我儘王女は粛正される1 (新兵15王女5)⚠この話はカラム隊長が新兵時代にプラ様と出会っていたらを妄想した産物です。登場人物はみな本家の名を借りたオリジナルキャラと思って頂けたほうがいいほど剥離しているキャラもいます。ご了承ください。
1日目
カラムSide
朝念入りに身なりを整え、時間通りに王宮の1室の前で待っていた侍女と衛兵に挨拶をする。侍女は無表情、衛兵は憐れみの目で私を見つめてから扉をノックした。中から聞こえた返事はとても幼いぶっきらぼうな幼女の声だ。衛兵は私が来たことを告げた後返事が返ってきたところで早く入るように促した。
開かれた扉を潜り抜け中に入れば、部屋の中央付近に置かれたベッド、そしてそこに踏ん反り返った幼女こそこの部屋の主であり、この国の第一王女であるプライド・ロイヤル・アイビーだ。
真っ赤な髪に釣り上がった紫色の瞳が特徴的な5歳の少女とは思えない程とても麗しい顔をしたお姫様だ。
そんな彼女は髪の色に負けてない真っ赤で豪奢なドレスを着ており、私を睨んでいた。
「遅い!!」
「申し訳ありません」
自己紹介も何もなく言い放たれた言葉に時間通りに来た私は頭を下げた。この国で歳は関係ない。全ての序列は生まれた家で決まっている。王族である彼女にこの場にいる誰も逆らうことは許されない。
それでも……と思ったことをため息を付くのを直前で何とか止めた。
チラリと周りを見渡せば、私を外で待ち共に部屋に入って来た侍女も他の侍女や衛兵も皆顔を伏せ物音を立てずに壁に沿って立っていた。まるで置物の様に存在感を消して。これがこの部屋の正常な日常なのだろう。
初めてこの部屋に入ってすぐに理解出来てしまうほどこの部屋は恐怖で圧迫されている。
それはとても居心地が悪く嫌悪感を覚える。
誰一人として彼女には逆らえない空気が重苦しいく喉に纏わりついた。
憧れの騎士団に入ったのはたった1ヶ月前だ。親に反対され厳しい条件を課せられ、やっと入団出来た騎士団だ。しかも試験監督は騎士団一厳しいと言われる一番隊隊長、そんな方に認められ14歳の自分が首席入団を勝ち取れたのはまさに奇跡だった。実際に入団するまでは毎晩朝起きて夢だったらと恐怖したほどだ。
入団出来たことは嬉しいがここからが本番だということも理解している。浮かれている場合ではない。慣れない共同部屋での寝食は想像以上に精神的に厳しかった。だがそんな事を言っている場合ではない。私は成人する17歳までに本隊に首席入隊するのが次の課題なのだから。今日15歳になった。その為本隊入隊のチャンスはたったの2回である。
しかも新兵の仕事は多く自身の鍛錬に時間を掛けることもままならない。慣れない作業の合間になんとか時間を作り、深夜に鍛錬をする毎日を送っていた。それでもその日々に全く文句は無い。騎士になるならばこれくらい乗り越えなければならない事は重々承知の上だ。
ただ、誕生日を迎えた今日、想定していた予想を遥かに超える大難問に見舞われたこと以外は。
「カラム・ボルドーと申します。これからプライド様の〝お守り〟をさせて頂きます。よろしくお願い致します」
丁寧に頭を下げ挨拶をすれば、プライドはベッドに更にふんぞり返ってフンと鼻を鳴らした。これが未来の女王となられる方かと頭が痛くなる。
何がどうしてこうなってしまったのか……正直私には分からない。
私は入団して一ヶ月の身でありながら、何故かこの国の第一王女殿下の〝お守り〟を名指して任されてしまったのだ。
勿論王族、それも未来の女王となられる方に新兵がお目にかかれること事態皆無だ。それはとても名誉な事である、我が両親であればどんなに喜ぶことだろうか?
そんな幸運を掴んだと言える話でありながらも私は全く心動かされない。それどころか大変迷惑な話である。
こうしている今も同期は各々の技術や経験を高めている。勿論首席で入ったからと言って私が皆より優れている等と驕ったことは一度もはない。
実際新兵同士の勝負で私は全員には勝てない。本隊に首席入隊するには全員に勝つ力が無ければならないのだから、こんなことに時間を使いたくないのが本音だ。今私は確実に彼らと差が開いているのだから。
しかも私が選ばれた理由は本当に有り難迷惑の極みである。
『騎士の中で王女に歳が近く優秀でマナーの教養がある者』
今年の首席入団者であり、貴族出身のカラムが選ばれたのは仕方のない事だった。
カラム自身の実力は認められつつも1番の理由が15 歳の貴族出身だからと言われればカラムの逆鱗に触れないわけはなかった。
カラム自身が王侯貴族に対して否定的であり、その為に騎士を目指したところも大きい。
そして己がその立場だからこその恩恵を受けて育った事を自覚している、〝故に〟完全に否定出来ない事に対しての、思春期特有の鬱々とした想いを抱えていた。
それだけではない、と騎士団長から直々にこの約1ヶ月の生活態度と勤務姿勢、礼儀正しく人を敬い常に誠実であろうとする心構えがと評価された結果であると告げられれば、嬉しさや照れではなく『褒めすぎ』『大袈裟』だと嫌悪の表情になりかけグッと堪えた。だが相手は騎士団長だ、私の心など簡単に読まれていただろう。
カラム自身、上官に褒められたところは常日頃心掛けているものの一切出来ているとは思っていない。
今も目の前で起こっている出来事に対応しきれておらず、心の中では悪態を付き、己の性格を呪い、時間の無駄と焦っていた。
そういう華やかな世界を毛嫌い背を向けた1ヶ月後に、最も華やかな世界の住人の〝お守り役〟に抜擢されたのだから、これを知ったら両親は喜ぶだろうな、と想像するだけで遠い目でため息も付きたくなるものだ。
だが上官命令は絶対であり、やりたくない任務であれど手を抜くことはしてはいけない。それがこの国の王族相手であれば尚の事だ。
しかし入団したての新兵を王女殿下に付かせるのはどういう用件だ。王族は新兵をただの騎士の下っ端と見ているのか?
任務日は雑務は免除されているとはいえ、他の新兵はやっているのに自分だけ全くやらない訳にもいかない。特に王女の〝お守り〟など周りからすれば休憩時間と捉えられる可能性が高い。
帰ったら何かしら見つけてはやり、終わったらみんなに追いつくため鍛錬をしてから眠る自分の行動を予想しては更にため息を付きたくなる。
今私は壁に沿って立っている。
真っ赤な髪に真っ赤なドレスを着た紫色の瞳の王女は既に私に興味はない。いや、最初から興味などなかったのだ。
今王女はベッドの上で靴のままバタバタと足を動かして埃を立てている。
いくら幼子とはいえ、そんなはしたない王女の姿に私はとうとう前髪を乱暴に掴んだ。
──一体私は何のために呼ばれたというのだ!!
そんな苛立ちを抱えたまま侍女の隣に立って部屋を観察していた。
あれから王女と侍女や衛兵たちを観察し1時間、自分が呼ばれた理由を探していた。
「こんな色の髪飾りなんて嫌よ!!」
「ちょっと窓開けなさいよ!」
「寒いわ紅茶入れて!!」
「何よこの紅茶不味いわ!!」
王女は些細なことで侍女を怒鳴り散らしている。誰にも気付かれないよう小さく息を吐いた。最初は呆気に取られていたものの、ここまで来ると逆によくこんなにも威張り散らし続ける体力があるものだと感心してしまった。
我儘姫と噂は聞いていたが流石にここまで酷いとは……、私がここですべきことは〝お守り〟ではなく〝教育〟の間違いだろうか?
この1時間誰一人として彼女を諭したり叱ったりするものは居なかった。皆彼女に怯えて気配を殺しているだけだ。
『理不尽な命令には従わなくて良い』『叱ってよい』とここにいる皆が王配殿下から許可を貰っていると聞いていたが、誰一人として王女を止める者はいなかった。
──王女とはいえ、子供に注意も出来ないのか。
呆れたものの彼らの立場を思えば責める事も出来ない。いくら許可を貰っても王族に注意なんか恐れ多くて出来ないだろう。王族とはそういうものなのだから。
(参ったな)
『お守りとしてなら触れてもよい』と許可を貰っている自分は彼らよりは対応も出来るだろう。
だがそれでも出来るだけ不敬は犯したくはない。
些細な怪我ですら大事になる王族相手、穏便に済ませたいのが本音だ。下手な事して騎士団の印象を悪くするのも、自分が騎士団から除名されることも避けたいのが本音だ。
結局この1時間見ているだけだった自分も他者に物を言える立場ではないと言うことだ。
「何よ!!」
気が治まらない幼女はベッド側のミニテーブルを蹴る。ガンッと音は鳴るが少女の力では倒れることは無かった。
その向けられた背中は、どんなに怒鳴り散らしてはいても何処か寂しげで、孤独に見えた。もう一度蹴ろうと足を上げた幼女の姿に思わず駆け寄り彼女の両肩に手を置いた。
「物を蹴っ飛ばしてはいけません」
つり上がった紫色の目を見ながら出来るだけ優しい声で窘める。
少女は自分を止める者がいるとは予想外の出来事に吃驚した大きな丸い目を向けた。が、一拍置いてからキッとその目付きの鋭い目で私を見上げて睨み付けた。美しい顔で睨まれると子供でも迫力は凄いが、それ以上に彼女の王族という権力がチラ付けば思わず引きそうになるも、歯を噛み締め耐える。ここで引いたら王女と向き合う事は2度と出来なくなると直感が告げている。
「何よ!!!触らないで!!!」
「失礼致しました。ですが物を蹴っ飛ばしてはいけません」
触ったことは謝りつついけないことは真っ直ぐと目を見て伝える。
「うるさーーい!!私のなんだからいいでしょ!!!」
子供特有のキンキンな叫び声に耳が痛くなる。
「よくありません。自分の物でも蹴る行為はよくありません!」
「うるさい!口答えしないで!!!あんたなんて───」
ニタァと整った顔を不気味に歪ませた王女はまるで弱い者虐めを楽しんでいるように醜い。これが本当に5歳児なのかと驚く。
貴族社会で育った私は『子供は誰もが天使』とは思っていないが、ここまで歪んだ思考と表情をする子供は初めて見た。
「死刑よ!」
心底楽しそうな王女の醜い笑顔に部屋の温度が下がったことを肌がピリついて教える。壁に沿って立っている侍女や衛兵が息を呑んだのが見なくても分かる。こうやって『死刑』をチラ付かせ恐怖政治を強いて来たのだろう。例え現実にならなくても王族からの「死刑」発言はそれだけで恐怖なのだ。
だが、それは私には通じない手段だ。
「どうぞご勝手に」
「なっ!!」
毅然とした態度を崩さず返せば少女はわなわなと唇を震わせた。今まで下の者に言い返されたことも無かったのだろう。
言われた者は一様に、恐れ、慄き、震えながら崩れ落ちる者ばかりだった筈だ。
だが、私は新兵とはいえ騎士の端くれだ。王女とはいえ、たかが5歳児のなんの力も無い言葉にそんな不様な姿を晒すわけにはいかない。何せ
──私は騎士団の代表として今ここに立っているのだ!!
王女は何か私に言い返そうと唇を震わせるも言葉を探している。待ってやる必要はないと判断しこちらから口を開いた。
「一応お伝えしておきますが、私はあなたを叱る許可を王配殿下から頂いておりますので死刑にはなりませんよ」
「なっ!!」
毅然とした態度で返せば少女は再びワナワナと唇を震わせた。
「蹴る行為は物や相手だけでなく貴女自身も傷付ける行為です。ですので見逃せません!」
「〜〜〜!!うるさいッ!!!」
結果言葉が見つからなかったらしいプライドは悔しさから「うるさい」を連発したあとベッドにダイブしバタバタ足を動かして再び埃を立てる。
「ベッドに靴で上がってはいけません」
「うるさい!お前なんかこうだ!!!」
履いていた靴を手で取り上げ私へと投げつける。だが子供の行動だ、問題なく簡単にキャッチした。
「靴はちゃんとベッドの脇に揃えて置いてください」
「うるさい!アッチいけぇーー!!」
「物を投げてはいけません!!」
王女はもう片方の靴、枕やシーツなど手当たり次第に私に投げつけるが、その全てを手で受け止めた。
投げられる物が無くなるとベッドから降り、駆け寄ったのはテーブルの上の紅茶の入っているティーカップだ。
これにはカラムも目を開く。
掴んだカップを投げようとする王女に、床を蹴り一瞬で間合いを詰め、投げようとした手首を寸前で掴み止めるも、カップの中に入っていた紅茶がプライドの豪華なドレスに掛かってしまった。冷めていたので火傷はしなかったことは良かった。
急いでティーカップを王女の手から放させ侍女に回収してもらう。
「プライド様!中身の紅茶が熱ければプライド様が火傷をされました。そうでなくても周りやドレスも汚してしまい着替えや掃除をしなくてはいけなくなりました。これではプライド様の怪我も侍女達の仕事も増やすだけです」
「ふん、それの何が悪いの!?私が怪我をしたら!怪我をさせたあなたが悪いし、掃除だって私の世話が仕事なんだからやって当たり前じゃない!!」
これが本当に5歳なのかと疑う程王女は口が達者だ。だがその声は子供特有の甲高い声も相まり聞いていて頭が痛くなる。
出来る限りゆっくりと語りかけることを意識して口を開いた。
「怪我はプライド様が起こした行動によるものです。それを他者を貶める為に使ってはいけません!そしてわざと汚す行為は他者への冒涜──意地悪です!あなたの為に働く者もまた人間です。頭のよいプライド様ならもっと気持ちよく仕事をさせてあげられる筈です」
「うるさい!何なのよさっきから!!私に文句があるの!?新兵だか、何だか分からないけど、何なのよ!父上にドレス汚されたこと言うからね!!」
「どうぞ、おっしゃってください!私は何も間違った事をしたとも言ったとも思っていませんので!」
先程からの不当なやり取りに思わず語尾が強くなってしまった。
そしたらビクッと王女の肩が震えた。
私が怒っていると思わせてしまったのだろうか?
いや、怒ってはいるが萎縮させることが目的ではない。目を伏せた王女の目線に合わせ膝を付き正面から優しい声で語り聞かす。
「プライド様、私は怒っているのです。このままではいずれプライド様ご自身が酷い怪我をするのではないかと。身体の傷も心の傷も私はプライド様に傷ついては欲しくないのです」
「きず??」
「そうです。傷は痛いです。今のように不要な傷で痛んで欲しくありません。ご自身の身体を大事にしてください」
目が泳いでいる。5歳児には難しいか、もっと分かりやすい優しい言葉を探していると今度は王女から目を合わせてきた。
「それは私が〝王女〟だから?」
予想外の返答に思わず意味を理解出来ず瞬きをしてしまった。私の言った言葉をちゃんと理解しているのだろう。
これは想像よりも遥かに頭がよろしい、この年齢でこれだけの語彙力があるのも納得だ。流石は王族というところだろう。
そして問いの答えだ。思わず頷きたくなる問いだ。事実私は目の前の幼女を王女としか見ていない。事実この国で彼女は王女なのだから。だが今目を合わせ何処か不安そうに見てくる幼女は間違いなくただの幼女だ。
「いえ、誰であってもです。あなたも、ここにいる皆もです。私は誰にも傷付いて欲しくない、誰もが傷付く前に救いたくて騎士になったのですから」
プライドは私の言葉に激しく戸惑ったように下を向いてしまった。何に動揺しているのか私には分からないが濡れた服のまま居させる訳にもいかない。
「プライド様、お着替えください。濡れたままでは風邪を引いてしまいます」
プライドは放心したかのような顔をしていたが頷いて大人しく侍女に従ったのを見てから私は衛兵達と部屋を出た。
部屋に戻るように言われ中に入れば、着替え終わったプライドは頬を膨らませソファに座っていた。ご機嫌は斜めだが先程のように怒鳴り散らしていないだけマシだ。
「先程のドレスも素敵でしたが、今お召しのもまたお似合いですね。やはり赤がお好きですか?」
お世辞に聞こえそうな言葉だが本心だった。プライドの赤い髪と赤いドレスがとても似合っている。先程の豪華なドレスは式典に着ていくようなものだったが今は普段着の動きやすそうなドレスでどちらもよく似合っている。
何よりも幼いながらもドレスに引けを取らないほどプライドは美形だ。大人になったら相当な美人な王女になるだろう。出来れば皆から尊敬され、愛される王女になって頂きたいものだ。
「……父上が、赤が好きだって、言ってくれたから」
ポツリと言う声はとても小さかった。どうやら王配には懐いているようだ。
「私もプライド様は赤がよく似合っていると思いますよ」
「うるさいっ」
キッと睨まれるも先程よりは棘もない。これは照れだろうか?
「それよりカラムは何しにここに来たのよ!!」
「!?」
まさか名前を覚えられているとは思わずすぐには返答出来なかった。周りの侍女や衛兵も同じくびっくりしているのが空気で分かる。
「何よ黙って!さっきまでギャーギャー私のやる事なす事うるさかったのに!!」
「あ、いえ。そう、ですね〜……」
さっきまでギャーギャーうるさかったのは私でなくプライド様だ、と言いたくなるも堪える。
今は目の前の少女の突然の変化に対応しなければならない。そして驚くことに今私の心もいつの間にかプライド様に変えられていた事を自覚した。
あんなにもここに来るのが鬱々としていたというのに、今はプライド様と話せるのが楽しいという感情が湧いてきた。ならばここは素直に願望を口にした方がいいだろう。もう私の中で彼女は王族ではなく一人の少女でしかないことに苦笑してしまう。
「今のプライド様とお友達になりたいと思いましたので、お友達になってもらえませんか?」
プライドの目がこれ以上ないほど、目玉が落ちるのではないかと思うほど見開いた。普段ならこんな不敬なことは言ってはいけないと分かる。だが私が命じられたのはお守りであり遊び相手なのだ。ならば友達と称した方がプライドにも分かり易いだろう。
「と、もだ、ち??」
「はい、そうです」
「カラムは友達いないの?」
………何故そうなる……。いや、確かに同期にまだ友と呼べる者はいない。寝食を共にし互いにそれなりの良好な関係は築けてはいるが何かを気軽に頼ったり頼られたりはまだ出来ない。
騎士団に入る前も……考えれば勉強と鍛錬の日々で他者とは浅い付き合いしかして来なかった。
指摘されて初めて気付いた。
私に友と呼べる者が一人もいないということに。
「……そうですね、まだ騎士団に入って1ヶ月ですので出来てはいないです。ですので、プライド様が私の友達第1号になっていただければ幸いです」
ズキズキと痛みだした心を押し殺して、一体私は幼い王女に向かって何を言っているのだろうか?と問いたい。
理解したくもない、理解してしまえば1時間はこの恥辱にのた打ち回ってしまうだろう。
恥ずかしさを誤魔化すため前髪を整える。
「……分かったわ」
「!!ありがとうございます」
ぽとんと落とされた了承に喜びより安堵した。これで今後少しはやりやすくなるだろう。
「カラムがそれを望むなら〝王女である私〟が〝騎士カラム〟の友達になってあげるわ」
「!!?」
私の心臓が大きく跳ね、時が止まった気がした。
私はプライド様を見たまま固まる。
彼女からすれば背伸びをした言い方をしただけだ。敢えて自分が王女であり上であり、私はただの〝騎士〟で下だと言いたくてそんな言い方になったのだろう。
いつもなら心の中で悪態の1つでも付いていた言葉だ。
それでも私の心臓は、心は喜びで溢れていた。
〝王女〟に〝騎士〟と認められたことに。
心からじんわりと温かく甘味な喜びが広がり私を包み込む。顔もじんわりと赤らむのが自分でも分かった。
思わず顔を背け、片手で押さえて出来るだけ周りに見えないようにするだけで精一杯だ。
なぜプライド様が自分に向けて放つ言葉に心がこんなにも揺さぶられるのだろうか?
王族だから?高貴な方だから?
自分はそんなものに興味がなかったのに、今まで1度も憧れたこともましてや近づきたいとも考えたことはない。
誰かの言葉でここまで自分の心を揺さぶられたことなどなかった。
とりあえず今は任務中だと動揺する自分を叱咤させ小さく深呼吸を繰り返して何とか前を向く。
まだ顔の赤みは治っていないが手を当て続ける訳にもいかないと後ろに戻す。
「カラムは次いつ来るの?」
「そうですね、不定期ですのでまだ決まってはいませんが近い内にまた来ます。その時だけでもこうやって話したり、遊んだりして楽しめればと思っています」
「不定期?」
単語の意味が分からないように呟く。
「いつ来るか決まってはいないってことです」
「!!いつも来てくれないの?」
悲しそうに目が揺らぐ瞳にびっくりする。
「ええ新兵としての仕事もありますし、週に2・3回と聞いてます」
「……そう」
頬が膨れそっぽを向く姿に今度は私が目を丸くする。
そんなにも私に来てほしいのか?
ただの新兵が王族に週に2・3回会うことすら多い。普通ならそうそう会えるお方ではないのだから。
正直その時間すら今の未熟な自分には鍛錬に当てなくてはいけない時間だとすら思う。
だがその一方で目の前の少女と過ごす時間もまた必要だと思う。
まだ会ったばかりだというのに彼女は明らかにこの場の誰よりも私に信頼を向けてくれている。そっぽを向いたとはいえ、見えるその目には最初に見せていた敵意は全く無い、あるのは悲しみを耐えた目、こっちが彼女の本心だろう。
それを理解した時、金槌で思いっきり頭を叩かれたような気がした。
王族とか貴族とか平民とかこだわり、勝手に壁を作り見下していたのは自分の方ではないか!
プライドはただただ構って欲しくてあんなに暴れていたのは見ていればすぐに分かった。でもそれ事態は表面上の問題でしかない。それを私は理解したつもりであれだけ偉そうに指摘していたのだ。
──なんて愚かな……!!
指摘自体に問題はない、それは言い切れる。
してはいけないことは誰であっても指摘するべきだ。だが、最も深い原因を探らずにプライドだけを窘めてしまっていた自分が許せなかった。
「カラム?」
「あ、いえ、少々お待ち下さい」
何も言わず頭を抱えてしまった自分に不安を覚えたプライドは王女であり頭もいい。
──だからといって5歳の少女に私は一体何を期待していたのだ?
15歳になった自分すら大人ではない。なら彼女はもっと子供で当たり前だ。
否、子供でいいんだ。
今大人になる必要は、何処にもない。
結論が出れば自然と肩の力が抜けた。
本心から『友達』になりたいと思ったが、今は別な意味も含まれた。彼女を一時でも楽しませられれば新兵として、否、〝騎士〟の端くれとしてそれは意味を成す。
民を護り、救いたい。
私の騎士としての誇りはまだ一切磨かれていない。なら1番に磨いてくれる相手は彼女がいい。
初めて新兵騎士として任された仕事相手であり、私が将来本隊騎士へと上がったら仕えるのは彼女なのだから。
──私も単純だな。
あれだけ権利を振りかざす王侯貴族に興味が無かったのにも関わらず、たった5歳の王女にこんな短時間に翻弄された挙げ句絆されたなど呆れてしまう。
なのに何故か心は喜びで溢れている。
この御方に振り回されるのはとても心地がいいとすら思えてしまう。
今だ不安な目を私に向けるプライド様。
このままではいけないと今決意したことを伝えるためソファに座っている彼女の目の前に跪き手を差し伸べる。
プライド様はおずおずと戸惑いながらもその小さな手を私の手に乗せてくれた。
小さくも傷一つない綺麗な手だと素直に思った。この手がいつまでもこのまま綺麗なままであって欲しい、これからは命に変えてでも護り続けたい。
「プライド様、よくお聞きください」
出来るだけ冷静に、優しく、ゆっくりと、プライドと目を合わせて伝える。
「私は今日、命令でここに来ました。先程申した通りこれからは週に2・3回、2・3時間お伺いすることになると思います」
こくりとプライドは頷く。彼女が理解するのを見ながらゆっくりと話しかける。
「期間は決まっておりません。突然取り止めになることもありますし、私が任務で遠くに赴くことで会えない期間も出てくるでしょう」
プライドの閉じられた口がモゴモゴ動く。私の言葉を遮りたくて仕方ないのを我慢してくれているのだろう。本当にこんなに小さくとも王族としての心得は得ているのだろう、諭しいお方だ。
「私は上が決定した命令には逆らうことは出来ません。ですから会えない期間があったとしても、〝私〟が〝プライド様〟を〝嫌い〟になったわけではないことを理解して頂きたいのです」
「……え?」
キョトンとした顔は年相応だなと思ったら思わず笑みが溢れてしまった。そしたらプライドは真っ赤な顔をして、それがとても愛らしい。
「私がプライド様を嫌いになることはありません。会えないのは会えない理由があると理解して頂きたい。私は命令がなければプライド様に会うことも出来ない、お別れも言えず会えなくなる事も十分にあるでしょう。だから最初にお伝えしておきます」
プライドはとても賢いお方だ。将来立派な女王になる素質は十分に備わっている。
ただ、それは同時に暗君にもなる可能性も秘めているということ。どちらに転ぶか分からない危うい賢愚だ。
だから今から正しい道を示す者がいれば彼女は迷わなずに皆から愛される王女の道へ進めるだろう。
それの役目が自分とは全く思わないが、この誓いがそのきっかけの1つ位になれればいい。
真剣な表情で同じ高さにあるプライドの目を真っ直ぐに見据える。
「このカラム・ボルドー、本日より第一王女プライド・ロイヤル・アイビー殿下にお仕えさせていただく機会を与えて頂き感謝しております。まだ入りたての新兵でありますが、貴方様の騎士として微力ながらも生涯お支えすることをここに誓います」
「生涯?」
「はい、私の騎士としての生涯です。不特定な未来ではありますが、これからも日々鍛錬し本隊に入隊し、民を護ることが私の夢であり騎士としての誇りです。ですが本日プライド様にお会いしてもう一つ夢が出来ました。貴女を支えたい、お護りしたいと思いました」
真っ直ぐな目で真っ直ぐな言葉で本心をプライドに告げる。プライドはまたアワアワと口を開けたり閉じたりしている。
「プライド様がこれからどのような道を歩むか分かりませんが、私がずっと〝今の〟プライド様を慕っていることを覚えていて欲しいと願います。どんなに長い時間会えなくても、どんなに遠く離れていても、私はずっとプライド様を慕っています」
不思議と胸の底から温かな想いが溢れてくる。それでも伝えたいことを言葉にしようとすると何とも陳腐で使い古されたものばかりか。
本の中の登場人物ならばもっと詩的な美しい言葉で表現していただろう。それでもこの胸の温かさを彼女に知ってもらいたくてそのまま言葉にした。
彼女からすればもう散々言われなれた言葉かも知れないし、これから何千何百ともっと素晴しく心を震わせる、生涯残る言葉を語られるだろう。
それでも私は直接自分の素直な気持ちと言葉を伝えられたことに満足してしまった。本当ならこんなこと本隊に入っても許されることではないのだ。
騎士として仕える主を選ぶ事は出来ない。だが心の中ではもうプライド様以上に忠誠を誓うつもりはない。
兄以外で初めて自分を〝騎士〟として認めてくださった方なのだから。
「〜〜〜っ!!」
プライド様は耳まで真っ赤な顔をして声にならない声を出したのち、小さくコクンと頷いた。
赦しを得たことで心がまた喜んだ。
それを気取られないよう丁寧に壊れ物を扱うように優しくその小さくも綺麗な手の甲にそっとキスを落とした。
騎士として初めてなのは勿論、形式的なものでもなく
──自分からしたいと初めて想い願った誓いだ。
この身もこの心も自分の全てを捧げるキスを貴女に。
誓いを終えてプライドを見ればこれでもかと真っ赤な顔をして私とキスを落とした手の甲を交互に見ていた。
「愛らしい」
思わず呟いてしまった言葉にプライドにだけ聞こえたようでバッ!!と手を引いて真っ赤な顔のまま私を睨みつけた。
でもそれは朝のような悪意のある睨みではなく照れているのを隠しているのが丸わかりで、思わずクスクスと笑いが溢れてしまう。
「な、な、〜〜〜〜っちょ、調子に乗るんじゃないわよ!!!」
「ははっ」
確かに調子に乗ってしまった。
でもその台詞に本格的な笑いが止まらなくなってしまった。こんなにお腹の底から笑いが出たのはいつぶりだろうか。
謝らないといけないとは分かっていても今目の前で私にぽかぽかと叩いてくる年相応の幼女が愛らし過ぎて笑いが止まらない。
ムキになり怒りをぶつけられているのにそれがとても心地よくてずっと愛でていたくなる。
妹がいたらこんな感じだろうか?
兄しかいない自分には分からないが、兄ともこんなコミュニケーションを取ったことは記憶にはないなと呑気に考えてしまう。
「ふん、もういいわ。次来たら覚悟しなさい!」
「はい、プライド様」
笑いを堪えて答えればまた「ふん」と頬を膨らませた。
それすら可愛くて私の心はもう、この小さな王女様に夢中になってしまっていた。
騎士団に帰る道すがらカラム心に灯る小さくも温かな炎を確かに感じていた。朝はあんなに嫌々だった道のりをこんなに幸せな気分で帰るとは思ってもいなかった。
この火は外に出してはいけない。
まさか自分が5歳のしかも我儘な王女に心を奪われるとは思いもいなかった。
彼女は賢明で聡明で美しい女王になるお方だ。
彼女の治める国はさぞ美しい時代になるだろう。
それを騎士として支えられればどんなに素晴しいことだろうか。
この心の炎は決して報われない。
だがしかし、だからこそ昇華させずずっと持っていられるものだ。騎士になり婚姻はしないと決めていた自分には丁度いいと思った。
──ずっと貴方様をお慕いしております。
決して結ばれない相手へ永遠に向けていられる幸せを噛み締めた。
このままずっと変わらず、燃え上ることも消すこともないまま心の内側でそっと燃え続ける炎を持ち続けよう。
どんなに不敬と言われようとも
どんなに邪と言われようとも
これだけは許して欲しい。
将来彼女の隣に立つ者も含め護れるよう心身を鍛えていかなければ、など気の早いことまで考えてしまい、流石に浮かれすぎていて恥ずかしくなった。
頭を振り、考えを切り替える。
とりあえず今日はこれから演習に合流だ。
本日の勤務も終わり、誕生日を祝ってくれるという同期の誘いを断り、独り暗闇の道を散歩していた。冬の寒さが身に染みるが、天を仰げば星がとても綺麗に見える。
思い返すのは今日という日だ。
どうしても独りで静かに噛み締めたかった。15歳の誕生日のことは生涯忘れられない日となった。
夢が叶って騎士団に入り、この1ヶ月は忙しくもふわふわと本当に夢の中にいるような心地だったが、今日は本当に浮かれすぎていた。
誕生日にこんな特別で最高なプレゼントを貰ってしまったことに嬉しくてこの寒空の下でも顔が勝手にふやけてしまう。
独りとは言え演習場では個人鍛錬をしている者もいる、見られたくなくて腕で隠しながら進む。
(まさかこんな道端で百面相することになるとは)
しかも恋をしたことが幸せすぎてなんて恥ずかしすぎる。誰かと呑んだら口を滑らしそうで祝いから逃げてきたなんて恥ずかしすぎる。
自分の恋はもっと穏やかなものだと思っていたがそうでもなかったのだなと何故か他人事のように考えてしまい苦笑してしまう。
(プライド様は今日のことを忘れるのだろうか?)
物覚えのよい彼女なら覚えていてくれるのではないかと期待してしまう。いつかそんな事もありましたね、など話しかけられれば今度は私が恥辱に塗れ耳まで真っ赤にして声も出せなくなるだろう。それはあまりに簡単に想像出来てしまい道端で独り笑ってしまった。
その頃にはプライド様は美しく成長し、素晴しい女王になって、隣には大切な誰かがいて、私は騎士として警護を出来ればいい。
その時もこの胸の中の炎が消えずに〝大きく〟ならずに心の中を灯してくれれば。
演習場の外にある松明を見上げた。
その為にも私はまず騎士にならなくてはいけない。
兄から貰った恩恵、両親との約束、そして私を騎士と呼んでくれたプライド様に報いる為にもここで脚を止めることは許されない。
パシッと両頬を叩き心を引き締めた。
私は決意を新たに独り演習場に脚を踏み入れる。
※誕生日を祝おうとしたのは新兵時代のケネス隊長です。ここでは同期入団にしていますし、出身なども捏造しています。