ドロップスノウ「俺が生まれた日ってどんな日だったの?」
玄弥はミドルスクールの宿題を両親へ問いかけた。冬生まれの日付は知っているがその他はよく知らなかったのだ。
「そうやねぇ。雪がよう降る日やったわぁ」
しんしんと周りの音を吸収していくような静けさだったと母は小さく笑いながら告げた。逆子だったが土壇場で正常の位置に戻り、難なくお産を終えられたらしい。ガキが面倒かけてくれるななどとぼやく父へ母はまぁまぁと宥めている。
「雪かぁ」
「玄弥は雪に好かれとうのかもねぇ」
「毎年誕生日が雪で此方とら面倒しかねぇぜ」
除雪に走り出す弟妹達。その全ての相手を務めるのが父だ。母は父へ感謝を述べつつ入れ直したココアを差し出した。軽く鼻を鳴らすも満更でもない父の顔は両親達が仲つむまじい証拠だ。子供へ厳しい父へ苦笑いをして玄弥もまたココアを飲みきり、ありがとうとご馳走様を告げて自室に戻った。
「(そう、俺の誕生日には毎年雪が降る)」
生まれた直後の記憶はないが、両親の言い分だとやはり生まれてから今までずっと確定で雪が降っているようだった。
分娩室に窓などなかったが、玄弥を抱き上げた際、鼻先に雪の結晶が一つ落ちては溶け出した事を母は思い出したと合わせて伝えてくれた。
さて、宿題をやらなければ。
机に向かう玄弥の耳へ外から賑やかな妹、弟達の声が届く。自室の窓を開け放ち、入り込む寒気には白い息を吐き出して呼応する。
――テメェは行かねェのかい?――
鐘のような軽やかな音が落ちてきた。
家族へ向けていた目を今度は窓辺の縁へと移す。先程は何もなかったその場所へ氷の結晶が置かれていた。四方八方へ木の幹のように伸びた立派な氷の結晶華。
溶けてしまうまでの刹那しか楽しめないが、玄弥は小さく笑ってカーテンレールへ慣れた手つきで結晶華を飾る。
「――宿題終わってもアイツらがまだいたら行くよ。アンタはどこに行ってきたの?」
誰ともなく呟いて飾った結晶華を人差し指で軽く押す。すると玄弥の声に呼応して小粒の雪が風に乗り結晶華の周りを渦巻いた。一回りしてから今度は彼の頭からつま先まで、体を纏うようにひと撫でする。
「くすぐってぇな。遠くまで行ったのか。
また来たら教えてくれよ」
最後に頬撫で上げて風は去って行った。
カツン、と結晶華が壁に当たるも欠ける事なく光を反射している。
「…次は誕生日かな。その時には」
なんて呼べばいいか聞けるかな。冬の妖精さん。
玄弥の誕生日には毎年雪が降る。
彼が生まれた事へ喜びを示すように、一日中振り続ける雪は玄弥の側に居続けた。
窓辺に寄り、窓を開ければ風と粉雪と共に氷の結晶華やブリザードフラワーを。
雪の中、手を翳せば手に収まる雪だるまや雪兎を。
数ある冬の贈り物を玄弥へと届けてくれる。
天気の移り変わりは妖精のいたずらによるものだと伝えられてきた。ミドルスクールから数年経つも未だに声も言葉も聞こえないし、理解は出来ない。贈り物や風の動きからなんとなくこうじゃないかと答えを導き出して独り言続ける日々だ。
「兄ちゃんあんまり俺の誕生日にイタズラしすぎないでくれよ」
母ちゃんも父ちゃんも。寿美達きょうだいも年々除雪が大変だってさ。
暖房設備などないかまくらの中で玄弥は降り止まない雪を見て告げる。ハーッと白く長い息を吐いて手袋越しの手を温めた。年々降雪量が増していく贈り物には困ったものだ。けれど、この日でなければより強く゛兄ちゃこと妖精の存在を感じ取れない。
なんて呼べばいいのか。
生まれた日を聞く宿題が出た年の誕生日に長く独り言を続けた結果得た答えは゛兄ちゃだった。
曰く、玄弥が生まれた時から見守っているのだから、と。だから兄なのだと言われてしまっては頷くしかない。
深夜の時刻にこっそり家を抜け出して、導かれるように雪道の上に落ちた小さな贈り物を拾いながら辿り着くのは一日だけの小さな妖精の家だ。寒さから来るものか、微睡み出す意識に玄弥は目を閉じて隣の存在へと寄りかかる。ここで眠ってしまっても妖精の彼がいつも連れて帰ってくれている事実を玄弥は知っていたのだ。現に空席の隣は玄弥を落とす事なく支えていた。
「もう少し。もう少しだ、玄弥」
粉雪と風が人を形作る。玄弥を抱き上げ、頬に触れると伝わる体温が妖精の白い雪肌を色付かせていった。家から出ては目的地へ歩き出す。雪の中、別れを惜しむように玄弥の自室へ送り届け、今年の祝福――プレゼントを唇ごしに送り込んだ。
「他の奴らなんざ、来させねぇからなぁ」
玄弥の右頬から鼻頭にかけて一の字に妖精の指がなぞられる。きらりと青白い光が玄弥へとさらに刻まれた。雪が溶けるように消えていった印へ満足げに微笑んだ男は窓を開け放ち一陣の風となって再び旅立つ。
十六度目の誕生日。
十六回目のプレゼント。
魔法学校の入学案内が来る年。
黒い鴉は魔法学校へ入学する者に一人一羽ずつ支給される使い魔だ。鎹鴉と呼ばれる雄鴉の足には一枚の手紙が丸められていた。
その鴉が玄弥の腕へ留まる前に、彼の周りが吹雪で吹き荒れる。
「よぉ玄弥ァ。」
下から上へ。
小さな雪と共に吹き上がった風は鎹鴉を跳ね除ける。風に乗って舞い上がった入学案内の手紙を受け取って玄弥の頭上から聞こえるのは男性の声だ。
不思議と初めて会った気がしない。見上げたまま呆けている玄弥へ白い男は笑い上げた。
「今年のプレゼントは喜んでくれねェのかィ?
兄ちゃん、やっと玄弥と一緒にいられるようになったんだぜ」
男が顔中央の傷をなぞる。
すると青白い光が煌き、同じ位置と似た形の痣が玄弥へ現れる事となる。
「(この冷たさに、溶け込む暖かさを、俺は知っている)」
「兄ちゃん…?」
「あァ、これからはずっと一緒だからなァ」
今回は結晶華ではなく、凍りついた花々を花束に纏めて差し出された。降り止まない雪の中、兄ちゃんは――冬の妖精は愛し子をようやっと腕の中へ閉じ込めた。