芸能人になったジャミル×一般人カリム②「カリム、ごめんね」
「気にしなくて大丈夫だよ。かーちゃんもとーちゃんも、忙しいって分かってるから!」
カリムに似た短めの眉を、こちらの方が悲しくなるくらい八の字にして、母はカリムに向かって両手を合わせて謝罪した。
出張から帰ってきたばかりで疲れているだろうに、母はリビングをどたばたと動き回って荷物を整理している。既に動いている父に追いつくべく、今夜中には家を出ないといけないらしい。
カリムの父は、以前は大手の商社で働いていたが、数年前に起業をした。その起業をきっかけに、母も父の仕事を手伝うようになり、海外出張の多い父によく着いていっている。
仕事を頑張る両親の姿は、カリムの誇りだ。カリムも親の手を離れる年頃になってきたし、仕事に奔走する両親を応援したいと思う。
エールの意味を込めて、ニコニコと笑ってみせると、母はまた申し訳なさそうな声を出した。
「次の水曜は、カリムの誕生日なのに。……ダメな親ね」
母の言う通り、来週はカリムの誕生日だった。急遽決まってしまった海外出張は少々長引くものらしく、帰国の予定はカリムの誕生日にギリギリ間に合わないらしい。
「大丈夫だって! ……あ、あー、ジャミルと約束してるんだ。だから、一人じゃないよ」
「本当?」
「う、うん! 誕生日は会えるって」
母は、ほっとした表情を浮かべた。
「それなら、良かった。カリム、当日は過ぎちゃうけど、帰ってきたらたくさんお祝いしましょうね」
「ありがとう! 楽しみにしてる」
母のカリムを想う優しさに、カリムは心からの笑みを見せる。母は、未だ名残惜しそうな顔をしながらも、私物を取りにか、二階へと上がっていた。
母の姿が見えなくなってから、カリムは気付けば止めていた息を大きく吐く。
(本当は、約束なんてしてないんだよなあ)
カリムは座ってたソファにころりと横たわって、ポケットからスマートフォンを取り出した。何の通知も届いていない様子を見ると、ジャミルはまだカリムからのメッセージに気付いていないらしい。
先日、ジャミルにとって初主演となる映画の撮影が始まった。そのため休日はもちろん全日撮影に費やし、平日は授業が終わってすぐに、現場へと向かっている。場合によっては、学校を休むこともあるようだ。
そこまで忙しいジャミルに、まさか自分の誕生日の話などできるわけがない。心配する母のために、つい嘘を吐いてしまっただけなのだ。カリムは嘘が得意ではないが、準備に焦る母を誤魔化すぐらいには、笑顔を作れていたらしい。
「ジャミル……」
唇から、幼馴染みの名前が溢れる。思わず溢れてしまったその音には、一人糸雨に濡れてしまった後のような、切ない気持ちが満ちているような気がした。
◇◇◇
翌日、学校での授業を終えたカリムは、一人帰路に着いた。
今日は軽音部の活動がある予定だったのだが、バンドメンバーであるケイトとリリアにそれぞれ用事ができたらしく、急遽部活が休止になったのだ。皆が揃わないなら、活動は別日の方が良いだろう。カリムの提案は通り、軽音部の次の活動は週明け以降になる予定だ。
紫と青の紫陽花が咲き誇る校門を抜けて、歩道を歩く。学校から最寄り駅への距離は、徒歩十分程度だ。自転車や徒歩よりも、電車を使って登校する生徒が多いため、必然的に帰りの時間の歩道は、生徒の姿が多くなる。
赤信号で止まると、カリムは二人のクラスメイトを見つけた。席が近く、最近毎日話すクラスメイトである。彼等はよく喧嘩をする二人だが、今日は仲良く話が弾んでいるようだ。
彼らも電車を使う予定ならば、カリムも一緒に帰らせてもらおう。そう考えて彼らの方へ歩き出した時。
「えっ」
ぐい、と腕を引かれた。反射的に振り返り、カリムは瞠目する。黒いマスクと黒縁の眼鏡で顔は隠れてはいるが、カリムはもちろんその正体に気付いた。
「じゃみ……もごっ」
「しー!」
カリムが名前を呼ぶ前に、ジャミルがカリムの口を手で塞いだ。そのまま腕を強引に引かれて、一本奥の道へと移動した。
その道は、駅まで遠回りすることになるため、生徒たちにはあまり好まれない、住宅街の間を通る静かな道だった。
ジャミルは周りをきょろきょろと確認し、誰もいないことを確認してから手を離す。
「ジャミル! びっくりした。今日、撮影は?」
「今日は休みだ。一区切りするところまで、撮ったから」
「そうだったんだな。お疲れ!」
カリムは労いの言葉をかけたが、ジャミルは何故か不機嫌な様子に見えた。
「ジャミル?」
「お前、メッセージ見てないだろ」
「え? ……あー! ジャミルから連絡来てた! ごめん、気付かなかった!」
ちょうど、軽音部とのやりとりに夢中になっていた時に、ジャミルからも連絡が来ていたようだ。「今日、遠回りになるが一緒に帰れないか」というメッセージの後に、「もう帰った?」「返事は」などの短いメッセージがいくつか届いている。
カリムはメッセージの代わりに、謝るラッコのスタンプを一つ返してからスマートフォンをしまった。
「ジャミル、ごめんな。せっかくだから一緒に帰ろうぜ! ジャミルと帰るの、久しぶりだ~!」
ジャミルは放課後に仕事があることが多いため、多くの場合はマネージャーが車で迎えに来る。そのため、カリムと一緒に帰るというのは久しぶりのことだった。
大切な幼馴染みと一緒に帰ることができるというのは、素直に嬉しいことだ。自然とカリムの足取りが軽くなっていく。
「遠回りにさせて悪いな」
「気にすんなって。むしろ、たくさん話ができて嬉しいよ」
遠回りすればするほど、ジャミルと過ごす時間は長くなるのだ。昼休み以外、なかなかゆっくりとする時間が取れないため、今日という日は貴重だ。
「撮影は、順調か?」
「ああ。演技の現場はまだあまり経験がないが、スタッフさんや共演者にも良くしてもらって、なんとかな」
「さすがジャミル!」
ジャミルの近況を、カリムは笑顔で聞き続けた。
家にいないことを心配したジャミルの家族の厚意で、カリムはよく、ジャミルの家でご飯を食べている。しかし、ご両親や妹からジャミルの仕事の話を聞くことはできない。ジャミルは仕事の詳しいことを、家族には話さないらしい。
だから、こうしてジャミルが経験したことを、ジャミルの言葉で聞くことができると、カリムの胸中が温かくなる。夢に向かって突き進むジャミルを知ることは、カリムにとって何よりも好きなことだ。
「明日からは、撮影場所を変えるんだ。だから、今日は移動の関係で一度休み」
「そっかあ。毎日頑張っててすごいな! 映画が公開したら、絶対観に行くからな!」
「忙しければ、無理に観にこなくてもいい」
「そんなこと言うなよ~。あ、そういえば、ジャミルってどんな役を演じてるんだ?」
「……秘密だ」
「えー!」
季節の割に涼しい気温の中を、二人で歩きながら話した。今日が過ごしやすい気温で本当に良かったと思う。
普通の高校生同士なら、帰り道の雑談なんて何度でもできただろう。しかし、ジャミルとは、この時間を過ごすことは難しい。その分、今日のように一緒に帰れる日を大事に過ごしたいとカリムは思っている。
この時間を大切にすればするほど、言葉を交わすだけで気持ちが高揚した。カリムの足取りがふわふわと軽くなる。楽しい。もしかしたら、明日も同じ時間がやってくるかもしれないと、感じてしまうほどにジャミルと過ごす時間はカリムにとって、幸福な時間だ。
そう自覚すると、カリムの胸の内に期待が下りてくる。
(もしかしたら、誕生日もこうやって)
カリムが希望を持って口を開こうとした時だ。
「そうだ。この週末は撮影で、週明けは少し学校も休む予定なんだ」
話を逸らすようなジャミルの言葉に、ふわふわと浮いていた足が地に着いた感覚がした。
ジャミルは今、忙しい。初主演の映画の撮影と、学業の両立をするジャミルに、カリムの約束を挟む暇もないだろう。昨日だって、カリムのメッセージに返信が来たのはカリムが寝る寸前だった。
ジャミルとの会話が楽しくて、つい期待をしてしまった。もしかしたら、カリムの嘘を真実にしてくれるのではないかと思ってしまった。来週も忙しいならば、ジャミルと一緒に誕生日当日を過ごすことは難しいだろう。
「……そっか、そっか! ノートならとっとくぜ!」
「そう言ってこの前、半分真っ白なノートを見せてきたのは誰だ」
「オレだー」
あはは、と照れるように笑って、カリムは喉から出かけた期待を飲み込んだ。未来の心配よりも、カリムは今を楽しむべきだ。切り替えの速さには、カリムは自信がある。まずはジャミルと帰ることができる今日を大事にしよう。
カリムが内心で己に言い聞かせていると、目の前に横断歩道が見えてきた。赤信号に合わせて、二人で並んで止まる。
車両が走る音の間に、ジャミルの形の良い唇が動いた。
「水曜日、は」
「えっ!」
カリムは思わず、聞き返してしまった。ジャミルの声が聞こえなかったわけではない。期待した未来へ繋がる言葉だと感じられて、早くその言葉の先が知りたくて急いてしまった。
カリムが声を上げるタイミングが悪かったため、ジャミルは目を微かに丸く開いて、口を閉じてしまった。居心地悪そうに目線を逸らされてしまったが、ならば今度はカリムから話しかける番だと、意気込む。簡単に再燃した期待を持って、カリムはジャミルを真っ直ぐに見た。
「ジャミル!」
「カリム」
目を合わせたタイミングで、二人の名前が重なった。互いに小さく驚くと、丁度信号が青に切り替わる。
二人で車道を渡りながら、カリムは意気揚々と話しかけた。
「ジャミルから言ってほしい!」
「いやだね。カリムから」
「ジャミルから!」
カリムは、じぃ、とジャミルを見てお願いをする。カリムの祈るような目に折れてくれたようで、ジャミルはもう一度口を開いてくれた。
「学校を休むのは、週明け二日だけだ。水曜は学校終わりの撮影だけで、そんなに長引かない……から、早めに帰ってこれる」
ジャミルの言葉を聞いて、カリムの胸中に明るい光が差し込んだ。季節外れの涼しい風も、色彩を伴った温かいものに感じられて、カリムの目が輝いていく。
「いつもみたいに、俺の家に来たらいい。母さんも妹も、祝う気満々だから」
一度諦めかけたからこそ、ジャミルの提案はカリムの目の前で光輝いて、踊るような喜びが胸中を満たした。
ジャミルと、誕生日を過ごせる。寂しい夜じゃない。そう考えるだけで、歌い出したいくらいに幸せだ。
「おうっ! ジャミル、ありがとう!」
せめて、笑顔のお礼だけでも返したい。そう考えてカリムが満面の笑みでお礼を言えば、ジャミルは「どういたしまして」と返してくれた。
その声色には、ぶっきらぼうな優しさが弾けんばかりに詰まっていて、カリムは頬を緩ませた。
◇◇◇
テレビから聞こえるバラエティ番組が、一区切りを迎えた。時間を見れば、そろそろ夜の九時になる。
「ジャミル、遅いわねえ」
ジャミルの母は、困り顔で言った。
「撮影が延びてるのかもなあ」
「もう、お兄ちゃん。こういう時に限って携帯見てないんだから!」
ジャミルの妹、ナジュマは頬を膨らませて携帯から手を放した。カリムも同じように携帯を確認したが、ジャミルからの連絡はない。
今日は、カリムの誕生日当日である。ジャミルの提案通り、カリムは自宅ではなく、ジャミルの家で誕生日の夜を過ごすことになり、今はリビングにお邪魔させてもらっているところだ。ジャミルの母と妹も、両親がいないならばぜひ一緒に過ごそうと言ってくれて、おかげでカリムは一人ではない。
ジャミルの母が用意してくれた料理と、カリムの両親が手配してくれたケーキがダイニングテーブルの上に並んで、準備は完了だ。あとは、ジャミルが帰ってくるだけなのだが、帰宅予定時刻になってもジャミルは帰ってこなかった。
「でも、それならまだ撮影中ってことだよな」
カリムはスマートフォンをズボンのポケットにしまうと、立ち上がった。
「ジャミルのかーちゃん、今日はジャミル、電車で帰るんだよな?」
「ええ。いつも送ってくれるマネージャーさんの車がパンクしたこともあって……。今日は遅くならないから、電車でさっさと帰るって」
「ならオレ、駅まで迎えにいってくるよ! きっと、もう少しで帰ってくると思うし」
カリムは、持ってきていたサコッシュを肩にかける。迷いのない足取りで玄関へ向かおうとするカリムに、ジャミルの母が心配そうに声をかけた。
「ごめんなさいね。夜も遅いし、駅に行って少し待って帰ってこなかったら、先に食べてしまいましょう」
「分かった! でもきっと、ジャミルは帰ってくる気がするよ。いってきます!」
カリムはリビングを早足で飛び出ると、靴を履いて外へ出た。今日は昼間こそ太陽が強く輝いていたが、夜になると昼間の暑さが形を潜めて、季節が少し前に戻ったかのように思える。
ジャミルの家もカリムの家も、駅からそう遠くは離れていない。徒歩でも十分もかからずに辿りつける距離だ。早速、最寄り駅の用へ歩き出す。時々、スマートフォンをチェックするけれど、やはり返信は来なかった。
駅前は、ちょうど帰宅してきただろう人で溢れていた。学生からサラリーマンまで、老若男女色々な人の姿が見えるが、カリムが探す見慣れた黒髪は見当たらない。
雑踏の中をくぐり抜けて、ちょうど出口の前にあるベンチに座る。緑が揺れる広葉樹を中心にぐるりと円を描くように作られたベンチには、カリムの他にも何人かが座っていた。皆一様にスマートフォンを眺めているので、カリムも倣ってスマートフォンを見た。何度確認しても、ジャミルからの連絡は届いていない。
いつ連絡が来ても気付くように、スマートフォンを握り締めたまま、カリムは流れゆく人々を見つめた。たまに、カリムが座っているベンチに向かって嬉しそうな表情をして来る人がいる。すると、ベンチに座っていた人が立ち上がって、その人の方へ向かう。友人だったり、恐らく恋人だったりと、関係性は様々だろう。一つ共通しているものは、待ち合わせをしている人同士が出会うと、二人の周りの空気が温かくなることだ。
(幸せって空気だ。見てるだけで、オレも嬉しくなる)
カリムは、にこにこと笑みを浮かべながら周囲を眺める。そうしながら、ジャミルを見つけた後のことを考えた。
まず、家に戻るまでの間、二人で会話ができる。ジャミルの今日の撮影の大変だったところも聞きたいけれど、今日は誕生日の思い出話も聞いてもらいたいとも思う。
物心ついた頃から、ジャミルとカリムは互いの誕生日に必ず会っていた。幼い頃から去年まで、それぞれ違うジャミルとの思い出がある。思い返せば思い返すほど話したいことが溢れて、その量に比例するように、心が踊った。
「……えへへ」
一人なのに思わず笑みが溢れて、カリムは慌てて下を向いた。
ジャミルはすごい。側にいなくても、ジャミルのことを考えるだけでカリム自身でも気付かなかった寂しい気持ちを薄めてくれる。カリムを家に誘ってくれた時と同じ光がまだ心の中に届いていることを実感して、カリムは頬を緩ませた。
「カリム……⁉」
その時、何度も想像したジャミルの声が聞こえて、ばっと顔を上げた。カリムの目の前には、マスクと帽子で顔を隠したジャミルがいて、カリムの顔が隠し切れないほど華やぐ。
「ジャミル!」
「お前、どうしてここに」
「迎えにきたんだ! 今日電車で帰るって聞いてたから、ここで待っていれば会えるって思って」
カリムは立ち上がって、機嫌良く答えた。ジャミルはカリムとは正反対に、せっかくの整った顔に険しい表情を浮かべる。
「待ってたって、この時間に一人で……⁉」
「ジャミルに連絡しても返事なかったからさ。少しでも早く会いたいーって思って!」
せっかくの誕生日だから、と言えば、ジャミルはマスク越しでも分かるくらい、苦々しく顔を歪める。
「連絡ができなかったのは、すまなかった。撮影が長引いてたのはあるんだが、携帯の充電が切れてしまったんだ。……あの先輩、モバイルバッテリーの充電、全部使いやがって……」
「そんなに気にするなよ。それよりもお疲れ、ジャミル!」
気にしていない、とカリムが言っても、ジャミルは複雑そうに眉間に皺を寄せたままだった。ジャミルは負い目を瞳に残したまま、口を開く。
「謝るだろ。お前が、寂しがると分かっていて誘ったくせに」
その言葉に、カリムはぱちぱちと目を瞬いた。
ジャミルが感じる苦みの理由を理解すると、泉から溢れ出したばかりかのような瑞々しい感覚が、カリムの胸に充足感をもたらす。
「寂しいのは……好きじゃないけど、でも、今日はそんなに寂しくなかったんだ」
ジャミルは首を傾げた。カリムは、得意げに笑ってみせる。
「ジャミルのことを考えてると、楽しいとか嬉しいとか、そういう感情の方がたくさん出てくるんだ! だから、一人で待ってても寂しくなかった。そうやってオレを元気づけてくれるジャミルってすごいなあ、って思ってたところだったんだ!」
カリムは意気揚々と語った。ジャミルという心強い存在に、心からのお礼を伝えたくてカリムは言葉に尊敬と感謝を乗せて話すと、ジャミルは面食らった顔をした。その後で、深く深く溜め息を吐く。
「ジャミル?」
項垂れたようにも見える様子のジャミルに、カリムは困惑する。ジャミルに感謝を伝えたくて話をしたのに、溜め息を吐かれるなんて予想外だった。
「何か、撮影でミスをしたのか? 嫌なことでもあったか?」
「違う。……何でもない、家に帰るぞ」
ジャミルは答えを教えてくれないまま、先に帰り道の方へ背を向けてしまった。カリムは慌ててジャミルを追って、隣を歩く。
カリムはジャミルの様子をそっと窺った。怒っているような雰囲気はしないが、上機嫌という感じでもない。
カリムの視線に気付いたジャミルの瞳と目が合う。夜と同じ色をした瞳がカリムを映し続けていると、星のようにさやかな、柔和な光が宿った気がした。
「誕プレ、用意してるから」
「ほんとか⁉」
「飯も食うぞ。お腹空いてるだろ」
「うん! ジャミルの分、オレがよそってやるぜ!」
「バカリム。今日の主役なんだから座ってろ。今日、寝るまでがカリムの誕生日だからな」
「おう! ありがとう、ジャミル」
舞い上がってしまう言葉ばかりにカリムが大きく返事をすると、ジャミルは目を細めた。
「妄想の俺だけで満足して終わり、は無しだからな」
そう言い放ったジャミルは、ずっと一等星よりも強くカリムの瞳を引きつける。これから、色々な人が彼の魅力の虜になるだろうけれど、一番強い輝きを知っているのは自分だと豪語できてしまうくらいに、向けられた瞳には引力のような力があった。
(恋愛ドラマとか、きっと映えるんだろうなあ)
ジャミルが、今カリムに向けた瞳をカメラに向けたならば、たくさんの人間の心臓を盗むことになるだろう。その日が来ることが待ち遠しいような、もう少しだけ待ってほしいような、不思議な気持ちが芽生える。
「カリム?」
「何でもない! 行こうぜ」
思わずゆっくりになってしまった足の歩幅を大きくして、カリムはジャミルを追い抜く勢いで進んだ。
今日はカリムの誕生日だ。一人で過ごすはずだった夜を、運良くジャミルと彼の家族と共に過ごせる素敵な日。だから、気分が高揚しているのだ。そう信じて、ジャミルと共に家路に着く。
――ジャミルの言葉に、甘く高鳴ってしまった心臓の答えに辿り着くのは、まだ少し、遠い話だ。