早熟ビンテージ「兄ちゃん、今年の誕生日プレゼントさ。
俺の誕生日に渡してもいい?」
゛先延ばしになっちゃうんだけど…゛と申し訳なさそうに弟は告げた。ソファに座っていた実弥の後ろから聞こえる。キッチンカウンターごしからの声だ。数年前に成人しているも、大学とは言え未だに学生の彼の元へ兄は向かう。
口癖のよう高いモンはいらねぇからと実弥は返した。頭を撫でれば不服そうに弟は眉を寄せる。
「かぁいい顔しても譲らねぇよ。どんなモンでも嬉しいが玄弥自身の買いたい物とか我慢して買うくらいならいらねぇ。
先延ばしになるくれぇ兄ちゃん気にしないぜ」
「…そう言って兄貴のが高いプレゼントばっかくれんじゃん。バカタレ。
誕生日にプレゼントはないけど、ご飯は代わりにすごいの作るからさ!楽しみにしてて!」
「あァ、今から楽しみだなァ。明日有給取ってくるからよォ」
「バースデー有給とかあるの?」
二ヶ月先の誕生日に気が早い兄へ苦笑いの弟。実弥の顔を覗き込みつつ意地悪く笑う玄弥の眉間を摘んでやる。目を細めて痛みを訴えるも口元から笑みは消えていない。まだ少しこの可愛い恋人と戯れ合っていたいが彼は明日も講義を控えている。さっさと風呂に入って寝ろと両肩を持って順路へ向き直させた。
有給ってのは申請して作るもんだ。玄弥。
*
玄弥の言う通り、実弥の誕生日にプレゼントはないものの好物のおはぎや腕によりをかけた料理で賑やかに祝ってくれた。
家族とは別に二人だけの前祝いを前日にして、当日の夕飯は実家に向かい皆からお祝いを貰う。
玄弥の誕生日は家族の分のみ、年末年始に合わせて行い、そうして当日は二人暮らしの家で迎えようとしていた。
「ハッピーバースデー玄弥ァ」
「兄ちゃん早い早い早い」
「俺だって前の日だったからいいだろォがァ」
確かに前日だったけどもと。
玄関先でクラッカーに出迎えられた玄弥。紙テープは頭頂部の鶏冠へ綺麗に虹をかけていた。玄弥は先々月、実弥の誕生日前祝い時、朝に夕飯を用意するから帰ってきて欲しいと予定を伝えていた。一方の実弥は朝から特に準備している素振りや予定を伝えてくる様子は全くなく。バイトやサークルなど特に今回なかったがあったらどうするつもりだったのだろうか。
「(いやでも兄ちゃん昔から俺の予定ほぼ把握してるしな…)」
見越していたからこそ泳がされたのかもしれない。消えない色とりどりの虹は数本、兄の手に取られる。きゅっと器用に紙テープを千切る事なく実弥は玄弥の顔の外周へぐるりと回しては顎下で蝶結びで繋ぎあげた。
「あれだな、お前ェ、スーパーで売ってる葡萄の粒みたいだなァ」
「兄ちゃんもう酔ってる??」
「お前には酔ってらァ」
ほら行くぞと通学リュックは奪われ、靴を脱いでフローリングへ上がれば逃がさないと腰をホールドされる。リビングへの扉を開けると食卓には玄弥へ負けず劣らずの実弥の手料理と。
「……兄貴さ、やっぱ女の子にモテたよね?」
「いンやァ」
「嘘だろ」
ライト用のキャンドルが点灯していた。
この兄、力の入れようが実家にいた時と二人暮らしになってからが全然違いすぎる。少しずつ慣れてきたとは言え、気恥ずかしくなった玄弥は゛とりあえず…食べよっか゛と実弥の胸に額を押し付けるしか出来なかった。
「日付変わるまでは絶対寝かせねェ」
側から聞くと大人のお楽しみ時間のように聞こえるが玄弥達にとってはそのままの意味であった。一緒にご飯を食べ、片付けを行い、お風呂に入ってはリビングでカードゲームやテレビを見てその時を待つ。人が二人分座れるソファだというのに兄の膝の上に乗せられて後ろから抱きしめられる。頭を撫で、髪に擦り寄られ、触れ合いを楽しんでいれば誕生日まで残り五分。
どちらともなく立ち上がって各々プレゼントを取りに行く。リビングへと戻ると実弥は堂々と隠す事なく前に、玄弥は背に隠すようにして後ろへ、プレゼントを両手で持っていた。立てかけたデジタル時計がゼロへと切り替わる。
「酒、一緒に飲まないか?」
「お酒、一緒に飲みたいんだ」
玄弥、二十歳の誕生日。
打ち合わせなどしていない。むしろサプライズのつもりだった。箱サイズは同じ縦長方形方。被った台詞に二人は目を丸くしてから笑い合った。再びソファに戻れば実弥が手早くワイングラスを二つ出してくる。
「待って兄ちゃんマジ??ここまで被った?」
「被ってねぇ。兄ちゃんのは葡萄酒だ」
「それワインだよ。同じだってば」
だから葡萄と言って出迎えたのかとお互いのプレゼントを交換する。律儀に包装紙を折り目通り開ける玄弥と手早く縦横無尽に開ける実弥。箱を開けば赤ワインと白ワインの瓶が現れ、ラベルが目に入る。二人は互いのワインボトルの数字を見ては顔を見合わせ肩を寄せた。微笑みながら互いのプレゼントを見せ合う。
「玄弥の生まれた年の赤ワインだ」
「兄ちゃんの生まれた年の白ワインだよ」
兄弟だからやっぱり同じ気持ちだねと幸せそうに弟は笑う。玄弥は箱から取り出して並べた二つのワインボトルを一枚写真に撮ってから慣れない瓶をどう開けるかと持ち上げた。実弥は抜かりなく、ワインオープナーも持参していたので一本開け方の見本を見せる。四苦八苦しながらも玄弥は自分の赤ワインボトルを開けてみせた。得意げな玄弥へ偉い偉いと微笑みながら、赤ワインを受け取り彼のグラスへ実弥は注ぐ。同じように玄弥も白ワインを顔を強張らせつつ慎重に注いだ。
グラス下に中指と薬指を差し込んで親指で固定しては互いに持ち上げる。
「これからは一緒に飲めるね兄ちゃん」
「これからも、だろ」
乾杯とグラスが重なり合った。
明日は一日中、恋人との特別な記念日にするつもりだ。