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    nnoura82

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    塚橋。「ふたりで(∞)」。
    シリーズ『ふたり、廻る』第四部(最終話)

    #塚橋

    ふたりで(∞)第四部 ―最終話―


    夢。
    真っ白の空間。扉がひとつ浮かぶ。手のひらを当てる。扉を押し、開ける。向こう側、小さく人の後ろ姿が見えた。迷うことなく飛び込む。そこで目覚める。いつも、いつも。

    悪い気分ではない。多分、いい夢なのだと思う。



    ◆◆◆

    刻まれた皺が物語る。幾度も冬を越してきた。

    吐く息は白い塊となり宙を舞う。触れた肌は冷たかった。だが、交わるにつれ、流れる汗が熱い、触れる肉体が熱い、ふたりの吐息が熱い、貴方の視線が熱い、俺の視線も熱い。流れ出る体液はどちらのものか分からなくなる。快楽に溺れる。貴方も俺もねっされる。その熱で身体はとろとろに溶け交わり混ざり境目はなくなる。そして、ひとつになる。

    熱い十九の冬。

    忘れることのできないあの冬の日。もう今は存在しない貴方。一夜の身体の関係。それだけと言われればその通り。ほろ苦い青春の一頁だ。もっと貴方を知りたかった。そう思う反面、あの短い時で十分だったとも思う。濃厚な時を過ごし、ふたりしんの音を奏で重ねた。少し辛いけれどそれは幸せなことなのかもしれない。薄暗い部屋での逢瀬。しかし、頭の中の貴方は眩しく、最後にもらった口づけは鮮明に、そして輝いている。
    夜中、働き、働き、働き、疲れ切り布団に倒れ込む。そのまま夜明けを迎えるとその顔を覗かせてくれる。短い眉。垂れた目尻に長いまつ毛。口角を少し上げ優しく微笑む。貴方は眩しく輝かしい。そんな貴方に見つめられ心地よくなる。手を伸ばすと指が絡まり俺は惹き寄せられる。分かっている、これは俺が作り出した幻だと。それでも指先、手のひらから温もりが伝わり貴方を感じることができる。そんな気がする。貴方は一日の締めくくりに温かさを、安らぎを与え、眠りへといざなう。そんなひとに出会えたことは運命。この奇跡を心に秘め住まわせた。そう生きてきた。俺が逝くまで共に生きる。それだけでよかった。納得し生きてきた。だが人生の幕が閉じつつある今、熱い想いが込み上がる。心臓は杭を打ち付けられたかのように痛い。生の終わりを目の前にし噴き出るこの想い。

    重く切なく辛い。
    重く切なく辛い。辛い、辛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

    あぁ……気がついてしまった。分からないままでいたかった。知らないまま人生を終えたかった。

    恋をした。貴方に恋をしている。

    今更知ってもどうにもならない。いや、あの時気がついてもどうしようもなかった。貴方は征った。二十五で散り逝った。手から零れた。

    重く切なく辛い。
    重く切なく辛い。辛い、辛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

    こんな思いをするのなら恋なんてしたくない。だが、無理なことだ。一度溢れてしまったこの想い、感情を抑えることはできない。

    貴方が愛おしい。
    愛おしい、愛おしい、愛おしい、愛おしい。
    狂おしいほど愛おしい。

    俺は願う。熱い冬をもう一度。どうかもう一度。どうかどうかもう一度。触れたい。貴方に触れたい。触れたい。抱き寄せたい。隙間なんか作らない。身体を合わせ力いっぱい抱きしめたい。抱きしめてもらいたい。貴方がくれた口づけの続きが、その先が欲しい。
    探します。見つけます。未来だろうが過去だろうが、どこにいようが。貴方を見つけ出します。そして言います。

    「俺に恋をしてくれませんか」

    橋内和と話がしたい。
    橋内和と笑い合いたい。
    橋内和を知りたい。

    橋内和に会いたい。
    橋内和と恋がしたい。

    意識が遠のき、目の前が反転する。痛かった心臓の音が止まった。

    熱い冬をもう一度。願わくばその先を。


    真っ白の空間。扉がひとつ浮かぶ。俺はここを知っている。扉の先にいるはず。手のひらを当てる。扉を押し、開ける。ほら、いた。向こう側、小さく人の後ろ姿が見える。迷うことなく飛び込む。目は覚めない。先が続いている。冷たい風が吹き付け、あっという間に体温を奪っていく。いつもなら寒さに身を縮め衰えた肉体の動きは鈍くなる。だが俺は身体を心を奮い立たせ走り始めた。走る、走る。走る。風で押し戻されそうになるが前へ前へと懸命に走る。息が上がり足がもつれ転んだ。唇をかみしめ重い身体を起こす。両腕を伸ばし、また走る。走る。肺が、心臓が痛い。だが走る。飛行服。肩を掴んだ。その瞬間、風が止まった。ゆっくりと顔が振り向く。短い眉。垂れた目尻に長いまつ毛。口角を少し上げ優しく微笑む。

    「俺に恋をしてくれませんか」
    皺だらけの顔で笑う。

    「俺に恋をしてくれ」
    二十五の顔で笑う。


    「貴方は何も変わってませんね」
    「うん」
    「俺はおじいちゃんになっちゃいました」
    「うん。でも……」
    鼻を押される。
    「上がり気味だ」 
    瞼に触れられる。
    「重そうだ」
    眉をなぞられる。
    「困っても笑っても下がる。あの頃と同じだ。うん、塚本だ」
    「はい」
    「うん。塚本だよ……」
    「和さん……」
    短い眉に触れると少し下がった。顔を曇らせにがそうな笑いをする。
    「貴様からの口づけは打った。そのくせあの最後の日は俺から口づけをした。何をしたいのか……貴様からしたら訳が分からないよな。身勝手にも程がある」
    「和さん……」
    「貴様に恋をしてしまった。俺は単純な男だろ。たった一度、交わっただけなのに。柔らかな手つきに、熱のこもった言葉に……貴様の優しさに俺は恋をしてしまったんだ。本当に単純な男だよな。はは。我ながら呆れる」
    「かな……うさん……」
    「貴様のこと想いながら逝った。俺、最後は痛くなかったんだ。きっと、恋をしながら逝ったから」
    「俺は長い間、気づかないふりをしていたのだと思います。でもあの夜と貴方からの口づけを忘れられませんでした。貴方の熱さを知ってしまいました。命が終わる直前に全てを飲み込み理解し、貴方をもう一度と求めました。貴方のことが好きだと分かりました。俺は最後の最後で苦しくなりました」
    「悪いことをしたな。すまない」
    「いいんです。貴方から幸せな時をもらいましたから。和さんから幸せをもらいました。辛く切なく、甘酸っぱい……俺にとって貴方は青春そのものです」
    「俺も……俺も貴様から……塚本から温かな幸せな時間をもらった。優しさをもらった。塚本は……熱かった……」
    顔をくしゃくしゃにし、笑う。それを見て俺も顔がくしゃくしゃになる。そして笑う。
    「俺は幸せになれたんだよ」
    どちらからともなく抱き合う。回し回された腕の力は強く胸が苦しい。だが緩めず抱き合い続ける。冷たい身体をふたりで温め合う。突然、強い風が吹いた。
    「うあっ!」
    俺だけ宙に浮かぶ。時は二、三秒。地に降りると身体が軽い。手のひらを見ると深く刻まれた皺がない。服の袖が目に入る。自分の胸に触れる。これは整備服だ。帽子まで被っている。手にするとあの頃の作業帽だった。
    「ははは、は。あの日、あの時の貴様にまた会えた」
    「あれ……これ……あの日……、あの時の……俺、です……ね……」
    「ふふふ。じぃさんのままでもよかったけど」
    「ふっ、ふっ。あはっ。あはは、あははは」
    「塚本と会えるなら何でもいい」
    「俺も和さんと会えるなら何でもいいです」

    持っていた作業帽を下に落とす。左腕を腰に回し、右手の親指と人差し指で挟むように頬を軽く掴んだ。親指の腹で擦る。寒さのせいか。いや、違う。長い時を太陽に近づき空で過ごすことを選び過ごし生きてきたからであろう。目の周り、鷲の目形を避け薄っすら日焼けし乾燥している。舐める。乾ついた感触。ほんのり塩気がする。
    「塚本……」
    「……かな……う……さん」
    少し背伸びをし、飛行帽をずらし額に口づけを落とす。眉間、眉、瞼、目尻を吸う。あの冬の日、貴方からもらった口づけ。その答えを贈る。唇に唇を合わせた。
    熱い。重なった唇から熱が伝わる。互いの熱を交換する。その熱で身体の芯がねっされとろとろに溶け交わり混ざり境目はなくなる。そして、ひとつになる。

    熱い冬をもう一度。



    ◆◆◆

    俺は扉を開ける。開け続ける。
    会いましょう。何度でも会いましょう。次はいつ会いますか。どんな風に会ってくれますか。俺は何でもいいです。貴方に会えるのならばどんな形でもいいです。貴方に貴方に会えるのならば。橋内和を欲する。

    俺に恋をしてください。恋をしましょう。一緒に恋をしましょう。

    俺たちはふたりで恋をしていく。



    ◆◆◆

    何度目の出会いだろうか。兄弟、友、部下と上司。男と女。帝国陸軍少尉と帝国陸軍二等兵、帝国海軍整備兵と帝国海軍搭乗員。生涯を共に歩んだこともある。"二日目"を過ごし、「いってらっしゃい」と見送った。一緒に船にも乗ったし、ふたりで空へと飛び出た。カマキリやフクロウにもなった。ふたりで手をつないだ。三人で手をつないだ。夕日に照らされ、伸びた影は幸せの証だった。

    国、時代、性別、動物、虫、草花、形を変え、未来、過去、世界線を越え橋内和と俺は出会う。

    廻り、廻る。

    今生のふたりは共に男。そして橋内和にはふたりで廻っている記憶はない。別にいい。構わない。橋内和を見つけることができたのだから。また会えたのだから。それに大丈夫。不安はない。俺たちは廻り、廻っていくのだから。

    「お前、男は抱けるか!?」
    「お、男……」
    「お、俺を……」
    あの日と同じ問い。

    今度はあの冬の日をまた始めるのですね。

    橋内和は顔を真っ赤にさせ拳を握り小さく震えているが、俺は記憶がある分、少し余裕がある。
    「橋内さん……は、男に……抱かれたいのですか……?」
    「っ……あっ……あぁ!!そうだ!!」
    一歩前に踏み込んだ。肩が上がる。距離を縮めたことに驚いている様子だ。右手の甲で橋内和の頬を擦る。
    「つ、塚本?」
    聞き直す。同じ言葉を繰り返す。
    「橋内さんは男に抱かれたいのですか?」
    「うっ、うっ……、っつ……」
    橋内和は顔だけでなく耳まで赤く染まる。
    「それとも俺に抱かれたいのですか?」
    「あうっ、っっ」
    細いうめき声をあげながら頭を上下に振る。
    「つ、塚本にっ、抱いて……もらいたい……」
    撫でていた手を下ろす。背を伸ばし姿勢を整えた。瞳を捕らえ目を合わせる。鼻で息を吸い、吐き、口を開く。

    「なら、俺に恋をしてくれませんか」

    橋内和の目が見開いた。そして伏し目になり瞳を右側に寄せ目線を外す。

    「身体だけでなく心も俺に渡してくれませんか」

    「……」

    「俺に恋、して……かなう・・・さん……」

    沈黙の時間が流れる。俺は口を閉ざし黙って答えを待つ。しばらくして橋内和はゆっくりと瞼を上げ瞳を俺の瞳に重ねた。短い眉毛。垂れた目尻に長いまつ毛。

    「お前も俺に恋をしてくれ」
    口角を上げ優しく柔らかい笑みを俺に送る。
    「俺に恋をして……欲しい……塚本……」

    「俺は貴方に恋をします。橋内和に恋をします」
    「俺もお前に恋をする。塚本太郎に恋をする」
    両手で俺の頬を挟み、そのまま下に降りていき胸元に手をおいた。見つめ合う。目を閉じ、唇と唇を合わせる。

    再開。橋内和と俺の続きがまた始まった。

    熱い冬を何度でも。そしてその先を何度でも。貴方と共に。


    ふたりで続けていく。
    俺たちはふたりで恋を続けていく。



    ◆◆◆

    真っ白な空間。扉がひとつ浮かぶ。開かれるのを待つ。

    人の気配がした。手のひらが当たる。押し、開かれていく。

    さぁ、また始めよう。

    今度は何がいいかい?何でもいいか。
    塚本太郎と橋内和。
    ふたり、会えるのならば何でもいいか。


    ふたりの物語を始めよう。
    何度でも何度でも。

    ふたりは廻り、廻っていく


    永遠に






    「ふたり、廻る」 完









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