もし世界線2を作ってたなら入れてた話③第三章 1 救出篇
10-1 友の死
「のぶ……すまん……!」
忍に庇われ、辰馬達は幕軍の負傷兵を背負いながら我武者羅に走った。
辰馬とて、この戦場で名を轟かせる戦士の一人。それなりに戦闘経験を積んでいるし、立ち向かった敵の強大さくらい、気配で分かる。
……忍に託した敵は、只者ではない。
そう勘づいていたが故。
敵方の負傷兵を運ぶという、要らぬ情けをかけながら、その存在が近づいてくることに気が付かなかった。
大切な友を盾に、逃げさせてもらってしまった。
それでも。
今自分にできることは、一刻も早くこの背中にいる幕府軍の負傷兵を安全地帯に送ること。
……自分の行いが間違いか否かは、この際どうでもいい。
自分を信じ、盾になってくれた友のためにも。
信念を曲げず、貫き通すしか、道は残っていない。
「ここなら安全じゃき……
早よこいつらの手当を!」
できる限りの早歩きで戦場を抜け、安全地帯である林の中に入ったところで、辰馬は足を止めて背中の負傷兵を下ろし、手当に取り掛かろうとした。
しかし、仲間は辰馬の手を制した。
「!?」
「辰馬さん、そいつは俺達に任せて行ってください!」
「でもっ…」
「こいつらの手当なら俺達だけで充分です。
……忍さんを、見殺しにしないためにも……!」
仲間の言葉に、辰馬は頷いた。
……彼らも、辰馬の信念を信じてここまで着いてきてくれた仲間達だ。
自身の信念を継ぐには、信用に足る存在だ。
「……分かった。ここは任せるき」
一言言って、辰馬は来た道を駆け戻り始めた。
――忍……!
どうか、どうかもちこたえてくれ……!!
だが、道中で、辰馬は足を止めざるをえなかった。
「……貴様が先程の、あの“人狼”の仲間だな」
……あの敵の声が、確かにかかったからだ。
足を止め振り返ると、そこには、忍が足止めしているはずの奴がいた。
全身傷を負ってはいれど、奴がそこにいる。
それだけで、辰馬は嫌な予感を感じた。
「お前……っ!」
「随分と急いでいるようだな。
言っておくが、あの場に戻っても、もう貴様の友はそこには居ぬぞ」
「……!?
忍は!?お前、忍をどうしたがか!?」
息を切らしたまま辰馬が怒鳴るように問い詰めると、馬董は、何かを投げて寄こした。
それは、人の右腕。
見覚えのある袖。そして刀。
目の前が真っ暗になるのを、辰馬は感じた。
「最期に奴は貴様らにこう言っていた……
“ありがとう”と」
そう言って、馬董は身を翻す。
「奴には楽しませてもらった。
奴の命に免じて、白夜叉や他の奴らはまたの機会に改めさせてもらおう」
そう言い残し、馬董が一歩歩き出そうとした、その時!
ガキィィン
……咄嗟にビームサーベルを出した馬董の反射神経は正しかった。
殺気を顕にした辰馬が、馬董に襲いかかって来たからだ。
「……ハッ、
貴様、身を呈して仲間を護ったあの男の意を蔑ろにするつもりか」
そう言う馬董の言葉も、今の辰馬の耳には届かない。
……その殺気は、怒声は、まるで怒り狂った龍のようで。
怒りに身を任せ、無意識に自分の全てを剣に込めた桂浜の龍の剣は、一瞬ではあれど、星芒剣王を圧倒した。
しかし、敵も伊達に宇宙最強の剣士と呼ばれるわけではない。
相手の心を読み取った馬董の返り討ちに会い、辰馬は簡単に弾き飛ばされてしまう。
それでも唸りながら敵に駆け出そうとした辰馬を……横から抱きついて止める者がいた。
「辰馬さん、抑えてください!」
「……っ、何をしちゅう、邪魔じゃ!」
「止まってください、辰馬さん!
忍さんのためにも!!」
「……っ!!」
その言葉で、辰馬はハッと我に帰る。
……自分を抑えていたのは、見慣れた銀髪天パ。
「銀と……」
…き、にしては、ちょっとムチッとしている。
「……じゃのうて、パクヤサ」
そう、辰馬を抑えに来たのは、白夜叉だった。
懐の焼きそばパンが潰れるのにも関わらず、彼は必死に辰馬を止めようとしてくれていた。
「……恐らく忍さんが辰馬さんと合流する前、俺、忍さんと会ったっす。
その時に忍さんが俺に教えてくれたっす。
奴は、只者じゃないと」
「……!」
「星芒剣王、馬董。
宇宙最強とも言われる剣士、と。
だから、そいつに会ったら、気をつけろ、と」
それで辰馬は全てを理解した。
忍は、目の前のこの男、馬董のことを既にしっていた。
桂と共によく作戦立てをしている忍は、戦場の情報を誰よりも早く仕入れている。
……だからこそ、自分を盾に、辰馬を逃がしたのだと。
「……そういうことだ。
俺の気が変わらぬうちに、仲間の元に奴の伝言でも持ち帰るんだな」
「……待っとくれ」
そう言ってまた去ろうとした馬董を、しかし辰馬はもう一度引き止めた。
「……最後に、忍に一度、会わせてはくれんか?」
例え、どんな姿でも。
最期に、一目会いたい。
そんな辰馬の意思を読み取り、馬董は頷いた。
「北に真っ直ぐ走れ。
お前の友はそこにいる」
そして辿り着いた先で、辰馬は見た。
無惨な姿の、忍の遺体を。
覚悟を決めていたとはいえ。
突きつけられた現実に、頭が、感情が、ついて行かない。
屍しか残らない戦場に、辰馬の号哭が響き渡った。
10-2 攘夷四天王
「銀時、ヅラ、高杉!!」
攘夷軍の基地にいた銀時、桂、高杉の元に届いたのは、切羽詰まった辰馬の大きな声だった。
いつもなら「なんだ?また枕元の春本でも盗まれたか?」なんて揶揄うのだが、今回あまりにも彼の様子が普通ではないと感じ、三人とも気を引きしめる。
何より、彼が銀時のことを“金時”と間違えずに呼んだのだ。それだけで、本当に何かあったことを察するには十分だった。
「どうした、坂本?」
「すまん、すまん……っ!」
「落ち着け、坂本。何があった」
「……っ、忍が……!!」
桂がいつもの「ヅラじゃない」の文句も言わず、息を切らして走り込んできた辰馬の肩に手を置き、呼吸を整えるよう促しながら、訊ねる。
すると、彼が口にしたのは、いつの間にか出かけたきり帰ってきていない仲間の名。
三人とも、張り詰めた緊張の糸をさらに張り詰める。
「わし、幕府の負傷兵を運んどったきに……そこを背後から狙うてきた天人がおって」
「……この際、敵方の負傷兵に手ェ貸したことは、目を瞑ろう。
で、どうなったんだ」
息をなんとか整えながら説明する辰馬の視線は一定に定まらず、状況説明をするのも苦しいという状態だった。
それは体調や怪我のせいではないだろう。
だから、高杉もできる限りの落ち着いた声を出し、その先を促す。
「それを……忍が庇ってくれたんじゃ。
敵がめっぽう強い奴で、だいぶ名のしれた奴だとしった時にゃ……あいつは……」
それ以上何も言えなくなってしまった辰馬の両肩を、銀時がガシッと掴む。
「……その場所を、教えてくれ」
信じたくない。
辰馬の言葉と反応で、最悪な結果は目に見えていたが、それでもまだ信じられなかった。
まさか、あいつが。
ここまで一緒に戦ってきてくれた、あいつが。
こんなところで……
銀時の強い眼差しに、辰馬は頷き、震える身体に鞭を打って走り出した。
銀時、高杉、桂も、それに続く。
ふと、辰馬が足を止める。
屍が、あちらこちらに散らばっている。
幕軍のものも、天人のものも、そして……味方のものもあった。
一つの屍の前に、辰馬は膝をつく。
それを目の当たりにした高杉は息をのみ、桂は膝から崩れ落ちた。
銀時は、何も言わず、その拳をただ強く……震えるほど、強く、強く、握った。
そこには。
身体中血に染められ、
顔も真っ赤に染められ、
胴体と右腕を斬り放された、
忍の姿があった。
「……敵のツラ、覚えてるか」
残酷な結果を目にした後、3人は涙を零す間もなく、すぐに立ち上がった。
高杉の言葉に、辰馬は慌てる。
「待て、敵は宇宙最強の剣士とも言われる男じゃとパクヤサが」
「宇宙最強だろうがなんだろうが関係ねェ」
辰馬の言葉を遮った銀時の声は、恐ろしいほどに低く、強く、燃えたぎっていた。
「忍がそれを望もうが望ままいが……
ガキの頃からここまでずっと共に歩いてきた奴が殺られて大人しくしてられるほど、俺達はおキレイな人間じゃねェ」
……第三者がその場にいたら、膝を震わせていただろう。
顔を上げた銀時は、高杉は、桂は、それほどにとてつもない殺気を漏らしていた。
「その馬董とやらの特徴を教えてくれ、坂本」
……その殺気に便乗して再び剣を強く握った辰馬は、桂に言われ、記憶にある限りの馬董の特徴を伝える。
驚くほど冷静に。
けれど、その拳は震えるほど強く固く握られ。
その心は、静かに燃えたぎっていた。
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走り出した4人は、偶然にも今から攘夷軍の基地を襲おうとしていた敵と対面する。
しかし、たった4人であるというのに、彼らは鬼のように敵を蹂躙して行った。
「これが、白夜叉……ぐあぁっ!!」
「鬼兵隊総督……文字通り鬼のように強い……!」
「狂乱の貴公子……まさかこれまでとは……!」
「奴が、噂に聞く桂浜の龍……!!」
……彼らが攘夷四天王と呼ばれるようになったのは、この日がきっかけだったとも言えよう。
しかし、馬董は既に撤退したのか、いくら探しても見つからなかった。
大切な仲間を喪った穴を抱えたまま、彼らは更に、戦場での日々を重ねていく。
10-3 影響
軍に忍の訃報が伝えられた。
彼と最も近かった4人がその遺体を確認し、間違いなく彼は命を落としたと。
日々誰かが命を落とす戦場で、仲間の訃報は珍しくない。
けれども忍は、攘夷戦争を長く生き延びていた一人だった。そして、最も戦果を挙げている英雄の一人として数えられていた。
そんな彼が、殺された。
それでも、戦の日々は続く。
「……行くぞ」
忍が欠けても、彼らは剣を取り、隊を率い、戦場に足を運んだ。
悲しみに明け暮れる暇もない。
無力を悔いる暇もない。
思い出に浸る暇もない。
だから、その苦しみに、悲しみに、気づかないように。
友の死を忘れようとするように。
または、友を護れなかった、救えなかった無力な自分への怒りを、そのまま敵にぶつけるかのように。
彼らはただひたすらに地を蹴り、吼え、刀を振るった。
しかし、現実は非情なもので。
居なくなった存在の大きさを、彼らに叩きつけていく。
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「どうしてもここが上手く組めんな。
……まぁいい、あとで忍の意見も聞こう」
作戦立てに難航し、無意識に呟いた桂の言葉に、辰馬は眉を顰める。
「……ヅラ。
……忍は、もう……」
言いにくそうに絞り出した辰馬の言葉に、桂もはっとし、そしてこめかみを押さえた。
作戦立ての時に、桂が最も頼っていたのは忍だった。
彼は、いつも共に作戦を考えてくれ、難航した時は必ず助け舟を出してくれていた。
桂は、頭が良すぎて考えが仲間に伝わらないことが、時々ある。
その時に、「つまり、こういうことだよね?」と桂に聞き返す形で、誰にでもわかるように言い換え、伝えてくれたのが、忍だった。
失ってから気づく。
常に彼を無意識に頼ってしまっていたのだと。
今も頼ろうとしているのだと。
辰馬も、そんな桂の気持ちが分かるからこそ……それでも現実を見なければいけないとわかっているからこそ、胸が傷んでも現実を突きつけるのだ。
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用意された夕食に、高杉はどこか味気なさを感じる。
量は十分だ。肉も野菜も米もある。
けれど、何かが足りない。そんな気がする。
そして、ふと、気づいてしまった。
忍の作る料理を、しばらく食べていないことに。
……もう二度と、食べれないことに。
忍が作る料理は、ボンボン育ちの彼の舌をも満足させるものだった。
なにより、実家を破門されてから、主に食べてきたのは彼の料理だった。
彼の料理は、銀時でも、桂でも再現できない。
松陽ですら彼の腕前を超えることはない。
もう、彼の料理を食べることはできないのだ。
これからは、ここにいる剣の腕しか脳がない者たちが、試行錯誤しながら作った簡素で不揃いな味付けの料理で生きていかなければならない。
「……調子出ねェな……」
日々の密かな楽しみだった。
それを奪われてしまえば、多少なりともモチベに影響する。
もうあれから、三味線を共に弾く相手もいない。
それを、彼を護れなかった自分へ戒めに変え、高杉は夕食を食べ終えた後、素振りをしようと、木刀を持って庭に出た。
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――また、か。
戦場で、一人、銀時は佇む。
忍が抜けてから、戦況が大きく悪化したように感じる。
敵の攻撃に拍車がかかり、味方は減っていく一方。
そこには、銀時一人しか立っていなかった。
周りに転がるのは、屍、屍、屍。
敵も、味方も、全滅。
……もはや見慣れてしまった、この景色。
忍が死んでから、銀時の隊は全滅することが増えた。
それでも最初の方は長らく共に戦ってきた精鋭たちが共に頑張ってくれていたが、それも一人、また一人と命を落とし、もう誰も残っていない。
今日は敵を全滅させたものの、一人で命からがら撤退したことも幾度もある。
「……もう、どうすりゃいいんだよ……」
なぁ、忍……
問いかけても、答えは返ってこない。
彼が居たら、この戦況は変えられたのかと言われたら、そうでも無いのかもしれない。
けれど、今よりはマシな状況になっていたのには違いない。
それでも、まだ、剣を離すことはできない。
死んだ仲間の願いを叶えるまでは。
その意志を継いで、戦わなければ……
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――わしのせいで、忍は死んだ。
忍が、常に銀時・桂・高杉を支える立場にいた事に、辰馬は気づいていた。
忍は誰よりも大人びていて、客観的に全てを捉えることができる。
先生を失って不安定な3人を、ずっと影から支えてきたのは忍だった。
だから。
これからは、自分が忍の代わりを努めよう。
桂の作戦立てを手伝い、銀時や高杉と話す機会を意識的に増やした。
忍の死から中々笑えなくなっていた彼らも、辰馬のバカでかい声のボケで、次第に笑顔を見せてくれるようになった。
皮肉なことに、忍を失ったことによって、彼らの関係は本来の――原作通りの形に近づいていった。
10-4 烏との再会
「銀時さん、大変です!」
「なんだ!?」
「高杉さんと、桂さんが……!!」
忍の死から半年。
幕臣最強の暗殺部隊、奈落が動き出したとの情報が数日前に入ってきた。
そして今、高杉と桂の隊が、奈落とぶつかったとの情報が、銀時の元に入った。
早くも甚大な被害が出ているとの情報も。
辰馬の隊は今日は物資の調達に向かい、銀時の隊は基地で待機していた。
そんな銀時の元に、辛うじて逃げ延びた鬼兵隊の一人が悲惨な現状を告げる。
「両部隊とも既に甚大な被害が出ています……
桂さんと総督がたった二人で殿を勤め、俺らを逃がしてくれましたが……その先にも奴らは待ち構えていて……」
情報を伝えに来た男は、軍の中でもトップで足の速い奴だった。
だから仲間達は彼に情報伝達を頼み、自分らを盾に彼を基地に送り出したのだ。
彼の様子からそんな背景をも読み取った上で、銀時は剣を取る。
「……分かった。俺が行く」
「皆、出陣の準備を…」
「お前らは来るな!」
銀時が立ち上がったのを見て立ち上がろうとした仲間たちを、しかし銀時は止めた。
これ以上なく強い声で怒鳴られ、彼らは困惑する。
「銀時さん、なぜ……!?」
「これ以上被害を増やしてどうする!?
アイツらの隊が全滅してたら、攘夷軍に残るのは俺らと辰馬の隊だけなんだぞ」
「でもそれじゃ、銀時さん一人で行くってことですか!?
いくら白夜叉でも……」
「俺は死なねェ。
それはお前らが一番よく分かってることだろ」
どんな戦場でも、一人で生き帰ってきたことは何度もある。
皮肉にも、それを説得の材料にして。
「アイツらが無事かどうか確認しに行くだけだ。
だからお前らはここで待ってろ。いいな?」
銀時のその言葉で、彼らは渋々、基地に留まることにした。
無駄に命を散らせないようにというのは、忍もよく言っていたことだ。
本当に強い相手と当たった時、こちら側の分が悪い時は、強い者が殿を務めて仲間を逃がす。助っ人に行こうとする前に、自分の力量を見極めろと。
厳しくも冷静な彼の指導で、生き延びた者は数多い。
「……必ず、帰ってきてくださいね」
その言葉に、銀時は頷く。
「あぁ。約束する」
そして彼は白装束を身に纏い、戦場へと駆け出した。
その頭には、二人の幼馴染の姿しかなかった。
――高杉、ヅラ……
お前らだけは……お前らだけは、死ぬなよ……!
彼らを喪ってしまったら。
松陽との約束を果たせなくなってしまうから。
――なんとしてでも、助け出せ……!!
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走り出して数分後、銀時は、戦っている鬼兵隊と合流する。
「!
白夜叉だ!」
「銀時さんが援軍に来てくれたぞ!」
「貴様が白夜叉か……!!」
その言葉に応える暇もなく、行脚僧姿の者達を斬り倒していく銀時。
――なるほど、確かに強い……!
一人一人の戦闘能力が、他の幕府軍の者達とは桁違いだった。
特に、殺傷能力が。
奈落については、忍がいた頃から情報を集めていた。
幕府に仕える暗殺部隊。
整った陣形で放たれるその攻撃の一つ一つで、確実にこちらの命を仕留めようとしている。
戦闘開始一分で、銀時の身体にも錫杖による斬り傷が幾つもつき、頬や額から血が滴り落ちる。
敵に全力で意識を向けながらも、銀時はなんとか仲間達に問う。
「てめぇら!
高杉とヅラは!どこにいる!?」
「ここより西……600m先の辺りです!」
「グリコ二粒程度か……遠くはねぇな」
「こんな状況でグリコ出さないでください()」
舐められていると思われたのか、奈落の攻撃がさらに銀時に集中する!
しかしそれを逆手に取って、銀時は奈落の意識を自分に集めさせながら、叫んだ。
「ここは俺が引き受ける!
お前らは基地に戻れ!」
「でもっ……」
「早く行け!!!」
その時だった。
一際大きな烏が、銀時の前に降り立った……
そんな幻覚を、彼らは見た。
ガキィィン
強い一撃をなんとか剣で受け止めたものの、その勢いで銀時は数歩後ろに突き飛ばされる。
膝を曲げてなんとか衝撃を吸収し、敵に視線をくいつけたまま、再び立ち上がった。
「お前っ……」
「ようやく来たか、白夜叉」
「……ハッ、
まさかこんな所で再会を果たすとはな……朧」
10-5 選択
銀時の前に現れた朧は、後ろの奈落の者達に指示を出す。
「今日はもう退け。
我らの目的は果たした」
「だが……」
「白夜叉は私が必ず連れて行く。
無駄な消耗は避けるべきだ」
その言葉で、奈落の者達は退いていく。
朧の行動に、銀時は驚く。
「……何がしたいんだ、てめぇ」
「先の言葉通り、我らが用があるのは、白夜叉、お前だけだ。
お前も仲間を退かせたければ退かせろ。これ以上余計な被害を出したくなければな」
朧の意図は完全には汲み取れずとも、この機に仲間を留めておく必要はない。
そう判断し、銀時も仲間達を退かせる。
その場に、屍の山と、二人だけが残る。
「……てめぇ、何のつもりだ。
高杉とヅラはどうなった」
ギッと、相手を睨みつける。
目の前に立つ男は、兄弟子としてここに来た訳では無い。
敵として、ここにいる。
銀時のことを“白夜叉”と呼んだのがその証拠だ。
「高杉と桂はてめぇのことを兄弟子と慕っているようだが、俺はてめぇを信用してねぇ。
あの日……お前が来たあの夜に、松下村塾は奈落に襲われ、松陽は連れてかれた。
……なぜ、あの日塾を燃やした?
なぜ、先生を連れてったんだ……」
黙り込む朧に、銀時は叫ぶ。
「答えろ!!!」
数秒の沈黙の後、朧はようやく口を開いた。
「……高杉と桂の行方を訊いたな」
「話を逸らすんじゃねぇ!」
「奴らは、我々奈落に捕縛された」
「……っ!?」
話を逸らされたことにつっかかっていた銀時は、しかし朧の衝撃発言に言葉を詰まらせた。
固まった銀時を横目に、朧は身を翻す。
「案内しよう。
お前の相弟子と、師の元にな」
何を思おうと、銀時は、ただ朧について行くことしかできなかった。
目の前の男が何を考えているのか、全く読めない。
銀時とて、彼を信用していないわけではなかった。
彼のおかげで松下村塾が生まれたことは、他の誰でもない松陽の口から語られたことだ。
そして本当に敵として来たのなら、あの場で双方の仲間を退かせるだろうか。
そして彼は、高杉と桂だけでなく、“師”がいる所へ案内すると言っていた。
本当に、彼について行った先に、松陽がいるのか。
長い間、ずっと追いかけていた人と。
ようやく、会えるのか。
素直なこの気持ちを、利用しようとしているのか。
それとも、本当に兄弟子として、自分を案内しようとしてくれているのか。
何を訊いても、答えてはくれない。
だから、疑おうとも期待しようとも、ただついて行くことしかできなかった。
「……松陽?
あれ、松陽だよな?」
……丘の上に、縄で縛られ、複数の錫杖を突きつけられたまま座る松陽を、見つけるまでは。
「何だよ、あれは……
てめぇらは一体、俺に何をさせようとしてんだ……?」
嫌な予感がする。
声が、手が震える。
そんな銀時に、朧は、冷酷に告げる。
「師と仲間、どっちを選ぶか……
今のうちに考え始めた方が良い」