特製の手作りで、気取らないカフェメニューから豪勢な日本食まで、どれもが目を丸くするほど美味だった。
1304いつもなら東海林さんの特等席ともいえるソファに靴を脱ぎ、仰向けで寝転がって、肘掛けのカーブに首から後頭部をあてがい、その道のプロとも遜色ない手つきで頭皮全体をゆっくりと指圧されている。眠ってしまいそうな意識を奮い立たせるべく、密かに拳を握りしめて手のひらに爪を立てた。
「眠っちまっても良いからな。責任持って運んでやるからよ」
「いえ……そんな、わけには」
思えば火村さんは宣言どおり、早朝から随分と私を「構って」くださっているように思う。三食は当たり前のように火村さん特製の手作りで、気取らないカフェメニューから豪勢な日本食まで、どれもが目を丸くするほど美味だった。
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DONEanzr 初出2024.1.夏メイ
今年も訪れた平日の誕生日に、もだもだしている夏井さん。
《七篠メイさんより ギフトを受け取りました》
水曜日は馬鹿正直でありたい(夏メイ) いつもと同じ水曜日だ。何の変哲もない、平日の中日。
民間企業では「ノー残業」とやらが推奨されているらしいが、公務員……ましてや歌舞輝町の安全を維持しようという立場において、残業のない日を望むなど言語道断ですらある。
(全く、くだらない……)
寧ろ今日は、山になりつつある報告書のまとめや関連する事務作業が中心であるだけまだましだろう。現場に赴くよりもいくらかは、時間の見通しが立ちやすいのだから。そう嘯きながらも俺はラップトップのエンターキーを数度叩き、プリンターから更なる紙の山が吐き出されるのを束の間待つ体勢に入る。
こういうところが良くない。民間企業ならとうにペーパーレス化が進んでいるはずだが、重要な事案であればあるほど、紙による提出を求められるのが公務員の常だ。進まないアナログな手順に皮肉を吐きたくなる気持ちを堪えて、俺は伏せたまま追いやられたスマホを引き寄せる。
2087民間企業では「ノー残業」とやらが推奨されているらしいが、公務員……ましてや歌舞輝町の安全を維持しようという立場において、残業のない日を望むなど言語道断ですらある。
(全く、くだらない……)
寧ろ今日は、山になりつつある報告書のまとめや関連する事務作業が中心であるだけまだましだろう。現場に赴くよりもいくらかは、時間の見通しが立ちやすいのだから。そう嘯きながらも俺はラップトップのエンターキーを数度叩き、プリンターから更なる紙の山が吐き出されるのを束の間待つ体勢に入る。
こういうところが良くない。民間企業ならとうにペーパーレス化が進んでいるはずだが、重要な事案であればあるほど、紙による提出を求められるのが公務員の常だ。進まないアナログな手順に皮肉を吐きたくなる気持ちを堪えて、俺は伏せたまま追いやられたスマホを引き寄せる。
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DONEanzr 初出2024.1.春メイ
初詣へ行くことになった、ある朝の2人。
まさか己が特定の女性に対して、このような願いをする日が来るとは。
三六六日分の福よ、来たれ(春メイ) 年明けからもう十日以上が過ぎている。
どう考えても遅い時分だったが、今年初めて訪れる以上はれっきとした初詣といえるだろう。
「ここが神様の通り道だと思うと、何だか気が引き締まる心地がしますね」
彼女は、射し込む朝の日差しを浴びながら、本殿へと続く砂利道を危なげなく進む。ともすれば転びやすい道で多少の心配はしていたが、七篠さんには杞憂だったらしい。日頃から身体を張る場面が多いから、必然的に体幹が鍛えられているのだろう。
「そうだな」
同行を快諾してくれた彼女を早朝から連れ出すのは忍びない気持ちもある。しかし、参拝の類は午前のうちに行うのが良いと聞く。習わしに従うことを優先したのは、他ならぬ彼女との関係性を適当に済ませたくない、という想いがあったからなのかもしれない。
2160どう考えても遅い時分だったが、今年初めて訪れる以上はれっきとした初詣といえるだろう。
「ここが神様の通り道だと思うと、何だか気が引き締まる心地がしますね」
彼女は、射し込む朝の日差しを浴びながら、本殿へと続く砂利道を危なげなく進む。ともすれば転びやすい道で多少の心配はしていたが、七篠さんには杞憂だったらしい。日頃から身体を張る場面が多いから、必然的に体幹が鍛えられているのだろう。
「そうだな」
同行を快諾してくれた彼女を早朝から連れ出すのは忍びない気持ちもある。しかし、参拝の類は午前のうちに行うのが良いと聞く。習わしに従うことを優先したのは、他ならぬ彼女との関係性を適当に済ませたくない、という想いがあったからなのかもしれない。
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DONEanzr 初出2024.1.匠メイ
今年、初めての……
「できるものなら、捕まえてみなよ!」
一月二日の執着(匠メイ) 追い風が自分の身体と一体化したかのような錯覚に陥る。もはやここが何処だかわからないまま、私は真っ白な空間を駆け抜けていた。もつれ知らずの足が空気抵抗をまるで無視して先へ先へと進むスピード感が心地よく、しかしあっという間に過ぎる景色は早すぎて何ひとつも見えない。
そのうちに後ろからけたたましい足音が聞こえてくる。何か威圧感のある獣の気配を感じるが、ふしぎと恐怖心は感じない。しかし後ろから迫りくる何かからは早急に逃げるべし、と脳裏で囁きかけられた気がして少しの戸惑いも覚えている。
追いつかれたところで何だというのだろう。
かつて得体のしれない何かから逃げていた身の私が、こんな考えを抱くのはもしかしたら不謹慎なのかもしれない。あの日に一切合切の記憶と感情を失ってからも、私はどうにか生きながらえてきた。ハローで従業員の一人として認められて、何不自由なく歌舞輝町での日常生活を送り続けている。だから今、追いつかれたところで問題はない。
2143そのうちに後ろからけたたましい足音が聞こえてくる。何か威圧感のある獣の気配を感じるが、ふしぎと恐怖心は感じない。しかし後ろから迫りくる何かからは早急に逃げるべし、と脳裏で囁きかけられた気がして少しの戸惑いも覚えている。
追いつかれたところで何だというのだろう。
かつて得体のしれない何かから逃げていた身の私が、こんな考えを抱くのはもしかしたら不謹慎なのかもしれない。あの日に一切合切の記憶と感情を失ってからも、私はどうにか生きながらえてきた。ハローで従業員の一人として認められて、何不自由なく歌舞輝町での日常生活を送り続けている。だから今、追いつかれたところで問題はない。
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PASTanzr 初出2023.12.夏メイ
イメソンは、山崎まs...さんの「One more time~」。
今夜は流星群のピークらしい。
(今更願い事なんて、柄じゃないしな……)
それは本心(夏メイ) 大粒の雨と見間違いそうなほど落ちていくのは、ただの光の粒でしかないと思っていた。けれど、長年ファンとして活動を追っているとある歌手に言わせてみれば「星が落ちそうな夜は自分を偽れない」ものらしい。
しゃがれた声で淡々と語りかけるように歌う様が脳裏を過ぎる中、現実の俺はと言えば。
「どうせ仕事だからな……」
無機質な警察署の屋上に一人きり。肌を刺すような冷たさの風に打たれ、そこかしこで瞬くネオンなどお構いなしに、吐く息が白くけぶる向こうで流れ落ちていく流星群を見つめる。小休憩を経て戻った後は、いつもより多少手強い厄介者への事情聴取が再開されるだろう。
俺の仕事は時間が勝負で、事件もイレギュラーも、何もかも待ってはくれない。
1012しゃがれた声で淡々と語りかけるように歌う様が脳裏を過ぎる中、現実の俺はと言えば。
「どうせ仕事だからな……」
無機質な警察署の屋上に一人きり。肌を刺すような冷たさの風に打たれ、そこかしこで瞬くネオンなどお構いなしに、吐く息が白くけぶる向こうで流れ落ちていく流星群を見つめる。小休憩を経て戻った後は、いつもより多少手強い厄介者への事情聴取が再開されるだろう。
俺の仕事は時間が勝負で、事件もイレギュラーも、何もかも待ってはくれない。
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PASTanzr 初出2023.7.匠メイ
七夕に合わせて創作和菓子を拵えた火村さんと、通常営業のメイ。
「俺たちは織姫と彦星じゃない。だから、いつだってあんたに会える」
#夏メイ #匠メイ #anzr男女CP
催涙雨は似合わない(匠メイ) 絶景だ。
彩度の高い青から紫へのグラデーションと、散らばるきらめきは天の川を彷彿とさせる。屈んで至近距離から見つめてみても、どこまでも澄み渡る星空でしかない。
幻想的に彩られた直方体のそれが食べられる代物だなんて、俄かには信じがたい。
「これを、火村さんが手作りされたのですか……」
「おう」
絶景の夜空……もとい、星空を模した創作羊羹を前に、火村さんは目を細める。
「少しばかり不格好だけどよ。メイちゃんがそんなに目ぇ輝かせてくれたなら作った甲斐がある」
「素敵です。本当に」
冷蔵庫から不透明な型を取り出した火村さんが私を手招いたのが数刻前。先にいいもの見せてやるよ、と長皿に型を伏せた時は何が始まるのか全く予想がつかなかった。形を崩さないように、そっと型を外して現れた鮮やかな景色。このうつくしさを何と表現すれば良いかわからず、私はただただ息を呑んで、箱の中の夜景を凝視していた。
962彩度の高い青から紫へのグラデーションと、散らばるきらめきは天の川を彷彿とさせる。屈んで至近距離から見つめてみても、どこまでも澄み渡る星空でしかない。
幻想的に彩られた直方体のそれが食べられる代物だなんて、俄かには信じがたい。
「これを、火村さんが手作りされたのですか……」
「おう」
絶景の夜空……もとい、星空を模した創作羊羹を前に、火村さんは目を細める。
「少しばかり不格好だけどよ。メイちゃんがそんなに目ぇ輝かせてくれたなら作った甲斐がある」
「素敵です。本当に」
冷蔵庫から不透明な型を取り出した火村さんが私を手招いたのが数刻前。先にいいもの見せてやるよ、と長皿に型を伏せた時は何が始まるのか全く予想がつかなかった。形を崩さないように、そっと型を外して現れた鮮やかな景色。このうつくしさを何と表現すれば良いかわからず、私はただただ息を呑んで、箱の中の夜景を凝視していた。
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PASTanzr 初出2023.6.匠メイ
1周年SSより着想を得ました。
「仕事上の間柄」とは言いがたい距離で、火村さんは真っ赤なリップスティックを私の唇に押し当てている。
ただ、ふたりだけのせかい(匠メイ) 鮮やかなスカイブルーの瞳から真剣な眼差しを向けられる瞬間は、いつだって落ち着かない心地にさせられる。今だって例外ではない。
とはいえ、彼の名誉のために言い訳をさせてほしい。彼と物理的な距離を縮めることに関して、決して不快さを覚えているわけではないのだ。
負の感情……いつか口にした安い珈琲のような、拒絶したくなる気持ちだって微塵も感じない。それなのに。
今抱いている感情の正体は未だに掴めずにいて、どこかもどかしさを覚えている。
(この感情を言語化する方法はあるのだろうか)
距離にして十五センチほど。
「仕事上の間柄」とは言いがたい距離で、火村さんは真っ赤なリップスティックを私の唇に押し当てている。長い指先が口紅を伝って、私の唇を優しくなぞる一連の手つきが、こわいくらいにやさしい。
1414とはいえ、彼の名誉のために言い訳をさせてほしい。彼と物理的な距離を縮めることに関して、決して不快さを覚えているわけではないのだ。
負の感情……いつか口にした安い珈琲のような、拒絶したくなる気持ちだって微塵も感じない。それなのに。
今抱いている感情の正体は未だに掴めずにいて、どこかもどかしさを覚えている。
(この感情を言語化する方法はあるのだろうか)
距離にして十五センチほど。
「仕事上の間柄」とは言いがたい距離で、火村さんは真っ赤なリップスティックを私の唇に押し当てている。長い指先が口紅を伝って、私の唇を優しくなぞる一連の手つきが、こわいくらいにやさしい。
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PASTanzr 初出2023.7.夏メイ
イメソンは東京j...の初期曲。
《七夕を迎える本日、都内は局所的に激しい豪雨に見舞われますがすぐに通り過ぎ、夜は織姫と彦星との再会に相応しい星空を観測できるでしょう》
青く冷える七夕の暮れに(夏メイ) 新宿は豪雨。あなた何処へやら――イントロなしで歌いはじめる声が脳裏に蘇ってくる。いつの日かカラオケで夏井さんが歌った、昔のヒット曲のひとつだ。元々は女性ボーカルで、かなり癖のある声色が特徴らしい原曲。操作パネルであらかじめキーを変えて、あたかも自分のために書き下ろしされたかのように歌い上げてしまう夏井さんの声は、魔法のように渇きはじめた心に沁み渡っていく。
《七夕を迎える本日、都内は局所的に激しい豪雨に見舞われますがすぐに通り過ぎ、夜は織姫と彦星との再会に相応しい星空を観測できるでしょう》
情緒あふれる解説が無機質なラジオの音に乗せて、飾り気のない部屋に響く。私は自室の窓から外を見やった。俄かに薄暗く、厚みのある雲が折り重なっていく空模様。日中には抜けるような青空の下、新宿御苑の片隅で夏の日差しを感じたばかりだというのに。この時期の天候はどうにも移り気で変わり身がはやい。
897《七夕を迎える本日、都内は局所的に激しい豪雨に見舞われますがすぐに通り過ぎ、夜は織姫と彦星との再会に相応しい星空を観測できるでしょう》
情緒あふれる解説が無機質なラジオの音に乗せて、飾り気のない部屋に響く。私は自室の窓から外を見やった。俄かに薄暗く、厚みのある雲が折り重なっていく空模様。日中には抜けるような青空の下、新宿御苑の片隅で夏の日差しを感じたばかりだというのに。この時期の天候はどうにも移り気で変わり身がはやい。
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PASTanzr 初出2023.4.斗メイ
居眠りするメイを見て、一思案する山神さんの真意。
我が事務所が誇る唯一のエトワールはいま、事務所の自席でうつらうつらと安らかな寝息を立てている最中だ。
手遅れと知りつつ(斗メイ) 彼女を置き去りにしたくないと、魂の底からの叫びが聞こえた。しかし本来ならば、柳顔を伏したメイくんに気がつかないふりをすることが正だとも思っている。我が事務所が誇る唯一のエトワールはいま、事務所の自席でうつらうつらと安らかな寝息を立てている最中だ。
気の利いた紳士ならば迷いなくエトワールを抱き上げて、彼女に与えられし魂の住処へと送り届けるところだろうが――僕にとっては身に余る行為とも言えよう。おそらく彼女も望んではいまい。
今メイくんが担う案件はまさに、全てが決着する大詰めの局面に突入している。時には一瞬の隙も許されず、神経を鋭く研ぎ澄ませ、その繊細な感性を全身全霊で注ぎ込む必要があるだろう。彼女の全てが、成功か失敗かという命運の分かれ道にかかっている。その道を容易く奪おうとは野暮というものだ。
880気の利いた紳士ならば迷いなくエトワールを抱き上げて、彼女に与えられし魂の住処へと送り届けるところだろうが――僕にとっては身に余る行為とも言えよう。おそらく彼女も望んではいまい。
今メイくんが担う案件はまさに、全てが決着する大詰めの局面に突入している。時には一瞬の隙も許されず、神経を鋭く研ぎ澄ませ、その繊細な感性を全身全霊で注ぎ込む必要があるだろう。彼女の全てが、成功か失敗かという命運の分かれ道にかかっている。その道を容易く奪おうとは野暮というものだ。
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DONEanzr夏メイ+秋元
日常アカに掲載したヘッダー用SS
キスの仕方について(夏メイ+秋元)「み、見るな頼むから……!」
夏井は声をひっくり返しながら叫ぶ。予告もなしに訪れた秋元が夏井の自室内、背後で点灯したままのモニターを凝視していたからだ。
作りたての炒飯入りのタッパーを握りしめながら、後輩は悪気なく呟く。
「[キス 仕方]……」
「口に出すなよ」
モニターに映し出されていたのは、検索エンジンのサーチ結果一覧。
「誰と……?」
「言うか」
「恋人がいることは認めるんですね」
「あっ………………」
紅潮した顔を覆って項垂れる先輩の慌てふためく様を見て、秋元は考えを巡らせる。
秋元は夏井のおおよその交友関係を把握しているつもりだった。夏井へ好意的な視線を送る者には何名か心当たりがあるが、無難な営業用の笑みが崩れる人物は一人しか浮かばない。
848夏井は声をひっくり返しながら叫ぶ。予告もなしに訪れた秋元が夏井の自室内、背後で点灯したままのモニターを凝視していたからだ。
作りたての炒飯入りのタッパーを握りしめながら、後輩は悪気なく呟く。
「[キス 仕方]……」
「口に出すなよ」
モニターに映し出されていたのは、検索エンジンのサーチ結果一覧。
「誰と……?」
「言うか」
「恋人がいることは認めるんですね」
「あっ………………」
紅潮した顔を覆って項垂れる先輩の慌てふためく様を見て、秋元は考えを巡らせる。
秋元は夏井のおおよその交友関係を把握しているつもりだった。夏井へ好意的な視線を送る者には何名か心当たりがあるが、無難な営業用の笑みが崩れる人物は一人しか浮かばない。
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DONEanzr夏メイ(のつもり)(少し暗い)
2023年3月20日、お彼岸の日の話。
あの世とこの世が最も近づくというこの日にすら、青年は父の言葉を聞くことはできない。
※一部捏造・モブ有
あの世とこの世の狭間に(夏メイ) 三月二十日、月曜日。日曜日と祝日の合間、申し訳程度に設けられた平日に仕事以外の予定があるのは幸運なことかもしれない。
朝方の電車はがらんとしていて、下りの電車であることを差し引いても明らかに人が少ない。片手に真っ黒なトートバッグ、もう片手に菊の花束を携えた青年は無人の車両に一時間程度揺られた後、ある駅名に反応した青年は重い腰を上げた。目的の場所は、最寄り駅の改札を抜けて十分ほどを歩いた先にある。
古き良き街並みに続く商店街の道。青年は年に数回ほど、決まって喪服を身にまとってこの地を訪れる。きびきびとした足取りの青年は、漆黒の装いに反した色素の薄い髪と肌の色を持ち、夜明けの空を彷彿とさせる澄んだ瞳は真っすぐ前だけを見据えていた。青年はこの日も背筋を伸ばし、やや早足で商店街のアーケードを通り抜けていく。さび付いたシャッターを開ける人々は腰を曲げながら、訳ありげな青年をひっそりと見送るのが恒例だ。商店街の老いた住民たちは誰ひとりとして青年に声をかけないが、誰もが孫を見守るかのような、温かな視線を向けている。
2668朝方の電車はがらんとしていて、下りの電車であることを差し引いても明らかに人が少ない。片手に真っ黒なトートバッグ、もう片手に菊の花束を携えた青年は無人の車両に一時間程度揺られた後、ある駅名に反応した青年は重い腰を上げた。目的の場所は、最寄り駅の改札を抜けて十分ほどを歩いた先にある。
古き良き街並みに続く商店街の道。青年は年に数回ほど、決まって喪服を身にまとってこの地を訪れる。きびきびとした足取りの青年は、漆黒の装いに反した色素の薄い髪と肌の色を持ち、夜明けの空を彷彿とさせる澄んだ瞳は真っすぐ前だけを見据えていた。青年はこの日も背筋を伸ばし、やや早足で商店街のアーケードを通り抜けていく。さび付いたシャッターを開ける人々は腰を曲げながら、訳ありげな青年をひっそりと見送るのが恒例だ。商店街の老いた住民たちは誰ひとりとして青年に声をかけないが、誰もが孫を見守るかのような、温かな視線を向けている。
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DONEanzr匠メイ(弟視点)
時折酒を酌み交わす火村弟の苦悩と、兄貴の変化について。
※弟・公式設定と捏造設定混在
三十路から始まるささやかな楽しみ(匠メイ+弟) 三十歳を超えた丸腰の男は、ただのおっさんでしかない。黙って場にいるだけでちやほやされるのはせいぜい、フレッシュな新卒や二十代前半頃までだろう。
若いうちに自分の強みや持てる技術を磨いて、伸ばす努力をしなければ置き去りにされる一方だと、身を以て実感している。社会生活は、とりわけ営業職の世界は実力や結果がすべて。愚直にがんばりました、だけでは見向きもされないのだ。
そして、この度無事に三十路の称号を得た俺はどうだろうか。わが身を振り返るだけでもげんなりする。
ぱっとしない「おっさん」の一言に尽きるからだ。
得意先から直帰することになった金曜日、十八時五十五分。気安く手を上げた兄貴は、歌舞輝町の都心の喧騒やネオンの明かりに紛れることなく颯爽と現れた。
4335若いうちに自分の強みや持てる技術を磨いて、伸ばす努力をしなければ置き去りにされる一方だと、身を以て実感している。社会生活は、とりわけ営業職の世界は実力や結果がすべて。愚直にがんばりました、だけでは見向きもされないのだ。
そして、この度無事に三十路の称号を得た俺はどうだろうか。わが身を振り返るだけでもげんなりする。
ぱっとしない「おっさん」の一言に尽きるからだ。
得意先から直帰することになった金曜日、十八時五十五分。気安く手を上げた兄貴は、歌舞輝町の都心の喧騒やネオンの明かりに紛れることなく颯爽と現れた。
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DONEanzr夏メイ
何でもない日にプレゼントを贈りたくなった夏井さんのお話
傍に置いてよ、俺の代わりにでも(夏メイ) まるで七篠のためにあつらえた代物ではないか。
ひと目見るだけでそんな錯覚を覚えるなんて、我ながら安直だなと嘲笑いたくなる。
控えめなピンクゴールドのそれは、俺の手のひらよりも二回り程度小さい。直線で構成された猫の形はじっくりと観察しなければ、多角形の集合体に見えるほど芸術性が高いデザインだ。幾何学模様の中からは尻尾、ではなく、角張ったリングが付随している。スマホの裏につけていても邪魔になりづらい、許容範囲ぎりぎりの厚みに見受けられた。
図書館からの帰り、通り道沿いに並べられていた洒落たデザインのスマホリング。導かれるように手に取ってみると、七篠がスマホリングをつけて操作する様相がありありと浮かんできた。
1740ひと目見るだけでそんな錯覚を覚えるなんて、我ながら安直だなと嘲笑いたくなる。
控えめなピンクゴールドのそれは、俺の手のひらよりも二回り程度小さい。直線で構成された猫の形はじっくりと観察しなければ、多角形の集合体に見えるほど芸術性が高いデザインだ。幾何学模様の中からは尻尾、ではなく、角張ったリングが付随している。スマホの裏につけていても邪魔になりづらい、許容範囲ぎりぎりの厚みに見受けられた。
図書館からの帰り、通り道沿いに並べられていた洒落たデザインのスマホリング。導かれるように手に取ってみると、七篠がスマホリングをつけて操作する様相がありありと浮かんできた。
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DONEanzr匠メイ(BD)
どこかで虚しさが消えない火村さんと、恋人になったメイとで過ごす誕生日
※捏造だらけ
水曜日に寄り添うティラミス(匠メイ) ビスケットをエスプレッソにくぐらせて、型に敷き詰める。顔が隠れそうな大きさの四角い器へ隙間なく並べ終えてからは、メレンゲと合わせてふわふわのマスカルポーネクリームを数回に分けて、そっと流し込んだ。ゴムベラで最後の一滴まで余すことなく攫ってから流しにボウルとゴムベラを置き、水を張る。
そこから最後の仕上げに、と、ココアパウダーの封を開けようとしたところだった。
「……メイちゃん?」
作業の手を止めて、しかし振り返らずに呼びかけてみる。背後からぽすん、と音がしたが、ここが自宅である点を鑑みると犯人は一人しかいない。背中に身を預けた彼女はこわごわと腰に手を回し、頭をぐりぐりと押しつけているようだ。
(何だよ、この可愛い生き物は……)
2263そこから最後の仕上げに、と、ココアパウダーの封を開けようとしたところだった。
「……メイちゃん?」
作業の手を止めて、しかし振り返らずに呼びかけてみる。背後からぽすん、と音がしたが、ここが自宅である点を鑑みると犯人は一人しかいない。背中に身を預けた彼女はこわごわと腰に手を回し、頭をぐりぐりと押しつけているようだ。
(何だよ、この可愛い生き物は……)
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DONEanzr夏メイ(VD)
もしも、夏井さん宛に贈られた本命チョコが○○モチーフだったとしたら……
発掘家見習いによる幸福な受難(夏メイ) 高級感漂う包装紙を剥がして刹那、絶句した。
やけに重量感のあるパッケージにはでかでかと、リアリティ溢れる恐竜のイラストがプリントされていたのだから。
『一目見た瞬間、これは夏井さんの為のチョコだ! と思ったんです』
表情の変化に乏しい七篠が心なしか、水を得た魚のようにいきいきとした表情を向けるものだから何事かと思えば。
チョコレートはどうやら、化石がモチーフらしい。探検家気分で壁と砂をかき分けて、恐竜の化石を発掘するのだという(当然の如く、化石も壁も砂も食べられるらしい)。箱の中には発掘調査の道具と称したプラスチック製のハンマーや刷毛などまで同封されていた。
ジョークグッズにしては手が込んでいると思ったけれど、メーカー名は春野さんから何度か聞き覚えのある有名ショコラのブランドだったことで眩暈を覚える。通りで匂いからして「お高そうな雰囲気」を醸し出していたわけだ。
1334やけに重量感のあるパッケージにはでかでかと、リアリティ溢れる恐竜のイラストがプリントされていたのだから。
『一目見た瞬間、これは夏井さんの為のチョコだ! と思ったんです』
表情の変化に乏しい七篠が心なしか、水を得た魚のようにいきいきとした表情を向けるものだから何事かと思えば。
チョコレートはどうやら、化石がモチーフらしい。探検家気分で壁と砂をかき分けて、恐竜の化石を発掘するのだという(当然の如く、化石も壁も砂も食べられるらしい)。箱の中には発掘調査の道具と称したプラスチック製のハンマーや刷毛などまで同封されていた。
ジョークグッズにしては手が込んでいると思ったけれど、メーカー名は春野さんから何度か聞き覚えのある有名ショコラのブランドだったことで眩暈を覚える。通りで匂いからして「お高そうな雰囲気」を醸し出していたわけだ。
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DONEanzr匠メイ(VD)
製作中のチョコを盛大に零したメイちゃんと、駆け付けた火村さん
チョコレイトの雨がふる(匠メイ) 屈みこんだ時にはもう遅かった。目先でカラン、と派手な音を立てて、ステンレス製のボウルが落下していく。私の反射神経では受け止めることすらままならず、結局スローモーションを追うようにチョコレートが跳ねる様を眺めることしかできなかった。テンパリングは素人の割にはそれなりに上手く進められているなと思っていたけれど、僅かに油断をしたのがいけなかったのかもしれない。
ともあれ、いくら嘆いたところで後の祭りだ。いつもならきれいに整えられている事務所のキッチンは見るも無残な惨事に陥っており、辺りには場違いなほどねっとりと甘い匂いが立ち込めている。
「メイちゃん!」
血相を変えた火村さんはすぐさま駆け寄り、チョコレートに塗れてぼんやりと床を見つめている私の手を取った。
1402ともあれ、いくら嘆いたところで後の祭りだ。いつもならきれいに整えられている事務所のキッチンは見るも無残な惨事に陥っており、辺りには場違いなほどねっとりと甘い匂いが立ち込めている。
「メイちゃん!」
血相を変えた火村さんはすぐさま駆け寄り、チョコレートに塗れてぼんやりと床を見つめている私の手を取った。
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DONEanzr匠メイ
節分から数日後の食卓。試食したり思い悩んだり忙しいメイちゃんと、どっしり(?)構えている火村さん
鬼の正体(匠メイ) ばり、ぼり、ざく! と漫画の効果音のような咀嚼音が響く。思わず口を抑えながら箸を置けば、火村さんは飲みかけのロックグラスを片手に吹き出した。
「ははっ……くっふ……はははははっ!」
「……んぐ」
「喋るな喋るな」
そんなに笑われてしまうような仕草だろうか。黙々と、もぐもぐと、口を動かしたのは単純に美味しかったからなのだけれど。噛み応えがある食感と熱々でジューシーな肉汁から広がる芳香さとほど良い塩加減が絶妙にマッチしていて、いくらでも味わいたい。もう少し柔らかな食感であれば箸が止まらなくなるほどだったに違いないから、きっとこのくらいの固さがちょうど良いのだと思う。
「……、とても美味しいです」
「ありがとよ」
2297「ははっ……くっふ……はははははっ!」
「……んぐ」
「喋るな喋るな」
そんなに笑われてしまうような仕草だろうか。黙々と、もぐもぐと、口を動かしたのは単純に美味しかったからなのだけれど。噛み応えがある食感と熱々でジューシーな肉汁から広がる芳香さとほど良い塩加減が絶妙にマッチしていて、いくらでも味わいたい。もう少し柔らかな食感であれば箸が止まらなくなるほどだったに違いないから、きっとこのくらいの固さがちょうど良いのだと思う。
「……、とても美味しいです」
「ありがとよ」
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DONEanzr夏メイ(BDお祝い)
メイちゃんからのプレゼントと、お菓子言葉に動揺する夏井さん
※若干の過去捏造有
火曜日に捧げるマロングラッセ(夏メイ) 差し出された横長の箱へ釘付けになる。落ち着いた緑色の包装が施され、影絵の女性の横顔があしらわれたロゴには見覚えしかない。
(これは……)
箱には「MARRONS GLACÉS」の印字。パッケージだけを見ても明らかに上等なスイーツだ。
珍しく事務作業に追われていた日の昼下がり。昼食調達のために外へ出ようとしたところ、出会い頭に七篠から声をかけられた。わざわざ仕事の合間に立ち寄ってくれたらしい。手提げの紙袋からそれを取り出すと柔らかな笑みを浮かべて言う。
「お誕生日、おめでとうございます」
「え、と……」
相変わらず真っすぐな視線だ。堂々と受け止めたいのに、実際の俺はといえば言い淀んで目を逸らすことしかできない。
2275(これは……)
箱には「MARRONS GLACÉS」の印字。パッケージだけを見ても明らかに上等なスイーツだ。
珍しく事務作業に追われていた日の昼下がり。昼食調達のために外へ出ようとしたところ、出会い頭に七篠から声をかけられた。わざわざ仕事の合間に立ち寄ってくれたらしい。手提げの紙袋からそれを取り出すと柔らかな笑みを浮かべて言う。
「お誕生日、おめでとうございます」
「え、と……」
相変わらず真っすぐな視線だ。堂々と受け止めたいのに、実際の俺はといえば言い淀んで目を逸らすことしかできない。
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DONEanzr車内でメイちゃんにもたれかかって眠る火村さんと、未熟さを痛感するメイちゃん(with八乙女さん)
※ビター系・一部2.5章台詞バレ有
I want to touch, and(匠メイ) 右肩にすとんと落ちた心地好い重みと、首都高を軽快に駆け抜けていく外国車の独特な振動に身を委ねる。本来ならば達成感で高揚しているはずだった私は想定とは異なる緊張感でいっぱいだ。
「珍しいこともあったものね」
ドライブレコーダー機能がついているというルームミラー越しに、八乙女さんと目が合った。彼女は揶揄うような笑みをひとつ浮かべて前方へと向き直る。
追及の視線から逃れるようにそっと、右側に意識を向けてみた。ぱりっとした格好の上長、もとい火村さんは相変わらず、すやすやと寝息を立てながら直立不動の私へともたれかかっている。
「仕事は卒なく、こなしているように見えたのですが」
「メイちゃんの前だから気が抜けちゃったのよ、きっと」
1704「珍しいこともあったものね」
ドライブレコーダー機能がついているというルームミラー越しに、八乙女さんと目が合った。彼女は揶揄うような笑みをひとつ浮かべて前方へと向き直る。
追及の視線から逃れるようにそっと、右側に意識を向けてみた。ぱりっとした格好の上長、もとい火村さんは相変わらず、すやすやと寝息を立てながら直立不動の私へともたれかかっている。
「仕事は卒なく、こなしているように見えたのですが」
「メイちゃんの前だから気が抜けちゃったのよ、きっと」
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DONEanzr 初出2023.1.21.「今宵一番街にて」書き下ろし作品
とある冬の日、夏井さんの回想といつの間にか大切な存在になっていたメイちゃんとのお話
※夏井さんの過去・父親の捏造多数
静寂埋める濡れ雪「わ……!」
僅かに目を見開きながら空を仰ぐ七篠は、ほろほろと落ち始めた雪を躊躇なく顔で受け止める。
程なくして大粒に変わりはじめた雪には見るからに水分が混じっていてひどく重みがあるようだ。いくつもの結晶を連ねたまま音もなく七篠の額や頬を撫でて、消えていく。俺は折り畳み傘を探る手を止めないまま、どことなくはしゃいだ様相の横顔を見つめていた。七篠の呼吸に合わせて吐く息は、軽く舞い上がっては空気に溶けていき、再びうっすらと煙るのを繰り返すばかり。
いつか七篠も、あっけなく姿を消してしまうに違いない。無意識に浮かんだ考えに気がつき、いつしか探り当てた折り畳み傘をきつく、きつく握りしめる。ひと時だけ瞳を閉じれば、いつかの事件で逝ってしまった父親が皺だらけの表情が鮮明に蘇った。
3972僅かに目を見開きながら空を仰ぐ七篠は、ほろほろと落ち始めた雪を躊躇なく顔で受け止める。
程なくして大粒に変わりはじめた雪には見るからに水分が混じっていてひどく重みがあるようだ。いくつもの結晶を連ねたまま音もなく七篠の額や頬を撫でて、消えていく。俺は折り畳み傘を探る手を止めないまま、どことなくはしゃいだ様相の横顔を見つめていた。七篠の呼吸に合わせて吐く息は、軽く舞い上がっては空気に溶けていき、再びうっすらと煙るのを繰り返すばかり。
いつか七篠も、あっけなく姿を消してしまうに違いない。無意識に浮かんだ考えに気がつき、いつしか探り当てた折り畳み傘をきつく、きつく握りしめる。ひと時だけ瞳を閉じれば、いつかの事件で逝ってしまった父親が皺だらけの表情が鮮明に蘇った。
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PASTanzr初出2022.8.28.
イベストバレ有(遊園地の怪人+ハイサマーロマンス)
どうかしている。君も俺も(夏メイ) 夏井流星はけたたましい音を立てながらスマホを伏せた。
液晶ディスプレイに表示された画像の正体に気づいたからである。
(…………何なの)
いつもより比較的静けさ漂う特対内。スマホを叩きつけた勢いで右手が僅かに痺れたまま、夏井は自席のデスクに勢いよく突っ伏す。一連の動作に、休日出勤中の他数名の課員たちは遠巻きに夏井の様子を伺うばかりだ。
瞼の裏に過ぎるのは、後輩である秋元からFINEに送信された1枚の画像。青い空と透き通るほど眩しい海を背景に寛ぐ七篠メイの写真である。
海の家らしいチープなつくりのテーブルの上には鮮やかな色味のスムージーが入ったグラスがいくつも乗っており、七篠はそのうちのひとつを口にしながら僅かに目を見開いていた。秋元は「個人的な用件」で春野と行動を共にしていたはずだったが、何がどうしてこうなったのか現時点では予想もつかない。それに、不意打ちの如く無防備な姿を撮られている七篠も七篠だ。身にまとう眩しい色味のチューブトップは七篠の肌の白さを殊更に強調している。しかもわき腹の辺りにはうっすらと不自然な翳りがあり、見方によっては影のようにも古傷や火傷の跡のようにも受け取れる。羽織るものを何も身につけていない点も相まって、夏井の平常心はすっかり隅に追いやられてしまっている最中だった。
2564液晶ディスプレイに表示された画像の正体に気づいたからである。
(…………何なの)
いつもより比較的静けさ漂う特対内。スマホを叩きつけた勢いで右手が僅かに痺れたまま、夏井は自席のデスクに勢いよく突っ伏す。一連の動作に、休日出勤中の他数名の課員たちは遠巻きに夏井の様子を伺うばかりだ。
瞼の裏に過ぎるのは、後輩である秋元からFINEに送信された1枚の画像。青い空と透き通るほど眩しい海を背景に寛ぐ七篠メイの写真である。
海の家らしいチープなつくりのテーブルの上には鮮やかな色味のスムージーが入ったグラスがいくつも乗っており、七篠はそのうちのひとつを口にしながら僅かに目を見開いていた。秋元は「個人的な用件」で春野と行動を共にしていたはずだったが、何がどうしてこうなったのか現時点では予想もつかない。それに、不意打ちの如く無防備な姿を撮られている七篠も七篠だ。身にまとう眩しい色味のチューブトップは七篠の肌の白さを殊更に強調している。しかもわき腹の辺りにはうっすらと不自然な翳りがあり、見方によっては影のようにも古傷や火傷の跡のようにも受け取れる。羽織るものを何も身につけていない点も相まって、夏井の平常心はすっかり隅に追いやられてしまっている最中だった。
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PASTanzr初出2022.8.23.
夏イベ開始前に妄想した火村さんとメイちゃんのお話
真夏の狼(匠メイ) 最高気温三十五.一度。そして八月の東京における相対湿度は平均七十一パーセント。これらを踏まえて割り出した結果、本日の不快指数は推定八十九.一パーセントであるらしい。不快指数は七十五パーセントを超えたところから暑さを感じ始めて、その後五パーセント刻みでレベルが切り替わる。八十パーセントで汗が出るほどの暑さを感じ、八十五パーセントを超える頃にはうだるような暑さを覚えるのだという。
申し訳程度の生温い潮風が頬を撫でたところで、七篠メイはちらりと前方に目をやる。原色にも似た真っ青な空の下、幾度となく踏みつけられた足跡により波打つ砂浜の凹凸を照り返す太陽光が際立たせた。視線をずらせば崩れかけた砂の山の傍らには短い枝が転がり落ちており、先ほど教えてもらった山崩しという遊びを行った痕跡と認める。
2173申し訳程度の生温い潮風が頬を撫でたところで、七篠メイはちらりと前方に目をやる。原色にも似た真っ青な空の下、幾度となく踏みつけられた足跡により波打つ砂浜の凹凸を照り返す太陽光が際立たせた。視線をずらせば崩れかけた砂の山の傍らには短い枝が転がり落ちており、先ほど教えてもらった山崩しという遊びを行った痕跡と認める。