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    michiru_wr110

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    michiru_wr110

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    anzr
    初出2022.8.23.
    夏イベ開始前に妄想した火村さんとメイちゃんのお話

    #anzr男女CP
    anzrMaleAndFemaleCp
    #火メイ
    #匠メイ

    真夏の狼(匠メイ) 最高気温三十五.一度。そして八月の東京における相対湿度は平均七十一パーセント。これらを踏まえて割り出した結果、本日の不快指数は推定八十九.一パーセントであるらしい。不快指数は七十五パーセントを超えたところから暑さを感じ始めて、その後五パーセント刻みでレベルが切り替わる。八十パーセントで汗が出るほどの暑さを感じ、八十五パーセントを超える頃にはうだるような暑さを覚えるのだという。
     申し訳程度の生温い潮風が頬を撫でたところで、七篠メイはちらりと前方に目をやる。原色にも似た真っ青な空の下、幾度となく踏みつけられた足跡により波打つ砂浜の凹凸を照り返す太陽光が際立たせた。視線をずらせば崩れかけた砂の山の傍らには短い枝が転がり落ちており、先ほど教えてもらった山崩しという遊びを行った痕跡と認める。

     七篠はビーチパラソルの影から一歩、二歩と進みだして痕跡に近づいていく。
     麓がごっそりと削られ、穴の開いた砂の山を食い入るように見つめる。何か既視感があるような気がしたのだけれど、思い出そうとすれば胸の奥が針の先で刺されるような痛みを覚えるばかりでその先の記憶へとは踏み入れそうにないものの。

     この痛みから、目を逸らしてはいけない気がする。

     じくじくと少しずつ、治らない傷跡にいつまでも触れるような不快さだった。しかし七篠は目を逸らさぬよう、努めて砂山の残骸を見つめる。


    「ほらよ」

     不意に、頬に何かが触れたのはその時だった。


    「……火村さん」
     携えた二本のペットボトルの片方を押し当てた男の仕草は恋人同士の戯れにも似ている。一見すれば切り取られた甘いひと時の中心にいるかのような二人の様相に、数メートル離れた先で息を呑む音が聴こえてきた。
    「どうした? そこで待ってなって言ったろ」
    「申し訳ありません」
     実際のところただの上司である火村からミネラルウォーターを受け取ると、七篠は折り目正しく四十五度に腰を折って礼をする。うだるような暑さの中、火村は人一倍七篠の体調に気を配り、追加の飲み物調達にその場を離れたのがわずか数刻前。
    「謝らせたいわけじゃねえよ。メイちゃんが平気なら良いんだ」
     苦笑混じりの弁明に静かに頷いた七篠は、壊れ物を扱うかのようにそっと、汗を掻き始めたペットボトルを胸の中に抱きしめた。

    「苦しい、ような気はします」
    「えっ?」
    「でも、我慢できます。平気です」
     血相を変えた火村を制して、七篠は言葉を続ける。
    「平気なんです。熱中症の予兆のような症状もなく。身体は問題ありません」
     けれども。言葉が途切れて七篠は、傍らに残る砂山に目をやった。
     胸の中にくすぶる焦燥感はちりちりと纏わりついて消えそうにない。消える気配もないのに、胸の内を語ろうにも適切に表現できる言葉は一向に見当たりそうにないのが現状でもある。適切な言葉を探そうとすれば途方もない時間がかかってしまいそうだ。
     山の頂点付近に空いていた穴は風に攫われて、少しずつ削られていく。おそらく運ばれてきた砂塵と混じり合い、穴の開いていた痕跡などすぐにわからなくなってしまうに違いない。けれど穴は完全にふさがったとは言えまい。表面的に凹みがなくなって見えるだけだ。もしも砂の山を切り分けて断面を見られるならば、空洞になったままの穴が残っているのがありありと見て取れるに違いない。
    「……私にとって都合が悪くても、思い出さなければと……考えて、いただけで」
     砂山の中にある空洞から目を逸らすことで、何か大切なものを失ってしまうような。七篠は今まさに、急き立てられるような危機感を覚えている。

    「逃げて良いんじゃねえか?」
     火村の表情は逆光に霞んで見えない。だからかもしれない。七篠には火村の言葉が、酷く切実な響きを帯びて聴こえたような錯覚に陥った。
    「逃げて、良い」
     無感情に繰り返した七篠に、火村は彩度の高い水色の瞳を密やかに細めた。
    「無理に思い出す必要なんかねえよ」
    「……え、と」
     きっといつものように、七篠を甘やかそうとしているのだ。そう思うだけなら単純な話だったろう。
    「でも」
     呟きながら近づいてきた火村は何か重大なことを伝えようとして、しかし何もかもを吞み込むように眉尻を下げるばかりだ。
    「言われたところで、メイちゃんは納得しないんだろうな」
     二、三瞬きをする。目を凝らして向き直った時にはもうすっかりいつも通り、世話焼きな上長の顔に戻っていた。
    (何だか、別の人を見ているみたいだった……)

     最高気温は予報の数値を更新する可能性が高い。仮に三十六.〇度になったと仮定して、八月の東京における相対湿度を鑑みると、本日の不快指数は推定九十.六パーセントの大台に乗る事だろう。
     うだるような、逃げ出したくなるような暑さの中、あと一歩踏み出せばゼロ距離になるその人と再び向かい合う。
     再び吹き始めた潮風が無造作に癖のある黒髪を揺らす中、火村は手を伸ばした。
     色素の薄い髪を繊細な手つきで撫でる仕草。骨ばった指先の感触を追いかけるうちに芽生えた、温かな気持ち。不快さとはまるで程遠いくすぐったさ。眦を下げた表情の変化にいち早く気がつくと、火村は誰にともなく呟いた。

    「……独りにさせるかよ。一生な」
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    夏メイ(のつもり)(少し暗い)
    2023年3月20日、お彼岸の日の話。

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    ※一部捏造・モブ有
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