数日後、お互い真っ赤な顔でお菓子パーティーした。「やっほーシン君~今お昼休憩?」
「…おー」
良く晴れた心地よい天気の下、商店のイートインスペースでのんびりと昼食をとっていると頭上から気の抜けた声が聞こえてくる。その方向に視線を動かすとそこにはにこにこと上機嫌そうな顔をした南雲がいて、俺は気を使うこともなく相手と同じように気の抜けた返事をした。
南雲はいつの間にやら商店でお菓子を袋いっぱいに買っていたようで、それら数個を狭いテーブルの上に広げると「えへへ、お菓子パーティーみたいだね~」なんて子供みたいなことを呑気に言いながら目の前の椅子に座る。テーブルに乗せきれず余ったお菓子が入った袋は南雲の座る椅子にうまいこと掛けられており、器用な奴だなと思いながらもこの流れは以前から何度も繰り広げられていることなので俺は気にすることなく広げられたお菓子を手に取って遠慮なく食べた。
「シン君、最近僕のこと警戒しなくなったねー」
「お菓子パーティーとか言ってる三十路近い男に警戒しても無駄だって気づいたからな」
「えー?僕に懐いてくれたってこと?」
「何をどう聞いたらそんな解釈になるんだよ」
「えへへ」
南雲は花でも飛ばしてるのかと錯覚するほど気の抜けた締まりのないデレデレ顔をしてお菓子を食べ進める俺を飽きもせず見つめている。その顔向ける相手、間違ってねーか?そんなことを考えつつも別にこちらに害があるわけでもなく、せいぜいシンプルに顔の良い男にみつめられてほんの少し、ほんの少しだけそわそわする程度なので放っておく。どうせその顔やめろと言っても「え~なんのこと~?」とはぐらかされるだけだ。経験談である。
「んふふ…お菓子もぐもぐしてるシン君かわいー♡」
「病院行けよ。」
「僕はいたって正常で健康でーす」
南雲はやれやれとでもいった態度でそのむかつくほどに長い足を組み直すとこちらに視線を向けてにっこりと甘く微笑んだ。……だからなんなんだよその顔。
「僕ね、このあとすっごく大変なお仕事に駆り出されるの」
「おう。働け働け」
「だからね、シン君に南雲くんがんばれ♡て言ってもらいたいんだ~お礼はこのお菓子詰め合わせセットになります」
「いらない。無理」
「え……やだやだ!シン君に南雲くん頑張って♡て言ってもらえないとお仕事頑張れない~っ」
「甘ったれるな社会人。つか俺おまえを南雲くんなんて呼んだことねーだろ」
「今言ったもん」
「屁理屈言うな」
いつからか、ある日突然意味もなく俺に絡みだしてはこっちが溶けてしまいそうになるほど甘い瞳でみつめてくるようになったこの男は度々こうして突拍子もないことを言ってくる。それは「僕にも笑いかけてよ」だとか「花ちゃんを叱るときみたいに“コラ”って僕を叱ってみて」だとか「ちょっと僕の頭はたいてみてくれない?」だとか「ご飯食べいこう」だとかエトセトラ。
「ご飯食べいこう」はまだわかるがその他は真意がよくわからない要望ばかりである。いや、ご飯食べいこうも正直真意なんて分からないが。
「ねぇねぇ~“南雲くん頑張って♡”でも、“お仕事頑張って♡”でもいいからさ~言われたーい!」
「しつこい」
「次いつ会えるか分からないんだよ?僕に会えるの最後になっちゃうかもなんだよ~?」
「……」
「…シン君?」
…今のは、なんだか心底気に食わない発言だったので、視線も合わせず無視を決め込む。俺のその態度が気に食わなかったのか、はたまた諦めたのか南雲は音もたてずに立ち上がると「…その余ったお菓子、全部もらっていいからね」と何かを隠すような、それでいてどの角度から見ても完璧な笑みと声色で伝えるとコートを揺らして立ち去ろうとする。
……あぁ、お前のそういうとこが──────……
「おい待て。」
「……ん~?なあにシン君」
なんでもなさそうな反応をして笑う南雲に無性に腹が立って、何か言ってやりたいのに自分でもこの怒りのような、寂しさのような難しい感情をうまく伝えられる気がしないので考えるのを放棄して勢いのまま言葉にして叫んだ。
「こ、このお菓子、いったん預かっとくから……!」
「へ」
「南雲が生きて帰ってきた時に、その…一緒に食ってやってもいーぜ」
「………」
「仕事、頑張れよ。じゃーな!」
そう勢いで言いきった瞬間、その場にいたたまれなくなった俺は急いでテーブルの上を片付けて南雲から“預かった”お菓子が入った袋を片手に持つと一気に上がった体温に気づかないふりをして早足に店内へ戻った。休憩から戻った俺の顔を見た坂本さんは「南雲か…」と静かに呟いて武器を磨きだした。なぜ急に…?と不思議に思いながらも裏にお菓子袋をそっと置いてため息をつく。
──────次アイツが来た時、どんな顔をすればいいのだろうか。
同時刻、携帯から遅刻を知らせる着信音が鳴り響いていていることも気づかず真っ赤な顔で放心した南雲がいたとか。
「…なにそれぇ……ずるいよぉ~…………」