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    mmm_bbx

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    mmm_bbx

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    🐉⚙️落書き。
    風邪を引いた⚙️くんが昔のことを思い出すお話。
    あまりカプ要素濃くないです。

     それは喉の痛みから始まった。始めは何かが喉奥に貼り付いているような軽い違和感だったので、さほど気に留めていなかった。ところが違和感はやがてヒリヒリとした痛みに変わり、一日の練習メニューを終える頃には、唾を飲み込むのにも難儀するほどの強い痛みへと変わっていた。
     喉の違和感の次に襲ってきたのは寒気で、冬だから当たり前だよねと呑気に構えていたエクスは、身体の内側から襲い来る暴力的な悪寒に、冥殿が何処からか出してきた半纏で身体をくるんでガタガタと震える羽目になった。
     そこでようやく、何かがおかしいと思い、たまたま目の合ったバードが「熱があるんじゃないか?」と言ったのだった。ほとんど使ったことのない体温計を慣れない手つきで脇の下に挟み、やたらと長く感じる二十秒間を怠さの中でなんとか堪えて叩き出された三十八・九度に、エクスだけでなくバードもマルチも目を丸くした。
     そこからはあれよあれよと、ペルソナメンバーと冥殿が、布団を敷き白粥を作り、薬箱を引っ張り出し、休日診療に対応している医療機関を探しと、ちょっとしたお祭り騒ぎのようになった。エクスは布団に半強制的に寝かされ、バードは「感染拡大の防止に努めましょう」との冥殿の言葉で、マルチの部屋へと引き上げていった。

     ひとり残されたエクスは、徐々に暗くなっていく部屋で体を横たえていた。
     頭が割れそうに痛かった。体をほんの少し動かしただけで、こめかみがズキン、ズキン、と馬鹿みたいに大きく脈打つので寝返りを打つのも辛い。そのうちに薬の効果なのか眠気が襲ってきた。なんとなく眠り、なんとなく目を覚ますことを繰り返して、何度目かの朧げな覚醒のときには、部屋はすっかり暗くなっていた。もう夜か。そう思って、再び、うつら、と目を閉じた。

     次に目を開けたときには、傍にバードが座っていた。額が温かい。バードの手のひらだ。
    「バード……?」
    「ごめん、起こしちゃったか?」
     バードの手が離れていく。それが妙に心細く感じられて、つい「バード」と呼んでしまった。バードはそれだけでエクスの言いたいことを察してくれたようで、離した手のひらをもう一度、額に添えてくれた。
    「まだ熱が高いみたいだな」
     バードの声は沁みるように優しい。ドアの隙間から漏れる光だけが頼りなので、辺りの様子ははっきり見えないけれど、バードの気遣わしげな表情は想像できた。
    「うん……頭痛と寒気はマシになったかも」
    「そうか。ごめんな。一人にして。心細いよな」
    「バードが謝ることじゃないよ」
     自分の声が酷く弱々しく響いて、内心で苦笑してしまう。まるで病人みたいだ。病人なんだけれど。喉が痛くて痛くて、どうしても掠れた声になってしまう。
    「手、あったかい」
     目を開けて軽く言葉を交わしただけで疲労感に襲われてしまって、ふたたび瞼を下ろした。目を閉じるとぐらりと世界が揺れて、瞼の裏でいくつもの渦巻がくるくると回っている。エクスの体は一瞬で天地の別が分からなくなるくらいの真っ暗闇に放り出された。溶けていく意識の中で、「しばらくここにいるから」とバードが言うのが聞こえた。
     
     
     バードのものよりもずっと大きくて、温かな手だったと思い出す。エクスの額を撫でて、頬を包んでくれた。花の香りが漂ったのはハンドソープかクリームの残り香だろうか。温かくて心地よくて、エクスからも頬を擦り寄せると、応えるように指先が髪の生え際を撫でた。
     枕の横で長い髪がくたりと折れて、シーツにゆるく散らばっていた。細い金糸の束のようなそれに視線を預けていると、ふいにベッドの横に控えていたクロムが体を乗り出して、額に柔らかなものが触れた。唇へのそれでなくても、発熱している人間への口付けは禁忌なのではないかと不思議に思った。

    「風邪、うつっちゃうよ」
    「かまうもんか」
     ふてぶてしい響きが懐かしかった。ペンドラゴンが低層階にいた頃は、スケジュールに余裕があったし知名度も高くなかったので、クロムも行儀が良いばかりではなかった。
    「辛くないか?」
    「ベイがしたい」
    「あと少しの辛抱だ」
     エクスはベッドサイドに置かれたドランソードに視線を移した。ケースに入れずに剥き出しのまま置いているのは、すぐに手に取れるように。ドランソードはエクスの相棒だ。心細いとき、体調の良くないときに握っていると、気持ちも体も少しだけ上向きになる気がしていた。早くこの相棒を駆ってスタジアムを走り回りたい。機体がぶつかり合う心地よい金属音が耳に木霊した。

    「もう寝てるの飽きたよ」
    「俺もお前とバトルがしたい。だから早く元気になってくれ」
    「うん」
    「お前がいない練習場は静かで寂しい」
    「寂しいの?大人なのに?」
     クロムの目が少し見開かれた後、ひと呼吸おいて細められた。
    「大人なのに、な。お前がいないとつまらないんだ」
    「シグルがいるよ。マネージャーさんも」
    「お前がいないと意味がない」
     きっぱりとした口ぶりがいかにもクロムらしい。エクスは笑った。
    「そうだね」
    「そうだ」
     クロムも笑った。

     今度はエクスから手を伸ばしてクロムの頬を撫でた。その手にクロムの手が重ねられた。先刻エクスがしたのと同じで、甘えるようにエクスの手のひらに頬を擦り付ける。大人なのに。少し可笑しくなった。クロムは時に奇妙にちぐはぐだ。マネージャーに偉そうに怒鳴ったと思えばこんな風に体を擦り寄せてきたり。
     伏せた睫毛の下で、笑みの余韻を残した双眸がふと真剣さを帯びた。視線を合わさずにぽつりと呟く。
    「お前だけいればいい」
     どうしてそんなことを言うのだろうと思った。エクスとクロムふたりきりでは世界は回らない。ジャッジがいなければ試合にもならない。エクスにとってはベイが出来れば公式試合でなくても構わないけれど。クロムは本当に可笑しなことばかり言う。
     差し出した腕が冷えてきたので布団にしまい込んだ。疲労を感じて目を閉じても、完全には暗くならない。瞼を透過した陽光が視界を仄明るく染めた。
     適当に被った掛け布団を、クロムが肩の上まで引っ張り上げてくれた。エクスの首まで埋めるように羽毛を均して、赤ん坊をあやすようにぽんぽんと叩いた。
     ボク赤ちゃんじゃないんですけど、エクスはまた笑いたくなった。クロムの声が聞こえた。
    「お前しかいらないんだ」
     
     あの時エクスはなんと答えたのだったか。そうだね、と言ったのかもしれない。クロムの声は悲しげだった。エクスはそう感じたけれど、正しいのかはわからない。悲しいのかと聞いても、きっと違うと言われただろう。
     微睡ながら覚えたのは加湿器のモーター音と首筋を撫でる冬の室内の冷たさ。布団に乗せられたクロムの手の心地よい重み。レースカーテンから透ける空はぼんやりと蒼かった。
     満たされた気分で、エクスは意識を手放した。


     
     駒刃寿司の夜は静かだ。マンションにありがちな二十四時間換気の稼働音もしない。木の柱と梁は衣擦れの音を反響させることなく吸い込んで、しんとした静寂を返す。
     何かがひとすじ流れてこめかみを伝ったのを感じて、エクスは瞼を上げた。軽く身じろぎすると背中もじっとりと湿っている。ひどく汗をかいたようだ。それが解熱のサインだとマルチが言っていたので、明日には楽になるかもしれない。
     頭はふらふらとするけれど、何とも言えない全身の重みは無くなっていた。なんとなしに、布団を出て窓に這って近づいた。触れた木枠はひたりと湿っている。
     
     この窓からタワーは見えない。知ってはいたけれどガラス越しに星を仰いだ。
     ふと寒さが背中を震わせた。汗を吸った肌着が冷たい。着替えをしなければ。バードが揃えて枕元に置いてくれた一式に目を遣る。
     エクスには仲間がいる。クロムにも。それなのにどうして、クロムはあの時、エクスだけがいればいいと言ったのか。今さら、不思議に思った。
     考えてもわからない。ただ、早くあの場所に行かなければと思った。












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