惚れた腫れた妬いた いつも自分ばかりがその背中を追いかけているのだと思っていた。広い世界を夢見て歩いていくその姿は、何も綾人だけを見ているわけではないから。千織の目にはきっと、もっとたくさんのものが映っているに違いない。綾人はそのうちのひとつに過ぎなくて、だからこそ少しでも彼女の注目に長く留まりたいと藻掻いてきたのだ。
彼女が異国でそれなりの地位と人脈を手にしていたことを目の当たりにした焦燥感が、綾人の心を蝕もうとしていた。嫉妬ともつかぬ何かを滲ませた羨望を吐き出してしまうほどには。
「君こそ、あの旅人とずいぶん仲良しみたいね」
こちらをからかう、真面目に繕った態度をちくりと刺すような物言いはいつも通りと言えばそうだったが、綾人は何かが引っかかった。
授賞式を控えた慌ただしさに包まれるステージから目を離し、隣に立つその姿を見下ろす。
やたらと平坦な口調だろうか。日頃から冷静な千織は確かに感情の起伏をはっきりとは示さない。それもころころと表情を変える妹や家司に比べればの話であって、決して無表情でも無感情でもなかったし、少なくとも綾人には、千織の心の機微は十分に感じ取れていた。
とはいえ、今の言葉には違和感があった。わざと感情を抑え込むような重さ、綾人を突き放そうとするような冷たさ。
「蛍さん、ですか」
感じた疑問をぶつけるように繰り返す。一から十まで訊ねなくとも、それだけで頭の回転が速い千織には正しく伝わる。綾人の興味を感じ取った千織は、厄介事に遭遇したとでも言いたげに深いため息をついた。
「君、性格が悪いってよく言われない?」
心当たりは特にない。千織以外は。そう告げれば、またまた重いため息が残された。綾人に面と向かってそのようなことを言えるのは、千織か、それこそ旅人とその仲間くらいしかいないだろう。ただの事実だった。
「旅人と一緒にいてあげたら? 私なんか放っといて」
その声に棘が見える、真面目くさった綾人の態度への嫌悪ではない、別に向いたそれが。対象は旅人――蛍か、いやそれも違うような。少しずつ可能性を潰しながら最後に辿り着いた答えに、綾人は笑みを浮かべずにはいられなかった。
「旅人さんとはそういう関係ではありませんよ」
「何の話かしらね」
「私がお慕いしているのは、ずっとずっとただ一人ですから」
「……だから君、」
冷静な表情の片隅が剥がれ落ちる。隠せないと悟った千織はかぶりを振って話を終えたがった。
「いい性格してるわ、本当に」
酷い人だった。靡かないと切り捨てて見せるくせ、こうして綾人を舞い上がらせるようなことをする。ただ、千織の魅力にどっぷりと嵌ってしまった綾人には、その毒は最早褒美のようなものだ。
「何笑ってるのよ」
「いえ。良いことがあったもので」