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    ひゅう/sakanaya

    ツイ垢またいでいる雑多まとめ置き場

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    ひゅう/sakanaya

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    タジハナ?

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    「オレ八百屋ってなんか好きなんだよね」

    仕事終わり、タイミングがいいからと駅まで車で迎えに来てくれた田島に花井が起案した買い物ルートはすんなりと可決された。通い慣れたスーパーのドアをくぐってすぐ、青果コーナーは夕方と夜のあいだという時間帯にも関わらず人出は緩やかだった。そして左腕に買い物カゴをぶら下げた田島の言葉は、本日も鮮やかに唐突である。

    (ここ八百屋じゃなくてスーパーだけど……スーパーより八百屋の方が好きってことか?スーパーに対する文句ならせめて外に出てからにしたほうが……)
    花井が田島の言いたいことをすぐに汲み取れる時とまるで掴み取れない時との割合は五分、学生時代に比べれば最近は随分汲めるようになったものだと花井自身は思っていたが、今回は失敗を認めるほかなかった。こいつは自分の主張のために他をサゲることを言うようなヤツじゃないのだし、スーパーの悪口じゃないのは確かだろう、自分で思っといてなんだけど。とりあえず聞こうじゃないか。
    「そらまたなんで」
    花井は一袋98円の人参を手に取りながら田島に話の続きを促した。一本78円の大きめな人参とどっちがいいか。

    「なんかさあ、みんなよく来たな!って嬉しくなるんだよね」
    自分の促し方が簡易すぎたことを、花井は即時理解した。
    「えっそれは……お客さんが店に来るのが嬉しいって意味?」八百屋とスーパーってそのへん何か差があるだろうか。
    「違くて〜……なんて言うのかな〜」

    田島は3本で1束になった長ネギをカゴに入れようと手に取っていたが、花井に聞き返されると長ネギをそのまま自分の顔の前に掲げ持って眺めた。唇を僅かに尖らせてしばらく思案する田島の言葉を花井は待つ。

    「野菜の向こうって人の顔がたくさんあんの。育てて世話した人の数とかその時間がさ、どの野菜にも果物にも見えるんだよね、向こう側にさ、見えないんだけど」

    見えるのか見えないのかどっちだよ、と花井は田島のぎこちない言いように僅かに苦笑したが、その趣旨は掴めた。野菜も果物も、こうして店に陳列されているだけの姿しかこの目には見えないが、それが存在する以上、必ずその生産者も存在する。生産者の顔写真がパッケージに掲載されていようとなかろうと。当然の話でも、それを買い物のたび常に意識するような感覚は花井の日々の生活に組み込まれていなかった。
    八百屋が好き、との言葉は強いて言えば青果物全般を指すものだったか、とも合点がゆく。農作物を育てることが実際にどのように大変であるか、田島自身は本業ではないにしても身を以て知っている類いの人間だ。野菜の向こうに顔がある、というのはただの言い回しではなく、田島には実際に見えているのだろうと思われた。しかし「みんなよく来たな」の意味するところは未だに図りかねる。

    「それが最終的にすごい長旅までしてさ、そりゃキズモノとかいろいろ途中で捨てられたりもしちゃうけど、でも今ここに辿り着いたのがこうして大集合してんのがさあ」
    嬉しいんだよね、そんで今度はオレがその先へもっと繋いでってやるぞ!って気分になるし。

    田島の言葉は端的なのに、奔流のように流れ込んできて花井を取り巻いた。そこに飲み込まれた自分もまた、田島の言葉とともに野菜の長旅をなぞってしまったような心地だった。休まず愛情を注ぐ手、無数の青果のひとつひとつにも等しく経過する長い年月、選別、集合、運搬、陳列。田島の落ち着いた声は花井の耳に既に慣れてよく馴染む。そのせいで言葉の力がますます純粋なままに届くのか、花井の中でそれは増幅する。知り合った頃はそうでもなかったはずなのに。溺れそうなほど深く広く現れるこの流体は何なのか。自身の感性によるものではない。明らかに田島の声と言葉の力によるものだと花井は確信している。しかしこれを説得力と称するにはあまりに鮮烈すぎ、抗えなさすぎた。一瞬の長い時間の経過に全身を揉まれ、身体が微かに重たい。

    「花井?」

    は、として田島のキョトンとした眼に焦点を合わせる。此処へ引き戻すのもまた田島の声だった。

    花井にも分かったような気がした。農作物を手塩にかけて育てる労苦と時間は間違いなく田島にとってのひとつの愛情だ。青果のこの一大集合地は、言ってみれば田島の知る愛情の凝縮が世界中から集まった、愛で満ち溢れた空間なのかもしれない。そしてそれを購入することで自分もまた愛を引き継いでいく。この身に届く。身体が動く。
    「……確かにそれは、嬉しくなるかも」
    田島の顔がパッと明るくなった。
    「分かる?!みんないろんな農家とかからいろんな人たちの手を渡ってここまで来たんだなあ!よかったなあってね。そんでオレもちゃんと美味しく食べてやるからなって、なんかやる気まで出てくるって言うかさあ」
    まあそれ言ったら世の中のもの全部おんなじかもね!長ネギを肩にしょったまま楽しげに白菜の山を物色し始めた田島は何でもないように続けた。

    つい今しがた旅から戻ったばかりの花井は、再び何処かへ放り出されるような心地になった。
    本当にそうだ、全部そう。全部に辿ってきた道があってこれから向かう先がある。代謝は続いていく。オレたちも例外なく。

    いけね、と花井は軽く目を瞑り、そして開いた。投げ出された世界の質量が膨大すぎて、また戻ってこられなくなるところだった。田島の、現れていないものを見てとる力は花井にとっていつも思いがけず体当たりしてくるので、油断していると転びそうになってしまう。人はこれを洞察力と称するのだろうか、随分と重量がある気がするけれど。しかし意地でも受けとめて落としてはやらない。たとえ仕事終わりで頭の動きがいつもよりちょっと鈍くても。

    「そうだな、まずは最大限美味しく食べよう」そのまま齧るのでも全然いい。
    バラ売り78円の人参を2本、花井は田島の持つカゴに入れた。

    白菜まるごと買っちゃう?冷凍庫に空きあるしイケるかも。椎茸はどこの棚だっけ。買うべき野菜を見極めたらさっさと魚介のコーナーに向かわなければ。ふたりが揃いで飼う腹の虫が騒ぎ出すのを待ってはいられない。特売はまだ始まらない午後7時過ぎ。晩飯は八宝菜。


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