マスカレード ナイト※注意………捏造設定だらけですのでご了承ください。
マスカレード→仮面の踊り手。虐げられる民衆を救うため、夜空を駆け悪を討つ。正体を隠すため、シスの前では普段と口調を変えている。ビィくんとルリアは正体を知っている。
シス→任務中にマスカレードに出会い、惹かれていく。マスカレードの正体がグランくんだと気付いていない。
仮面。仮面。見渡す限りの、仮面―――
「わあっ、すごい………!!皆さん綺麗ですね!!」
「すげえ豪華な舞踏会だなあ!!こんな規模のもんは初めて見るぜ。」
目の前のホールに広がる光景に、ルリアとビィは感嘆の声を上げた。グランも同じ様に辺りを見渡し圧倒されている。
ハロウィンの夜、とある貴族の屋敷にて盛大な舞踏会が開催された。煌びやかな夜会服に身を包んだ紳士淑女達が、続々とホールへ集まってくる。扇を手に笑いさざめく貴婦人達。グラスを傾け談笑する紳士。優美な音楽を奏でるオーケストラ。年齢も種族も多様な彼らが皆一様に身に付けているのは、羽根や宝石で飾られた豪奢な仮面である。そう、これは仮面舞踏会なのだ。
「お着きになられましたか、団長殿。」
「伯爵!お招き頂きありがとうございます。」
グラン達に声をかけたのは、この舞踏会の主催者である伯爵。所有する薔薇園を荒らす魔物に頭を悩ませていたところ、グラン達騎空団が討伐依頼を受けてくれた。討伐は成功し、たいそう喜んだ伯爵は報酬とは別に礼として自身が主催する仮面舞踏会へグラン達を招待したのであった。
「今夜はどうぞ楽しんで行って下さい。皆様は舞踏会に参加したことは?」
「はい、アルビオンで一度だけですが………。」
「ここまででかいホールじゃなかったけどなあ!」
「皆さん衣装がとっても豪華ですね。なんだか大人の方が多いみたい。少し緊張しますね………!」
グラン達もドレスコードに則って夜会服と仮面をつけて臨んでいるが、初めて体験する場の雰囲気に圧倒され気味である。
「大丈夫、肩の力を抜いて。仮面舞踏会には、身分も種族も仮面で隠して皆参加しています。故に隔たりや確執は無くなる。今宵は皆自由に、対等に話し、踊り明かすのです。」
緊張で固くなるルリアに優しく声をかけた伯爵も、濃紺のビロードに豪奢な刺繍が施された仮面をつけている。未知の世界への期待と興奮を胸に、一行はあらためてダンスホールを見渡した。
「全員仮面を着けてるから、こういう場だとシスも違和感無く溶け込んじゃうね。」
先程から一言も発する事無く背後に立っている男に、グランは声をかける。実は今回の魔物討伐の依頼にはシスも同行していたため、シスも招待されていた。ただ、彼は夜会服ではなくいつもの十天衆のマントと装束を身に付けている。周囲がドレスや燕尾服ばかりなので、白の装束は少しばかり目立つがハロウィンの仮装と思われているのか誰も気にする者はいない。
顔半分を覆う仮面をつけたシスからは、感情を読み取ることは出来ない。しかし、なんとなく様子がおかしい気がする。どことなく固まっているというか、緊張しているように見えるのだ。訝しみながらグランは話しかけた。
「シス、どうかした?」
「………では無いのか。」
「え?なんて言ったの?」
ぼそりと何かを呟いたシスに、グランは聞き返す。すると少し俯いて、困惑したように彼は言った。
「………ぶとうとは、その………。闘うという意味の『武闘』では無いのか………?」
彼が話したことの意味が分からず、一瞬フリーズする。闘う?ぶとう?言葉を反芻するうち、段々と理解が追いついてきて………。
「あっ、シス………も、もしかして」
「俺はッ………て、てっきり『武闘』会が開催されるものだと思って………だから同行したのだが………!」
シスも話すうちに自分の勘違いが恥ずかしくなってきたのか、半顔の仮面では赤面していることを隠しきれていない。確かに、普段から闘いの中に身を置き武の道を極めてきた彼にとって、自分がこのような場に招待されるという発想は全くなかったのかもしれない。言葉を勘違いしても不思議では無い。
笑ってはいけない。彼は純粋に『武闘』会だと思っていたのだから、………たとえどんなに可愛いと思っても笑ってはいけない。そう自分に言い聞かせて、ニヤけそうになるのを堪えながらグランはフォローの言葉を紡ぐ。
「シス、えっと………そ、そういうこともあるよ………!」
「帰る。」
「えっ!!」
シスは踵を返して立ち去ろうとした。急に行動を開始したシスにグランは慌てて手を伸ばす。
「ま、待ってよシス!!」
「俺はここには相応しくない。踊りなどしたことも無いし、この場にいる意味はない。帰る。」
「そんな………せっかく来たんだし、一緒にホールを回ろうよ!」
グランはシスを必死で引き留める。実は意中の相手と舞踏会に行けると思って、密かに楽しみにしていたのだ。身に付けている深いコバルトの夜会服も、今夜のために新調したものだった。
「お前達だけで楽しんできたらいい。俺がいても場をしらけさせるだけだ。それに………」
グランの思いに気付かないシスは、首を横に振り、俯く。
「こういう人が多い場所は、苦手だ………。」
マントを翻し、シスは去って行ってしまった。
「なんだあ!?仮面マントの兄ちゃん帰っちまったのか!?」
呆然と立ち尽くすグランに、ビィが声をかける。
白いマントが人波に飲まれていくのが見える。
「いいのか?お前、仮面マントの兄ちゃんが一緒に来てくれるって、嬉しそうに話してたじゃねえか………。」
「………。」
グランは拳を握りしめる。全然良くない。もしかしたら彼の手を取り一緒に踊ることが出来るかもしれないと、淡い期待を胸に秘めていたのだ。シスを帰したくない。こうなったら―――。
普段は温厚な性格に隠れた気の強さが、グランを次の行動に駆り立てた。
「ビィ。」
「ん?どうした?」
「悪いんだけど、ルリアと一緒に先に回っててくれない?後から合流するから。」
「いいけどよ………お前、顔怖いぞ。」
グランを見たビィが眉をひそめた。
「ほどほどにしろよ!」
ビィの忠告を背中で受けながら、グランは駆け出す。
『僕』でシスを止められないのなら―――。
ホールへ向かう楽しげな人々と逆行して足早に歩く。シスは先程のグランの様子を思い返していた。
『せっかく来たんだし、一緒にホールを回ろうよ』
いつもとは違う、深い青の正装を着たグラン。大人びた雰囲気の彼を見たとき、心臓が跳ねた。舞踏会の仮面から覗く寂しそうな瞳が子犬のようにも見えて、胸がちくりと痛んだ。
しかし、自分があの場にいてどうするというのか。ダンスは踊ったことが無い。きっとグラン達の邪魔をしてしまう。あんな華やかで、賑やかな場所に自分の様な者は相応しくない。これで良かったのだ。グランの顔を忘れるよう、頭をぶんぶんと振って歩みを進める。
「帰るのかい?私がいるのに―――」
不意にかけられた声に、シスはびくりと立ち止まった。風に乗って、芳しい薔薇の香りが鼻腔をくすぐった。まさか、この香りは………
「マスカレード………!?」
人混みの中、シスは振り返る。しかし、豪奢に着飾った人々の波が彼を通り過ぎるばかりだ。
シスには確かに声が聞こえた。辺りをキョロキョロと見渡すがその姿は見当たらない。皆一様にドレスを纏い、仮面をつけ、素顔を隠している。何も悟らせないし、何も教えてくれない。あいつと同じように―――!
「ーーーッ!?」
刹那、黒いレースの手袋がシスの腕を掴んだ。全空最強の武闘家が隙を突かれるのは不覚としか言い様が無いが、それ程に彼は動揺していた。腕を強く捕まれ、ホールの脇、ビロードのカーテンが幾重にも垂れ下がる中へシスは引き込まれる。
その手を振り払う、あるいは逆に捕まえて捻り上げることはシスにとっては容易い。だが、自分を引き込む犯人が誰なのか、彼には分かっていた。
カーテンの内側、シスはバランスを崩し前へ倒れ込む。その体躯を逞しい腕が抱きとめた。薔薇の香りに包まれ、シスは顔を上げる。
目の前に、深緑の煌びやかな夜会服に身を包んだ仮面の男がいた。仮面の奥の瞳は優しく、魅惑的な光を湛え、口元は微笑んでいる。
「舞踏会はこれからだよ。どこへ行くつもり?」
「何故貴様がここに………!!」
「だって、今宵は仮面舞踏会じゃないか。私は誰よりもこの場に馴染んでいる自負があるけど。」
いたずらっぽく笑いながら、マスカレードは肩を竦めた。羽根飾りのついたマントが、風をはらんで優雅に波打つ。豪奢な仮面が縁取る瞳は謎めいて、愛しそうにシスを見つめている。思わずぽーっと見とれてしまったが、我に返りシスは急いで目を逸らした。この瞳に見つめられると、何故か鼓動が早くなる。身体の温度が上がって、指先が痺れたように動けなくなってしまうのだ。危険だ、逃げなければと思うのに、そばにいて欲しいとも思う。マスカレードに出会った夜から、この不可解な感覚はシスを悩ませ続けている。
「………離せ。どこを触っている。」
「どこって、腰だけど?」
「俺は帰るんだ!お前の相手をするつもりは無い。」
身を捩って手を振りほどこうとするが、マスカレードはシスの腰を強く引き寄せる。
「踊っていけばいいのに。素晴らしいボールルームだよ、音楽も一流だ。」
「俺はダンスなどしたことはない!いいからこの手を離し…」
「離さない。」
シスの威嚇を躱すようににこにこと語りかけていたマスカレードから、笑顔が消えた。強い視線に射抜かれて、シスは動きを止める。
「君を離したくない。」
身体を強ばらせたシスを見て、マスカレードは表情をふっと緩めた。愛に満ちた瞳が、シスを優しく捉える。
「君をずっと見つめていたい。この夜の君を、独り占めしたい。………どうか私と、踊ってくださいませんか?」
シスを抱き留めていた手を離し、後へ一歩下がったマスカレードは、胸に手を当てお辞儀をする。その美しい所作を目にして、シスは自分の頬が熱くなるのを感じた。心臓が早鐘を打っている。
「踊り方は教えるから。」
少し顔を上げて、いたずらっぽくウィンクしながらマスカレードは言う。シスはぷいっと横を向き、少しの逡巡のあとぶっきらぼうに答えた。
「………俺は今まで一度も踊ったことは無いぞ。」
「大丈夫!優しく教えてあげるから。」
「あ、足を踏んでも知らないからな!お前に恥をかかせることになるかも………」
「平気だよ。さあ、こっちへおいで!」
マスカレードは嬉しそうにシスの手を引いてホールへ連れ出した。
「お、おい!!」
急にホールへ連れ出されたシスは慌ててマスカレードの腕に掴まる。急に表舞台に立たされて、身の置き場がなくそわそわしてしまう。
「さあ、私だけを見て………。こちらの手は肩に、大丈夫、リラックスして。ステップはこう。」
「あ、う………!」
「私がリードするから、ついてきて。1、2、3、1、2、3………そう、上手だよ。」
「こ、こうか……?」
初めて体験する動きに、ぎくしゃくとなりながらもシスは必死でマスカレードについてステップを踏む。音楽に合わせターンをしたとき、ふと顔を上げるとマスカレードと目が合った。彼の瞳に自分が映っているのが見える。立場や種族も何も無い、ただありのままの自分が一心に彼を見つめている。二人だけの夜が、そこにはあった。
ホールの中央、深緑と白のマントがゆったりと円を描きワルツを踊っている。
扇を傾け談笑していた貴婦人達が、ふと二人に目を留める。
「あら、ご覧になって。あの方達………。」
「ずいぶんと初々しいステップですこと。」
「ええ。けれど、あれは………なんだかとっても………」
「美しいですわ………!!」
ハロウィンの夜は美しく更けていった。
おわり