楓可不『瞬く星を辿って』「今夜はしし座流星群を見に行かない?」
いつもは色々な人で賑わうリビングに、今朝はたまたま二人きりだった。本当はあとでこっそりPeChatで誘おうと思っていたが、チャンスとばかりに可不可は楓に声をかけた。パッと輝かせた瞳は主任のものだ。みんなも誘って、と言われる前に釘を刺すように言葉を付け加える。
「星空を二人占めしようよ」
一瞬きょとんとした楓だったが、すぐに頬を緩めほのかに甘く目を細めた。
「いいよ。二人で行こうか」
今夜は快晴。降水確率は〇パーセント。今シーズン一の冷え込みだというが、絶好の流星群の観測日和だ。約束、とどちらともなく言い合って、程なく昼班の子たちが集まってきた。どうやら宗氏の発案で流星群の鑑賞会をするらしい。
「先生も一緒にどうよ?」
「ごめんね。今夜は予定があるんだ」
「そっかあ~ザンネン! また今度ね!」
楓をチラリと見ると、視線が交わる。昼班の子たちの死角になる位置で人差し指を口元に当てる。ないしょね。声に出さずに囁かれて可不可は小さく頷くことしかできなかった。
車を出すから、と楓に連れられてきたのはHAMAの中では比較的自然が残っているエリアの公園だった。整備されていない足元は少し歩きにくかったが、よろめく可不可を見かねて楓が手を取ってくれたので少しだけ感謝した。見晴らし台まで行っても他に人はいない。市街地からは少し離れた夜空はHAMAハウスの周辺や可不可の世界の全部だったあの埠頭よりもずっと暗い。ベンチもない広場の石段に腰掛けて空を見上げる。
「HAMAの空にもこんなに星があったんだ」
「街灯や街明かりがないだけでもずいぶん違うんだよね。今日は急だったから近場だけど、いつかもっとたくさんの星を見に行こうね」
繋いだままだった手をきゅっと握られる。可不可が握り返すとまた応えるように力が込められた。高台にあるからか風が吹くと少し寒く、座り込んだ石段から冷えていく気がするが、その分とっくに同じ温度になったその手が心地よくて身を寄せて星空を見上げた。小さな王の名を冠した暗い一等星のそばをすいっと光が尾を引いた。
「あっ!」
「可不可、今……」
ほとんど同時に向き直った楓と鼻先が触れる。互いの輪郭すら曖昧な暗がりでも、楓の瞳の奥に灯った小さな火を可不可は見逃さなかった。きっと同じものが可不可の中にも――
「っ……くしゅっ」
可不可がくしゃみをするのとほとんど同時に頬に触れた楓が「冷たっ!」と声をあげる。
「可不可? 大丈夫……じゃないね。ごめん、寒かったよね」
楓が慌ててかたわらに置いていたカバンを探り、取り出したブランケットで可不可をくるんだ。カイロカイロ、と呟きながらごそごそとカバンに手を突っ込んだ楓の背中が忙しなく動く。
「えい!」
ブランケットの前を広げ、背後から覆い被さるように抱きついた。見た目より広く感じる背中越しに楓の体温が伝わる。そうそう、やっぱりこれなのだ。
「そんなものいいから、楓ちゃんも一緒に入ってよ」
慌てて見せたのはほんの一瞬のこと。いや、とか、でも、とか言っていたのも。背けていた身体を先ほどと同じように向き直らせてブランケットで包んでしまえば楓は「しかたないなあ」とおとなしくなった。なるべく隙間ができないように、と心の中で誰に対してでもない言い訳をしながら身を寄せて、ブランケットの中で体温を分け合う。離してしまった手を、指を絡めて繋ぎ直した。
ひとつ、ふたつ。また星が横切った。