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    瀬名🍭

    書きかけ、未修正の物含めてSS落書きごちゃ混ぜ。

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    瀬名🍭

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    とれじぇ/途中 お題:solty lovers

    ##とれじぇい

     魚類は虫歯にならない。歯を蝕む病は人類と砂糖の出会いによって生まれ、海中暮らしで甘味を知らなかった人魚もまた、人と交わることで歯を患うようになったと言われる。太古の昔、人間の王子と結ばれた人魚の姫は、心優しいハンサムではなく実際のところお城の豪華なテーブルに並んだ愛しき者たち――チョコレートケーキにミルクレープ、焼きたてのスコーンにクロテッドクリームとたっぷりのジャムを添えた、華麗なるティータイム――と恋に落ちた、なんて使い古されたジョークがある程だ。
     それまで、栄養補給を主たる眼目に据えた、質実な食卓しか知らぬ人魚たちの心を蕩かしたこれら、危険で甘美な食の嗜好品はsweety loversと名付けられ持て囃された。他方、人間に人魚、獣人、妖精と多様な種族がファースト・コンタクトを済ませたばかりで、種の保存において血筋の混淆を危険視する声も少なくなかった。昼日向に会いたくても会えず、仲を公言することもできない、陸の上の恋人を持つ人魚たちはなかなか口にできぬ希少な砂糖になぞらえ、情人をもまたsweety loversと隠れて呼びならわし、種の垣根を越え、忍んで愛を交わしたと伝えられている。
     その後、人魚姫と王子の恒久的な家庭平和が功を奏し、迫害の手が緩やかに消失した頃、人魚がう蝕と歩んだ歴史、また常日頃獲物を食い破るご自慢の歯を穿ち、強靭な顎まで突き抜けるように痛む病状をからかって、珊瑚の広がる世界で虫歯は恋の風邪とも呼ばれるようになった。
     卑近な話題のため授業で取り上げられることはないが、トレインは図書室が所蔵する古い文献を読んでは各地の伝承や言い伝えを蒐集しており、生徒らとも稀にこの手の話題で談笑するという。その板金鎧の綻んだ様は普段の隙のなさからは遠く、意外と思われたが、噂によればトレインの亡き妻がかつて文化人類学を専攻しており、彼は今なお中庭で微睡む猫を愛おしげにあやしては膝に広げたハードカバーの埃に染まった面々に羅列する文字を拾い、彼女を懐かしんでいると言うことだった。
    が、真相は定かでなく、あえて尋ね眉間に皺を刻ませる者もいなかった。
     これらは教師からの心象をよくするためとアズールがかき集めた情報の一つだ。因みに、フロイドには知らされていない。直接的には成績向上に結びつかないばかりか、ジェイドの愛すべき兄弟は蜂の巣を好んでつつきたがる愉快な性質を持ち合わせていたため、噂を耳に入れたが早いか、廊下を突っ切って健やかな眠りを阻害された教師の愛猫に威嚇されながら、また訝しげなトレインの視線を気にかけもしないで、事の真偽を躊躇なく確認しただろう。その本を読む行為は弔いなのか、と。
     ジェイドとしては、行動が思考を先駆するフロイドの率直な気質に特上の価値を見出していたし、その素晴らしい特性が不和を招く――即ち、個人の密やかな愛着を暴く行いに、胸の痛みを感じ得ない訳でもなかったが、フロイドと情報を共有しなかった理由はアズールのように彼の他者評価が下がることを心配したのではなくて、兄弟がどうせ花道を駆け抜け、標的へ突進してしまうなら、きちんとお膳立てし、とびきりの晴れ舞台を用意してからにしたいという欲望にただ準じただけなのである。
     オクタヴィネルの寮が掲げる基本理念、慈悲の精神が聞いて呆れるかもしれない。ましてジェイドは副寮長。寮生たちの鑑となり寮長の右腕となって朝な夕なに暗躍し彼らを統べ、他寮生と対峙し、渡りをつける者。が、しかし、この比類なく陽気な、夏の訪れを寿ぐように草花咲き乱れる温室で一人、入れたてのアールグレイを味わいながら、何でもない日に彼は告解する。僕はこのように生まれたのだ、と。今日は特異日と同定されていた――つまり統計的、地理学的に賢者の島が位置する当地方の群島に必ず雨が降ると宿命づけられた日。うっとうしい熱を孕んだ風が花屋敷の室内を縦横に走る通りから、植え込みが続く脇道へと架けられた木道、そして木立の間隙を逆巻き、樹冠へと忙しく吹き抜けていった。陸に上がり海底を暫し離れたと言っても、ジェイドは自らの生まれ故郷を忘れたことはなく、南風に揺れる透明なティーポットの水面が北の寒い海流と重なり、たちどころに海となる。飲み干し、底の見えたティーカップに茶を注いで、花柄の砂糖入れから、角砂糖を取り出すとジェイドはスプーンに載せたままそっと沈めた。氷塊のようだった。校舎が背にした溟海では急激に発達した積乱雲が嵐の訪れを予告し、束の間の静寂、降り注ぐ光が心なしか弱まったサンルームで、ジェイドは何者にも邪魔されず優雅にお茶会を楽しんでいた。
     かつて、ジェイドはこの場所で、深海に眠る糖類愛者たち(sweety lovers)の逸話を披露したことがある。一学年上の他寮の副寮長、トレイ・クローバーは彼が所属する部活動の要件でこの温室へ出入りしていただけだったが、元来の世話焼きなのだろう、以前兄弟の不始末で借りを作ってしまってからというもの、幾らか警戒の解けた様子でジェイドと接するようになった。ある日密かに温室の片隅でジェイドが茶を愉しんでいると、見咎めるでもなく気さくに声をかけてきた。
    「訳ありで良ければ貰ってくれないか」
    差し出されたそれは、香ばしく焼けたマホガニー色のクッキー。可愛らしく梱包された袋には赤チェックのリボンがフィン(尾ひれ)のように結えられていた。丁重に受け取りながら、ジェイドは向かいの席へ腰掛けるよう促した。
    「訳ありとは、欠陥があるということなのでしょう。素人の僕には判りませんが」この一見邪気のない笑みを浮かべる男の申し出に裏があるのかも。俺はいいよ、と固辞するトレイを引き留め、学舎へ取りに戻った客人用のティーカップへ新たに入れ直した紅茶を注ぎながら、ジェイドは話しかける。フレーバーティーの芳醇な香りが鼻をくすぐる。
    「トレイさんは白薔薇も赤に染めるほど、真紅がお好きと聞き及んでいます」ちらりとジェイドは様子を伺ったが、トレイは曖昧な表情でジェイドの手元を見守っている。
    「もしかしたらこれにも毒が塗られているのでしょうか。だとしたら恐ろしいですね。もし僕が倒れたら、せめてもの情けに人を呼んでいただけますか」
    「そんな物騒なことする筈ないだろう」
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    瀬名🍭

    PROGRESS不定期でトとジェがお茶会する♣️🐬SSのまとめ(未完) 捏造多。随時更新。お題:salty lovers
    Merman’s test garden 魚類は虫歯にならない。歯を蝕む病は人類と砂糖の出会いによって生まれ、海中暮らしで甘味を知らなかった人魚もまた、人と交わることで歯を患うようになったと言われる。太古の昔、人間の王子と結ばれた人魚の姫は、心優しいハンサムではなく実際のところお城の豪華なテーブルに並んだ愛しき者たち――チョコレートケーキにミルクレープ、焼きたてのスコーンにクロテッドクリームとたっぷりのジャムを添えた、華麗なるティータイム――と恋に落ちた、なんて使い古されたジョークがある程だ。
     それまで、栄養補給を主たる眼目に据えた、質実な食卓しか知らぬ人魚たちの心を蕩かしたこれら、危険で甘美な食の嗜好品はsweety loversと名付けられ持て囃された。他方、人間に人魚、獣人、妖精と多様な種族がファースト・コンタクトを済ませたばかりで、種の保存において血筋の混淆を危険視する声も少なくなかった。昼日向に会いたくても会えず、仲を公言することもできない、陸の上の恋人を持つ人魚たちはなかなか口にできぬ希少な砂糖になぞらえ、情人をもまたsweety loversと隠れて呼びならわし、種の垣根を越え、忍んで愛を交わしたと伝えられている。
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