especially for you「それって逆にえこひいきだ」
夜空を背に炭治郎は笑った。ベランダから見える人工的な灯り達が空の彩りを消している。見えもしない星達を探すように玄弥は゛そうかねェ…゛と長く息を吐き出しつつ呟いた。
没収されたタダ券。テストが終わればみんなのお楽しみ夏休み。そういえばと玄弥は炭治郎に問いかける。
「炭治郎の家はどこか旅行とか行くのか?」
長期休みに旅行や遊びの予定を組む家庭は少なくはない。とは言え、玄弥はというと七人きょうだいの大家族だ。全員で旅行となるとかなり厳しい。言葉を発してからあっ、と気づく。炭治郎もまた六人きょうだいで自分に負けず劣らずの大家族だ。
気にしないでと困ったように炭治郎は玄弥へ笑いかける。
「パン屋もあるしどこにも行けないよ」
「そう、だよな…」
「玄弥はどこかに行くの?」
「射撃部の遠征あるから俺はどっかかしら行くけど、家族で旅行とかは中々な…」
「そっか」
同じだねと変わらず炭治郎は笑いかけてくれる。きっとこの後、優しい炭治郎はこちらを気にかけるような言葉を紡いでくれるのだろう。炭治郎が言葉を続ける前にでも、と玄弥は小指を差し出した。
「夏祭りは一緒に行けるだろ?」
テストの点が良くても悪くても。
タダ券があってもなくても。
協力してくれた炭治郎がいなければ、楽しめるものも楽しめない。
な?と炭治郎と同じように玄弥は笑う。虚をつかれたのか目を丸くする炭治郎だが、眉を下げて小指を絡めた。
「あぁ。約束だ」
「おう」
街灯の灯りが空に馴染み、星の光が輝き出す。゛テスト結果に備えてご褒美を用意してるかとその後は善逸から助けを求められるまで炭治郎と玄弥はテストについて話していた。
*
「(スイカを割られる前に)」
無一郎から指摘された部分を思い出しながら落ち着いて答案を解いていった。時間を確認する為、チラリと目線を上げると何度か試験監督の兄と目が合う。見開いた目は不審な行動は何人離たりと見逃さないと力が込められており、思わず緊張が走る。
『…玄弥はダメな弟なんかじゃないよ』
その度に炭治郎の言葉が過った。
『俺も一緒に言ってやるから』
「(そうだな、炭治郎)」
もうちょい頑張ってみる。
ケアレスミスだけはしないように。手早く解きつつ、最後の五分を残して、見直しをし、玄弥はテストの答案を解き終えた。
百点の答案など都市伝説だと善逸と伊之助から言われた。穴が開くほど答案が見られた所で結果はもう変わらないというのに。
「頑張ったな!玄弥」
「……炭治郎もだろ。頑張ったな」
普段通り笑う自分の眉が下がったのがわかる。無一郎達の横で炭治郎達三人組が有一郎と小鉄と一緒に勉強していたのを知っている。点数が上がったと善逸と伊之助が喜んでいたので炭治郎も上がっていたはずだ。明確な点数はわからないが。思わず頭を撫でてしまいそうになったので約束をした小指を上げて苦笑いをする。
「炭治郎?」
「あっ、いやっ、うん!ありがとう!!!!」「うっさ!?」
ベランダの時のように此方を見つめたまま固まる炭治郎の名前を呼ぶと大声で返される。不死川家はマンションだ。近所迷惑になってしまうやめてほしい所だが、視線を逸らす炭治郎の顔が真っ赤だ。再度声をかけようとしたが、善逸に急かされるように家へ押し込められて叶わなかった。
「(炭治郎、褒められ慣れてねぇのかな?)」
俺もそうだし。
と考えつつタダ券を探しに向かった。
炭治郎が言っていたようにタダ券の他にお小遣いが用意されていた。野次馬のように今回の勉強会メンバーが後ろから現れる。善逸達からは希望の食べ物までおねだりされる始末だ。チラリと炭治郎を見ると普段通りに戻っていて相変わらず希望の物を所望しなかった。
「(一番お前の言葉が俺を応援してくれたのによ)」
炭治郎らしいと言えば炭治郎らしいが、心の何処かで寂しさが生まれる。何かお礼をしたい。夏祭りで機会を伺おうと玄弥は心に決めた。
祭囃子のようにスピーカーからは流行りの音楽が流れている。騒がしい子供達の声と出店の呼び込みをバックに神経を研ぎ澄ます。
一回三百円五発。第一セットは腕鳴らし。駄菓子箱を難なく撃ち抜いて第二セットへ移行する。
競技では防音ヘッドギアをつけるが、射的のコルク音に耳を傷つけるような効果はない。
第二セット終盤。少し手応えがあるプラスチックの玩具を撃ち抜いて玄弥は息を吐き出した。
「玄弥!お疲れ。スイカ味のラムネ買ってきたぞ」
「炭治郎、お前…別に善逸達と一緒に祭り回ってきていいんだぞ?」
「何言ってるんだ!玄弥が頑張って満点取ってまでやりたかった事だろう?俺も応援したいんだ」
暑かったろう?と冷水で冷やされたラムネを差し出される。第三セットのお金を支払い、銃口へコルク弾を詰めながら、玄弥は炭治郎の方へ屈みつつ、頬をラムネへと付けた。ひんやりと冷たい感覚が頬から伝わって気持ちいい。しっと軽く息を切って頬の水滴を手で拭う。炭治郎を見ると先程と違い、口を横一線に引き伸ばし何かを耐えているようだった。やはりどこか顔が赤い。視線を逸らされてしまい、玄弥は少しむっと眉を顰める。
「だったらよそ見してないでちゃんと見とけよ」
「いひゃいぞげんにゃ」
「ははっ変な面!」
頬を軽く摘んで炭治郎の視線を自分へと戻す。そのまま話すものだから上手く発音できていない。いい休憩になったと気持ちを切り替えて玄弥は射的場へと戻った。
呼吸を整え、的を絞る。スコープはないので第二セットまでで掴んだ裸眼の感覚頼りだ。今回は上段を狙う。片腕を使って射撃位置を固定。一発目。二発目。リズムよく撃ち抜くと周りから上がる声。撃ち抜く時は呼吸を止めるが合間で息を整える。酸欠状態になると視界は狭まっていくからだ。同じ要領で片目は閉じない。使わない片側も意識は向けないが開き続けている。
「(…俺ばっか見てねぇ?)」
そんな片目に写るのは炭治郎だ。本来であれば観客のように射的場へ視線を向けている筈。応援すると言っていたが、そんなに自分を見つめなくてもいいだろう。顔はお世辞にもかっこよくとも、可愛いとも言えない。鼻頭まで傷がありバンドマンか?という髪型と、上背は他者に見上げられる程で初見の人に怖がられるのが常だ。見続けていても楽しくも何ともない。銃の扱いだって炭治郎は興味ないだろうにと。
三発目を打ち終えて、玄弥は息を吐き出した。コルク弾をリロードしつつ一旦周りを見る。善逸達は見当たらない。チャンスは今だろう。玄弥は口を開く。
「炭治郎。俺、的当ての練習してぇからさ。
どれか、気になるか当てて欲しいの選んでくれねぇ?」
「俺が?いいのか?」
「おう」
残り二発。客入りもまだ落ち着いている。
景品を特に見ていなかったのか炭治郎はうんうん唸っていた。あれでもない、これでもないと玄弥が当てやすい的を探しているようだった。玄弥は正直な所、特賞の大きなぬいぐるみ以外は全て一発で落とせる自信があった。
「あ、じゃああれ」
「あれ?…ってあの黒猫か?」
「そうそう!それ。それがいい」
小さな鈴がついた少し目つきの悪い黒猫のキーホルダーだった。袋に入っており立って景品に並んでいる。
猫、好きだったのか炭治郎。担任もそういや猫好きだもんな。
゛がんばれ玄弥!゛と応援モードに戻った炭治郎を他所に狙いを定める。ふと視界に隣の景品が目に入った。同じメーカーなのか同様のパッケージで違う動物のキーホルダーが並んでいる。
「ふぅん…」
距離を確認。景品の角度と配置の角度。髪を撫でる風の抵抗はなし。ニッと口端を釣り上げて玄弥は笑う。
「炭治郎、見てな。面白いモン見せてやるよ」
「?そうか!わかったぞ玄弥!」
本当にわかってんのかねぇ。
心の内でため息を吐きつつ、レバーを引く。二、三短い呼吸を繰り返し、止めて引き金を引いた。
パン!パスッパスッ!
「え…っおぉ、げん、玄弥ぁ!!?すごい!すごいすごいすごい!すごいじゃないか!!!!」
「炭治郎イッテェ!!首もげる!!もげるってぇ!!!」
「すまない!!!」
観客と射的場のおじさんからあがる歓声。それよりも大きな声を炭治郎は張り上げた。興奮した気持ちを抑え込めず玄弥へ飛びつく。自分より高い位置にある玄弥の頭を撫でようと伸びた手は結果として首に抱きついただけで終わった。一発で二つの景品を打ち落とし、おじさんから該当の景品を受け取る。
ちりん、ちりんと小さい鈴が二つ鳴った。
「玄弥はすごいなぁ。次はどれを狙うんだ?」
「次はあれにするつもり。第四セットからならまた炭治郎の希望聞いてやるぜ?」
「いや大丈夫だ!玄弥の好きな所、狙うといいよ!」
またそうやって遠慮をする。いくらでも頼めばいいのに。
第三セット。最終弾を装填し、先に決めていた景品へと手早く撃ち抜いた。
おはぎに手足が生えたマスコットは初めから兄のお土産にしようと思ってたものだ。
「流石に全部は残念だったな玄弥」
「まぁなぁー…チビ達の楽しみは奪えねぇだろ」
祭りを終えた帰路。両手いっぱいの景品を持参したエコバッグに詰め込んで炭治郎と玄弥は二人横並びで歩いていた。
本当に最後まで炭治郎は玄弥の側に居続けた。出店のタダ券は結局寿美達きょうだいと勉強会メンバーに一枚ずつ分けた。炭治郎は頑なに受け取ろうとしなかったが、゛じゃあ俺と一緒にするなら文句ないだと切り返すと珍妙な顔で押し黙った。なにそれキショと真顔で思わず玄弥は切り返したのもいい思い出だ。二人してポイを使ったスーパーボールと指人形掬いを選んだのはやはり互いにきょうだいを思ってだろう。
「景品半分くらいになってからおじさん少し冷や汗かいてたな。途中から来た子供たちへ射撃教室に変わってて玄弥楽しそうだった」
「そこまで別に付き合ってくれなくて良かったんだぜ、炭治郎。本当に」
「なんで?俺が玄弥といたいから一緒にいただけだよ」
「ーーーッ!あっ、そ…っ」
炭治郎は時折真っ直ぐすぎる言葉をくれる。それは玄弥にとってとても心臓に悪い一言だ。曇りない眼差しで見つめられて、心の底から思った言葉をストレートに伝えてくれる。恥ずかしい奴と思いながらも断れないのは炭治郎に絆されてる証拠だ。両手は塞がってるので視線だけ逸らす。
特賞の自立型ぬいぐるみをパトロールに来た兄に持たせて正解だった。
「玄弥、本当にいいのか。俺、家まで持ってくの手伝うぞ?」
「いいってこれくらい。何ともねぇよ」
竈門家と不死川家の分かれ道。
手伝うと言って聞かなかった炭治郎へ分かれ道まで景品を持っていく事をお願いしていた。楽しかった時間もこれで終わってしまう。玄弥は炭治郎からエコバッグを受け取った。
「じゃあ玄弥。またな」
「あ、ちょっと待ってくれ炭治郎」
自分の荷物と掬ったスーパーボールや指人形が入ったビニール袋の巾着を持ち直す炭治郎へ玄弥が声をかける。忘れ物か何かかと炭治郎は玄弥の様子を伺った。
「お前、猫好きなの?」
「え?」
「いやほら、射的ん時」
「あ、あぁ!あれか」
玄弥はエコバッグを地面に置いてしゃがみ込んだ。ガサゴソと何かを探しているようだった。問いかけられた疑問。炭治郎は玄弥に見られてない事をいい事に照れくさそうに頬をかいて答える。
「あれ、玄弥っぽいなと思って頼んだ」
「はぁ!?」
予想もしない答えに玄弥は顔をあげて叫んだ。住宅街なのもお構いなしだ。玄弥の真っ赤な顔を見て炭治郎は顔を綻ばせる。外灯の灯りでも互いの顔ははっきりわかった。
玄弥と目線を合わせるようにして炭治郎はしゃがみ込む。袋の中を見ると例の黒猫のキーホルダーが上に乗っていた。思わず持ち上げて顔の横に並べる。うん、と頷いて炭治郎は玄弥に微笑む。
「玄弥っぽい」
「……っるせ、」
炭治郎の手からはたき落とすようにして黒猫のキーホルダーを玄弥は取り返した。祭りの最中は炭治郎の方が顔を赤くしていたのにこれでは逆じゃないか。頬も耳も熱くまともに炭治郎の顔が見れない。
「これ」
苦し紛れに玄弥は先に見つけていたキーホルダーを炭治郎へ差し出した。困惑するような声が聞こえたがひたすらに前に差し出すとようやっと炭治郎は受け取る。
「お前、素直に受け取ってくれねぇだろ。だから今日付き合ってくれた礼。」
「いや玄弥、これは不死川先生が玄弥が頑張ったご褒美にってくれたお小遣い…」
「じゃあお前は俺からの礼を受けとらねぇのかよ?」
それは…とまた言い淀んで顰めっ面をする炭治郎。本当に頑固だ。そんな誰かをずっと思える優しい炭治郎が大好きだと改めて玄弥は思う。自然と眉がハの字に下がり口元が緩み出す。
「バカタレ。人の好意は貰われとけよ。
俺もこれ、お前っぽいって思って取ったんだからよ」
先程叩き入れた黒猫のキーホルダーを再び顔の横に持ち上げて玄弥は告げた。
炭治郎の手の中には同じ会社のパッケージで狸のキーホルダーが入っていた。ちりん、とまた小さく鈴が鳴ると炭治郎の顔が見る見る内に赤くなった。なんだか恥ずかしい事を言い合ったような気がしてどちらともなく立ち上がり背を向けてしまう。゛じゃあまた学校でな!!゛と叫んだ玄弥へ名前を呼んで引き止めたのは炭治郎だ。声が大きいといつも言ってるだろと肩越しに彼を確認する。
「かっこよかった!!一番!!誰よりもかっこよかった!これ取った時!
ありがとう!!鞄につける!」
「え、あ…鞄…っ!?」
じゃあ!と炭治郎は走って帰ってしまった。鞄とは学校鞄じゃなかろうか。暗闇に消える背に玄弥は何も言葉をかけられなかった。
*
夏休み明けの登校初日。
ちりん、ちりんと小さな鈴の音が歩く度に鳴る。前方からタイミングをずらして同じように鈴なりが聞こえて玄弥は駆け出した。
「炭治郎、はよ」
「玄弥!おはよう」
゛本当につけてんのとキーホルダーを持ち上げて玄弥が言うと゛玄弥と嬉しそうに炭治郎が笑う。どこかくすぐったいその笑みに頬をかいて玄弥は視線を逸らした。
テスト勉強の一件から夏祭りを経て、炭治郎との距離がぐっと縮まった気がする。だからこそ何気なくこれも渡せるのだろうと人通りが少なく早い通学時間帯の道端で玄弥はポケットからある物を取り出した。
「これ、お土産。お前に」
「俺に?」
「そう、お前に。善逸達には買ってないから内緒な」
口元に人差し指を立てて玄弥は告げる。勉強会の時、時透邸のベランダで遠征には行くと言っていたがそれのお土産のようだった。夏祭りの時の言葉を覚えているのか今回はすんなりと受け取ってくれる炭治郎。開けてみ?と玄弥に促されれば出てきたのはコンパクトミラーだった。柄は可愛らしい狸である。
「前に小麦粉まみれで来てた事あったろ。鏡持ってねぇって言ってたから。あと柄がやっぱお前っぽいって思って買った」
それだけ。じゃあなと去ろうとする玄弥の手を炭治郎は掴んだ。ぎゅうっと力強く掴まれ玄弥は困惑しながら振り返る。嫌だっただろうかと不安がよぎり思わず眉が下がった。
「玄弥、俺、貰ってばっかりは嫌だ。お礼がしたい。今度の休み、一緒にどこか行かないか?」
炭治郎の顔は真剣そのものだった。嫌がっている訳ではないと安心したように長く玄弥は息を吐く。
「あのなぁ、こんなの気持ちの問題で気にする程じゃねぇって。俺がしたくてやってんだからよ」
「俺も同じ気持ちだ!玄弥にしたくてやってる」
玄弥を真っ直ぐ見つめる炭治郎は一歩も引かない様子だ。こうなったら頑固であると言うのは善逸達からしこたま聞かされている。今度は諦めたようにため息を吐き、掴まれていない方の手で力強く握っている炭治郎の手を軽く叩く。ようやっと離されて数回握って開いてを繰り返してから小指を玄弥は差し出した。
「……わーったよ。ほら、約束」
「!!あぁ!ありがとう玄弥!」
ぶっきらぼうに出された小指に己の小指を絡めて力強く上下に振る。子供じゃねぇんだからと玄弥は吹き出すように笑う。やっぱりその顔に炭治郎は顔を赤くしていて、釣られて赤くなりそうになった玄弥は遅れるぞと学校に向かって走り出した。
その後も祭りなり遠征なりで玄弥はついつい炭治郎っぽいものを見つけては購入してしまい、お土産やプレゼントとして彼に贈ると言う行為を繰り返していた。一方の炭治郎もその時に指切りをしてしまったからなのか、元からの性格上なのかその度に玄弥を遊びに誘い、二人だけで出かけた。きょうだいの面倒や兄の厳しい目があり、あまり出かけない玄弥にとって炭治郎とのお礼の一時は楽しいものであった。
「ただいまー…」
「玄兄おかえり!お土産は!?」
「あ、こら!寿美!!」
無一郎達と中華街に出かけた帰り。
こういった時、家に入ると一目散に来るのは寿美だ。お土産を颯爽と探し出しその場で袋から取り出す。嗜める頃には袋の中身を種類ごとに分けられているのがお約束だ。玄関で広げたら俺が入れないだろうに。
「実兄ー!玄兄まぁた個別のお土産買ってきてるぅー!」
「バッ!?寿美ッ!!!!」
「いいじゃん玄兄ィ。いい加減言っちゃいなよ〜か・の・じょ?」
「違ぇって!!!」
゛必死こいて怪しい〜゛と年々おませになる妹に玄弥は癇癪一歩寸前だった。
なんだなんだと残りの妹弟達も玄関へ集合してくる。末の就也とその上のことは兄と遊んでいたようで両腕にぶら下りながらの登場だ。
「うるせェなァ。見つかンの嫌なら鞄入れとけェ」
「う…っごめん兄貴」
「別に怒っちゃいねェよ。でェ、」
実弥は就也とことを優しく下す。寿美は面白がるように笑いながら実弥の後ろ、別名安全地帯へと回った。弘と貞子がお土産のフレーバーを読み上げ幼い弟達をリビングへと連れていく。残ったのは上の三人。実弥の右手が威嚇するように上がった。
「テメェの彼女さんとやらはどこのどいつだいィ…??」
「だから!!いねぇって!!!!!」
毎度こうなのだ。玄弥の彼女など色恋の話になるとまるで娘はやらんと言う父親の貫禄を持って実弥は威嚇してくる。俺むしろ息子だけど。
ギャン!!と大癇癪で噛み付くとキッチンから母が゛別にどんな子でも母ちゃんかまわんと兄へ油を注ぐのであった。
*
「(彼女じゃねぇし、何ならダチ、だし)」
あの後も食卓では寿美の猛攻が止まらなかった。実弥に言えないのであれば女子会勢に入ろうか?と寿美、貞子、母の志津が結託し始める。すると珍しく隣の席に座った実弥が玄弥の肩を組んでは゛兄ちゃんに内緒なんていい子の玄弥君はしねぇもんなァ…??゛と圧をかけてきたのでとにかく大変だった。何故いつもの母の隣に座らなかったのだ兄よ。
とにかく疲れた。せめてもと昼食のお弁当のおかずは男子校生大好き唐揚げを詰め込んでこの疲労感を癒すつもりだった。
「それって炭治郎だけ贔屓じゃんかー!」
待ち合わせをしていた教室から善逸の声が聞こえる。どうしたんだ?と声をかけながら遅れてきた玄弥が空いていた炭治郎の隣に座った。話題に上がってる炭治郎はバツの悪そうに顔を俯かせていた。
「どうもこうもねぇよ!元太!
お前権八郎だけ別にお土産渡してるってほんとかよ!?親分は俺だぞ!」
「じゃあまず俺の名前を間違えるな親分様よぉ」
間髪入れずに玄弥が指摘するとぐぬぬ…と伊之助が押し黙った。どうやら炭治郎に渡していたお土産の事で揉めていたようだった。別に隠す物でもない。何なら嘘も隠し事もできない炭治郎にしては保った方だと玄弥は思い直す。弁当箱を開けて唐揚げをひとつまみ。
冷えても広がる肉の旨みは疲れた体にエネルギーをくれる。
「でも炭治郎だけってさ、ほらさぁ、俺たち皆仲良いじゃん??ねぇ??玄弥君ねぇ??」
「別にお土産って気持ちだろ。それに俺、お前達からお土産貰った事ねぇし」
「ひどっ!そんな事言っちゃうんだ!酷くない!?じゃあいいもんね!俺これからお土産買ってきちゃうもんね!!はい!スイカジュース!他には!?」
「俺も行ってやるぜ紋逸!!ムカムカして腹減ってきた!玄米にはおはぎ追加してやる!」
「玄弥な」
覚えとけよー!と昔の悪役のような捨て台詞と共に善逸と伊之助は購買へと走り出した。それはお土産とは言わないだろうに。玄弥はふんっと呆れるように軽く鼻から息を吐き出した。
「玄弥。ごめん」
ずっと黙っていた炭治郎から声が上がった。俯いたまま顔を上げない。
「なんでお前が謝るんだよ」
「うん。でもごめん。
嫌だろ?玄弥、騒がしいのとか」
「別に…気にしてねぇよ」
むしろ今までよくあの騒がしい二人にバレなかったものだと玄弥は思った。
炭治郎は変わらず俯いたままで玄弥との間に微妙な空気が流れる。ややこしくなるかもしれないが話題を変えるにはうってつけかもしれない。玄弥はポケットから今回の炭治郎へのお土産を取り出した。
「でも玄弥。俺、それでも嬉しかったんだ。
玄弥からお土産貰えるのずっと」
゛楽しみにもしてた゛と赫灼色の両目が煌めく。真っ直ぐ真剣な顔で見つめた後、眉を下げて困ったように笑う炭治郎。迷惑だよなと続けそうな言葉を玄弥は言葉で飲み込ませる。
「ーーお前が言ってただろ」
机下にある炭治郎の手に今回のお土産を握らせた。炭治郎と玄弥は窓に向かって座っており、他の生徒は背中しか彼らを見る事が出来ない。ぎゅうっと今度は玄弥が強く炭治郎の手を握る。
「それって逆に依怙贔屓だって。
俺、多分炭治郎の事を依怙贔屓にしてんだ」
お土産コーナーや雑貨屋を見るとふと炭治郎を思い返す。これが炭治郎っぽい、あいつ使うかなとついつい考えてしまう程だ。
そんな相手は初めてで、選ぶ楽しさも初めて知った。
炭治郎から手を離して机に頬杖を付く。彼の顔を覗き込むように視線を向ければ自然と眉はハの字に下がり口元は綻ぶ。
「俺も嫌な奴と二人っきりで遊んだりしねーよ。バカタレ。
きっとこれからも依怙贔屓にしちまうから覚悟しとけよ?」
な?と最後に明るく玄弥は笑い上げた。また真っ赤な炭治郎の顔が見られるだろうか。ちょっと楽しみな気持ちが玄弥の中で生まれ出る。
「俺も。依怙贔屓は玄弥だけだから」
真剣な声だった。友人達と昼食を食べる騒がしい教室の騒音が止まったかと思う程にクリアな言葉が玄弥の耳に届く。あの思わず目を逸らしたくなるほどの真っ直ぐな炭治郎の眼差しが体を射抜く。逸らしちゃダメだよと言いたげに炭治郎の手は頬杖付く玄弥の手に触れる。熱が伝わってくる。
「玄弥も覚悟して欲しい。次の休み、また遊ぼう?そこで俺の依怙贔屓の意味を教えるから。返事が欲しい」
逃さないから。
そう言われているような気がした。炭治郎の手が離れる。己の手越しではあるものの、触れられた頬はひたすらに熱い。頬杖ついていた手を当てているが収まりそうになかった。真っ赤だ。絶対真っ赤になっている。思わず玄弥は自分の頬をつねった。
「ひゃい、」
「玄弥…あんまり可愛い事してくれると、俺も歯止めが効かなくなりそうなんだけど」
それが何を意味するのか、炭治郎の依怙贔屓の意味が何なのか。じわじわと実感を伴ってきた玄弥の鼓動は爆発しそうな音を繰り返していた。もうお弁当は食べれないかもしれない。さよなら俺の癒しの唐揚げ。
今度の遊び…いいや今まで行ってきたのがデートだったと思い知り、玄弥は机に突っ伏した。この後の授業をまともに受けれる自信はもうない。購買から戻ってきた善逸、伊之助の叫びを聞きながら、炭治郎の告白まで俺の心臓は果たして保つのか?と不安を巡らせる玄弥だった。