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    michiru_wr110

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    michiru_wr110

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    anzr 初出2023.6.
    匠メイ
    1周年SSより着想を得ました。

    「仕事上の間柄」とは言いがたい距離で、火村さんは真っ赤なリップスティックを私の唇に押し当てている。

    #匠メイ
    #anzr男女CP
    anzrMaleAndFemaleCp

    ただ、ふたりだけのせかい(匠メイ) 鮮やかなスカイブルーの瞳から真剣な眼差しを向けられる瞬間は、いつだって落ち着かない心地にさせられる。今だって例外ではない。
     とはいえ、彼の名誉のために言い訳をさせてほしい。彼と物理的な距離を縮めることに関して、決して不快さを覚えているわけではないのだ。
     負の感情……いつか口にした安い珈琲のような、拒絶したくなる気持ちだって微塵も感じない。それなのに。

     今抱いている感情の正体は未だに掴めずにいて、どこかもどかしさを覚えている。

    (この感情を言語化する方法はあるのだろうか)

     距離にして十五センチほど。
     「仕事上の間柄」とは言いがたい距離で、火村さんは真っ赤なリップスティックを私の唇に押し当てている。長い指先が口紅を伝って、私の唇を優しくなぞる一連の手つきが、こわいくらいにやさしい。
     徐々に激しく鼓動する心音の強さは、ジョージさんにメイクをしてもらった時とは明らかに異なっていた。

    「ほら、できた」
    「……ありがとうございます」
     喧騒と、無遠慮な好奇の視線の数々をやり過ごしながら、火村さんはルージュの蓋をぱちりと閉めた。
     かしこまった社交の場では、お化粧直しの類はパウダールームで行うものだと教えられていたはずなのに、おかしい。目を瞠る大きさのシャンデリアがいくつも吊り下げられている内装も、行き交う人々の煌びやかな装いも、提供されている飲食の華やかさも何もかも……少なくとも今は、典型的な「社交の場」にいるはずと認識していたのだけれど。
    「あの、すみません」
    「謝られるようなことをされた覚えはないが、どうした?」
     いっそ当たり前のごとく堂々とした佇まいの火村さんに、私はおずおずと声をかける。
    「今の行為は、このような公衆の面前で堂々としてもらうものでは、ないのでは」
     しかしながら不自然に声が途切れてしまい、私は息を呑む。火村さんが自らの親指で私の唇を塞ぐからだ。
    「……ああ」
     ルージュを塗り直したそばから、どうしたことだろう。触れた指を外さないまま、火村さんは明後日の方角へ、刺すように鋭い視線を向けた。時折見せるようになったその仕草が、私たちを見る誰かへの牽制なのだと知らされたのはつい先日のことだ。どのような理由であれ、彼を不快な気持ちにさせるのは忍びない気持ちになるけれど、再びこちらを見つめる瞳は、いつもどおり「甘やかしている」時のそれに戻っていた。

    「あんたが着飾ると……どうしようもなく、気が狂いそうになっちまう」
    (それは、どういう意味なのでしょうか)
     真意を問わずにはいられないのに、今は叶わない。
     私の声にならない問いかけを、火村さんは正しく読み取ってくれるだろうか。

    「いい女だよ、あんたは」
     含めるように聞かせてくれる火村さんの言葉は、果たして真実と呼べるものなのか。仕事の関係を超えて、互いの感情も何もかもを曝け出してもなお、答えは分からない。
     いっそのこと全てを信じて委ねてしまえるならば、胸の詰まるようなしあわせな息苦しさも緩和されるのだろうか。
    「確かめてみるか? 俺が世辞でこんなことを言っているかどうか」
     鮮やかなスカイブルーの瞳にあてられて、いよいよ直視できなくなった私は勢いのまま、何もかもを彼に預けてみることにした。

     騒がしかった声は束の間小さくなる。
     さいごに聴こえたのは、無関係な誰かが、微かに息を呑む音だけだった。
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    michiru_wr110

    DONEanzr
    夏メイ(のつもり)(少し暗い)
    2023年3月20日、お彼岸の日の話。

    あの世とこの世が最も近づくというこの日にすら、青年は父の言葉を聞くことはできない。

    ※一部捏造・モブ有
    あの世とこの世の狭間に(夏メイ) 三月二十日、月曜日。日曜日と祝日の合間、申し訳程度に設けられた平日に仕事以外の予定があるのは幸運なことかもしれない。

     朝方の電車はがらんとしていて、下りの電車であることを差し引いても明らかに人が少ない。片手に真っ黒なトートバッグ、もう片手に菊の花束を携えた青年は無人の車両に一時間程度揺られた後、ある駅名に反応した青年は重い腰を上げた。目的の場所は、最寄り駅の改札を抜けて十分ほどを歩いた先にある。
     古き良き街並みに続く商店街の道。青年は年に数回ほど、決まって喪服を身にまとってこの地を訪れる。きびきびとした足取りの青年は、漆黒の装いに反した色素の薄い髪と肌の色を持ち、夜明けの空を彷彿とさせる澄んだ瞳は真っすぐ前だけを見据えていた。青年はこの日も背筋を伸ばし、やや早足で商店街のアーケードを通り抜けていく。さび付いたシャッターを開ける人々は腰を曲げながら、訳ありげな青年をひっそりと見送るのが恒例だ。商店街の老いた住民たちは誰ひとりとして青年に声をかけないが、誰もが孫を見守るかのような、温かな視線を向けている。
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