閣下は安眠したい ふらりふらりと激務を終えたスネイルが廊下を歩く、その様相はさながら生きた屍で、見かねたオキーフが「あとはやっておくから早く寝ろ。」と仕事を没収しタブレットやパソコンにロックを掛けたので、大人しく自室に向かった。
何とか自室に戻り作業着のまま眠るまいと着替え、その他行動も済ませ部屋を暗くしベッドに入る。目覚めた時に何も問題が起こっていたいことを願いながら、スネイルは目を閉じた。
目を閉じてから何分たっただろうか、ベッドに入る直前まであった眠気は消え去り、時計を確認すれば一時間くらい経過していた。
(眠れない……!)
もう一度姿勢を正して羊を数えようとするも途中でフロイトのサイン待ちの書類に変わり思わず起き上がった。フロイトはここ数日任務に出ており、その間に溜まったものしか今は無いはずなので以前のものだとスネイルは頭を抱える。
ホットブランデーでも飲むかとスパイスとラムとブランデーを片手に食堂へ向かえば、出撃から戻ったのか夜食を作るフロイトがいた。
「あ。」
「『あ。』とはなんですか『あ。』とは。というかこの時間に丼物……。」
スネイルが苦い顔をすれば「いや、まだ日付は変わってないからギリギリ晩飯だろ。」とそのまま作る作業に戻る。匂いからして牛丼だろうか、煮る工程があるのでは?とスネイルが目を向ければ鍋の様子を見つつ、タブレットで溜まった電子署名などを片付けているらしく時より唸っていた。ならばこちらがとやかく言うものは無いだろうと、スネイルも自身のものを作る。
まず卵を取り出し、卵黄と卵白に分けてそれぞれ泡立つように混ぜる。十分泡が立ったら耐熱グラスを軽く温め、牛乳は軽く沸騰するくらいまで温める。先程泡立てた卵黄と卵白を合わせて砂糖を入れてさらに泡立たせ、それを耐熱グラスに注ぐ。そこにラムとブランデー、温めた牛乳を入れて軽く混ぜたあとスパイスを軽くまぶせばスネイルが作ろうとしたホットブランデーの完成である。
「なんだこれ。」
「ホットブランデーエッグノッグです。お酒ですよ。」
作り終わったのか、湯気がたっている保存ケースと牛丼を手にフロイトが興味ありげにホットブランデーを見る。
「ほう、材料的にミルクセーキ味ってところか。」
「ミルクセーキ?……いえ、単語的にまた極東圏の食べ物ですね。」
フロイト自身は別に極東圏文化の出身では無いのだが、血筋なのか本能なのか、極東圏の食文化がかなりのお気に入りである。長めの休暇を取ってタキガワの新作を見に地球へ行ったかと思えば帰ってきた際に買ってきた炊飯器を食堂に置くこと力説してきた。「壊れたら毎回自分に実費でいい!あと米も自分が出す!」とごねるフロイトに負けて(そもそもフロイトの自費となれば私物になるので、隊長格の私物を公共の場所に置きっぱなしにすることが問題なのだが)設置されることになった炊飯器は極東圏文化出身者にはかなりの大盛況で「首席隊長が炊飯器買ってくれたぞー!!!!」とかなりの盛り上がりを見せ、頭痛がしたのをスネイルは今でも覚えている。米自体もこだわりがあるらしく、これはホーキンスに交渉していた。
「この時間に暖かいミルクセーキ……。なんだお前眠れないのか。」
「は?」
言い当てられ、スネイルは固まる。「なるほどそうかそうか。」とフロイトは頷き、さっさと席に着いて牛丼をかき込む。自分も席に着いて飲み進めれば半分くらい食べ終わったフロイトから、
「この後お前の部屋に行くから、少し待っていろ。」
と言われスネイルは困惑した。
ブランデーを飲みきり、使用した鍋を洗って食堂で待っていれば、保存用ケースを自室の冷蔵庫にしまって軽くシャワーでも浴びてきたのか、着替えたフロイトが食堂に戻ってきた。
「お、いたな。じゃぁ行くか。」
スネイルがフロイトとともに自室に戻れば、フロイトがスネイルのベッドから毛布を剥がし、ソファーに座って膝を叩く。
「えっ。」
他人のベッドを荒らしたことに怒らねばと思うのだが、正直そんな気力もないスネイルはノロノロとフロイトに近づいて大人しく膝枕を享受した。
「おー、やけに素直。って見ればクマもすごいな。男の膝で悪いが寝とけ寝とけ。」
「貴方の膝です……。」
「お、おう。」
毛布を被せられだんだん眠気が出てきたようなスネイルは目を閉じる。
「〜♪〜〜♪♪」
ありきたりな、どこの地域でもあるような歌が、フロイトの平凡的な歌声に乗せられてスネイルの耳に届く。
「……〜♪……♪……」
いつしか意識は落ちていた。