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    mee30232362

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    mee30232362

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    初夜初夜の床入り、と言う儀式がある。

    かつては世継ぎを成す為の大切な儀式だったと聞くが、上流階級は別としてもそれはもう昔の話。
    今は一般に、初夜と言えば婚礼の儀式を終えてからのその日の夜を指す。男女で酒を酌み交わし、初めてふたりで床に着く日。

    …床に、着く。


    美世は顔に熱が上るのを感じた。
    並べて2組敷かれた布団。今日からは婚約者ではなくて…、夫婦になる。
    自分の枕元に座った美世は真っ赤になってそれを見た。

    2人でこうして1つの部屋で眠るのは初めてではない。むしろ、距離だけで言えばもっと近かったかもしれない。
    けれど…、婚礼が済んだ今。
    夫である清霞を拒む理由はもう何もない。


    ーーどうするのだろう。

    床に着くのは本来女性からだと言う。
    けれど、そんな話を清霞とした記憶はない。
    主人より先に布団に入るのはむしろ失礼なのではないだろうか。

    淑女たるもの、いついかなる時も冷静に、取り乱さないように。
    でも、それ以上の事を本当は何も知らない。
    聞くのも変な話だし…。

    色んな考えが頭の中をぐるぐると回っていく。
    そうこうしている内に襖が空いた。
    寝室の主であるその人は、もう美世が見慣れた寝巻き姿で部屋に入り、静かに襖を閉める。その所作はひとつひとつが丁寧で美しい。

    一気に緊張感が増して、美世は目を伏せた。
    きっと今顔を上げたら…清霞と顔を合わせたら…。恥ずかしくて死んでしまう。
    心臓がどくどくと脈打つ。身体から飛び出てしまうのではないかと思うくらいに煩い。

    「美世?今日は疲れただろう」

    清霞は美世の隣に座る。
    婚礼の儀式は1日を掛けて行われた。
    綺麗な花嫁衣装は女史の憧れだが、その実それなりの重量も伴う。人々から多くの視線を一心に浴びて、粗相のないように笑顔で返す。
    望んで待ち侘びた清霞と夫婦の契りを交わす儀式。
    なるべく規模は小さく行われたが、それでもやはり疲労は溜まる。

    そして滞りなく全てを終えた今。
    晴れて夫婦となったふたり。

    「いえ…い、は、はいっ」

    肯定するのか否定するのか。何だかよくわからない答えを返してしまう。
    ぎゅっと自分の寝巻きを握りしめる。その手が微かに震えているのがわかる。
    清霞は、気付いているのだろうか。

    「明日はゆり江にも少し遅く来るように伝えてある。美世もゆっくりするといい」

    そう言ったその顔は、どんな表情をしているのか。この後の事を考えると見る事が出来ない。
    美世は僅かに頷く。

    「…美世?聞いているか?」

    言われた清霞の言葉が上手く頭に入って来ない。

    ・・・・・。

    「…え?いえ、はひっ」

    問われて初めて頭を上げる。
    裏返ったその声に、恥ずかしさで更に顔に熱が上る。きっと耳まで真っ赤になっているにちがいない。

    「すみませ…っ」

    ふっと、笑う声が聞こえて。
    次の瞬間には目の前が暗くなる。
    背中には大きな清霞の手。
    ふわりと広がる、その香りに。

    抱きしめられていると気付くまで、さほどの時間はかからなかった。


    ーー拒む理由はもう、何処にもない。

    心臓が、壊れてしまいそうなくらいに煩く響く。こんなに密着していては、清霞に聞こえてしまうのではないだろうかと心配になった。


    清霞の寝巻きの胸元をぎゅっと握ると、清霞はそっと、美世の頭に触れた。空いている手は美世の腰を支えるように添えて、髪をすくように撫でたかと思うと、するりとその手で美世の頬に触れた。
    美世の身体が、ぴくりと反応する。
    清霞は美世を覗き込む。

    「美世?」

    その声が頭上に響く。
    美世は、恥ずかしさから握った手元を少しだけ見て…、迷いながら顔を上げた。
    清霞の綺麗な顔が目に入る。透き通るような茶色の髪が少しだけ乱れて肩にかかっていた。
    綺麗な顔がゆっくりと近付いてきて、優しく、唇が重なる。

    「旦那さま…」

    恥ずかしくて。
    …どうしていいのかわからない。
    美世の瞳が熱を帯びて潤む。


    嬉しいけど、

    やっぱり少しだけ、怖い。


    清霞の手は、美世の頭にもう一度触れて、そっと撫でてから、幼い子どもにするようにぽんぽんっと軽く叩く。

    「そう焦る必要はない」

    清霞は微かに笑う。

    「…でも、」
    「いい。美世が、そうしても良いと思える時まで待つつもりだ」

    …でも、と、もう一度声を出そうとする美世の唇を、清霞の唇が塞ぐ。
    そのまま、腕を美世の背に回し、耳元で囁く。

    「時間はいくらでもある。でも、」

    掠れたその声に、背筋がぞわりとする感覚を覚える。

    「そういつまでもは…待てないと、覚えておいてくれ」

    言って身体を起こし、美世から手を離す。

    ーーそれは、つまり…。

    美世はそのまま、その場を動けずにいた。
    頭の中に清霞の声が響く。

    清霞が美世を、大切にしてくれているのは分かる。
    痛いほどに苦しいほどにそれを感じる。感謝している。

    でも、ほっとしたような。

    …少し残念なような…。

    そんな自分の気持ちに気付いて、顔が真っ赤になる。
    私は、何を…考えていたのだろう。


    「そろそろ灯りを消すぞ」
    「は、はいっ」

    清霞の声にあわてて美世が床に着く。

    「おやすみなさいませ。旦那さま」
    「おやすみ、美世」

    清霞が灯りを消して、部屋が暗くなる。
    美世は布団の端をぎゅっと握りしめて、瞳を閉じた。


    ーー時間はいくらでもある。
    これから毎日、ここでこうしてふたりで眠るのだ。
    火照って熱を帯びたままの頬を布団で隠し、ちらりと清霞を見る。
    暗闇に慣れて来たその目で清霞を探せば。
    清霞は美世とは反対の方を向いていたので顔を見る事は出来なかった。

    …少しだけ寂しい。
    けれど、それで良かったのかもしれない。

    心臓がまだ激しく鼓動している。
    ドキドキと、煩い。

    美世も身体を動かして反対を向く。

    眠れる…、だろうか…。



    ひたりの夜はまだきっと長い。





    End***






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