少し多めの半分こ 日中の暑さがまだ色濃く残っている。窓を開けても夜風は吹き込まず、重く湿った空気が沈殿していた。そんな蒸し暑い部屋で二人は黙ったまま向き合っていた。事態はさっきからずっと膠着状態で、かすかな焦りと緊張感が漂い始めている。遠くに秋の訪れを知らせる虫の声が聞こえる。静けさを破ったのは一番の声だった。
「いい加減、とっとと決着付けようぜ」
「へっ、望むところだよ……」
組んだ手をひねり、熱心に中を覗き込んでいたナンバが答える。もういい加減、同じことの繰り返しに飽き飽きしていたのだろう。声色には次で終わらせるという決意がみなぎっているようだ。視線がかち合う。お互い無言で頷く。そしてぐっと手を握りしめ、勝負を終わらせにかかる。
「準備はいいか? 負けんなよ」
「そっちこそ。行くぜ、」
じゃん、けん、ぽん。声には出さず、二人同じタイミングで手を振りかぶる。最後はぐっと目をつぶったまま勢いよく手を放った。わずかに沈黙が続く。恐る恐る目を開けるとナンバの握りしめた拳が視界に入った。それから自分の手を何度か裏返して手のひらと甲を交互に確かめる。グーとパー。一番の勝ちだ。先ほどから部屋に漂っていた緊張感がようやく途切れた。
「……よっっっしゃあ!」
「よかった、長かったあ……」
連続十二回のあいこを経て、やっと決着が着いた喜びにお互い安堵する。今回は特に長かった。じゃんけんで物事を決めようとするとき、なぜかこの二人はあいこになってしまい長引くのが常だった。生活を共にするうちに思考回路が似てきてしまっているのかもしれない。喜びで弛緩してきたところに一番は慌てて宣言した。目的を忘れては元も子もない。
「俺の勝ちだな。おとなしく受け取ってもらうからな」
そう告げるとナンバは小さく舌打ちをして眉をひそめた。露骨に悔しそうにする様子に思わず口元がほころぶ。普段の勝負事では親友への優越感など感じないが、この話だけは別なのだ。グーだと思ったんだけどなあと呟いているナンバを尻目に、急いで一階の冷蔵庫に向かう。
扉を開けて目的のアイスを探す。買い溜めてこの夏ずっと冷やしてあるものだ。あった。探し当てたのは昔懐かしい、真ん中で折って割る駄菓子のようなアイスだった。一番はチューペットと呼んでいる。一本だけ手に取って上に戻ると、ナンバはまだ悔しそうにしていたので笑ってしまった。
「ほら、こっちな」
「うう……」
アイスを半分に割る。ぱきっという硬い音が部屋に響き、一瞬だけ蒸し暑さを和らげていく気がした。手に持った部分から冷たさが広がる。溶けてしまう前にナンバに片方を差し出した。半分に割った、後ろにぴょろりと長い飲み口がついた方。不思議なもので、人はこのほんの少しの差に特別な価値を見出してしまうものらしい。その長い飲み口が付いた方を渡してやると、ナンバは渋々といった様子で受け取った。一番は残った『丸い方』を手に持ち、かじり付く。
「なあ、やっぱ落ちつかねえって」
「文句言うな、勝ったほうが渡したんだからそっちにしてくれ」
中に詰まったシャーベットをしゃりしゃりと齧りながら、何度も繰り返した会話をする。話しながら一番は思い出に浸っていた。初めてこのアイスを買ってきた日、長い方と丸い方、どちらを取るかで押し問答になった。ナンバは長い方を一番に渡したがっていた。なんでも、子供の頃からずっと弟に譲っていたから習慣になっているらしい。別にほんの少しの差なのだから素直に受け取ればいいものを、一番も妙なところで張り合ってしまった。そうするうちにアイスは溶けてジュースになってしまい、それ以来、あらかじめじゃんけんをしてから勝ったほうが譲る決まりになった。
だんだん溶けて柔らかくなってきた中身を食べながら、ナンバが話し出す。
「まあ実際、そんなに量は変わらねえはずなんだけど。どうしてもポッキンアイスって言ったら、俺が丸い方食うもんだって思ってたからよ」
小さな飲み口を指で揉みながら話している。もう拗ねているわけではなさそうだが、容器をくわえているせいでまだ少し口を尖らせている風に見える。それが微笑ましくて一番はわざとからかうように言った。
「ポッキンアイス? チューペットな」
「お、なんだ? またやんのか?」
ナンバが笑いながら手をひらひらとさせる。なんとなくまたあいこ地獄になる気がしたので、再戦は遠慮した。くだらないやり取りが心地よくて二人でくすくす笑う。それから一番はさっきの話に答えた。
「量の問題じゃないんだろ。なんつうか、そのちっちゃい所の分の気持ちだったんじゃないか? 弟さんにあげたかったのは」
「気持ち、ねえ……」
ナンバは長く伸びた飲み口を摘まみながら曖昧に答えた。一番も答えてから、もしかして恥ずかしいことを口に出したかもしれないと気がついた。押し問答の末じゃんけんをしてまで、小さな飲み口に詰まったアイスを押し付け合った時間がとても照れ臭いものに思えて仕方がなくなってきた。目の前のナンバを見ると、容器に残った溶けかけのアイスを一気に飲み干そうとしていた。照れ隠しだと一瞬で伝わる。部屋の蒸し暑さがいっそう増した気がした。暑い部屋で再びお互い無言になる。明日もまたじゃんけんであいこが続けばいいと思いながら、一番も最後の一口をゆっくりと食べた。