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    さばみこ

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    さばみこ

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    習作、ドンドコ島で過ごすイチナンの話です。両思い、ほのぼの、8のクリア後世界の設定です

    ##イチナン

    もてなし一日目 この島に観光客が訪れるようになってから気付いたことがある。ここに遊びにくる人たちの中で一定数、童心に戻ってはしゃいでいる人がいる。気になって訊ねてみた。
    なんでも、赤と緑のあのマスコットを見ると子供のころの思い出が蘇るらしい。テレビ番組だとか。一番にはぴんと来ない話だが、ここで思いきり羽を伸ばしてもらえるならありがたい限りだった。
     今日から三日間、たった一人だけ島に招待したその人も例外ではなかった。砂浜で手を振るガチャピンとムックを見るなり目を瞬かせ、それからかなり浮かれた調子になっていた。きっと本人は抑えているつもりだろうけれど、少し弾んだ声と歩き方ですぐに伝わった。長く一緒にいるからよくわかる。小さく鼻歌を歌うナンバの背中を眺めながら、一番はここに呼んでよかったと胸が温まるのを感じた。

    「でけえ……!」
     ごうごうと流れ落ちる水流を見つめながら、ナンバが感嘆の声を上げる。広場で荷物を預かった後、まず真っ先にこの場所に連れてきた。滝の細かい水しぶきが霧のように漂う高台で、その様子を眺めながら一番は満足した。この日のための調整が報われた瞬間だった。
     今からずっと前、いつか旅行にでも行くかと二人で話したときのことだ。せっかくなら大きな滝が見てみたい、とナンバが何気なく溢していたのを覚えている。それから月日が経って、この島の清掃と復興を進めるうちに滝を見つけたとき、一番の心は躍った。絶対に連れてきて見せてやりたいと思ったからだ。その日から計画を立て、ナンバの予定に合わせて宿泊客を入れない期間を作った。島の施設も最低限のものだけ稼働させて、遅い夏休みということにしてもらった。せっかく作ったコンビニも飲食店もないのは心許ないかと一瞬だけ思ったが、すぐに心配いらないと気がついた。呼ぼうとしているのは野外生活の元プロだ。
     回想に浸りながら、まだ滝の前ではしゃいでいる背中を眺める。ひとしきり目に焼き付け終えたようで今は熱心にスマホで写真を撮っていた。この写真もきっと、帰国した後に見せてくれるのだろう。そのことを想像して一番はくすぐったい気持ちになった。自然と口元が緩んでしまい、慌てて声をかける。
    「どうする? 一旦島の案内でもしようかと思ったけど。そんなに気に入ってんなら、この下、泳げるし釣りもできるけど」
    「……釣り⁉」
     我に返り、こちらを振り向く勢いの良さに顔がほころぶ。ナンバは魚を獲るのが上手いからきっと釣り堀も気に入るだろうと思っていた。一番はもっぱら銛か素潜りで取ってしまうが、釣り道具もちゃんと用意してある。ナンバはかなり悩んだ様子でしばらく考えていたが、話し出す。
    「いや、やっぱりまずは案内してもらうよ。それからまた戻ってきたい。いいか?」

     ひとまずビーチに案内してそれから島をぐるりと歩くことにした。泳ぐのは今度にする予定だったのに、波打ち際でどちらがぎりぎりまで波を待てるか競うのに夢中になり、思いのほかビーチで時間を食ってしまった。結局お互い波から走る途中で転んで、足元もハーフパンツも海水で濡れた。ああもう、とけらけら笑いながら二人で砂浜に座る。
     座った拍子に足元が目に入り、そういえば履いているサンダルが似ているという話になった。一番のものは、ハワイへ来て早々に桐生に買ってもらったものだ。ナンバは急いで飛行機に乗ったから、服も靴も現地の空港近くで見繕ったらしい。お互い別々に選んだのに、似たようなものを手に取ったのがおかしくてまた笑った。笑いながらナンバが言う。
    「あれだろ、昔買った掃除用のサンダルが青だったからだろ」
    「あれな……。百均に青とどぎついピンクしかなかったんだよ」
     一緒に暮らしていたころのことを思い出しながら話す。適当なサンダルを二足買ってきてほしいと頼まれて、青のサンダルを買って帰ったことがある。帰ってからナンバになんで二足同じ色なんだと突っ込まれた。言った本人がツボに入ったのか、しばらく笑い転げていたのをよく覚えている。油性マジックで名前を書いたけど、買って一週間経たないうちになあなあになり、どちらの物かも気にせずに履いていたことを思い出す。
    「俺まだ家で使ってるよ。片方お前の名前書いてあるけど」
     からかうようにナンバが言った。小料理屋の二階から引っ越すとき、荷造りの際に一番が箱に入れ間違えたことを言っているのだとすぐわかった。思い出したのか、くすくすと笑っている。笑う様子に見とれていると波が打ち寄せて、砂にまみれた二人のサンダルを洗っていった。
    「よっしゃ、そろそろ行くか。このままじゃ日が暮れちまう」
     本当はいつまでもこうして話していたかったが、まだやりたいことが山ほどあった。自分に喝を入れて砂浜から立ち上がる。ナンバも後に続いて立ち上がり、素足についた砂を払った。

    「——で、こっから先が大人の遊び場だな」
    「すげえ。神室町みてえだ」
     ひとしきり広場や高台をめぐり、コンビニや飲食店街を紹介した後、島の奥に作った歓楽街に案内した。生まれ故郷を模した街並みはひそかにこの島の自慢だったから、すぐにモデルを言い当てられて一番は嬉しくてたまらなくなった。ナンバのこういうところが好きだと思う。天邪鬼で軽口ばかりのくせに、時々こうして、一番を喜ばせる言葉を素直に口に出す。こうされると一番の方が照れくさくてうまく言葉が言えなくなる。普段と逆だ。
     一番が照れ隠しに視線をさまよわせている間、ナンバは興味深そうに街を眺めていた。別に珍しいものでもないだろうに、キャバクラやホストクラブをしげしげと眺めては、よく作ったなあなどと小さく呟いている。
    「ま、リゾートだから金落としたい連中も来るのか。こんな良いとこまで来といて、俺にはよくわかんねえ感覚だけど」
     建物を眺めるのに飽きたのか、しゃがんで地面に生えていたキノコをつつきながらナンバが言った。出来栄えに感心はしていたものの、あまり歓楽街には興味のなさそうな様子だ。やっぱりここ一帯を夏休みにして正解だった、と一番は改めて思った。ナンバは確かにキャバクラも、そこにいる女の子たちのことも相当好きだ。行くたびに大はしゃぎする姿を見てきた。けれど、一番の手入れした島を前にしてまで女の子を選ぶタイプではない。もっと自然のなかで疲れるまではしゃぎ回って遊んで、夜だっていつものように、飲みなれた安酒を交わしたいはずだ。特に、自分と二人きりでいるなら。惚気かうぬぼれか分からないことを考えながら、一番は小さく鼻を掻いた。

     島を一周してから広場に戻り、用意したコテージを紹介した。自宅に近い角地に建てた、この島でいちばん豪華なコテージだ。ここに来る前、あんまり豪華な宿だと落ち着かないと念を押されていたけれど、泊まるならここに来て欲しかった。快適に過ごせるように準備を整えてある。ただ、なんとなく言われる言葉の予想は付いていた。
    「ここなんだけど」
    「わ、すげえ……」
     外観を見せたときからナンバは息を呑んでいた。それなりに苦労して整えた島を褒められるのは悪い気はしない。一番はふふんと笑った。
    「一応、リゾート地なもんでな」
    「マジだったんだな。こんな綺麗な部屋で寝泊まりしたこと、多分ないぞ」
     扉を開けて軽く中を案内すると、ナンバはしげしげと調度品を眺めた。そして、窓から見える一番の自宅を眺めながらぽつりと溢した。
    「でも、落ち着かねえかもなあ……」
     来た、と内心思いながら一番は言葉を聞いた。予想していたし、少し期待していた言葉だった。
    「あれ、ここでのお前の家だろ? あそこは?」
     普段ならもう少し照れたり葛藤したりしながら伝えてきそうなところだが、今日のナンバはとても素直だ。南の島の開放感と、やっぱり少し童心に戻っているせいかもしれない。
    「もちろん泊まれるぜ。中は広いし、コテージで問題が起きた時用に、その……ゲストルームみたいなもんも作ってあるしな」
     半分嘘だ。緊急用のゲストルームなんかじゃない。こいつが泊まれるように広いベッドの部屋も作ったし、一階で雑魚寝でも徹夜でゲームでもなんでもできるようにしてある。
    「ただ、せっかくだからコテージにも泊まって満喫してほしい気持ちはあるけどな」
     これは本音だった。施設の大半を休みにしてあるとはいえ、ナンバにこの島でリゾート気分を味わってほしい気持ちはある。羽を伸ばしてほしいし、頑張って作り上げた島でもてなしたい気持ちもある。
    「うーん、じゃあ、こういうのはどうよ」
     ナンバがとっておきの話をするときのように言った。
    「三日いるんだから、今日はお前の部屋にお邪魔させてもらう。で、明日はお前がここに一緒に来てくれよ。自分んとこの泊まり心地知っとくのも大事だろ?」
     照れもなくお泊りを提案してくるナンバに少し言葉が出なかった。可愛いのと、自分の気持ちを汲んでくれる優しさが嬉しくて、一番は考えるより先に体が動いた。返事の代わりに抱きしめて頭をわしゃわしゃと撫でる。
    「うわっ、なんだよ、あちぃって」
     ナンバは一瞬だけ驚いたようだが、すぐにけらけらと笑ってされるがままになった。急にハグされたのに寛大だが、このくらいは日々のよくある触れ合いだった。気が済むまで髪を撫で終えて解放すると、ナンバはもう終わりか?という顔をした。その顔をされると急に名残惜しくなって、今日はもうずっとこの部屋にいてもいいのではないかという気になってしまう。頭をぶんぶんと振って誘惑を断ち切った。だめだ、今日はこいつに楽しんでもらわないと。初めに約束した滝に戻ることを思い出して、一番はやっとナンバの髪から手を離した。支度をするからと言ってコテージを出る。その間に水着に着替えてもらった。

    「いたぜ、もうちょっと右……そこ!」
    「任せろっ」
     きらめく水面の奥に魚影が見えた時、ナンバが鋭い声で指示を出すのが聞こえた。その声を頼りに、少し下流で待ちかまえていた一番は飛び掛かった。
    「獲れた!」
    「……また鯛だな。ま、あんまこの島で深く考えちゃいけねえな」
     川の中でハイタッチをしたあと、ナンバが軽く頭を振りながら言った。獲れたのは三匹目になる鯛だ。滝壺にほど近い川で鯛やザリガニやカジキマグロがいっぺんに獲れる不思議な光景は、一番にはすっかり馴染みがある。ナンバも今しがた順応したようだ。
     滝近くの釣り堀で、始めは普通に釣竿を使っていたが、暑さに負けた一番が川に飛び込んだ。てっきりナンバは釣りを続けるかと思っていたが、ナンバもすぐに後に続いた。それからは素潜りで魚を獲っているが、今はもう半分川遊びになっていた。日が傾きだしたころ、泳ぎ疲れて岩場に上がった。釣果を確認しながらナンバが言う。 
    「いやあ、大漁だな。こんだけありゃ、夕飯も、明日の分も困らねえだろ」
    「喜べよ、コッペパン、いっぱい置いてあるぜ」
    「そういや今日サバだけ獲れてないないな」
     ナンバが残念そうに呟く。そう言ってから、いやカジキサンドならいけそうだな、捌けるか?とぶつぶつ独り言を続けた。出会ったばかりの頃の思い出が蘇り、一番の胸に懐かしさが広がった。夕飯にむけて準備をするべく、二人で一番の家に戻る。

     家から漏れる光と、ゆらゆら揺れる焚火の灯りが二人を照らしている。釣った魚の下処理と夕飯のための準備をするうちに日は暮れて、辺りはすっかり暗くなっていた。一番が育てた島の野菜と、コッペパンに今日の獲物を挟んだサンドイッチと、焼き魚のヒレを浸したカップ酒。リゾート地の初日の夕飯としてはずいぶん地味で簡素だが、二人で食べるそれは格別だった。
     今、一番の島での家の前の空き地にはブルーシートとドラム缶が置かれている。今日の夕食の内容が決まってから拵えたものだ。俺たちにはこれがないと始まらないからと、どちらからともなく決めたものだった。おおよそ観光地の景観には合わないDIYを進めながら、気分は秘密基地を作る少年のようだった。ビール箱のテーブルとドラム缶の焚火を置いたときには思わず二人でハイタッチをした。二人だけの小さなホームレス村を作り終え、ブルーシートの上に腰を下ろして乾杯をした。
    「悪ぃな、なんつうか、もてなしって感じでもなくてよ」
    「いいんだよ、俺がこれが良いって言ったんだから」
     ナンバはけらけら笑って魚の挟まったコッペパンを齧った。おっ、というような顔をしたから、きっと成功したんだろう。一番も続けてかぶりつく。いつかの鯖サンドもおいしかったが、今日の分だって最高だった。食べているうち、ドラム缶の中の薪が音を立てて崩れた。慣れた手つきで薪をくべるナンバに一番は声をかける。
    「本当はキャンプファイアーでもしたかったんだけどさ……」
    「だからさっきも言ったろ、それはまた皆で来た時に取っといてくれ。だいたい二人でやって何すんだよ。二人じゃ踊れねえだろ」
     ナンバは呆れたような顔でそう言うと、手元のヒレ酒を一口飲んだ。一瞬なんの話か戸惑ったが、どうやらキャンプファイアーとフォークダンスをセットで考えているらしい。そんなにフォークダンスに対して乗り気なのか、それなら次までに何か弾き語りできるようにしておくか、曲は何がいいんだろうか——考えているうちにおかしくなり、一番は笑いが堪えられなくなった。ナンバはきょとんとして理由を尋ねてくる。それでまた笑いが止まらなくなって、最後はナンバも釣られて一緒に爆笑していた。
     ひとしきり笑い疲れ、目尻にたまった涙を指で拭う。ふと、焚火のオレンジ色の炎に照らされるナンバの顔に見惚れてしまいそうになった。他の観光客が来るときにはきっとここは撤去してしまうだろう。一式丸ごと家の中に大事にしまっておこうと決意してから、ここはこの島で二人だけの秘密の場所だと気がついた。そうすると胸の中がじわじわと熱くなっていって、一番は焼き魚のヒレが浸した酒を急いで飲み干した。

     日中の疲れもあり、あまり夜更かしはせずに今日は早寝をすることになった。豪華なコテージでもなく、一番の家のゲストルームでもなく、ふたつ布団を並べた部屋で一緒に眠る。それがナンバたっての希望だったのだから、一番は嬉しくて仕方がなかった。まだ日暮れから数刻も立っていない時間だったが床についた。ぴったりと隙間なく並べた布団に体を横たえると、あっという間に瞼は重たくなっていった。
     早寝をしすぎたせいか、夜更けがすぎた頃に一番は目を覚ました。布団の中で耳を澄ませると遠くに虫の声と波の音が聞こえてくる。横浜だって海が近いが、ここまで自然の音が聞こえることはそうそうない。改めてこの家もお気に入りだと思ってから、ちらりと横を見た。くっつけた布団の上ではナンバが静かに眠っている。最高のロケーションだ。ひそかに嬉しさを噛みしめてから、明日もきっと遊ぶだろうから寝直そうと決める。そう思い目を瞑った時、もぞもぞと衣擦れの音がした。
    「……一番、起きてるか?」
     同じタイミングで目を覚ましたらしいナンバが声をかけてきた。
    「どうした?」
    「や、ちゃんと寝れたんだけど、目ぇ覚めちまって」
     ナンバは何か煮え切らないような、もの言いたげな様子だった。もしかして、と思い一番は何気なく続ける。
    「俺もだよ。早寝しぎたかな」
    「そういう訳じゃないんだけど、あのよ……」
     少し下を向き、目を伏せてもじもじしている。やはり何かを切り出したそうだ。同じタイミングで目を覚まし、南国の夜のまん中にいる二人は、ひょっとしたら今同じことを考えているかもしれない。期待のような祈りのような気持ちを込めて一番は顔を覗き込み、目を合わせた。こくりと頷いて続きを促す。ナンバは少しためらってから、意を決したように話し出した。
    「一番……ちょっと、今から付き合ってほしいんだ」
     真剣な口ぶりで告げられる。それで何がしたいのか完全に察して、一番も話に乗ることにした。
    「わかった。あれだよな、一緒にやろう」
    「でも俺、準備が……」
    「大丈夫だ。こういうことになるかもしれねえって思って、全部用意してある」
    「一番……!」
     気恥ずかしそうに、けれどどこか嬉しげに名を呼んでくるナンバを見て、一番は改めてここに連れてきてよかったと実感した。もうすっかり気の置けない関係だが、こうして素直に何かを強請ってくることは意外と少ない。いつもナンバが自分に付き合ったり世話を焼いてくることばかりに思えて、一番はそれが気がかりだった。だからこの島に呼んだときには、ナンバの願いはなんでも叶えてやりたかった。まだ照れ臭そうにしているナンバの手を取り、一番は全部任せてくれと頷いた。

     満点の星空の下、二つの影が動く。この島の夜闇は深い。苦労の末に簡易版の歓楽街を作り上げたとはいえ、ネオンや街灯や建物の灯りはまっくらな海には敵わない。辺りには気を抜くと飲み込まれそうな濃密な夜が広がっていた。何も邪魔するもののない星明りは無数のきらめきを湛えている。そこにあるのは美しさよりも畏怖に近かった。波音と、音がしそうなほどの星々のまたたきと、島中の生き物の声とが夜闇の中でうごめいている。
    「いた、いた……! 見つけた!」
    「……よっしゃあ!」
     辺りに小さな歓喜の声が響いた。ヘッドライトの明かりが二つ、暗闇を切り開くように灯っている。明かりが合わさった先では小さな網と、ハイタッチをする手が照らし出されていた。重なった手はがっちりと握りしめあう。つい数時間前、川の中で魚を獲ったときと同じだった。
     今二人は、広場近くの大樹の前にいる。首から下げた籠には色とりどりの甲虫が、振り下ろした網の中にはとびきり大きなカブトムシが佇んでいる。真夜中の虫捕り大会だ。
     先ほど部屋で目を覚ました後、ナンバにどうしても行きたい場所があると懇願された。島を見て回るとき良さそうな樹木をたくさん見た、この島の自然ならきっとかっこいい虫がいっぱい採れるはずだ、頼む、俺に虫捕りをさせてくれ——。童心に戻りきって語る姿は、一番の中の冒険心を燃やした。何しろ一番こそ、島に踏み入れてから見た生き物をほぼ捕まえ尽くした実績がある。逃したものは一つだけだった。この島には人を少年に戻してしまう何かがある。かくして四十路の大人が二人揃い、いちばん強くていちばんかっこよくて、いちばんぴかぴかの甲虫を探す冒険に出たのが、数十分前のことだった。
    「だいぶ採れたなあ」
    「おう、ぼちぼち逃がすか?」
     少しはしゃぎ疲れ、籠の中を覗きながら二人で話す。達者でやれよ、と言いながら小さな虫たちを逃がしていく姿に、一番は笑いを漏らした。カブトやクワガタを狙ったはずが、ナンバの網が捉えたのは小さな甲虫が多かったのだ。振りかぶるのが優しすぎて、その間に大きな獲物たちは逃げていっていた。
    「釣りはあんなに上手ぇのに、意外だよなあ」
    「うるせえなあ、俺はカナブンも好きなんだよ。かわいいだろ、ずんぐりしてて」
     丸っこいカナブンを手の甲でとことこ歩かせながらナンバがむくれる。あ、と一番は危うく声に出しかけた。確かにその姿はとてもかわいかった。不意打ちを食らって頭をぶんぶんと振る。それを見たナンバは一瞬首をかしげたが、特に気にする様子もなく作業を続けた。残るは一番の網の中にいるひときわ大きなカブトだけだ。
    「いや、すげえな、なんだこれ、なんか光ってねえか……?」
     暗闇の中で淡く銀色に輝く体を手に取り、しげしげと見つめながらナンバが言った。訝しげな口ぶりを装ってはいるが、内心の興奮が見てとれる。ナンバはぴかぴかのカブトムシをしばらく観察してから、少しだけ名残惜しそうに夜空に放った。夜空に向かって軽く手を振るその姿を見て、一番はずっと秘密にしていたことを打ち明けてしまおうかと迷った。
    「なあ、ナンバ。言ってなかったことがあるんだけどよ」
    「なんだよ、改まって」
     無邪気に訊ねてくる表情に一番の決意は固まった。今までにここを訪れた観光客には決して言わなかったことがある。それはこの島を守るためでもあるし、一番の心の大切な部分を明け渡したくなかったからでもあった。けれど、銀のカブトムシに別れの手を振る男になら、きっと伝えてもいいだろう。一番は呼吸を整えてから告げた。
    「この島な、……いるんだよ。ツチノコが」
    「えっ……」
    「金色のカブトムシも金色のサメもいるし、ツチノコもいる。……たぶん、いや絶対いる。俺は見たんだ。一回だけ見て、捕まえ損ねちまった」
     ナンバが息を呑む音が聞こえた。丸く見開かれた目はきらきらとしている。伝えた甲斐があったと思いながら一番は訊ねた。
    「どうする?」
    「……決まってんだろ、探しに行くぞ!」
    「だよなあ!」
     意気投合した二人の声が木々の葉を揺らす。小休憩は終わり、真夜中の冒険はすぐにまた始まりを告げた。満点の星空の下、どこから探そうか真剣に悩む横顔を見ると一番の心は浮き立った。もう何度も行き来してきたはずの道が、まるで初めて切り開く道のように思えてくる。やっぱり冒険には相棒が必要だよなと独り言を言いながら、一人で島を拓いていたときよりもずっと大きなときめきを噛みしめた。

    「逃げられたな……」
    「でもよ、尻尾だけ見えたよな……?」
     朝日が昇るころ、二人は息を切らして浜辺に座り込んでいた。一晩中島を駆けまわりツチノコ探しに明け暮れたのだ。結局捕まえることはできなかったけれど、最後の最後で、猛スピードで茂みに隠れていく小さな尻尾が見えた。本物か定かでなかったが、二人はは絶対にあれはツチノコだったと確信を持っていた。
    「俺、ツチノコって初めて見たよ……」
     本当にいるんだなあ、とナンバはのどかに続けた。
    「帰ったら自慢するか?」
    「しねえよ、誰にも言わない」
     砂浜にごろりと寝転び、ナンバは笑って言った。砂まみれになることも厭わずにごろごろとくつろいでいる。髪に付いた砂を指でぬぐってやりながら、一番は今の言葉を反芻していた。まるで二人きりの秘密を守ってくれているみたいで、胸がじんと温かくなる。やっぱりナンバに打ち明けてよかった。遅い夏いちばんの思い出ができたようで、一番は胸がいっぱいになる。薄暗かった辺りはピンク色に染まり、やがて水平線の向こうに朝日が昇った。あ、と一番が声を出したので、ナンバも砂浜から起き上がる。南国の強い陽は今はまだ柔らかく、波をきらきらと白く照らしていた。
    「……綺麗だな」
     どちらからともなく、二人の口から同じ感想がこぼれる。しばらく黙ったまま朝日を浴びた。波の音だけが二人の間に流れていく。波打ち際には澄んだ波が寄せては返し、砕けた白い泡が砂の中に溶けていった。じっと見ているとだんだんと切なくなってくる。
    夜じゅう冗談みたいな冒険を繰り広げたことも、今目にしている景色も、できたら誰にも言いたくないと一番は思った。ナンバも同じ気持ちでいてくれたらいいのにと思いながら、目の前の光景と横顔を目に焼き付けるようにじっと眺めた。
     日が昇り切り、すっかり水平線から離れたころ、二人は同時に砂浜に背を預けた。波の音にまじり、お腹が鳴る音が何度も聞こえてきたからだ。
    「……腹、減ったなあ」
    「コッペパンならたくさんあるぜ。魚も」
    「釣っといてよかったよなあ」
     あくび交じりに話し合う。いくら童心に戻ったとは言え、夜通し歩き回った二人の体力は限界が近かった。朝食を食べたあとはきっと眠ってしまって、陽が高くなったころに目を覚ますだろう。そうしたら何をして過ごそうか、少しずつ登っていく太陽を見ながら一番は考えた。あれこれ予定を考えながら、まずはこの後、家とコテージどちらで眠るか決めなくてはと思い至る。朝寝のくくりが今日なのか昨日なのか分からなかったからだ。くだらないなと思い小さく笑いを漏らす。隣のナンバが不思議そうにこちらを見た。こそばゆい気持ちに包まれながら、夢見心地で一番は部屋の話を切り出した。
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    さばみこ

    DONE3/14のイチナンのお話です。
    7後、同棲時代、両片思い、ほのぼの。
    以前書いた2/14の話からゆるく続いていますが、こちら単体でも楽しめます。
    作中で作らせている料理は、ある好きな曲から取りました。

    5/14のスパコミにイチナンで申し込みました!
    成人向けの新刊二冊を予定しています。
    サンプルは4月初旬〜中旬ごろにpixivに載せる予定です。よろしくお願いします。
    きみの話「ほら、あったけえだろ」
     ナンバが振り返り言う。得意げな顔をしていた。言葉通りの暖かな陽の光の下、春風が吹き抜ける。それはいっぱいに生えている草花たちを躍らせ、彼のふわふわとした髪を揺らしていった。
     街の狭い路地をいくつも通り抜け、歩いた先にある小さな空き地。周りの建物が取り壊されたのか、その場所にはさんさんと陽ざしが降りそそいでいた。ごく小さな範囲の更地には、春を迎えようとしている雑草が所狭しと生い茂っている。寂しい空き地というよりは原っぱといった印象だ。ここが、ナンバのとっておきの場所らしい。

     季節は三月の中旬、ここ数日のニュースでは異人町の桜の開花予想が流れ出している。時期外れの暑いほどの陽気が続いていたが、その日の日陰はやけに肌寒かった。ぶるりと体を震わせたとき、ナンバから思い立ったような声で「いい場所がある」と告げられた。ポケットに突っ込んだ手を見かねて言ったのかもしれない。背中で案内をするように、ナンバはすいすいと路地を通り抜けていった。その後を一番は追って行く。
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