声変わり「おはようございますお姉様っ!」
「ええ、おはようティアラ」
衛兵が扉を開くと、愛しい妹がいちばんに抱きついてきた。挨拶を交わして寝癖ひとつない金髪を撫でる。毎朝の習慣だけれど、今日はティアラがいつもより楽し気だった。
「お姉様」
「どうしたの?」
あのね、と内緒話をするように声を潜めてティアラが目配せをする。後ろに目を向けると、同じように待ってくれていたステイルと目が合った。
「ステイルも。おはよう」
「……おはよう、ございます」
「!」
小さく咳払いをしたあと、ステイルが喉元を押さえながらも挨拶を返してくれた。いつもと違う、がらりと低い声で。
「ステイル、声が……!」
「はい」
(ゲームと同じ声だわ!)
ステイル自身も違和感があるらしく、喉を押さえながら首を傾げる。私の隣でティアラが「そうなんですっ」と嬉しそうに笑った。
変声期というものなのだろう、ここ最近のステイルは声が出しにくそうで、身振り手振りと必要最低限の会話で過ごしていた。久しぶりに聞いた声は記憶の中よりすっかり低くなっている。ゲームでははじめからこの声だし、前に特殊能力で成長したステイルに会ったこともあるから分かってはいたけれど、いざ聞くとびっくりしてしまう。こんなに変わるなんて。
ステイルは言い辛そうに眉をひそめた。
「申し訳ありません。まだ暫くは、聞き苦しいかもしれません」
紡がれる言葉がたどたどしく、時折掠れるように低くなる。言い終えると口元を隠して視線を落としてしまったステイルに、思わず駆け寄ってその手を取った。
「謝らないで!すっごく格好良いわ」
手を握って顔を覗き込む。ステイルが喉を反らし、喉仏がこくりと上下した。気付けばそれも、前よりくっきりとして目立っている。
「喉の調子はどう?」
「……っ、……」
ステイルがこくこく頷く。そのままなにか言おうとしたのか唇が動いて、けれど言葉にならず咳き込んでしまった。慌てて手を離す。
「ごめんなさい、無理に話さなくていいのよ!」
「兄様、大丈夫?」
ステイルの隣に回って背中を摩る。ティアラも心配そうに反対側に並んで手を添えた。しばらくして咳が落ち着いてから、整った黒髪をそっと撫でる。
「少しも聞き苦しくなんてないわ、格好良い声よ」
「ッ」
「大人に近付いている証拠ね。大丈夫、ステイルはきっと素敵な男の人になるわ」
「も……大丈、です……っ!」
さっきは何度も頷いていたけれど、今度は逆に何度も首を横に振らせてしまう。絞り出すような声に、繰り返し撫で下ろしていた手を止めた。声変わり中なのに格好良いなんて言われたら嫌だったかしら、と訂正するより先にステイルが口を開いた。
「……ありがとうございます、プライド。ティアラ」
顔を上げて笑ってくれたステイルに、ティアラと一緒に微笑み返す。「プライド」と、ゲームでは呼ばれることのなかった呼び方が今はなんだかくすぐったかった。