楓可不『僕の世界の中心はいつも』 初めてキミが手を引いてくれた日。僕はまだ今よりずっとずっとちいさくて、キミの温かな掌がひどく頼もしく思えたのをよく覚えている。歳は少ししか変わらないはずなのに、遺伝か、不健康ゆえのものか、ちっぽけな身体の僕より大きなキミの手。その温かさを初めて知ったんだ。
僕にとって人生大一番の賭けをした日。キミがあのビルに辿り着けるかどうかも正直確信はなくて。それでもキミは来てくれて、僕の手を躊躇いなく掴んでくれた。差し出した手が少し震えていたこと、キミに隠せただろうか。気づかなかっただろうね。キミの手が触れた瞬間、嘘みたいに震えが止まったから。
不確かないつかだった手術の日も。手術は終わったと嘘をついて病院を抜け出したことに対してお小言は言いながらもキミは約束通り手を握ってくれた。僕が麻酔で意識を失う瞬間までキミの手の温もりだけが確かで、目を覚ました瞬間も痛いくらいの力で意識を引っ張り上げられた気分だった。
キミがすきだ。すきで、すきで、だいすきで。僕にとってキミより大切なものなんてこの世界にはないんだよ。そう言ったらキミはきっと大袈裟だって笑うんだろうけど。
僕を光の差す方へ連れ出してくれた手。僕に賭けると応えてくれた手。
キミに手を引かれるだけじゃなくて、僕もキミの手を引きたくて。ちいさな頃から握りしめてきた想いを受け止めてくれただけじゃなくて、手を繋ぐ理由に名前をつけてくれたのはキミだった。
「楓ちゃん」
だいすきなその名前を仕事中は呼ばないようにしていた。どうしたって特別な響きを持ってしまうから。
「楓ちゃん、僕と――」
キミの名前を呼んで手を差し出したら、キミは僕の手を取ってくれるだろうか。少し前の僕だったら不安だったかもしれない。でもキミの大切が僕だって、キミがちゃんと教えてくれたから。
きっと、もう手は震えない。