導きの対の手寒さに耐えきれず吐き出す息は白い。熱が籠るようゆっくり吐いた所で暖かさは急速に失われていった。
「玄弥、手袋は?」
名前を呼ばれて玄弥は顔をあげる。見慣れた白髪兄ちゃん!゛と笑い、手を広げ向かうも兄から両肩へ手を強く置かれて抱きつく事は叶わなかった。目線と同じ高さにかがまれ、じっと同じ色合いのアメジストが煌めいている。玄弥はバツの悪そうに目伏せては顔を俯かせた。
「…ごめん兄ちゃん。また無くしちゃった」
「またか」
゛ごめと玄弥は続けて両拳を握りしめている。両手が赤く色づいているのは握りしめた要因だけではなく、寒さもあってだろう。
玄弥はよく手袋を無くす子供だった。
片方だけ無くし、最後にはもう片方も無くしてしまう。今日の朝は片方あった手袋もご覧の通りだ。寒気に耐えようと息を吐き続け、手を真っ赤にさせては実弥がクラスから出てくるのを、帰りが早い玄弥は毎度校門先で律儀に待っている。
「あ、でも!ポケット!俺、ポケットあるからさ!兄ちゃん!」
「ダメだ。しもやけになるだろ」
妙案を閃いたと言わんばかりに声を上げる玄弥。その案は実弥の一言でばっさり切り捨てられた。無くしたいずれもどこで無くしたのか、どこに行ってしまったのか玄弥には心当たりがないのだと言う。
最早癖、いいや呪いか何かの一種だろうかと思い直し、実弥は長いため息を吐いた。
「ごめん…本当に俺、心当たりなくて…」
「わかってる」
怒らせてしまった、困らせてしまった。
実弥の長いため息に対し玄弥はみるみる体を縮こませていく。無意識にも手の甲を握りしめた手は両手とも寒さと重なり合って震え続けている。
「玄弥」
実弥は玄弥の肩から手を離し、今度は彼の両手を包み込んだ。兄の暖かな体温がじんわりと玄弥の手から伝わって、手の甲へ指先が滑るように移動する。掌を出すように翻せば、ハーッと長く吐息を吐き出して実弥は玄弥の両手を自分の頬へ導いた。
「つめてぇ」
「そりゃ…手袋ねぇから。兄ちゃん冷えちゃうよ。
離して」
「やだねぇ」
自分の頬と手で挟む玄弥の両手。ひんやりとした冷たさが実弥の体へ伝わっていく。
やっぱり手袋なしのまま帰る訳にはいかない。
もう少しだけ弟の両手を暖めてやろうと実弥は思い、頬と手を擦り合わせ続けている。時折顔を見てみると困りつつもほんの少し嬉しそうにしてる弟の顔が見えてしまう。自然と口角が上がり続ける。手袋を無くしてしまうのは本当に問題だが、こんな可愛らしい弟をまだ実弥は見続けていたかった。
「……呪いかなんかってなら、まじないでもかけてみるか」
「まじない…?」
「まぁ、痛み分けだな」
言葉の意味を理解できていない玄弥は小首を傾げている。くしゃりと頭を撫でて、ポケットから実弥は自分の手袋を取り出した。厚手の暖かい毛糸で編まれた実弥の手袋。白糸をベースに緑色の糸で模様があしらわれた彼の物だった。
「これから玄弥の手袋は兄ちゃんと片方ずつな」
「そしたら兄ちゃんの片手が冷えちまうよ」
「だから、こうすんだ」
実弥は右手袋を。玄弥は左手袋を。
互いに身につけると今度は実弥が素手同士を引き合わせ自身のポケットへと導いた。ポケットの中でぎゅっと絡まれた指が暖かい。
「その手袋は兄ちゃんの特別な手袋でよぉ。
互いに仲良しで離れてたら寂しがる。だから無くしてやらないでくれ。
無くしたら兄ちゃんともう手を繋げれねぇからな。
いいか?玄弥」
「そ、それは嫌だ!わかった!!無くさない!
…ように、頑張るっ」
「いい子だなぁ」
手袋を身につけた手で実弥は玄弥の頭を再度撫でた。゛兄ちゃんの手袋゛と呟いては左手を顔近くで翳して見たり、ポケットの中で握られた手を握り返して玄弥はご機嫌な様子だ。実弥は元から肩が触れ合いそうな距離を更に縮めて、玄弥の耳元へそっと口添えする。
「絶対ぇ無くすなよ。無くさせもしねぇけど。
手袋変わる度に変えるからな。
これからはずっと、」
「はんぶんこ、だね。兄ちゃん」
パッと玄弥は背の高い実弥へと笑いかけた。子供ゆえの無邪気な笑み。丸い顔もおでこも全てが愛おしい。
「そうだぁ。ずっと半分こなぁ」
繋いだ手を引き寄せて実弥もまた笑った。
「玄弥。手袋無くしたのか?片方いつもないよな」
たまたま帰り道が一緒になった炭治郎から問いかけられた。今はスマートフォン操作もできる手袋もあるだろうと続け言葉にいいんだと玄弥は言葉を返す。
「こっちの手袋はもう決まってるから」
絶対無くさない、手袋。
困惑しつつも手袋があるのならば大丈夫だと笑って別れを告げる炭治郎へ玄弥もまた別れを告げて駆け出した。
もう片方の片割れに。
待ち合わせの場所で対の手袋が重なり合った。