花吐き病×プランツドールsonnyban「おや、アルバーン。今日も来てくれたみたいだよ」
早く認めてあげればいいのに、と老主人は困った様に笑い、小さな頭を優しく撫でた。
「アルバーン!!」
仕事終わり、疲れた心に癒しを求め、脚繁く通う店のドアを潜る。
気持ちが逸りすぎて少し勢いよく開けてしまい、ベルが激しく音を立てる。
ててっと愛らしい足音を立てて俺の腰回りに小さな子供が飛びついてくる。
いつもなら嬉しそうに笑ってくれるのに、今日は少し怒っている様に眉を吊り上げていた。
「あ、あうばーん…?」
「!!」
「あ、ああ…!!ごめんね、うるさくしちゃって…!びっくりした…?」
「!!」
んっ!!とドアを指さして腰に手を当てぷんぷん!と言いたげに鼻を鳴らされる。
アルバーンと目線を合わせる様にしゃがみ、問い掛ければ正解!と言わんばかりにこくこくと頷かれた。
もう一度ごめんね?と謝りながら頭を撫でてやれば満足そうに頷いて、抱っこしてとせがむ様に両手を伸ばされた。
「っ〜!!!!!あうばぁーーーん!!!」
余りの愛らしさにぎゅぅぅっと強く抱きしめれば楽しそうに、くすぐったそうにきゃっきゃっと笑ってしがみつかれた。
そのままアルバーンを軽々と抱き上げ、店主の元へ向かう。
「こんにちは。サニーさん」
「こんにちは。騒がしくしてしまってすみません…」
「構いませんよ。お仕事お疲れ様です。今コーヒーをお持ちしますね」
「あ、そんな!お構いなく!」
「アルバーンの子守り代だと思ってください」
しわくちゃの顔を優しく緩ませ、老店主は奥へと引っ込んでいく。
通いすぎて定位置の様になってしまった椅子に腰掛けさせてもらい、膝の上でちょこんと座るアルバーンの頭を撫でた。
心地良さそうに笑い、もっと撫でてと言わんばかりに手にグイグイと頭を押しつけられる。
あぁぁあ、本当に可愛い…俺の癒し…!!
「アルバーン、俺がくるの待っててくれたの?」
「!」
「ふふ、俺も早くアルバーンに会いたかったよ」
俺の問いかけに、こくっ!と勢いよく頷いてすりっと甘える様に擦り寄られ、顔がどろっどろに緩みそうになる。
こんなに懐いてくれているのに、俺はアルバーンに主人として認めてもらえないでいる。
こんなにもアルバーンのことを思っていて、家族として迎え入れたいと思っているのに、俺は花を吐き出せない。
それはつまり、アルバーンがまだ俺を認めていない証。
「ねぇ、アルバーン」
「??」
「いつになったら俺の家族になってくれるの…?」
「……」
つん、と頬を突けば柔らかに指先が包まれる。
アルバーンはんー?と考える様に首を傾げたが、すぐににこりと微笑まれる。
答えが返ってくることは無いのに、アルバーンに会えばつい尋ねてしまう。
アルバーンは俺がどれだけ焦っているか、不安に思っているか分からないんだ。
いつか、いつか君が俺以外の人を主人として認めてしまったらと思うと、俺は気が狂いそうになる。
不安を掻き消すように強く、アルバーンを抱きしめれば背中に小さな手が周り、ぽんぽんと軽く叩かれた。
そんな優しさより、俺は君自身が欲しいよ。
「おや、今日もダメでしたか」
「…はい、見事に振られてしまいました」
コーヒーを持って戻ってきた老店主に声をかけられれば、困った様に眉が下がってしまう。
彼も困った様な笑みを浮かべ、俺の膝の上のアルバーンの頭を撫でた。
「少し気まぐれで、意地悪な面があるのが困ったところです」
「そういう所も、可愛くて俺は好きですよ」
「はは、ありがとうございます」
今までにもアルバーンを迎えたいと声を上げた人は何人か居たことがあるらしい。
しかし、やはり誰もアルバーンに認めてもらえず、こうして今も老主人の元でアルバーンは運命の出会いを求めているのだ。
「…俺が、アルバーンの運命になれればいいのに…」
俺の何が気に入らないの、アルバーン。と声をかけてもニコニコと笑うだけでやはり答えてはくれない。
「ああ、そうだ。俺、暫く来れないかもしれなくて」
「おや、それはまた寂しいですね…」
「ちょっと大変な仕事を割り当てられてしまって…。落ち着くまでは家と署の往復…もしくは泊まり込みになる可能性の方が高くて…」
きっと、ここに来たくても来る余裕が無い。
「だから、暫くお別れだねアルバーン。俺が落ち着くまで、ここに居てくれると嬉しいな…」
「…??」
「…今日ももう戻らないと…」
仕事の用意や泊まり込みの用意をしないといけないから、と出されたコーヒーを一気に煽ってアルバーンを膝から降ろす。
「アルバーン、バイバイ。元気でね」
「……」
「では、失礼します」
「お体にお気をつけて…」
優しくアルバーンを頭を撫で、こつりと額を合わせて立ち上がる。
老主人にも深く頭を下げて店を出る。
俺の言葉にアルバーンはわかっているのか分かっていないのか。
ポカンとした表情を浮かべている。
最後にもう一度、頭を撫でてから店を出る。
ああ、次はいつ会えるだろうか。本当に先の予定がわからなさすぎて頭が痛くなりそうだ。
はぁ…と重たい溜息を零せば、脳がガツンと殴られた様に揺れる。
「っ!!?!?」
余りの衝撃に、足がふらりとふらつく。
ぐるぐると目が回りそうで、近くの壁に身体を預ける。
段々と迫り上がってくる、嘔吐感にもしやと胸が高鳴る様な感覚。
「ゔ…っ!!げ、ほっ!!」
吐き気を堪えきれず咳き込めば、喉を通過する異物に生理的な涙が滲む。
ぼたぼたと口から溢れたのは____フジの花。
地面に散らばるフジをぼんやりと滲む視界で捉えれば、背後でべちゃり!と音がした。
ゆっくりと振り返れば愛しい姿が地面に熱いキスをしていた。
ぶるぶると震えながらゆっくりと身を起こし、目にいっぱいの涙を溜めて真っ赤になった額を抑える。
「あ、ぅばん…」
「!!…っ!!!っ〜!!!」
「アルバーン…大丈夫…大丈夫だよ…」
俺の声に気づいたアルバーンは、むくりと起き上がり、一目散に俺の方へ走ってきて、胸の中に飛び込んできた。
はらはらと声をあげずに泣く姿に胸が痛み、大丈夫と優しく声をかけ、赤くなった額に口付けた。
「ほら…痛いのは俺が食べちゃった…」
「………………」
「…なーんて…はは…」
流石にくさかったか…と苦笑いを浮かべるも、暫くしてアルバーンが嬉しそうに目を細めて笑ってくれてホッとした。
それから、地面に落ちた花を拾って俺に見せつけてくる。
「…アルバーン、その…俺は期待して、いいのかな?」
「………………」
俺が吐いたこの花は、君が俺を認めてくれた証なのかな…?と不安気に声をかければ、アルバーンは花を潰さない様に優しく握り込んでゆっくりと口に含んだ。
もぐ、もぐとゆっくり咀嚼し、飲み込めばどんな花も霞む様な笑顔で笑った。
「やっと素直になれたね、アルバーン」
店の前で抱き合う二人を微笑ましく見つめる老店主は安心した様に呟いた。