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    銀河ちゃん

    えっちなのとか色々

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    銀河ちゃん

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    XのGrokくんに簡単な指示をして書かせた記憶喪失のざとさんが拾われるモブ雑小説です。A加筆など特に何にもしてないので変なところが多々ありますがそれでも良ければ暇つぶしにどうぞ。

    森の奥で倒れていた男は、まるで闇の化身だった。長身で、肩幅広く、だが全身を覆う包帯は血と汚れにまみれ、顔は右目だけが覗く。火傷の痕は包帯の下で脈打つように痛み、村の者たちは彼を「鬼」と恐れた。名も知れぬその男は、身ぐるみを剥がされ、薄い麻の布一枚を羽織らされたまま、庄屋様の屋敷の地下に閉じ込められた。

    俺はタケル、庄屋様の屋敷で小間使いとして働く、20歳の男だ。力仕事も雑用も黙々とこなす、平凡な日々。だが、あの男が運び込まれた日から、俺の心は乱れ、まるで彼の影に絡め取られたようだ。

    ---

    #### 一日目

    地下への階段は冷たく、湿った苔の匂いが鼻をつく。庄屋様の命令で、男に水と薄い粥を持っていく。鉄格子の向こう、薄暗い部屋に彼は座っている。長身の体は薄い布でわずかに覆われ、包帯が胸や腕を締め付けている。右目が、闇の中で鋭く光る。彼は俺を見上げ、低くかすれた声で言った。

    「お願いです…もう少し、布を…寒くて…体が…痛むのです…」

    敬語だ。こんな惨めな姿で、地下に閉じ込められても、その声は落ち着き、どこか気品を帯びている。包帯の隙間から覗く首筋は、火傷の痕で赤黒く、なのに異様に白い肌が目を引く。俺は動揺し、盆を床に置く手が震える。

    「…庄屋様の許可がなきゃ、何もできねえ。」

    ぶっきらぼうに答えたが、彼の右目が俺を捉える。深く、鋭いその瞳は、まるで俺の心の奥を覗き込むようだ。布が肩から滑り、包帯に覆われた肩が露わになる。その瞬間、彼の匂い――血と土、かすかに甘い樹脂のような香り――が漂い、俺の頭をクラッとさせる。俺は慌てて階段を駆け上がる。心臓がうるさい。

    ---

    #### 二日目

    男の名は雑渡昆奈門だと、庄屋様が言った。だが、彼は自分の名も、なぜここにいるのかも覚えていない。火傷の痛みだけが彼を苛むらしい。庄屋様は「忍びの頭目かもしれん」と疑い、村の者たちは「化け物」と囁く。確かに、昆奈門の姿は不気味だ。包帯に覆われた顔、右目だけが覗く異様な姿。なのに、その声、仕草、漂う空気は…人を惑わす毒のようだ。

    今日、庄屋様の気まぐれで古い毛布を渡す許可が出た。地下へ降り、鉄格子越しに毛布を差し出す。昆奈門はゆっくり立ち上がる。長身の体が迫り、布がずれて包帯の隙間から胸の火傷が覗く。痛々しいのに、なぜか美しい。彼は毛布を受け取り、指が俺の手をかすめる。冷たいのに、まるで火傷したように熱い。

    「ありがとう…タケルさん、でしたか?」

    俺の名を呼ぶ。心臓が跳ねる。昨日、別の小間使いが俺の名を呼んだのを、彼は覚えていた。

    「…どうして俺の名を?」

    「耳に残りました。あなたの声…優しい響きでしたから。」

    彼の右目が細まり、まるで微笑むように光る。包帯の下の唇は見えないが、その声は甘く、耳に絡みつく。俺は目を逸らそうとするが、彼の匂いがまた漂う。甘く、危険な香り。俺は毛布を握りしめ、早口で言う。

    「…これで十分だろ。もう行く。」

    彼は小さく頷き、毛布を肩に掛ける。だが、その仕草があまりに緩慢で、布が滑り落ち、包帯に覆われた腕が露わになる。火傷の痕が赤く脈打つように見え、俺は息を呑む。階段を駆け上がるが、彼の右目が頭から離れない。

    ---

    #### 三日目

    夜、屋敷は静まり返る。だが、俺の頭は昆奈門でいっぱいだ。あの右目、包帯の下の隠された顔、布の下の長身の体。火傷の痛みに耐える彼の声が、頭の中で反響する。俺は我慢できず、地下へ忍び込む。見張りはいない。鉄格子の前に立つと、昆奈門は気づいたのか、暗闇の中で身を起こす。

    「タケルさん…こんな時間に…?」

    彼の声は低く、まるで囁くようだ。俺は格子に手を握りしめ、喉が詰まる。

    「様子を見に来た。…お前、平気か?」

    彼はゆっくり立ち上がり、鉄格子に近づく。長身の体が迫り、薄い布が肩から滑り落ちる。包帯に覆われた胸が、闇の中で白く光る。彼の右目が、俺をじっと見つめる。

    「平気では…ありません。火傷が…夜になると、焼けるように痛むのです…」

    彼は右目を伏せ、包帯に覆われた手で布を握りしめる。その仕草は弱々しく、なのにどこか誘うようだ。彼の匂いが濃く漂い、俺の頭を狂わせる。血と樹脂、そして何か甘い、花のような香り。俺は格子を握り、声が震える。

    「…何か、できることあるか?」

    彼は一瞬、右目で俺をじっと見つめる。まるで俺の心を試すように。然后、低く、甘く言う。

    「お願いです…水を、もう少し…喉が、渇いて…」

    俺は持っていた水瓶を差し出す。彼は格子越しに受け取り、包帯に覆われた指で瓶を握る。だが、その動きは緩慢で、故意かと思うほどだ。水を飲む際、瓶が傾き、水が包帯の隙間から首筋を伝う。火傷の痕を濡らし、滴が胸の包帯に落ちる。俺は目を逸らせない。彼の右目が、俺を捉える。

    「ありがとう…タケルさん。あなたは…優しい…」

    その声は、まるで俺の心に絡みつく糸のようだ。俺は息を呑み、頭がクラクラする。彼の匂い、濡れた包帯、右目の光。すべてが俺を絡め取る。

    ---

    #### 五日目

    俺はもう、俺じゃない。昆奈門のことが頭から離れない。包帯に覆われた顔、右目の鋭い光、布の下の長身の体。火傷の痛みに耐える彼の声が、俺の心を焼き尽くす。庄屋様は彼を「危険な忍び」と疑うが、俺には関係ない。彼は俺を必要としている。俺だけが、彼を救える。

    今夜、俺は鍵を盗んだ。見張りの隙をつき、地下へ降りる。鉄格子越しに、昆奈門はそこにいる。布を握りしめ、右目で俺を見つめる。

    「タケルさん…また、来てくれた…」

    彼の声は弱々しく、なのに俺の心を掴んで離さない。俺は鍵を差し込み、錠を外す。格子が開き、彼が立ち上がる。長身の体が迫り、布が滑り落ちる。包帯に覆われた肩、胸、火傷の痕が覗く。痛々しく、なのに美しい。彼の匂いが濃く漂い、俺の頭を狂わせる。

    「行こう。俺が連れ出す。」

    彼は一瞬、右目で俺をじっと見つめる。まるで俺の魂を覗き込むように。然后、包帯に覆われた手で俺の腕を握る。冷たい指が、俺の心を燃やす。

    「タケルさん…あなたは、私をどこへ連れていくのですか?」

    低く、甘い声。右目の奥に、闇と誘惑が揺れる。俺は息を呑み、彼の匂いに溺れる。どこへ行くのか、わからない。だが、彼となら、どんな奈落でも構わない。

    ---

    鉄格子の錠が外れ、雑渡昆奈門が立ち上がった瞬間、俺の心は彼に絡め取られていた。長身の体は薄い麻の布一枚で覆われ、包帯に巻かれた肩と胸が闇の中で白く光る。右目の鋭い光が俺を射抜き、血と樹脂の甘い匂いが頭を狂わせる。

    「タケルさん…あなたは、私をどこへ連れていくのですか?」

    低く、甘い声。俺は答える代わりに彼の手を握り、地下の階段を駆け上がった。庄屋様の屋敷は静まり返り、見張りの気配はない。俺たちは裏口から夜の森へ飛び出した。昆奈門の冷たい指が俺の腕を強く握り、その感触が心を燃やす。

    ---

    森は深い闇に包まれ、月光が木々の隙間からわずかに差し込む。冷たい風が吹き、昆奈門の薄い布がはためく。彼の包帯は湿気で重くなり、火傷の痕が痛むのか、時折右目が細まる。俺は彼の手を引き、獣道を急ぐ。

    「タケルさん…少し、待って…」

    彼が立ち止まり、木の幹に手をつく。息が荒く、包帯の隙間から覗く首筋に汗が光る。俺は慌てて彼の肩を支える。布がずれて、包帯に覆われた胸が露わになる。火傷の痕は赤黒く、痛々しいのに、なぜか目を離せない。

    「大丈夫か? 傷が…痛むのか?」

    彼は右目で俺を見上げ、かすれた声で言う。

    「はい…夜の冷気が…火傷を刺すように…。でも、あなたがいてくれるなら…耐えられます。」

    その言葉、その声。まるで俺の心に甘い毒を注ぐようだ。彼の匂い――血と汗、かすかに甘い樹脂の香り――が濃く漂い、頭がクラッとする。俺は彼の腕を強く握り、目を逸らす。

    「…休む時間はねえ。庄屋の追手が来る前に、もっと奥へ行くぞ。」

    彼は小さく頷き、俺の手を握り返す。その指は冷たいのに、俺の胸を熱くする。俺たちは再び森の奥へ走る。昆奈門の長身は包帯と布に縛られ、動きは緩慢だが、右目の光は鋭く、まるで闇を切り裂く刃のようだ。

    森の奥で小さな洞窟を見つけた。雨をしのげる狭い空間だ。俺は昆奈門を中に導き、枯れ葉を集めて簡易な寝床を作る。彼は壁に寄りかかり、息を整える。包帯の隙間から覗く肌が、月光に白く浮かぶ。

    「タケルさん…なぜ、私を助けたのですか?」

    彼の声は低く、まるで囁くようだ。右目が俺をじっと見つめる。俺は枯れ葉を握りしめ、喉が詰まる。

    「…お前が、俺を必要としてると思ったからだ。」

    彼は一瞬、右目を細める。まるで微笑むように。そして、ゆっくり手を伸ばし、俺の腕に触れる。冷たい指が、まるで俺の心を絡め取る。

    「ありがとう…タケルさん。あなたは、私の光です。」

    その言葉に、俺の胸は締め付けられる。彼の匂いが洞窟に満ち、頭を狂わせる。俺は彼の手を握り返し、息を呑む。この男は、俺をどこへ連れていくのだろう。

    ---


    翌朝、俺たちは森を抜け、隣町の外れにたどり着いた。庄屋の追手が来る前に身を隠す必要がある。俺は知り合いの裏稼業の男から古い外套を借り、昆奈門に被せる。包帯に覆われた顔は外套のフードで隠れ、右目だけが覗く。だが、その瞳はあまりに鋭く、町の者たちの視線を引きつける。

    俺たちは町はずれの廃屋に潜伏する。屋根に穴が開き、埃っぽい部屋だが、追手から隠れるには十分だ。昆奈門は壁に寄りかかり、薄い布を握りしめる。外套を脱ぐと、包帯が湿り、火傷の痛みが彼を苛むらしい。右目が苦痛に揺れる。

    「タケルさん…水を、いただけますか?」

    彼の声は弱々しく、なのに甘く耳に絡みつく。俺は持っていた水袋を渡す。彼は包帯に覆われた手で水袋を受け取り、飲む。だが、動きは緩慢で、水が包帯の隙間から首筋を伝う。滴が胸の火傷の痕を濡らし、月光に光る。俺は目を逸らせない。

    「…お前、こんな状態でよく動けたな。」

    俺はそう言いながら、彼のそばに座る。彼の匂い――血と汗、樹脂の甘い香り――が濃く漂う。彼は右目で俺を見上げ、かすれた声で言う。

    「あなたがいたから…です。タケルさん、あなたの声、あなたの手…それが私を支えてくれました。」

    その言葉は、まるで俺の心に絡みつく糸のようだ。彼の右目が、俺を射抜く。俺は息を呑み、彼の肩に手を置く。包帯の感触が冷たく、なのに熱い。

    「タケルさん…私は、何者なのでしょう? なぜ、こんな体に…」

    彼の声は震え、右目に光るものが揺れる。涙か、俺にはわからない。俺は彼の肩を強く握り、喉が詰まる。

    「…それを知るために、俺はお前と一緒にいる。お前が何者でも、俺には関係ねえ。」

    彼は一瞬、右目を細める。そして、ゆっくり手を伸ばし、俺の頬に触れる。包帯に覆われた指が、まるで俺の心を焼き尽くす。俺は彼の手を握り、目を閉じる。彼の匂い、触れる指、右目の光。すべてが俺を絡め取る。

    ---

    夜、廃屋は静まり返る。昆奈門は壁に寄りかかり、薄い布を胸に押し当てる。包帯がずれて、首筋の火傷が露わになる。俺は彼のそばに座り、持ってきた布で包帯を拭く。彼は右目で俺を見つめ、かすれた声で言う。

    「タケルさん…あなたは、なぜそんな目で私を見るのですか?」

    俺は手を止め、彼の右目を見る。鋭く、深いその瞳。俺は正直に答える。

    「…お前が、俺を狂わせるからだ。」

    彼は一瞬、右目を伏せる。そして、ゆっくり身を寄せる。包帯に覆われた肩が俺の腕に触れ、冷たいのに熱い。俺は息を呑み、彼の匂いに溺れる。

    「タケルさん…私は、あなたを信じています。どこへ行くにも、あなたと…」

    彼の声は囁くようで、俺の心を絡め取る。俺は彼の肩を引き寄せ、額を合わせる。包帯の感触、右目の光、甘い匂い。俺たちは、闇の中で互いを求め合う。追手が来るかもしれない。だが、今、この瞬間、俺には彼しか見えない。

    廃屋での潜伏の日々は、俺と雑渡昆奈門を奇妙な絆で結んだ。包帯に覆われた彼の長身、右目だけの鋭い光、血と樹脂の甘い匂い。俺は彼に絡め取られ、どこへ行くにも彼と共にあると誓っていた。だが、庄屋の追手が町に迫っていると聞き、俺たちは夜の闇に紛れて町を脱出した。どこへ向かうのか、わからなかった。ただ、彼を守るため、俺は走り続けた。

    知らず知らず、俺たちはタソガレドキ忍軍の領地に足を踏み入れていた。

    ---

    夜の森は静かだが、どこか不穏な気配が漂う。月光が木々の隙間から差し込み、昆奈門の包帯を白く照らす。彼の薄い布は破れ、火傷の痛みが彼を苛むのか、右目が時折苦痛に揺れる。俺は彼の手を引き、獣道を急ぐ。

    「タケルさん…ここ、どこなのですか…?」

    彼の声は低く、かすかに震えている。包帯に覆われた手が俺の腕を強く握る。俺は彼の右目を見返す。深い、まるで闇の湖のような瞳。

    「…わからねえ。だが、追手から離れた。少し休もう。」

    小さな岩陰に身を隠し、俺は持っていた水袋を渡す。昆奈門は水袋を受け取り、飲む。だが、動きは緩慢で、水が包帯の隙間から首筋を伝う。火傷の痕を濡らし、滴が胸の包帯に落ちる。俺は目を逸らせない。彼の匂い――血と汗、甘い樹脂の香り――が濃く漂い、頭がクラッとする。

    「タケルさん…私、怖いのです…何か、悪い予感が…」

    彼は右目を伏せ、俺の腕に寄りかかる。長身の体が俺に触れ、包帯の冷たい感触が熱く感じる。俺は彼の肩を抱き、囁く。

    「大丈夫だ。俺がいる。お前は一人じゃねえ。」

    彼は小さく頷き、俺の胸に額を預ける。包帯に覆われた顔が近く、右目の光が俺を射抜く。俺は彼の匂いに溺れ、心臓がうるさい。この男は、俺をどこへ連れていくのだろう。

    ---

    突然、木々の間から黒い影が動いた。俺は昆奈門を背に庇い、短刀を構える。だが、影は瞬く間に増え、俺たちを囲む。黒装束に身を包んだ者たち――タソガレドキ忍軍の忍者だ。彼らの目は鋭く、殺気を帯びている。

    「そこにいるのは…組頭! 雑渡昆奈門様!」

    一人の忍が叫び、俺は息を呑む。昆奈門が…組頭? 彼は俺の背で震え、包帯に覆われた手で俺の服を握りしめる。

    「タケルさん…組頭? 私…何のこと…?」

    彼の声は震え、右目が混乱と恐怖で揺れる。俺は彼の手を握り、忍たちを睨む。

    「お前ら、何だ! こいつに何の用だ!」

    忍のリーダーらしき男が一歩進み出る。顔は布で覆われ、目だけが光る。

    「我々はタソガレドキ忍軍。雑渡昆奈門様は我々の組頭、最高の忍だ。あの火傷も、敵の罠に立ち向かった証。なぜこんな姿で、よそ者と共におられる?」

    昆奈門は俺の背で小さく息を呑む。右目が大きく見開かれ、まるで記憶の断片に苛まれるように。

    「私…覚えていない…組頭? 忍? 何も…わからない…!」

    彼の声は切羽詰まり、俺の腕にしがみつく。包帯に覆われた体が震え、薄い布が肩から滑り落ちる。火傷の痕が露わになり、忍たちさえ一瞬息を呑む。だが、彼の右目、甘い匂い、弱々しい仕草は、俺だけでなく忍たちの心を揺さぶるようだ。

    「組頭…記憶を失っておられるのか…。だが、我々があなたをお守りします! そのよそ者を離し、我々と共に!」

    忍のリーダーが剣を抜き、俺に迫る。俺は昆奈門を庇い、叫ぶ。

    「こいつは俺と一緒だ! お前らに渡さねえ!」

    昆奈門は俺の背で囁く。声は震え、なのに甘く耳に絡みつく。

    「タケルさん…私、怖い…あなたを、離したくない…」

    彼の冷たい指が俺の腕を強く握り、右目が俺を捉える。恐怖と信頼が混じるその瞳に、俺の胸は締め付けられる。彼の匂いが濃く漂い、頭を狂わせる。俺は短刀を握りしめ、忍たちを睨む。

    ---

    忍たちは一斉に動いた。剣と手裏剣が闇を切り裂く。俺は昆奈門の手を引き、岩陰から飛び出す。彼の長身は包帯と布に縛られ、動きは緩慢だが、右目の光は鋭い。まるで、失われた忍の魂がわずかに蘇るようだ。

    「タケルさん…逃げて…私、置いていって…!」

    彼が叫ぶが、俺は彼の手を離さない。

    「ふざけるな! お前を置いてくわけねえ!」

    俺たちは森の奥へ走る。忍たちの足音が背後に迫る。昆奈門の息が荒く、火傷の痛みが彼を苛む。包帯がずれて、肩の火傷が露わになる。俺は彼の腰を抱き、支える。彼の体は冷たいのに、俺の心を熱くする。

    突然、忍の一人が俺の前に立ち塞がる。剣が振り下ろされる瞬間、昆奈門が俺を庇うように動いた。包帯に覆われた腕が剣を弾き、右目が鋭く光る。だが、その動きは彼に激痛をもたらし、彼は膝をつく。

    「タケルさん…逃げて…!」

    「黙れ! お前は俺のものだ!」

    俺は彼を抱き上げ、忍の隙をついて走る。彼の匂い、右目の光、震える体。すべてが俺を駆り立てる。忍たちは執拗に追い、叫ぶ。

    「組頭を返せ! よそ者に渡さぬ!」

    ---

    森の果て、小さな川のほとりにたどり着く。俺は昆奈門を地面に下ろし、息を整える。彼は俺の胸に寄りかかり、震える。

    「タケルさん…私、何者なの…? なぜ、彼らが…」

    彼の右目が涙で揺れる。包帯に覆われた手が俺の服を握りしめる。俺は彼の肩を抱き、囁く。

    「わからねえ。でも、お前は俺のそばにいればいい。俺が守る。」

    彼は小さく頷き、俺の胸に額を預ける。包帯の感触、甘い匂い、右目の光。俺は彼に絡め取られ、どこへ行くにも彼と共にある。忍たちの足音が再び近づく。だが、この瞬間、俺には彼しか見えない。

    ---

    川のほとりで、俺と雑渡昆奈門は一夜を明かした。冷たい風が彼の薄い布をはためかせ、包帯に覆われた体は震えていたが、俺の腕の中で彼は静かに眠った。右目の鋭い光は閉じられ、血と樹脂の甘い匂いが俺を包む。タソガレドキ忍軍の追手が迫っていることはわかっていた。だが、この瞬間、俺には彼しか見えなかった。

    朝霧が川面を漂う中、俺たちは目を覚ました。昆奈門の右目がゆっくり開き、俺を見つめる。

    「タケルさん…あなたがいてくれて、よかった…」

    彼の声はかすれ、なのに甘く耳に絡みつく。俺は彼の肩を抱き、囁く。

    「これからも、俺がお前を守る。」

    だが、その言葉は霧と共に消えた。森の奥から三つの影が現れ、俺たちを囲んだ。

    ---

    三人の忍は黒装束に身を包み、殺気を放つ。リーダーらしき男――山本陣内と名乗った――は、鋭い目で昆奈門を捉える。

    「組頭、雑渡昆奈門様! なぜこんな姿で、よそ者と共におられる?」

    彼の声は厳しく、だがどこか敬意を帯びている。隣の男、高坂陣内左衛門は、昆奈門を見るなり目を潤ませる。

    「組頭…生きておられた…! 私たちが必ずお守りします!」

    最後の忍、諸泉尊奈門は無言で剣を構え、俺を睨む。昆奈門は俺の背で震え、包帯に覆われた手で俺の服を握りしめる。

    「タケルさん…彼ら、誰…? 組頭って…私、わからない…!」

    彼の声は恐怖と混乱で震え、右目が大きく見開かれる。俺は短刀を構え、叫ぶ。

    「こいつに近づくな! お前らに渡さねえ!」

    だが、忍たちの動きは速い。山本陣内が手裏剣を放ち、俺の短刀を弾く。高坂陣内左衛門が昆奈門に駆け寄り、諸泉尊奈門が俺の腕を押さえつける。俺は抵抗するが、忍の力は圧倒的だ。

    「離せ! 昆奈門は俺の――!」

    「よそ者、黙れ! 組頭を穢すな!」

    山本陣内の剣が俺の喉元に迫る。昆奈門が叫ぶ。

    「やめて…! タケルさんを、傷つけないで…!」

    彼の声は切羽詰まり、右目が涙で揺れる。包帯に覆われた体が前に飛び出し、俺を庇うように立つ。薄い布が肩から滑り、火傷の痕が露わになる。その姿に、忍たちさえ一瞬息を呑む。彼の匂い――血と汗、甘い樹脂の香り――が漂い、場を支配する。

    「組頭…我々と共に、殿の御前へ。全てを明らかにします。」

    山本陣内が剣を収め、昆奈門に跪く。高坂陣内左衛門が涙を拭い、昆奈門の手を取ろうとするが、彼は俺の腕にしがみつく。

    「タケルさん…私、怖い…あなたと一緒にいたい…」

    彼の右目が俺を捉え、俺の心を締め付ける。だが、忍たちは容赦ない。俺と昆奈門は縄で縛られ、タソガレドキの領地の奥深くへ連行された。

    ---

    タソガレドキの居城は、闇に沈む古い砦だった。石造りの広間は冷たく、松明の炎が壁を揺らす。黄昏甚兵衛――タソガレドキの殿――は、俺たちを見下ろす。鋭い目。威厳と冷酷さが漂う男だ。

    「雑渡昆奈門…我が忍軍の組頭が、なぜこのような姿で…」

    甚兵衛の声は低く、広間に響く。昆奈門は俺の隣で跪き、包帯に覆われた体が震える。薄い布は破れ、火傷の痕が痛々しく覗く。右目が床を見つめ、混乱と恐怖で揺れる。

    「私…覚えていない…殿? 組頭? 何も…わからない…」

    彼の声はかすれ、敬語が崩れそうになる。俺は縄を握りしめ、彼を庇おうとするが、山本陣内が俺を押さえつける。

    「よそ者、殿の御前で無礼を働く気か!」

    甚兵衛は手を上げ、陣内を制する。そして、昆奈門に近づく。松明の光が彼の包帯を照らし、右目が鋭く光る。甚兵衛が昆奈門の顎を掴み、顔を上げさせる。

    「昆奈門…お前は我が忍軍の心臓だ。敵の罠に焼かれ、記憶を失ったとしても、お前の魂は変わらん。」

    その瞬間、昆奈門の右目が大きく見開かれる。まるで雷に打たれたように、体が震える。彼の唇が震え、かすれた声が漏れる。

    「殿…私は…忠誠を…」

    断片的な記憶が蘇ったのか、彼の右目が揺れ、混乱が深まる。包帯に覆われた手が胸を握りしめ、火傷の痛みが彼を苛む。俺は叫ぶ。

    「昆奈門! お前は俺のそばにいればいい! 無理に思い出さなくていい!」

    彼は俺の声に反応し、右目で俺を見つめる。恐怖と信頼が混じる瞳。だが、甚兵衛は冷たく笑う。

    「よそ者、お前は昆奈門を惑わす毒だ。組頭は我々のもの。連れていけ。」

    高坂陣内左衛門と諸泉尊奈門が昆奈門の腕を掴む。彼は抵抗し、俺に手を伸ばす。

    「タケルさん…! 離れたくない…! お願い、助けて…!」

    彼の声は切羽詰まり、甘く、俺の心を絡め取る。包帯に覆われた体がもがき、薄い布がずれて火傷の痕が露わになる。その姿、匂い、右目の光。俺は縄を振りほどこうとするが、山本陣内の剣が俺の肩を押さえつける。

    「組頭は我々が守る。お前はここで終わりだ。」

    昆奈門が連れ去られる。右目が俺を見つめ、涙が一滴、包帯を濡らす。俺は叫ぶ。

    「昆奈門! 俺はお前を離さねえ! 必ず取り戻す!」

    広間の闇に、彼の甘い匂いが残る。俺の心は彼に絡め取られ、どんな奈落でも彼を追う。

    ---

    タソガレドキの居城、冷たい石造りの広間で、雑渡昆奈門は俺から引き離された。彼の右目が涙で揺れ、包帯に覆われた手が俺を求める姿が、頭から離れない。俺、タケルはタソガレドキ城の地下に投獄され、昆奈門は忍軍の手に渡った。あの甘い匂い、震える声、冷たい指。俺の心は彼に絡め取られ、どんな闇でも彼を追うと誓った。

    ---

    雑渡昆奈門は、タソガレドキ忍軍の組頭として、かつては闇を統べる刃だった。だが、敵の罠による火傷で体は傷つき、包帯に覆われ、右目だけが覗く姿は、村の者たちに「鬼」と恐れられた。火傷の痕は清潔な包帯と薬で管理せねばならなかったが、逃亡の日々で放置され、傷は膿み、腐臭を放っていた。居城に連行された後、昆奈門は高熱に浮かされ、石造りの寝室に伏した。

    諸泉尊奈門は、忍軍の中でも昆奈門に忠実な部下だ。手馴れた手つきで昆奈門の世話を始める。汚れた包帯を剥がすと、火傷の傷は赤黒く膿み、悪臭が部屋に広がる。尊奈門は無表情で薬草をすり潰し、軟膏を用意する。彼は昆奈門の薄い布を脱がせ、傷ついた体を清拭する。胸、肩、腕――火傷の痕は痛々しく、だがその下の筋肉はなおも忍の強さを物語る。

    「組頭…私たちが、遅かった…」

    尊奈門は低く呟き、軟膏を丁寧に塗り込む。昆奈門の肌は熱く、汗で湿っている。彼は清潔な包帯を巻き直し、昆奈門の体を新しい布で覆う。作業中、昆奈門の右目が閉じ、火傷から残った睫毛が影を落とす。寝顔は、火傷の痛みと熱に苛まれ、時折苦悶に歪む。

    山本陣内と高坂陣内左衛門が寝室に入る。陣内は小頭として冷静だが、昆奈門の状態に拳を握りしめる。陣内左衛門は昆奈門の部下として涙を堪え、歯を食いしばる。

    「組頭がこんな目に…私たちの不手際だ…」

    陣内左衛門の声は震え、尊奈門が静かに言う。

    「今は、組頭の回復を待つしかありません。殿からもそう仰せられています。」

    三人は昆奈門の寝顔を見つめる。熱に魘され、時折呻く昆奈門。記憶の混濁か、彼はうわ言を漏らす。

    「タケル…さん…どこ…?」

    その名に、三人の表情が硬くなる。よそ者の名を、組頭がなぜ呼ぶのか。陣内は眉を寄せ、陣内左衛門は悔しげに目を伏せる。尊奈門は昆奈門の額に濡れ布を置き、囁く。

    「組頭…休んで下さい。私たちがそばにいます。」

    だが、昆奈門の甘い匂い――血と樹脂、熱で濃くなった香り――が部屋に漂い、三人の心をざわつかせる。火傷の傷は痛々しく、なのにその寝顔は不思議な色香を放つ。右目の閉じた睫毛、汗で湿った包帯、微かに動く胸。三人は苦虫を噛み潰したような気持ちで、昆奈門の目覚めを待つ。

    ---

    タソガレドキ城の地下牢は、湿気と苔の匂いに満ちている。俺は鉄格子の中で縛られ、尋問を受ける。対面に立つのは山本陣内の部下、冷たい目の忍だ。

    「よそ者、雑渡昆奈門とどこで知り合った? 何をしていた?」

    忍の声は鋭い。俺は昆奈門の顔を思い出し、胸が締め付けられる。あの右目、甘い匂い、震える声。俺は低く答える。

    「村の外で…彼が倒れてた。助けただけだ。」

    忍は目を細め、剣の柄に手を置く。

    「組頭を惑わしたのはお前か? どのような境遇に置いた?」

    「惑わす? ふざけるな! 俺は彼を守った! 彼は傷ついて、怖がってた…俺がそばにいないと、ダメだったんだ…」

    声が震え、俺は目を伏せる。昆奈門の傷、膿んだ火傷、熱に浮かされた姿が頭に浮かぶ。彼は今、どうしてる? 傷は悪化してるんじゃないか? 熱は? 忍たちは彼をちゃんと看てるのか? 俺の胸は心配で潰れそうだ。あの甘い匂い、右目の光、冷たい指。俺は彼を失いたくない。いや、彼なしじゃ生きられない。

    「彼…昆奈門は、元気か? 傷は…大丈夫なのか?」

    俺の声はかすれ、忍は一瞬黙る。俺の目には、昆奈門への恋心が滲む。忍は冷たく言う。

    「お前の知る必要はない。組頭は我々が守る。」

    だが、俺の心は昆奈門に絡め取られている。彼の声が耳に響く。
    「タケルさん…離れたくない…」
    俺は鉄格子を握りしめ、呟く。

    「昆奈門…待ってろ。必ず、お前を取り戻す。」

    ---
    寝室で、昆奈門は熱に魘される。うわ言は続き、記憶の断片が彼を苛む。

    「殿…忠誠を…タケル…さん…どこ…?」

    彼の右目が微かに開き、虚ろに天井を見つめる。尊奈門が手を握り、濡れ布を交換する。陣内と陣内左衛門は黙って見守る。昆奈門の匂いが部屋を満たし、忍たちの心を揺さぶる。組頭の回復を待つ彼らは、苦々しい思いで松明の炎を見つめる。

    地下の俺は、昆奈門の名を心で呼び続ける。火傷の傷、熱に浮かされた彼の姿を思い、胸が裂けそうだ。俺たちの絆は、忍軍の闇でも断ち切れない。どんな奈落でも、俺は彼を追う。

    --

    寝室で、雑渡昆奈門は熱に浮かされ、記憶の混濁に苛まれていた。火傷の傷は膿み、包帯に覆われた体は弱り切っていたが、諸泉尊奈門の手厚い看病により、熱がようやく下がり始めた。俺、タケルは地下牢に閉じ込められ、昆奈門の状態を知る術もない。あの甘い匂い、右目の光、震える声。俺の心は彼に絡め取られ、彼を追うことだけを考えていた。


    雑渡昆奈門の右目が、ゆっくりと開いた。松明の光が壁を揺らし、寝室に漂う薬草の匂いが鼻をつく。彼の視界に、山本陣内、高坂陣内左衛門、諸泉尊奈門の三人が映る。忍軍の小頭と部下たちは、組頭の目覚めに安堵しつつ、緊張した面持ちで彼を見つめる。

    「組頭! 目を開けられた!」

    陣内左衛門が声を上げ、膝をついて近づこうとする。だが、昆奈門の右目が大きく見開かれ、恐怖がその瞳を支配する。彼は布団を跳ね除け、包帯に覆われた体を起こし、壁際に後ずさる。寝衣が肩から滑り、火傷の痕が痛々しく覗く。

    「誰…あなたたち、誰…? 近づかないで…!」

    彼の声は震え、かすれた敬語が崩れそうになる。長身の体は縮こまり、まるで怯える子供のようだ。右目が涙で揺れ、包帯に覆われた手が壁を掴む。陣内が一歩進み、落ち着いた声で言う。

    「組頭、俺たちはタソガレドキ忍軍の者だ。お前の仲間だ。山本陣内だ、覚えててくれ。」

    だが、昆奈門は首を振る。甘い匂い――血と樹脂、汗で濃くなった香り――が部屋に漂い、忍たちの心をざわつかせる。彼の右目が三人を捉え、恐怖が深まる。

    「仲間…? わからない…! 私、覚えてない…! タケル…タケルさんに会いたい…!」

    昆奈門の声が嗚咽に変わり、涙が包帯を濡らす。彼は壁に背を押しつけ、膝を抱える。かつての冷徹な組頭の面影はなく、かよわい子供のような姿に、陣内左衛門の目が潤む。

    「組頭…私は高坂陣内左衛門、貴方の部下です。敵の罠で焼かれたあの日、私たちが遅れたせいで…」

    陣内左衛門の声は震え、言葉を続ける。尊奈門が静かに割り込み、昆奈門のそばに膝をつく。

    「組頭、落ち着いてください。私たちは貴方に害を与えません。貴方は私たちの誇り、タソガレドキの宝です。」

    尊奈門の手が昆奈門の肩に触れようとするが、彼は体を縮こませ、泣きじゃくる。

    「やめて…! 怖い…! タケルさん、どこ…? タケルさん…!」

    彼の甘い匂い、涙に濡れた右目、震える体は、忍たちの心を締め付ける。陣内が深く息を吐き、言う。

    「よそ者に惑わされてる…。組頭、俺たちを思い出してくれ。殿に忠誠を誓った、あの日を!」

    だが、昆奈門は首を振るばかり。忍たちは優しくなだめ、彼が落ち着くのを待つ。尊奈門が濡れ布を手に持ち、昆奈門の額にそっと当てる。

    「組頭、休みましょう。私たちがそばにいます。怖がらなくていいんです。」

    昆奈門は小さく頷き、泣き疲れて壁に寄りかかる。子供のような姿に、忍たちは苦々しい思いで目を伏せる。

    ---

    同じ頃、俺は地下牢から引きずり出され、冷たい石造りの広間へ連行された。黄昏甚兵衛――タソガレドキの殿――が座し、鋭い目で俺を見下ろす。松明の炎が揺れ、広間に緊張が漂う。

    「よそ者、雑渡昆奈門と何者だ?」

    甚兵衛の声は低く、俺の心を突き刺す。俺は昆奈門の顔を思い出し、胸が締め付けられる。あの右目、甘い匂い、怯える声。俺は声を絞り出す。

    「彼は…村の外で倒れてた。俺が助けた。守った。それだけだ。」

    甚兵衛は目を細め、冷たく笑う。

    「守った? お前は昆奈門を惑わし、穢した。なぜ、昆奈門が熱に魘されても、お前の名を呼ぶ?」

    その言葉に、俺の心臓が跳ねる。昆奈門が俺の名を? 熱に浮かされてる? 傷は? 俺は拳を握りしめ、叫ぶ。

    「彼は元気か? 傷は悪化してねえか? 俺に会わせてくれ!」

    甚兵衛は立ち上がり、俺に近づく。黒髪が松明に揺れ、威厳と冷酷さが漂う。

    「お前は昆奈門を愛しているな。」

    その言葉に、俺は息を呑む。心の奥を暴かれた感覚。俺は目を伏せ、震える声で答える。

    「…ああ。愛してる。彼を守りたい。そばにいたい。」

    甚兵衛は一瞬黙り、広間に静寂が落ちる。然后、ゆっくり語り始める。

    「雑渡昆奈門は、タソガレドキ忍軍の組頭。我が最強の刃だった。冷徹で、仕事に忠実。敵を容赦なく切り、儂に絶対の忠誠を誓った男だ。お前が知る、怯える昆奈門など、かつての彼の影に過ぎん。」

    俺は信じられない。昆奈門が冷徹な忍? 俺の記憶に浮かぶのは、柔らかく笑う彼だ。地下で俺に寄りかかり、右目で俺を見つめ、「タケルさん…離れたくない…」と囁いた彼。あの甘い匂い、震える指、涙に濡れた瞳。それが、俺の昆奈門だ。

    「嘘だ…! 彼はそんな男じゃねえ! 彼は…俺の…」

    言葉が途切れ、俺は目を閉じる。甚兵衛は冷たく言う。

    「昆奈門は我々のものだ。お前には渡さぬ。」

    俺は拳を握りしめ、叫ぶ。

    「彼に会わせろ! 俺は彼を離さねえ!」

    だが、忍たちが俺を押さえつけ、広間から引きずり出す。昆奈門の柔らかい笑顔が、頭から離れない。

    ---

    寝室で、昆奈門は壁に寄りかかり、泣き疲れて眠りに落ちる。甘い匂いが部屋を満たし、忍たちは彼を見守る。地下への道を歩む俺は、昆奈門の名を心で呼び続ける。どんな奈落でも、俺は彼を取り戻す。
    ---

    寝室で、雑渡昆奈門は数日を過ごしていた。火傷の傷は諸泉尊奈門の看病で膿みが引き、清潔な包帯に巻き直されたが、記憶は依然として戻らない。かつての冷徹な組頭の面影はなく、怯える子供のような彼は、俺、タケルの名を呼び続ける。あの甘い匂い、右目の光、震える声。地下牢に閉じ込められた俺の心は、彼に絡め取られ、彼を取り戻すことだけを考えていた。

    ---

    昆奈門の部屋は湿気が滲み、薬草の匂いが漂う。彼は部屋から出ることを怖がり、扉の向こうの気配にも怯える。だが、数日の看病と忍たちの優しい対応により、わずかに心を許し始めていた。

    この日、高坂陣内左衛門と諸泉尊奈門が、木の盆に載せた粥と野菜の煮物を運んでくる。昆奈門は布団の端に座し、包帯に覆われた体を新しい布で覆う。右目が二人を捉え、かすかな警戒が揺れる。

    「組頭、お食事の時間です。少しでも食べてください。」

    陣内左衛門が柔らかく言う。尊奈門は無言で盆を置き、昆奈門のそばに座る。昆奈門は右目を伏せ、たどたどしく答える。

    「ありがとう…ございます…。その、皆さん…いつも、すみません…」

    敬語はぎこちなく、声はかすれる。陣内左衛門が笑みを浮かべ、粥を差し出す。

    「そんなことはありません、組頭。私たちは貴方の部下です。こうやって一緒に食事ができるだけでも、嬉しいのです。」

    昆奈門は小さく頷き、震える手で匙を取る。粥を口に運ぶ姿は、まるで子供のよう。尊奈門が静かに言う。

    「傷の具合はどうですか? 熱は落ち着いてきたようですが…」

    昆奈門は右目で尊奈門を見上げ、かすかに頷く。

    「はい…少し、楽に…。でも、夜になると…まだ、熱が…」

    彼の声は弱々しく、だがその瞬間、右目が柔らかく光る。ほんの少し、表情が和らいだのだ。陣内左衛門と尊奈門は顔を見合わせ、胸に安堵が広がる。昆奈門の甘い匂い――血と樹脂、薬草で薄まった香り――が部屋に漂い、忍たちの心をざわつかせる。

    会話はたどたどしい。陣内左衛門が昔の任務の話をそっと持ち出す。

    「組頭、覚えていないかもしれませんが...昔、敵の砦に忍び込んだ時、貴方が私の命を救って下さいました。あの時の動きは、まるで影そのものでした。」

    昆奈門は右目を伏せ、首を振る。

    「ごめんなさい…私、わからない…。でも…そんな話を、聞くのは…嫌いじゃない、です…」

    彼の声は小さく、だがその言葉に、忍たちの目が潤む。彼らは無理に記憶を掘り起こさず、ただそばにいることを選ぶ。

    だが、夜になると、昆奈門は再び熱に魘される。布団の中で身を縮め、うわ言を漏らす。

    「タケル…さん…どこ…? タケル…さん…」

    右目が微かに開き、涙が包帯を濡らす。陣内左衛門は歯を食いしばり、尊奈門は濡れ布を交換する。昆奈門の甘い匂いが濃くなり、忍たちの心を締め付ける。

    ---

    タソガレドキ城の地下牢は、湿気と苔の匂いに満ちているが、俺の待遇は悪くない。布団が敷かれ、粥や水、果ては古い書物まで与えられている。忍軍は俺を死なせないつもりらしい。だが、昆奈門に会うことは許されない。交代で来る見張りに、俺は毎回同じ質問を投げる。

    「昆奈門は元気か? 傷はどうだ? 熱は下がったか?」

    今日の見張り、若い忍がため息をつき、答える。

    「組頭は…回復してる。熱はまだ出るが、飯を食えるまでになった。部下と話もしてる。」

    その言葉に、俺の胸に安堵が広がる。昆奈門が生きてる。少しずつでも、良くなってる。だが、すぐに会いたい気持ちが押し寄せる。あの右目、甘い匂い、震える声。俺は見張りに詰め寄る。

    「会わせてくれ! 彼は俺を必要としてる! 俺だって、彼に会いたいんだ!」

    見張りは冷たく首を振る。

    「殿の命令だ。よそ者、お前は組頭に近づけねえ。」

    俺は鉄格子を握りしめ、歯を食いしばる。昆奈門の柔らかい笑顔が頭に浮かぶ。地下で俺に寄りかかり、「タケルさん…離れたくない…」と囁いた彼。あの温もりが、俺の心を燃やす。書物を手に取っても、字は頭に入らない。俺の心は、昆奈門にしか向かない。

    ---

    昆奈門の部屋では、夜の闇が深まる。熱に魘された彼が、布団の中でタケルの名を呼ぶ。

    「タケル…さん…助けて…」

    陣内左衛門と尊奈門は黙って見守る。昆奈門の甘い匂い、涙に濡れた右目、震える体は、忍たちの心を締め付ける。彼らは昆奈門を優しくなだめ、そばにいることを誓う。

    地下の俺は、昆奈門の名を心で呼び続ける。会いたい。守りたい。彼の声が、俺を突き動かす。忍軍の闇がどんなに深くても、俺たちの絆は断ち切れない。

    ---

    タソガレドキの居城に雑渡昆奈門が戻って半月。火傷の傷は癒えつつあり、清潔な包帯に巻き直された体は、かつての冷徹な組頭の面影を薄く映す。だが、記憶は依然として断片的で、彼は怯える子供のような心を抱えたままだった。俺、タケルは地下牢に閉じ込められ、昆奈門に会うことは許されない。あの甘い匂い、右目の光、震える声。俺の心は彼に絡め取られ、彼を取り戻すことだけを願っていた。

    ---

    半月の時が、昆奈門に小さな変化をもたらしていた。寝室から、ついに廊下に出る勇気を持ったのだ。諸泉尊奈門と高坂陣内左衛門がそばに付き添い、昆奈門は恐る恐る歩を進める。包帯に覆われた長身は新しい布で覆われ、右目が周囲を警戒する。

    「組頭、大丈夫です。私たちがいます。」

    陣内左衛門が柔らかく言う。昆奈門は右目を伏せ、かすれた声で答える。

    「はい…ありがとう…ございます。少し、外の空気を…吸いたい、です…」

    三人は居城の中庭へ出る。春の陽光が石畳を照らし、小さな花壇に野花が咲いている。昆奈門はゆっくり膝を屈め、地面に咲く一輪の白い花を見つめる。右目が柔らかく光り、包帯に覆われた指が花に触れる。

    「きれい…。こんな花…見たこと、ある気が…」

    彼の声は小さく、記憶の断片が揺れる。尊奈門と陣内左衛門は顔を見合わせ、胸に確信が広がる。組頭の記憶が、少しずつ戻りつつある。昆奈門は花をじっと見つめ、ふと呟く。

    「タケル…さんに、見せたい…。彼、こういうの…好きそう…」

    その言葉に、忍たちの表情が硬くなる。昆奈門は気づかず、花をそっと摘む。右目がはにかむように細まり、陣内左衛門に花を差し出す。

    「これ…タケルさんに、渡して…ください。ちゃんと、花瓶に挿して…持ってって、くださいね…」

    彼の声は恥ずかしげで、子供のような無垢な笑みが右目に宿る。甘い匂い――血と樹脂、春の花と混じる香り――が漂い、忍たちの心をざわつかせる。陣内左衛門は花を受け取り、深く頷く。

    「…承知しました、組頭。必ず届けます。」

    昆奈門は小さく頷き、庭の花をもう一度見つめる。陽光に照らされた彼の姿は、痛々しくも美しい。忍たちは、組頭の回復を願いながら、彼をそっと部屋へ連れ戻す。

    だが、夜になると、昆奈門は再び熱に魘される。布団の中で身を縮め、うわ言を漏らす。

    「タケル…さん…どこ…? 花…見て、くれた…?」

    右目が微かに開き、涙が包帯を濡らす。甘い匂いが部屋を満たし、看守の忍の心を締め付ける。

    ---

    この日、見張りの若い忍が鉄格子越しに小さな花瓶を差し出す。白い野花が一輪、水に挿されている。

    「組頭からだ。よそ者、お前に渡せと言われた。」

    その言葉に、俺の心臓が跳ねる。昆奈門からの花? 俺は震える手で花瓶を受け取り、花を見つめる。白い花弁、か細い茎。昆奈門がこれを摘んだのか。俺のために? 胸が熱くなり、涙が溢れそうになる。

    「彼…元気か? 傷は? 熱は下がったか?」

    俺の声は震え、見張りが小さく頷く。

    「組頭は回復してる。廊下に出たり、庭で花を見たり…少しずつ、良くなってる。」

    その言葉に安堵が広がるが、すぐに会いたい気持ちが押し寄せる。あの右目、甘い匂い、柔らかい笑顔。俺は花を握りしめ、叫ぶ。

    「会わせてくれ! 彼は俺を必要としてる! この花だって、俺に会いたいって証だ!」

    見張りは冷たく首を振る。

    「殿の命令だ。よそ者、お前は組頭に近づけねえ。」

    俺は鉄格子を握りしめ、歯を食いしばる。花を見つめ、昆奈門の姿を想像する。庭で花を摘み、はにかむ彼。俺に見せたいと言った彼。だが、この牢から出られる日は来るのか? このまま、昆奈門に会えず、忍軍に殺されるのか? 不安が胸を締め付ける。

    「昆奈門…お前、俺を覚えててくれるなら…それでいい…」

    俺は花に囁き、涙を堪える。書物を手に取っても、字は頭に入らない。俺の心は、昆奈門と再会することを祈るだけだ。

    ---

    昆奈門の部屋では、夜の闇が深まる。熱に魘された彼が、布団の中でタケルの名を呼ぶ。

    「タケル…さん…花、好き…?」

    陣内左衛門と尊奈門は黙って見守る。昆奈門の甘い匂い、涙に濡れた右目、震える体は、忍たちの心を締め付ける。

    地下の俺は、花を胸に抱き、昆奈門の名を心で呼び続ける。忍軍の闇がどんなに深くても、俺たちの絆は断ち切れない。いつか、必ず、彼に会う。


    タソガレドキの居城に雑渡昆奈門が戻って一月が経とうとしていた。火傷の傷は癒え、清潔な包帯に巻き直された長身は、かつての組頭の威厳を薄く映す。だが、記憶は断片的で、怯える子供のような心は、タケルの名を呼び続けていた。地下牢に閉じ込められた俺、タケルは、昆奈門からの白い花を胸に抱き、彼との再会を祈る日々を送る。あの甘い匂い、右目の光、震える声。俺の心は彼に絡め取られ、どんな闇でも彼を追うと誓っていた。

    ---

    冷たい石造りの広間。松明の炎が壁を揺らし、黄昏甚兵衛――タソガレドキの殿――が座す。雑渡昆奈門は御前に跪き、包帯に覆われた体を新しい布で覆う。右目が床を見つめ、かすかな緊張が漂う。傍らには山本陣内、高坂陣内左衛門、諸泉尊奈門が控え、何かあれば組頭を守る準備ができている。

    甚兵衛の鋭い目が昆奈門を捉える。低く、響く声が広間に満ちる。

    「山本陣内、昆奈門の記憶はどうだ? 進捗を聞かせろ。」

    山本陣内が一歩進み、頭を下げる。

    「殿、組頭は回復しつつあります。廊下に出て庭の花を愛で、私たちと飯を食い、会話も増えました。記憶の断片も戻りつつあるようですが…完全には、遅々としております。」

    甚兵衛の眉が寄る。扇子を手に、ゆっくり立ち上がる。広間に静寂が落ち、松明の炎だけが揺れる。

    「遅い。あまりにも遅い。」

    彼は昆奈門に近づき、扇子で昆奈門の顎をすくい上げる。包帯に覆われた顔が持ち上がり、右目が甚兵衛と向き合う。昆奈門の体が固まり、かすかな震えが走る。右目には恐怖が揺れるが、殿の視線から逃げない。

    「思い出せ、昆奈門。忍びとしての喜び。儂に仕える喜び。組頭としての誇りを。」

    甚兵衛の声は低く、ゆっくりと響く。昆奈門の右目が揺れ、息を呑む。

    「燃え盛る炎から生きて脱出した、あの日を。床に伏し、死よりも辛い三年間を耐えた、お前の魂を。目を見て、思い出せ。」

    甚兵衛の目が昆奈門を貫く。昆奈門は身を固くし、怯えながらも殿の言葉に耳を傾ける。右目が揺れ、まるで闇の底から何かが浮かび上がるように。突然、彼の呼吸が止まり、右目が大きく見開かれる。

    記憶の断片が、線となって結び合う。炎に焼かれた夜、忍軍の任務、殿への忠誠、部下を率いる誇り。そして、死よりも辛い三年間の痛み。すべてが一気に蘇り、昆奈門の心を埋め尽くす。

    彼の雰囲気が変わった。右目が鋭く光り、包帯に覆われた体に静かな威厳が宿る。かつての組頭、雑渡昆奈門が、そこにいた。

    ---

    甚兵衛は扇子を下ろし、昆奈門の変化を悟る。冷たい笑みが浮かび、静かに言う。

    「戻ったな、昆奈門。よし、休め。」

    彼は広間を後にし、忍たちに後を任せる。山本陣内が膝をつき、声を震わせる。

    「組頭…! やっと、戻った…!」

    高坂陣内左衛門は涙を堪えず、昆奈門の手を握る。

    「組頭! 私たちの誇りが、帰ってきた!」

    諸泉尊奈門は無言で昆奈門を見つめ、深い安堵が目に宿る。昆奈門の甘い匂い――血と樹脂、蘇った威厳と混じる香り――が広間に漂い、忍たちの心を高ぶらせる。

    だが、昆奈門は黙ったまま立ち上がる。右目が遠くを見つめ、複雑な感情が揺れる。忍としての記憶は戻った。殿への忠誠、任務の重さ、炎の痛み。だが、タケルの記憶もまた、彼の心に深く刻まれている。白い花を摘み、はにかんだあの庭。タケルの名を呼び、涙した夜。すべてが、彼の魂に絡みついている。

    「タケル…さん…」

    昆奈門は小さく呟き、右目が一瞬柔らかく光る。陣内左衛門がその呟きを聞き、眉を寄せる。

    「組頭…よそ者のことは、もう…」

    昆奈門は首を振らず、ただ右目で陣内左衛門を見つめる。その瞳に、忍たちは言葉を失う。彼は静かに部屋へ戻り、部下たちに休息を命じる。だが、彼の心は、タケルへの想いと忍としての使命の間で揺れ動く。

    ---

    地下牢の俺は、昆奈門からの白い花を胸に抱き、彼の回復を喜びつつ、会いたい気持ちに苛まれている。見張りの忍が今日も来るが、昆奈門の様子は教えてくれない。俺は花を見つめ、呟く。

    「昆奈門…お前、元気か? 俺のこと、覚えててくれるか?」

    花の香りは薄れ、俺の心は不安で締め付けられる。この牢から出られる日は来るのか? 昆奈門に会える日は? だが、彼が花をくれたこと、彼が俺を想ってくれたこと。それだけが、俺を支える。

    昆奈門の部屋では、夜の闇が深まる。彼は布団の中で静かに目を閉じる。熱は治まったが、心は揺れる。

    「タケル…さん…会いたい…」

    右目から一滴の涙がこぼれ、包帯を濡らす。忍としての誇りと、タケルへの恋心が、彼の魂を二つに引き裂く。

    ---

    タソガレドキの居城に雑渡昆奈門が戻って一月と少し。記憶が蘇った彼は、かつての組頭の威厳を取り戻しつつあった。だが、火傷の後遺症と長期間の逃亡生活で体力が衰え、任務に復帰するには時が必要だった。地下牢の俺、タケルは、昆奈門からの白い花を胸に抱き、彼との再会を祈り続ける。あの甘い匂い、右目の光、柔らかい笑顔。俺の心は彼に絡め取られ、どんな闇でも彼を追うと誓っていた。

    ---

    寝室に松明の光が薄く照らす。雑渡昆奈門は布団に座り、清潔な包帯に巻き直された長身を新しい布で覆う。右目が静かに部屋を見渡し、記憶の重みを湛えている。山本陣内、高坂陣内左衛門、諸泉尊奈門が部屋に集い、組頭の回復を喜びつつ、任務への復帰を抑える。

    「組頭、今は休む時です。体力が戻るまで、任務は私たちに任せてください。」

    陣内が落ち着いた声で言う。昆奈門は右目を伏せ、かすかに頷く。

    「わかってる。だが、私も…一刻も早く、殿に仕えたい…」

    彼の声は低く、忍の威厳が宿る。だが、高坂が苦笑し、肩をすくめる。

    「焦らなくていいんです。私たちがいますから。組頭はタソガレドキの心臓です。ゆっくりでいい。」

    昆奈門は小さく息を吐き、右目が柔らかく光る。記憶が戻った今、彼は忍としての誇りと殿への忠誠を思い出した。だが、もう一つの記憶――タケルの記憶――が、彼の心に深く根を張っている。村で保護された日々、地下で寄りかかった温もり、白い花を摘んだ庭。タケルの優しさ、そして彼の好意。それを、今ははっきりと理解していた。

    昆奈門は右目で部下たちを見上げ、静かに言う。

    「陣内…陣左....尊奈門…タケルさんに、会いたい。」

    その言葉に、部屋の空気が凍る。陣内が眉を寄せ、陣内左衛門が息を呑む。尊奈門は無言で昆奈門を見つめる。昆奈門は続ける。

    「彼は…私に、良くしてくれた。礼を、言いたい。彼が…地下にいるなら、会わせて、ほしい…」

    彼の声は落ち着いているが、右目に切実な光が宿る。甘い匂い――血と樹脂、静かな威厳と混じる香り――が部屋に漂い、忍たちの心をざわつかせる。陣内が一歩進み、厳しく言う。

    「組頭、なりません。よそ者に会うのは、忍びの掟に反する。まして、組頭が…恋心を抱くなど、殿への裏切りだ。」

    昆奈門は右目を細め、首を振る。

    「恋心では、ない。私がタケルさんに…好意を、持たれていたことは、記憶が戻った今、わかる。彼に、礼を言い、雑渡昆奈門のことは他言無用と伝え、村に返したい。ただ、それだけ。」

    彼の言葉は冷静だが、右目に一瞬の揺れが走る。タケルの笑顔、花を渡した時の自分の笑みが、胸に蘇る。忍としての使命と、タケルへの想いが、彼の心を引き裂く。陣内左衛門が声を震わせ、言う。

    「組頭…よそ者は、貴方を惑わした。貴方はもう、私たちの組頭です。彼は不要です」

    尊奈門が静かに割り込み、昆奈門の肩に手を置く。

    「組頭、私たちも組頭の気持ちはわかります。ですが、殿の命令は絶対です。今は、体を回復させることだけ考えてください。」

    昆奈門は右目を伏せ、黙って頷く。だが、彼の心はタケルへの想いで揺れ動く。甘い匂いが部屋に残り、忍たちは苦々しい思いで彼を見守る。

    ---

    地下牢は、湿気と苔の匂いに満ちているが、俺の待遇は悪くない。布団、粥、水、古い書物。忍軍は俺を死なせないつもりだ。昆奈門からの白い花は、花瓶の中で枯れ始めているが、俺はそれを胸に抱き、彼のことを思う。

    今日の見張り、若い忍が鉄格子越しに言う。

    「組頭は…回復してる。部屋で部下と過ごし、だいぶ落ち着いてきた。」

    その言葉に、俺の胸に安堵が広がる。昆奈門が元気なら、それでいい。だが、すぐに会いたい気持ちが押し寄せる。あの右目、甘い匂い、はにかんだ笑顔。俺は花を見つめ、叫ぶ。

    「会わせてくれ! 彼は俺を必要としてる! 俺だって、彼に会いたいんだ!」

    見張りは冷たく首を振る。

    「殿の命令だ。よそ者、お前は組頭に近づけねえ。」

    俺は鉄格子を握りしめ、歯を食いしばる。昆奈門の記憶が戻ったかもしれないと、ふと思う。彼はもう、俺を必要としないのか? あの花をくれた彼は、どこに行った? 不安が胸を締め付ける。だが、花の記憶が俺を支える。彼が俺を想ってくれたこと。それだけが、俺の希望だ。

    「昆奈門…お前、俺を覚えててくれるなら…それでいい…」

    俺は花に囁き、涙を堪える。書物を手に取っても、字は頭に入らない。俺の心は、昆奈門と再会することを祈るだけだ。

    昆奈門の部屋では、夜の闇が深まる。彼は布団の中で静かに目を閉じる。熱は治まったが、心は揺れる。

    「タケル…さん…ありがとう…」

    右目から一滴の涙がこぼれ、包帯を濡らす。忍としての誇りと、タケルへの想いが、彼の魂を二つに引き裂く。部下たちは彼を見守り、組頭の完全な復帰を願う。

    地下の俺は、花を胸に抱き、昆奈門の名を心で呼び続ける。忍軍の掟がどんなに厳しくても、俺たちの絆は断ち切れない。いつか、必ず、彼に会う。

    ---

    タソガレドキの居城に雑渡昆奈門が戻って一月と少し。記憶を取り戻した彼は、忍び組頭としての威厳を完全に取り戻していた。火傷の傷は癒え、体力も回復し、明日から任務に復帰する。地下牢の俺、タケルは、昆奈門からの白い花を胸に抱き、彼との再会を祈り続けた。あの甘い匂い、右目の光、はにかんだ笑顔。俺の心は彼に絡め取られ、どんな結末でも彼を愛していた。

    任務復帰前夜、昆奈門はタケルに会うことを許された。だが、山本陣内と諸泉尊奈門が見守る中、石造りの広間で、鉄格子のない部屋での対面だ。松明の炎が壁を揺らし、冷たい空気が漂う。俺は忍に連れられ、広間に足を踏み入れる。そこに、昆奈門が立っている。

    包帯に覆われた長身は、新しい黒い忍装束に包まれ、右目が鋭く光る。火傷の痕は隠れ、かつての怯える子供のような姿はない。忍び組頭、雑渡昆奈門。俺の記憶にある、柔らかい笑みの彼はそこにいない。俺は胸が締め付けられ、困惑しながらも声を絞り出す。

    「昆奈門…やっと、会えた…元気だったか?」

    俺の声は震え、かつてのように話しかける。だが、昆奈門の右目が冷たく俺を捉える。凛とした態度で、彼は淡々と口を開く。

    「タケル。助けてくれて、感謝する。村からここまで連れてきてくれて、守ってくれて、礼を言う。」

    彼の声は低く、敬語はなく、言い捨てるような口調だ。俺は息を呑み、目を伏せる。記憶にある、弱々しく敬語で話す昆奈門は、完全に消えている。

    「私のことは忘れろ。明日、村に帰れ。タソガレドキは、お前のようなよそ者に居場所はない。」

    その言葉に、俺の胸が裂ける。俺は拳を握りしめ、震える声で問う。

    「一緒に…帰れないのか? お前と、村で…」

    昆奈門の右目が一瞬揺れるが、すぐに冷たく光る。

    「私はタソガレドキに忠誠を誓う忍だ。ここを離れることはあり得ない。お前の好意は、記憶に刻まれている。だが、それで終わりだ。」

    陣内と尊奈門が無言で俺を睨む。俺は俯き、言葉を失う。昆奈門の甘い匂い――血と樹脂、忍装束に混じる香り――が漂い、俺の心を締め付ける。俺は最後に呟く。

    「…お前が、幸せなら…それでいい…」

    昆奈門は黙って頷き、忍たちに俺を連れ出すよう命じる。

    夜の森へ、俺は陣内と尊奈門に連れ出される。昆奈門の指示で、村までの帰り道の案内と護衛がつけられる。森の入り口で、俺は立ち止まり、振り返る。昆奈門がそこにいる。松明の光に照らされ、黒い忍装束に身を包む彼。

    「振り返ってはいけないよ、タケル。」

    彼の声は低く、だがどこか柔らかい。俺は彼を見つめ、目に焼き付ける。すると、昆奈門がそっと手を振る。その右目に、かつての柔らかい笑みが宿る。村で花を摘んだ時、地下で寄りかかった時と同じ笑み。俺の胸が熱くなり、彼の元へ走り出したい衝動に駆られる。

    だが、俺は立ち止まる。昆奈門はタソガレドキの組頭。俺はただの村の小間使い。立場の違う俺たちが、一緒にいることはできない。彼の幸せは、ここ、タソガレドキにある。俺は涙を堪え、森に顔を向ける。

    「護衛…村まで、頼む。」

    俺の声は震え、陣内が静かに頷く。俺は昆奈門を振り返らず、森の奥へ歩き出す。背後で、彼の甘い匂いが薄れていく。だが、あの柔らかい笑みは、俺の心に永遠に刻まれた。

    ---

    昆奈門は広間に戻り、松明の炎を見つめる。右目が揺れ、忍としての使命とタケルへの想いが心を引き裂く。部下たちに休息を命じ、彼は静かに呟く。

    「タケル…幸せに、生きてくれ…」

    タソガレドキの闇が深まる中、昆奈門は任務への復帰を胸に誓う。だが、彼の心には、白い花とタケルの笑顔が、消えることなく残る。

    村へ向かう俺は、昆奈門の幸せを願い、歩き続ける。彼の柔らかい笑みを胸に、どんな未来でも生きていく。
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