prayer魔法の根源とは魂の力である。
活力、気力、精神力。それとは似て非となる力。
生まれ持って刻まれた祝福はギフトと呼ばれた。
目に見えずともしかと感じるその力は身体と違い、不調の兆しを感じ取り、コントロールする事は難しいものだ。
その為、魔法使いはある一定の年になると使い魔を従える。第二の自分。第二の家族。魔力を分け与える相手は唯一の存在とも言えるだろう。
いち早く所有者の魔力不調を感じ取れる為、使い魔の所有は教育機関で義務付けられている。
より強い魔力や魔法を扱える者であればより強く大きな使い魔を。
傍に支える獣や幻獣生物は魔法使い達の憧れでもあった。
「テメェはよく寝るなァ」
カーテンを開けるも朝日はない。魔素やマナと呼ばれる魔力を操る際に力を借り受ける原素が深まるのは常に夜であった。どこかの離島に位置するこの魔法使い養成学校の空は昼夜問わず、常に暗い夜空が広がっていた。
不死川実弥は次に窓の側へ吊るされた鳥籠を揺らす。朝日代わりに月光を浴びさせるが心地よい寝息とキィ…と小さな細い金属音だけが交互に聞こえるだけだった。口元へ笑みを浮かべ扉を開ける。
「起きろ、玄弥。ご飯の時間だ」
「ん…ぅ、にいちゃ…」
「あァ、兄ちゃんだァ」
鳥籠の中央で丸まって眠っていたのは黒い雛鳥だ。少しだけ幼く舌っ足らずに話す挨拶は実弥にとって至福の時。片手で収まる小さな命を指の腹で撫でてやれば、ふくふくと膨らんだ頬がくすぐったそうに笑う。ぴょこぴょことあちらこちらに飛んだ毛先はまた今度ゆっくり手入れしてやろう。実弥は手の中の暖かな塊を大事に大事に抱いて鳥籠から出してやる。
「おはようにいちゃん」
「おはよう玄弥。さァて何食べるかねェ」
「魔力だけでいいよ「ダメだ」…使い魔つか俺たちってそういうもんだし…」
言い淀む玄弥に実弥は再びダメだと告げる。むぅと膨れた頬を軽く親指の腹と人差し指の側面で挟んでは撫で上げた。始めは嫌がった幼子扱いも今ではご覧の通り。実弥の指一つ一つに擦り寄る姿は小さな可愛い弟そのものだ。
「――このままずっと閉じ込めておきてェなァ」
「そら今こんなんなっちゃったけどすぐ元気なって兄貴守れるようになるから待っててな!
ちゃんと鳥籠壊せれるようになるから!」
「そう言う事じゃねェんだが」
鳥人姿に近い玄弥は手の代わりの両羽を大きく羽ばたかせて意気込む。あんまり大きく広げると整ってきた羽がまた落ちてしまうだろうに、勿体ない。
とは言え、使い魔を従えるのが規定ルールにある以上、定期的にお披露目…人目につけさせなければ不審がられる。もしくは玄弥を実弥の弱点として捕えられても厄介極まりない。
「Krähe」
「ぴっ」
省略詠唱を唱え、玄弥の額を人差し指で弾く。小さな魔法陣が展開され黒い雛鴉の姿へ変化すると共に言葉も鳴き声へと変わった。
「ミルクは飲めたから次はアーモンドとか穀物類いくか玄弥」
「ぴぴぴぃ」
肩へ玄弥を乗せ、頭上に円を描く。展開された魔法陣が二人を包むように落ちれば魔法学校の制服と玄弥には揃いの小さなケープと帽子が身に付けられ、瞬く間に着替え終える。
実弥は居室から出て学生の社交場、大広間へ向かった。
不死川実弥はその年代における強い魔力特性と保有量を持つ人物だ。そんな彼の使い魔、となれば期待値も大きく跳ね上がる。
彼の髪色に似合い、適正が高い風のギフトを有する幻獣・フェンリルで間違いないと噂は持ちきりだった。
ところがその期待は大きく外れる事となる。それこそ本人の風によって捻じ切られた。主に召喚術の授業や学校主催の召喚の儀に参加して得られる使い魔達。
それらに参加する事なく、事前に、前触れなく、彼はどこぞから使い魔を従えてきたのだ。
小さな黒い雛鳥。一般の魔法使いですら黒猫や烏を従えられると言うのに、魔力におけるクラスカーストの頂点に立つ彼の元に従える使い魔はそれよりも弱い存在だった。
それからというもの男女共に実弥への態度は打って変わり、何かと実弥や玄弥について見かければ耳打ちするオーディエンスを二人は素知らぬ顔で過ごしている。始めこそ互いにムキになって突っかかっていたがキリがなかったり、互いに気にしないと言われてしまえばなりも収まる。
それに、と実弥は口端を釣り上げた。
「うまいだろ玄弥ァ」
「ぴ…っぷくっ」
「あァ???二粒しか食べてねェだろ?もっと食べろ」
「ぴ、ぴぃ…」
ほんっとこちらの食事゛に慣れねェなコイツは。
アーモンドを一粒取り、歯で半分に砕く。砕いたもう半分を玄弥へ手ずから餌付けをして実弥は眉間の皺を深めた。さてどう食事量を増やしこちら側へ馴染ませるか。既に思考の海へ潜っている。
不死川実弥は使い魔の貧乏くじを引いた。
それがこの学園における共通認識だ。
覆す気など二人には始めからない。むしろその共通認識下の方がちょうどいい。
世間一般では処罰対象とな魔獣゛を引き当てたなど誰も思ってないだろう。
みにくいアヒルの子ならぬ鴉の雛。
口を揃え言い続けていればいい。魔獣界に迷い込んだ俺を助けた風と夜のギフトの支配者・伝説の八咫烏。
艶やかな漆黒の羽色も、髪色も俺が知っていればいい。
「ぴぃぴ!」
とは言え当の本人は人の家族に興味を持ち、俺に兄弟の憧れを向けているから、隣に立ちたがっているが。
砕いたアーモンドの半分食べ終えた玄弥を実弥は偉い偉いと三度撫で上げた。
それならさっさと番の契約でもしちまうか。
実弥は満足げに未来の自分達の姿を思い浮かべて微笑んだ。
『散々喰い散らかして強くなったけど、振り返ったらさぁ、なんっもねぇの。
…ならこのまま魔素に溶けて還っちまうのも、いいかなって』
『勝手に人の事ァ助けて自己満足でいなくなろうとしてんじゃねェぞォ、愚図がァ。
テメェ、俺に話した事は全部嘘か?興味あんだろーが。
全部俺が叶えてやる。
俺は願いを叶える魔法使いだ』