指で伝える 主任同士の会議中。たまたま、ほんの偶然。隣の席に座る彼の指が、テーブルの下で自分の指に当たった。それまで目の前の話題に集中していた思考が止まる。偶然の接触に相手もすぐに気づいたようで、すぐさま手を引かれたと同時に思考が現実へと戻ってきた。自分から見て左側を、前髪で視線を隠して盗み見る。触れた相手は素知らぬ顔で、特に興味もないであろうホワイトボードへ視線を向けていた。
会議が始まって45分経過。議題内容に無駄は無い。ただ、一癖も二癖もある集団ゆえ、上手く話が纏まらずにやや退屈していた所だった。再度視線を隣──伊藤吉兆へと向けると、はなからメモを取るつもりもない右手はだらりと未だテーブルの下に投げ出されていて、ふと、いたずら心が芽生えた。
左手を彼の近くに寄せ指先でつつ、と骨張った形をなぞる。伊藤君の指全体は細身で、関節部分はゴツゴツと硬く出っ張っている。そこをくすぐるように動かすと、指先が強張りこちらにまで筋の緊張が伝わってきた。可愛らしい反応に、思わず笑みが溢れそうになる。構わず指を進めると指先は短く切り揃えられた爪がつるつるとしていて気持ちが良い。根本から先端まで、何度か指で往復させて時々指同士を絡めた。甘えた反応を見せても緊張は解けず、硬直している。先程のようには手を払い除けない彼が愛おしくなって目を細めた。
退屈していた会議の、いいスパイスになりそうですね。と、心の中で呟く。とはいえ、この会の中心人物達は“サボり”を見抜けないわけがない、同僚であり先輩方だ。
「──でしたら、次回のゲームにその案を取り入れてみては?」
カムフラージュに、適度に会話に参加する。その間にも、左手はくるくると彼の手の甲をくすぐって戯れた。今日だけではない、今まで何度も触れてきた身体。奥深くまで侵入されたことがあるのに、こんな些細な触れ合いで喉が鳴った。触覚だけだと感覚が研ぎ澄まされているのかもしれない。意識を指先へ向けると、浮き出た骨、その上に通る弾力のある血管まで指の腹で感じ取れて面白い。
再度横目で表情を確認する。おやおや、見る間に眉間に皺が。そんな顔してたら周りに気づかれますよ、とアイコンタクトを送ろうとした瞬間にぐっ、と強く左手首を掴まれ、爪をキツく立てられた。
「……っ、」
このままでは痣になりそうだと、腕を振り払おうとした時すっかりおざなりにしていた会議の、終了が告げられた。同時に腕も解放され、伊藤君はすぐに立ち上がりドアへ向かって歩き出す。掴まれていた左手首を摩ると、爪の食い込んでいた部分が赤くなっていた。
その後適当に周囲へ挨拶をして足早に彼を追いかける。ようやく追いつくと、その背中に向け「伊藤君」と声をかける。彼はため息をつきながらも足を止め、こちらへと振り返った。
「その目で見るな」
その声色は冷たさと呆れが混じっている。
「オヤ、その目とはどういう目ですか?」
「物欲しそうな顔だ」
あまりにもキッパリと答えるので、思わず口が緩む。あのちょっとした戯れが、そんな風に見えていたなんて、心外というべきか、それとも。
「それは君にはそう見えているだけではないですか?」
「やかましく反論したところでお前の期待通りに物事は進まない」
それは、つまり?真意を探るべく隣まで近づく。揶揄うように覗き込むと、あちらからも秘密の共有と言わんばかりに更に顔を寄せられた。左右のアシンメトリーな瞳に自分が映る。
「触れて欲しいのなら、言葉で強請れ」
その冷たく機械質な視線に、ぞくりと胸が疼く。柄にもなく顔に血液が集中していくのが分かった。
「それは……、……、夜にでも」
表情を繕って、強がりで答えて距離を開ける。まだ心臓は落ち着かない。それでも、離れた距離を合図に、つれない彼は誘いの返事をする事なく先へと歩いて行った。張り付いた笑顔を浮かべて背中を見送る。
鼓動に合わせてジンジンと、左腕が痺れた。
きっと今夜までこの痺れは続くだろう。
終