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    瀬名🍭

    書きかけ、未修正の物含めてSS落書きごちゃ混ぜ。

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    瀬名🍭

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    第2R終わり

    ##とれじぇい

    とれじぇ ジェイドが多弁なのは、オクタヴィネルの敵対分子への警戒をトレイに気取られぬためだったが、この男は知る由もない。とはいえ、トレイの拵えたお菓子を食し、思わずジェイドの口をついて出た賛美は嘘偽りない物だ。ジェイドが日常慇懃なベールで包み隠した、好物へ捧ぐ情熱的な偏愛の一端が露出したに過ぎない。
    「ありがとうございます。今回は北方流の茶席と少し趣向を変えてみました。そちらにご用意したヴァレニエも適宜召し上がってください。紅茶の風味が変わりますので」
     これは紅茶に投じるのが正解なのだろうかとトレイが首を捻っていると、
    「お好きなように。私的な席ですし、ここは厄介な、というと語弊がありますね、貴方方が遵守する女王の法律の埒外にある、言わば超法規的な茶会ですので」
    とジェイドが試すように言った。
    「そういう訳にはいかないさ。でも、ありがとう。気にせずやらせてもらうよ」
    トレイは紅茶が冷えないように、スプーンで掬った果実煮を液面へ沈めるのは避け、舐めとった。果皮が残った橙色の砂糖煮を口に含むと、ベリー類の甘味と酸味が過不足なく絶妙に舌に拡がり、清々しい清涼感を与えた。口に残った種のぷちぷちと粒立った食感が楽しい。
    「これはクラウドベリー? 高価な果物じゃなかったか」
    「嬉しいですね。まさに明察秋毫な舌だ。トレイさんのように優れたパティシエを抱えるハーツラビュルの皆さんが羨ましいです」
    「よしてくれ」
    とトレイは顔の前で手を振った。
    「北方の地方では厳冬に備えて、夏に収穫した木の実をジャムにし、冬季の貴重な栄養とするとか。ウインターホリデーともなれば、久しく顔を見せた家族の帰りを出迎えて、温かな家庭の食卓に並んでいるかもしれませんね」
    「ジェイドのホリデーの予定は?」
    「僕らは今回帰省しないんです。海路が凍結してしまうので、寒さの綻んだ春頃に帰ろうかと。トレイさんは?」
    「俺は故郷に帰るけど、実家のケーキ屋が繁忙期だからさ、ゆっくりできそうにないな」
    「お互い良い年越しになりそうですね」
    とくすくす笑いながら、ジェイドはトレイ特製のスコーンを齧る。見かけは冷静だったが、スコーンの軽い生地に練り込まれた小豆の控えめな甘さとキャラウェイシードのさっぱりとした風味に心を奪われていた。
    「ところで、今日ジェイドの招きに応じた理由なんだが」
     茶葉が旬の時期を迎えたディンブラの、セピアに抽出された水色(すいしょく)を眺めながら、トレイはおずおずと切り出した。は、とジェイドは居住いを正す。
    「伺いましょう」トレイがジェイドやアズールの予想を裏切り、この寒空の下饗応を受けた理由とは。
    「リドルのことなんだ。オーバーブロットした話は聞いていると思うんだが。俺とリドルは付き合いが長くて、あの事件が起きた原因も少なからず分かるんだ」
     言葉を選ぶようにトレイはぽつぽつと話す。今のトレイには高貴な薔薇のように薫るセイロン紅茶の女王ディンブラも意識の外にあるだろう。
    「ジェイドも級友だから知ってるとは思うが、リドルは世情に疎いところがあってな、遊びごとなんかは特に。ホリデーでリドルがどんな休暇を過ごすのか、俺にはわからないけど」
     ジェイドが不思議そうな顔を浮かべると、
    「出禁を食らってるんだ」
    「おやおや」
    「ホリデー前に、モストロ・ラウンジへリドルを連れ出したい。ジェイドにはその協力を頼みたいんだ」
     ケイトの占星術はトレイの抱えた蟠りをずばり言い当てていた。リドルは厳しく管理された生育環境から同世代の少年たちが興じる娯楽とは無縁の人生を歩んできた。リドルの心ばかりの願いを叶えようと手を差し伸べたトレイ少年の優しさはしかし保護者に手厳しく振り払われ、リドルは更に外界から切り離されてしまう。この経験はトレイの強烈なトラウマとなった。周囲から一目置かれた孤高の秀才、しかし誰からも腫れ物のように扱われる一人ぼっちのリドルの姿を見るたび、トレイは胸を痛めた。リドルに限らずトレイにも心のケアが必要だったが、自分よりも苦しい立場に置かれたリドルと引き比べ、自分が援助を受けるなど念頭に上らなかった。家族にさえ打ち明けられず、また相談するという考えさえ、思い浮かばなかったのだ。年端も行かぬ少年には、幼馴染がひどい仕打ちを受ける、その引き金になってしまったという十字架を背負うには重すぎた。
      しかし、オーバーブロットの事件が解決を見て、トレイは自分もリドルもあの頃のままの子供ではないと自覚した。今からでも取り戻せるものはあると。リドルには年相応にもっとのびのびと過ごしてほしい。いつか抱いたトレイの望みは今でも変わっていない。そんな折、ジェイドとの偶然の接触。そして彼から届いたモストロ・ラウンジの宣伝を含むメールはトレイに閃きを与えた。十中八九リドルはモストロ・ラウンジのような同年代に持て囃されそうな料理店に入店したこともないだろう。また、リドルが実家の鳥籠に戻らねばならぬその前に、変わろうと決意しているリドルを励ますために、何かしてやりたかった。入学したてのリドルなら計画の段階で突っぱねただろうが、今ならば肩肘張らず見聞を広める名目で同行してくれるのではないだろうか。実は今日ここへ来る前に、ケイトにもホリデー前にリドルをモストロ・ラウンジへ連れていきたいという話を通してある。いらぬお節介ではないか、という気もしていたが、ケイトは笑って肩を押してくれた。しかし、ここに一つ懸念事項がある。
    「僕の兄弟、フロイドですね」
    「フロイドを悪く言うつもりは毛頭ないんだが、この間もリドルが顔を紅潮させて怒ってたんだ。なんでも俺の用意した菓子を奪われたと。作り直して事なきを得たのだが」
    「それはご迷惑をおかけしました」と初めて耳にしたという態度で眉を下げ、ジェイドは詫びるが、この男その一部始終を傍観していた。「では、リドルさんがモストロ・ラウンジを訪問される間、フロイドには出て行ってもらいましょうか?」
    「いや」とトレイは逡巡する。リドルがのびのびと学生生活を送るというのは、石を除外し、いらぬ衝突を避けること。この過保護な方針はどこか間違っていると気づいてはいたが、リドルや皆を更に縛るだけと秋の事件で思い知らされた。ぶつかり合うことも時には楽しい。せめてリドルにはその喜びを謳歌してほしい。トレイ自身には未だ難しくても。「フロイドはいてくれて構わない。ただ、迷惑をかけるかもしれないから、先に詫びておこうと思ってな。具体的には店舗の破壊とか」
    「恐ろしいですね」とどこかジェイドは怖がる素振りを見せるが、これはもう単純に面白がっている。
    「ない話じゃないだろ? 勿論、これで弁償が効くとは思っていない。俺たち側でも最大限の努力はするが、お前たちも最悪の結末を迎えないよう、協力して欲しいと思ってな。これはそのための口添え。ジェイドだけじゃなくアズールたちにも用意してある。この鞄はそのまま持ち帰ってくれていいから」
    とトレイの傍に置いたトートバッグを指し示した。
    「僕でよろしければ最大限のお力添えを致しますよ。アズールにも伝えておきます。それにしても」とジェイドは感慨深そうな口ぶりで「そんなにも、寮長のことを大事に思われているのですね。ハーツラビュルは安泰だ」
    「お前たちだってそうだろう?」と意趣返しと言わんばかりに切り返したトレイに、ジェイドは、
    「どうでしょうね」
    と答える。彼の双眸は暮れかかった太陽が放つ斜光の加減で万態な色を見せた。愉快そうに煌めく。
    「それにしても、こんな場所があるなんて知らなかったな」とトレイはテーブルの横に植わったペンステモンの銅葉に見入っている。テーブルの中央に置かれた丸い壺型の花瓶と磨き上げられた銀のサモワール。その表面に花器に挿された暗紅色のシンビジウムが映り込んでいる。
    ジェイドはその向こうにあるトレイの横顔を眺めて言った。
    「アズールが見つけたんです。ここは元来塔の裏庭でしたが、数十年前にパティオが増築された。好景気の煽りを受けたのか、誰かの思いつきだったのか。計画では森林の部分を切り開いて庭園を拡張し、生垣の迷路(メイズ)を作る予定だったとアズールの手に入れた資料には書かれていたそうです。しかし、それも果たして日の目を見たのか。いずれにせよ、今日ではパティオの壁は崩れ、庭園の一部となり、庭もまた森に侵食され、迷路は見る影もなく、廃園の当主は歴史の闇に飲まれた、顔のない幽霊。なかなかに素敵な場所でしょう」
     トレイは外気ばかりでない少しばかりの冷気を感じて言った。「前から思ってはいたが、この学園の七不思議は七つでは足りないな。ところで、これは俺が聞いていい情報だったのか?」
    「ええ、情報元は誰でも手に取れる読み物ですから。でも、そうですね、ご忠告感謝します。リドルさんのことですが」
    とジェイドが言いかけるとトレイは庭を鑑賞するのをやめ、徐にジェイドへ顔を向けた。「何か込み入ったご事情があるのだとお見受けしますが、お尋ねしても?」
     トレイは唇を少し引き結ぶ。端から満足な回答が得られると期待していなかったジェイドは軽い調子で言った。「不躾な質問でしたね。言い辛いことでしたら答えなくて構いませんよ」
     食卓を沈黙が満たす間、ジェイドはもっちりとしたファーブルトンを食む。溢れんばかりに内包されたプルーンは、海育ちのジェイドからすれば、モクヨクカイメンにびっしりと埋まったホウオウガイを思い起こさせた。シンプルなデザインながらここに見事な共生関係が成立している。咀嚼しながら、人魚姫の心を射止めたのは王子様ではなく、砂糖をふんだんに使ったおいしいお菓子というジョークもあながち的外れではないかもしれないと、ふとジェイドは人魚の世界に伝わるsweety lovers(糖類愛者たち)の逸話を思い出していた。
    「いつか話すよ」
     マスタード色の揺れる瞳を静かに見据えて、そのいつかは来ないのだろうなとジェイドはぼんやり思った。
    「いつでもお待ちしています。ところで、トレイさんは珊瑚の海に眠る裏話をご存じですか。砂糖菓子と恋に落ちた人魚姫の話を」
    「いや」とトレイが唐突な話題転換に怪訝そうに答えると、
    「また別の機会にお話ししますね」
    とジェイドは事もなげに今後もトレイが茶会へ同席するよう促した。お菓子を全てたいらげ、スプーンに僅かに残ったジャムをひもじそうに舐めるジェイドの姿に、トレイは餌付けするってこんな気持ちなのだろうかと心ひそかに思うのだった。夕闇に閉ざされた廃墟をあとにする。トレイは足元に転がった煉瓦に躓きかけた。崩れ落ち、泥に塗れたパイン色の煉瓦は古ぼけて角が取れ、風雨に痛み、自然との同化を願っているようだった。
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    瀬名🍭

    PROGRESS不定期でトとジェがお茶会する♣️🐬SSのまとめ(未完) 捏造多。随時更新。お題:salty lovers
    Merman’s test garden 魚類は虫歯にならない。歯を蝕む病は人類と砂糖の出会いによって生まれ、海中暮らしで甘味を知らなかった人魚もまた、人と交わることで歯を患うようになったと言われる。太古の昔、人間の王子と結ばれた人魚の姫は、心優しいハンサムではなく実際のところお城の豪華なテーブルに並んだ愛しき者たち――チョコレートケーキにミルクレープ、焼きたてのスコーンにクロテッドクリームとたっぷりのジャムを添えた、華麗なるティータイム――と恋に落ちた、なんて使い古されたジョークがある程だ。
     それまで、栄養補給を主たる眼目に据えた、質実な食卓しか知らぬ人魚たちの心を蕩かしたこれら、危険で甘美な食の嗜好品はsweety loversと名付けられ持て囃された。他方、人間に人魚、獣人、妖精と多様な種族がファースト・コンタクトを済ませたばかりで、種の保存において血筋の混淆を危険視する声も少なくなかった。昼日向に会いたくても会えず、仲を公言することもできない、陸の上の恋人を持つ人魚たちはなかなか口にできぬ希少な砂糖になぞらえ、情人をもまたsweety loversと隠れて呼びならわし、種の垣根を越え、忍んで愛を交わしたと伝えられている。
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