光の人 雪と氷に閉ざされた山は、それでも夏になれば幾らか雪は溶け生命力の強い緑が顔を覗かせる。
一面の白さに彩りが加わると子舒も心が浮き立つようで笑みの零れる回数が増えた。
夏は、彼の中に降る雪も溶かすのだ。
未だ、少しだけ罪悪感に似たものが温客行の胸を刺す。
彼をこの真っ白な世界に閉じ込めてしまって良かったのかと。
あの時自分自身が望んだことだった。後悔している訳でもない。それでも。
有象無象の江湖で、折々の花の咲く美しい四季山荘で、本来は限られた生を全うしたはずなのだ。
氷雪を食べて、共に生きてくれるかと問うた言葉に返された笑顔に偽りはない。聡明な師兄は意図して隠した思惑以外は全てわかっていて了としたのだ。
命を投げ出した己も生きている今、何も憂うことなどないはずなのだ。
温客行にとっては、既に周子舒はただひとつの彩だ。
周子舒にとっては、そうではない。
真っ白な雪と氷に閉ざされ、真っ白になった自分と共に過ごす冬。
どんなにか、夏を待ちわびることだろう。
「老温、そろそろ弟子たちが顔を見せに来るころだろうか」
神仙となった自分たちが山を下りることもあるけれど、夏には旧友や四季山荘の弟子たちがやって来る。温客行ももちろん、楽しみにしている。
すっかり成長した成嶺は、山荘に咲いた季節の花を一枝携えて来るだろう。
命を感じられる時間だった。
「……どうかしたか?口数が少ない」
いつもなら子舒の傍らで朗らかに詩をを謳うのに。
「そんなことはない。今年は何人弟子が登って来るかと考えていただけだ。新たな弟子が阿絮に惑わされないよう注意してやらねば」
「何だそれは」
「みんな阿絮を知ると好きになる。惑わされるのは、私だけでいいんだ」
「老温?」
ああ、そうか。
温客行は胸を押さえる。
この痛みが消えないのは。
本当は私がずっと、閉じ込めていたいから。この腕の中に、この人を。
「……まったく、どうしたって言うんだ今日は。……否、違うな。雪が融ける頃になると、お前はいつもこうだ。夏が嫌いなのか?」
「……嫌いではないよ」
「そうか。俺も嫌いじゃない。……長い冬もな」
少し距離を置いて佇む温客行に大きな一歩で詰め寄ると、子舒は自身より少し高い位置にあるその頭を撫でた。
「ちょっと、阿絮。子どもではないよ私は」
「子どもにしては、確かに育ちすぎだな」
子舒はそのまま手遊びのように温客行の白髪に指を滑らす。
雪に埋もれた武庫を思い浮かべて目を細めた。
「……白は、お前の色だから」
「あしゅ……っ、」
温客行は。自分の髪が白く変ってしまったのを見た彼がどんな顔をしたのか知らない。
目覚めるまで、どんな顔で、どんな声で呼びかけてくれていたのか知らない。
身勝手に彼の生を望み、身勝手に自分だけが傷を負ったようなつもりでいる温客行を、それでもこうして。
周子舒という人は、そういう人なのだ。
夏の太陽のように、ただ。
温客行を照らす光の人。