放課後、眠い目をこすって軽く伸びをして、眠気から少しずつ冷めて来るのを感じながらボーッと周りを見渡す。先程楡井が慌ただしく自分になにかを伝えてからどこかに行ったのを思い出すがほぼ寝ぼけていたのであまり記憶に無い。なにか大事な用だったら……と思ったがそういった危なそうな雰囲気は感じられなかったので確実に大丈夫だろう。今日は見回りの予定も特になく、でも家に帰っても暇なだけなので結局だらだらと教室に残ってはいつも通りさわがしくも楽しげなクラスメイトをぼーっと眺めていた。オレはこの時間が割と好きである。
だがぼーっとその光景を眺めていれば横から見慣れた制服が大きく視界に映り込み、ギョッと目を見開く。
「───桜君、今から本屋へ行くんだけど、予定が無ければオレに付き合ってくれないかな?」
「……べ、別にいいけど……楡井は?」
「今日は家の用事があって一緒に帰れないみたいでね、……帰る前に桜君に伝えてから急いで帰ってったじゃないか」
「……?あー、あれか…」
「桜君寝ぼけてたもんね」
蘇枋を見上げるといつものにっこりとした微笑みを向けられる。悪いやつでは無いが、未だに何を考えているのか分かりにくい奴ではある。そんなことを思いながら荷物を適当に持ち立ち上がるオレに見計らったようにして蘇枋も荷物を持ってドアの方へと足を向けた。
周りから口々に「じゃあなー!」「気をつけて帰りなさいよ〜っ」「また明日!」と言って手を振るクラスメイトに「おー…」と帰り際に手を振り返す。未だにこういうのは慣れない。悪い気はしないし、むしろ胸がポカポカした気持ちになるが。
「桜君は人気者だね」
「あ?…おまえにも言ってただろ」
「いや、あんなにいっせいに皆の視線が集まるのは桜君だけだよ。級長が人気者で、オレも嬉しいよ」
「っ……い、いいからッ!本屋は何処にあんだよっ」
「照れなくていいのに〜」
「照れてねぇっ!!」
いつも通り自分をからかって遊ぶ蘇枋は怒るオレに楽しげに微笑んで耳元のタッセルピアスをシャラリと揺らしている。本当に調子のいい奴である。
「……蘇枋も本とか買うんだな」
「意外だった?」
「いや……むしろそうだろうなとは…思ってたけど……なんかおまえ、そういうの似合うし」
「…ふふ、桜君て本当に素直だよね。オレ、桜君のそういう所が好きだよ」
「はァ?!、ま、またからかいやがってッ!本屋着いて行かねぇぞ馬鹿!!」
「え〜酷いなぁ本心なのに」
「うるせぇーッ!!!」
そんな会話をしていれば(会話と言えどほぼ蘇枋にからかわれてオレが怒るだけだった)目的地である本屋に到着する。本屋なんて、初めて来たかもしれない…と思いつつ2人で中に入れば店内はひんやりしていて気持ちがいい。紙独特の匂いがして、なんだか落ち着く気がする。
「……本屋とか初めて来た」
「そうなの?気になるなら、見て回ってきて大丈夫だけど、あっちに漫画コーナーとかあるし」
「いや、よくわかんねぇし蘇枋に着いてく」
「え〜なんか可愛いね、それ」
「何処がだよっ」
静かな店内に合わせていつもより声を抑え目にして怒れば蘇枋はにっこり笑って「じゃあしっかり着いてきてね?桜君」と楽しげに言うのでなんだか子供扱いされているみたいで気に食わない。だがいかんせん初めての場所と同時に普段自分が来ないような場所なので蘇枋の言う通りにするしかない。
「……つか、別に急かしてる訳じゃねぇんだけど、おまえ買う物は決まってんのか?」
「うん、好きな作家の新作が出てね、いつもはミステリー物を書かれる方なんだけど、今回の新作は恋愛ものらしくて、気になってたんだよね」
「れ、れんあい…っ」
「あはは、顔真っ赤だ。桜君は相変わらず初心でかわいいね」
「かっかかかわいくなんかねぇし!つか馬鹿にしてんだろっ」
恋愛方面の話や単語を聞くだけで反応してしまう自分が恥ずかしくて蘇枋から視線を逸らすがその反応さえも楽しいようで目の前の男はニコニコとした表情を崩さない。喧嘩や戦略を考える時などはとてつもなく頼りになるし、オレ自身いつも頼ってしまう部分はあるが、普段の生活だと暇さえあればほらを吹いてオレをからかって遊んでくる厄介な奴である。しかもからかう相手が基本オレばっかりな気がする……と言うか事実俺ばかりにである。なんでだよ。以前キレ気味に蘇枋に聞いてみれば、反応が1番面白いから、らしい。面白いからってそう簡単に人をからかうな。
少し腹を立たせながらも後ろで手を組んでゆっくりと店内を歩く蘇枋の背中を見れば、どうやらお目当てのものが見つかったようでゆったりとした静かな動作でその場に立ち止まると、慣れたように一冊の本を手に取り、表紙や裏を確認するようにして見ていた。
「……………」
静かに本を見つめる蘇枋がなんだか少し癪であるがかっこよく見えて、その横顔をじっと観察する。見た目云々に関して疎い自覚があるが、それでも目の前の男が見た目麗しいことはオレでも分かるほどに蘇枋は整った顔立ちをしている。
何度か他校の女子生徒に声をかけられている場面を楡井と目撃したことがある。そんなことを考えてじっと黙るオレに蘇枋は気を使うようにして柔らかく声をかけた。
「ごめんね、桜君……つまらないと思うけど、もう少し待っててくれないかな?他のも何冊か買いたいんだよね」
「べ、別につまらなくねぇし…ゆっくり見て回ればいいだろ。オレ気にしねぇし」
「……桜君は優しいね、じゃあお言葉に甘えようかな」
そう言ってにこりと微笑むと、本棚に視線を移して楽しそうに、だけど真剣に無数にある本を見つめる。蘇枋が満足するまで黙っていようと思いオレは店内を見渡す。客はまばらで、特別多いわけではない。店内にゆったりしたBGMが流れていている。涼しい店内、横には静かに本を吟味する蘇枋、なんだか自分がここにいていいのか心配になってきたオレはソワソワした気持ちを落ち着かせようと適当な本に手を伸ばした時、隣に居る蘇枋が急に声をかけてきたので反射で少しびっくりする。蘇枋は「あ、ごめんね?びっくりさせちゃったよね」なんて言って申し訳なさそうに謝ると、次にゆったりと微笑んでこちらを見つめた。
「桜君は本、読んだりしないの?」
「……オレは別に…」
「嫌い?」
「いや、嫌いってわけじゃねぇけど、文字追うのが苦手っつーか……」
「うーん、なら、オレが読み聞かせしてあげようか?」
「なんでだよっ」
「そうだなぁ……あ、恋愛小説の読み聞かせとかどう?楽しそうじゃない?」
「絶対やめろッ……で、でも……おまえが気に入ってる本なら…読んでみてぇ、かも……」
「…………桜君て急に爆弾投下してくるよね…」
「は?爆弾、?なんのことだよ」
「はぁ、心配だなぁ」
そう言って小さくため息を吐く蘇枋はやれやれ、とでも言うように「じゃあ、桜君が恋愛のお勉強ができるように今度恋愛初心者向けの小説、渡すね。結構面白かったから」とにっこり微笑んだ。
いや、恋愛初心者向けの小説ってなんなんだよ。意味がわからない。
それになんだか馬鹿にされてる気もするが事実そういった事情は初心者も初心者なので何も言えない。……でも蘇枋の読んだことのある本、普通に気になる。しかも面白かったらしい。
「オレ読むの遅いけど……いいのか?」
「全然、むしろ永遠に借りてていいよ」
「永遠にって……借りパクじゃねぇかよ」
「いいよ、借りパクしてよ。だって何年も経って離れていてもそれが桜君に会う口実に使えるチケットになるんだからさ」
「おまえ馬鹿にしてんだろ、流石に年単位で読み終わるほどオレはトロくねぇよ」
「…………桜君はホント鈍感で面白いよね」
「おいコラ表出ろ蘇枋ッ!」
「さーて何を買おうかなぁ」
怒るオレを置いて飄々とした態度ですっとぼけて本を吟味し出す蘇枋にムカつきながらも蘇枋のこう言ったマイペースさに振り回されるのは慣れてきている。だがこれを言うと蘇枋は「え、桜君だって無自覚にオレを誑かして振り回してくるじゃないか〜。無自覚なのが更に罪深いからね?」とどこか圧のある笑みで凄んで来るので割と恐ろしい。オレが何をしたって言うんだ。身に覚えが無い。
どこか上機嫌に本を選ぶそのやたら整った顔をした男をぼーっと見て考える。蘇枋隼飛という男は、ムカつくところもあるがやっぱりどこか不思議な雰囲気があって、かっこいいと思う。本人に言ったら絶対にこれまでかと言うくらいにおちょくってくるに違いないので絶対に言わないと決めているが。
まぁ、カッコイイ、と同性のオレでもそう思うくらいなのだから、異性ならもっと夢中になるのだろう。もしこの場に連れのオレが居なければ先程からこちらをチラチラ見つめる他校の女子生徒達が蘇枋に声をかけていたに違いない。……いやこの雰囲気からして確実にそうなので、自分は邪魔だろうと思ったオレは虎視眈々とした視線を向ける女子生徒達の反対方向、つまり本屋の出入口に足を向けた。
───パシッ
「……?」
振り向くと、後ろからどこか焦ったような表情をした蘇枋に腕を掴まれていた。
「……何処に、行くの?」
「え、あー…いやトイレに……?」
「…なんで疑問形なの?…急に離れるから帰っちゃうのかと思ったよ」
「いやおまえ置いて勝手に帰るわけねぇだろ」
「うん、そうだよね。…終わったらすぐに帰ってきてね?約束だよ?」
「わ、わかってる」
若干子供扱いされている気がするが何も言わずに立ち去ろうとしたオレが悪いので素直に返事をして外へと向かう。咄嗟に嘘もついてしまったし、帰ったら謝ろう。そう考えていると数メートル離れた場所で蘇枋を見つめていた女子生徒達が即座に蘇枋の元へ駆け寄ったのを横目に、自分の予想はハズレでは無かったと思い至る。蘇枋には悪いが、先程から恋愛センサーなるものが反応していたたまれないのだ。
そんなことを考えながら店内を出ると、見知った顔に鉢合わせした。
「───……桜?久しぶりだね、会えて嬉しいなぁ」
「十亀……ひさし、ぶり……」
十亀は一瞬驚いたような顔をするが、すぐに心底嬉しいとでも言うような顔でヘラりと笑った。オレも十亀に会えたのが嬉しいのでなんとか返事をする。こういう時に己のコミュニケーション能力の無さを痛感するが、いかんせん人とまともに会話するようになったのがまこち町に来てからなので、もう少し会話上達まで様子を見て欲しい。……いや誰に言ってんだオレは。
「それにしても桜が本屋さんに来るなんて、意外だなぁ」
「ンだよ、オレだって本屋くらい来るしっ」
「あっはは、ごめんね?怒っちゃった?」
「……怒ってねぇし、つかそっちには本屋ねぇのかよ」
「あーあるっちゃあるんだけど、買いたい漫画が売り切れてて……こっちの本屋の方が大きいし、あるかもしれないなぁと思ったんだよねぇ」
「おまえ漫画とか読むんだな」
「いや、丁子のおつかいだよ」
「おつかいって、パシリじゃねぇか」
「あはは」
コイツと喋っているとやたらと気が抜ける感覚になる。でも悪い気はしない。いつでも優しく、のんびりしていて、どうしてか波長が合う気がする。
「桜は1人で来たの?」
「いや、蘇枋と来た」
「そっか、でもなんで外に?」
「…え、と、トイレに…?」
「なんで疑問形…?まぁ、そういうことにしておこうかなぁ」
十亀はあまり深く言及してこない。そういうところもオレは好ましいと思っている。同時に先程から自分のような面白みのない人間と楽しげに会話を続けて笑う十亀に照れくささを覚えつつも、自分も楽しいので自然と笑みが浮かんでくる。
「……桜って、綺麗な笑い方するよねぇ」
「はァ?!何小っ恥ずかしいこと言ってんだよおまえ!」
「だって綺麗だったから……でも、ごめんね、綺麗って言われるのあんまり嬉しくなかった?」
「……っ、いや、別に…い、言われ慣れてないだけで…そっ、そんな顔すんなよ……」
「桜はお人好しだなぁ…まぁそこが好きなんだけどねぇ」
「うぐっ……」
普段からオレを何故かかわいいやらなんやらと言う蘇枋に同じようなことを言われると確実にオレをからかっていることが分かるので怒れるが(照れはする)、十亀はからかっている雰囲気もなく本心から綺麗だと言っているようなので強く出れない。しかもこの悲しげな子犬のような顔をされると更に何も言えなくなる。十亀に何を言おうかうーうーと唸っていると、ふと自分は今トイレに行っている設定であることを思い出し、青ざめる。流石にトイレに行って帰ってくる平均時間をとっくに過ぎている。十亀は急に慌て出すオレを不思議に思い、落ち着かせようと肩を掴もうとしたその瞬間、オレは先程も感じた同じ力みで腕を強く後ろに引かれ、その瞬間腕に痛みが走った。
「───桜君、トイレにしては遅いじゃないかい?それか、トイレは嘘で、十亀さんと密会するための口実かい?」
「っ、……はっ?、いや、そんなんじゃ……」
「……あー……ごめんね。蘇枋君、だったよね?さっきたまたま会って、オレが桜を引き止めちゃっただけなんだ」
蘇枋の発言に戸惑っているオレに助け舟を出してくれた十亀の方を振り向くと、何故か蘇枋の腕を掴む力が更に強くなって、掴まれた腕からみしり、と音がなった気がした。
「……そうですか、それじゃオレ達はここでお邪魔します。」
「えっ、すお、本は……」
「いいよ。また今度買うから」
店内から出てきたにもかかわらず手ぶらの蘇枋はまだ何も買っていないようで、聞いても瞬時に遮られる。冷たい蘇枋の態度にどうしたものかと動揺していると、十亀がもう片方の桜の手を優しく取って「またね、桜」と柔らかく微笑むので少しだけ落ち着いてきた。
「十亀……わりぃ、またな」
「うん、またね桜」
「……行くよ、桜君。」
「お、おう…」
強く腕を引っ張るようにしてこの場から離れようとする蘇枋に大人しく従うことにしたオレは戸惑いながらも足を動かす。後ろで手を振っている十亀の姿が見えた気がするが、蘇枋の腕を引く力が強くて上手く振り向けず、よく見えなかった。
その間も蘇枋は足早に歩いてオレの腕を引っ張る。
「……っ、おい、どうしたんだよ急に…!」
「…………約束破ったのはそっちでしょ?すぐに帰ってきてねって約束したの、もう忘れちゃった?」
「それは悪かったけど……たまたま会って…」
「へぇ、言い訳かい?」
「ち、ちが……!」
「そもそも先約はオレとだよね?そのオレを放って他の人と仲良くお喋りなんて、桜君てば酷いことするよね。」
「……悪かった」
「別に、謝って欲しいわけじゃないから。」
こちらを少しも振り向かず、冷たい態度をとる蘇枋が怖くなり、息が詰まる。視線が次第に足元に落ちていく。
「───す、すぉ……ごめ……っ」
「……!」
蘇枋の制服の裾を少しだけ引っ張れば蘇枋はハッとしたかのようにしてやっとこちらを振り向いて目を見開いた。オレは蘇枋が少しでもこちらを見てくれたことに安心して、裾を掴んだままもう一度「ごめん」と謝った。蘇枋はピクリと反応すると瞬時に先程まで強く掴んでいたオレの腕から手を離して珍しくその綺麗な顔を歪ませてオレを見つめた。
「さ、くら、君……っオレ……」
「……すお、」
「ごめんね、そんな顔させたかったわけじゃ…あぁ、オレ最低だ…嫉妬で当たるとか……」
「……?でも、オレが蘇枋を怒らせたから…オレが悪い。」
「違う!桜君は悪くない……オレが勝手に怒って…桜君を傷つけたんだ……ごめんね、本当に……ごめんなさい」
「……」
このままだと蘇枋は笑顔の裏で何かを抱え込んでしまいそうだと感じたオレは何とか頭を捻って考える。なにか……蘇枋の心を軽くさせる言葉は無いだろうか。オレはそういうのは難しくて苦手なのだが、ここは自分が何とかしなければならない。どうしたものかと考えていれば、先程の本屋で蘇枋が言っていた言葉を思い出す。
「……す、蘇枋がさっき本屋で言ってた本もそうだけど……おまえが今まで読んで面白いって思った本、オレに貸せ。」
「……え?」
「〜っそ、それでチャラだ!いいな!」
「……う、うん……桜君がそれでいいなら……」
蘇枋は驚きで目を見開いてオレを見つめると、困惑したような、それでいて少し嬉しそうな、そんな顔をして返事をした。
一瞬、蘇枋の耳が少し赤らんでいた気がするが、流石に気のせいだろうと思い直してから夕暮れに染まる帰路を2人で歩くのだった。
❀。❀ 𓂃𓈒𓏸
「───情けないなぁ……」
放課後のあの失態を思い出しては大きなため息を吐いて自己嫌悪に陥る流れをもう何度繰り返しただろうか。
好きな人を責め立てるような言葉で傷つけて、身勝手な理由で泣かせて、恋人でも無いのに独占欲丸出しで嫉妬して……最悪である。どの面下げて明日、桜君に会えばいいのだろうか。
だがそんな最悪なことをした自分に、本を貸すという簡単なことだけで許すと、オレの罪悪感を軽くするために言ってくれたであろう桜君はどこまでもお人好しなんだと思う。
……そう言うお人好しで、優しくて、不器用で可愛くて、でも真っ直ぐでかっこいい。そんなところが好きなのに、そういう桜君だから好きになったのに、きっと桜君は自分以外にもそうするのだろうなと考えてしまって、またドロドロとした気持ちが溢れてくる。こんな重くて黒い感情、純粋な君に向けたく無いのに。
恋とはなんとも理不尽で身勝手なものだと、桜遥という存在に焦がれるようになって初めてこの身で体感したことだ。
「はぁ……」
明日、桜君に渡す予定の小説を丁寧に紙袋に入れながらため息を吐く。
あの桜君の目元に少し浮かんでいた涙と表情を思い出すと胸が苦しくてあの時の自分を殴り飛ばしたい気持ちでいっぱいになる。
なんならさっき自分への罰として壁に頭を打ち付けたところだ。桜君の与える罰は罰では無い。オレの面白いと思った本を貸せだなんて、あまりにも甘いし、可愛いがすぎる。ほんとなんであんなに可愛いのだろうか。天使過ぎやしないか。というか可愛すぎて大丈夫なのだろうか。……オレが大丈夫では無いな。
そんなことを悶々と考えながら小説が3冊ほど入った紙袋を机に置いてベッドに腰を下ろした。実はシレッと紙袋の柄が桜なのだが、我ながら女々しいなと思う。相手は確実にこういった匂わせに気づくタイプでは無いのに。
「…あー、オレめんどくさいなぁ」
ポツリ、と静まり返る部屋に独り言が響く。ここまで自分が面倒な人間だとは思わなかったし、なんならそういったことには熱が入らない質だと思っていたのに。
桜に出会ってから色々な感情が溢れてたまらなくなる。それが心地よい時もあるし、苦しい時もあるが、それでも捨てられない。
─────きっと一生、忘れられない。
……ほぼ呪いじゃないか、そんなことを考えるが想い人に、桜に呪われるのなら、オレは本望だと思った。