日中の茹だるような暑さから一転、ちょうど帰宅時間に驟雨となった外をカンパニーの窓から眺める。その日は傘を携帯しておらず、仕方なく落ち着くまで仕事をして暇を潰すというワーカホリックな一日を終え、ようやく玄関のドアを開けたアベンチュリンは違和感を覚えた。
「あれ? 蒸し暑い?」
そんなアベンチュリンの声を聞いたお菓子たちが駆け寄ってきたかと思うと、一斉にアベンチュリンに対してむにゃむにゃと必死にアピールをしてくる。三匹ともその表情はどことなく疲れていて、この状況証拠とも合致していた。
「……あっ、エアコン止まっちゃったのかい? ごめんよ、何か冷やすものを――」
鞄を玄関に置き去りにしてお菓子たち共にキッチンへと向かったアベンチュリンは、冷凍庫にやたらと溜まっていた保冷剤をかき集めてタオルに包み、それをリビングの床へと置いた。
「どう? 多少は涼しくなると思うよ。サーキュレーターもこっちに持ってくるから待っててね」
みゅ、と元気よく返事をしたお菓子たちは早速その上に寝転ぶと、サーキュレーターの風と共にひんやりしながら心地良さそうに目を細めていた。
「とりあえず君たちはこれで大丈夫かな。さて、問題はこっちだ」
通電も稼働もしているようだが、送風口に手を当てても冷たい風は出ていない。ただ家の中の空気を混ぜるだけになってしまった機械を見上げながら、端末で色々と調べて電源を入れ直したりしたものの、特に改善は見られなかった。
「えぇ、壊れちゃったかなぁ」
諦めて管理会社の方に連絡したが、夏場はこのようなトラブルが多発するせいもあって修理も交換も最短で二週間はかかってしまうとのことだった。
「……じゃあ最短で。うん、分かった。――ああ、お願いするよ」
ピッ、と端末の終話ボタンを押した後で、アベンチュリンは大きなため息をつく。
最短で二週間。アベンチュリン一人であれば適当にホテル暮らしで良いかもしれないが、お菓子たちを含めるとそういう訳にはいかない。預かってくれるところがあるのかもしれないが、それはそれで彼らのストレスとなってしまいそうだ。
「う〜ん、困っちゃったなぁ」
正直なことを言えば、アベンチュリン本人としては多少気温が高くても問題はない。生まれ育った場所の方が余程過酷で、この程度であれば全然過ごせてしまうとは思う。ただ、あの子達はそういうわけにもいかないだろう。
そんな気を揉むアベンチュリンの様子を知ってか知らずか、すっかり涼む場所をゲットしたお菓子たちは健やかな寝息を立てて伸びきっていた。
***
「――って感じなんだ。どう思う?」
「どう思う、と聞かれてもな。君にしては不運だとしか言いようがないだろう」
仕事の合間に寄ったカフェで、アベンチュリンはアイスコーヒーを片手に家の様子をレイシオに愚痴っていた。
「それで、今はどうしてるんだ」
「ああ、取り急ぎ買ったスポットクーラーで冷やしてる。あの子達も送風口で遊んでたから大丈夫そうだけど……あれじゃあ心許なくてね。まさか修理がそんなにかかるとは思ってなかったし」
「ホテルは難しいのか」
「ん〜、ペットが居るとなかなか難しいかなぁ。部屋に置き去りにするわけにもいかないだろうしね」
「なるほど。手詰まりだな」
レイシオは肩をすくめてリアクションをすると、手元のアイスコーヒーに入っている氷がカランと音を立てた。たかが空調一つでこんなことになるとは思っていなかったが、それをこんな風に話せる相手もなかなか居ないのでどうしても愚痴っぽくなってしまう。
「それなら、僕の家を使うといい。セキュリティを重視したせいで無駄に部屋が余っているからな。一人と三匹くらいであれば問題ないだろう」
そんなレイシオの思いがけない提案に目を見開くと、アベンチュリンはそのままぱちぱちと瞬きをする。
「……不要か?」
「いや、とても嬉しい提案だけど、僕が言わせちゃったかな? って思っただけさ」
アベンチュリンの言葉に呆れ顔で「誰にでもこんな提案をすると思うか?」と返すレイシオは、最早優しいのかどうかの判断が付きにくい。想像よりも情に厚いのだろう、得体の知れない男を泊めようとするくらいには善人であるようだ。
「先に言っておくが礼は要らない。君の為人もそれなりに把握しているつもりだ。まぁ、どうせ余っている部屋だからな」
「ええ? そこはお礼させてよ。タダより高いものはないからね」
「であれば、普通に過ごして自分の分だけ片付ければいい。ああそれと、軽く掃除をするから到着予定は先に伝えてくれ。……場所はそこだ」
レイシオの言葉と連動して、手元の端末がメッセージを受信した。
「本当に行っちゃうからね」
「君みたいに僕は嘘をつかない。好きにするといい」
「よく言うよ、あの時は裏切ってくれたくせに」
「それすらも君のプランの一環だろう。……この件は嘘などついていないからな」
レイシオの目に嘘の色は見当たらず、本当に信じていいようだった。もし生活が合わなくても自宅に戻れないわけではないので、アベンチュリンはひとまずは彼の提案に乗ってみることにした。
***
先にレイシオが言っていた通り、彼の家は一人暮らしには少し広い間取りであった。物は少ないが本は多く、全体的に白で統一されている。
「……うん、レイシオっぽいなぁ」
一緒に来ていたお菓子たちも、ケージから出てきた後は物珍しそうに目を輝かせながらぴょこぴょことその辺を歩き回っている。
「ふん、僕の家だからな。家の中のものは概ね好きにしてくれて構わない。自炊したければキッチンも好きに使っていい。夜中に大声で歌い出すとかは勘弁願いたいがな」
「そこまで喧しくはしないさ。オフの時はね」
床にそっと荷物を置いてソファに座ると、探検に一区切りをつけたらしいお菓子たちもソファへと乗り上げてきていた。そして、レイシオの方を見ながら一生懸命アベンチュリンへと問いかける。
「ああ、そうだよ。ここはレイシオのお家だ。だから君たちも粗相がないように」
分かった? と問い掛ければ、今度は張り切ったようにみゃっ! と元気に鳴き声をあげた。その様子をじっと見ていたレイシオは、口元を綻ばせてアベンチュリンの隣へと腰を掛ける。
「……随分と懐いているんだな」
「元々いい子たちだからね。聞き分けもいいし、たまに掃除ロボットの上に乗って一緒に掃除してたりもするよ」
ね? とお菓子達に視線を向ければ、得意げにふんっと鼻を鳴らしている。そのあとは興味がレイシオに移ったのか、彼の膝の上に乗り上げてむにゃむにゃと質問攻めをしていた。
「逃げないから一匹ずつ言ってくれるか……」
「あはは! レイシオが負けてる」
その日の夜はそんな調子でレイシオの足元にお菓子がずっと纏わりついていた。ただ、レイシオはそんなお菓子達にも律儀に返事をしていて、それを眺めているだけで緩やかに時間が過ぎていった。
***
さて、彼とのシェアハウスは想像よりもずっと穏やかであった。
基本的にはお互いに干渉せずのんびりも過ごしているが、食事はタイミングが合えば共に食卓を囲んでいたりする。
例えば、朝起きると既にトレーニングまで終えたレイシオが先にキッチンに立っており、アベンチュリンの分までまとめて朝食を用意してくれている。あまり働かない頭のままで席に着くと、眠気覚ましのコーヒーと共にワンプレートでそれが提供されるのだ。
「……おいしそう」
「朝は摂っておいた方がパフォーマンスが上がる。高級幹部が眠そうに仕事をするのも見栄えが悪いからな」
与えられるままにそれを食べ切って出勤するのが徐々に日課になっていき、日頃は抜きがちだったはずのそれも、朝になると胃が空腹を訴えるようになっていた。
ただ、それだけではレイシオにとって不公平になってしまうので、時間が合えばアベンチュリンが夕食を準備することもあった。それなりの一人暮らしのお陰でレシピを見れば大概のものは作れるようになっていたので、レイシオの反応を見ながらそれを食卓に並べた。
「ええと、口に合えばでいいから。無理に――」
「いや、君の好意に甘えよう」
前々から感じていたが、やはりレイシオは健啖家である。その体つきからもある程度は想像はつくものの、美しい所作で自分の提供したものが綺麗に皿から消えるのを見るのはやはり嬉しいものだった。
また、お菓子たちとも仲良くやってくれている。たまに一匹を抱きかかえたまま本を読んでいたり、お菓子から「ご飯の量が少ない」と文句を言われていたり、一緒にうたた寝をしているところも見かけたことがある。存外冷たそうに見えてそうではない彼に、お菓子たちも本能的にその優しさを見抜いて甘えているようだった。
それ以外では、やはり彼と話す機会が格段に増えたと思う。同じ屋根の下にいるので必然的に機会を設けやすくなってはいるが、仕事の話も、雑談もひっくるめて気軽に話している。
そして、たまに二人とも時間を持て余した時には、ソファの前にあるローテーブルにマグカップを二つ並べてゆっくりと談笑することもあった。
「飲み物は?」
「えーっと……コーヒーは眠れなくなるし、水にしようかな」
「了解」
やはり天才的な頭脳というのは素晴らしいもので、アベンチュリンのブラックジョークを含めた大体の話題に即座に対応してみせた。テンポも良ければ察しも良く、話していて心地が良い上に楽しいのだ。
それに、家にいる時の彼は外と比べてずっと穏やかであった。分かりやすく笑顔を浮かべずとも、口元には気軽に笑いが浮かんでいる。喋り方すらも幾分か緩やかで、その雰囲気の柔らかさにアベンチュリンは時折心臓が高鳴るような気がした。
ただ、それは恋情由来のものではなく、彼自身が持っているイメージへのギャップと彼の横顔の美しさのせいであると考えていた。
一方、レイシオが抱いていたアベンチュリンのイメージは、大体の事柄を金で解決するというものだった。実際に事あるごとに信用ポイントを送りつけてくるし、具体化できないものを全て金に変換して扱うような男だ。
ただ、それは十の石心――アベンチュリンとして振る舞う時に限定されているらしい。プライベートでは意外と家庭的なようで、冷蔵庫を覗いてはうんうんと悩むような声が聞こえてくることも多かった。
「あはっ、こんなに綺麗に食べてくれると作り甲斐があるね。一人じゃ面倒だけど、二人だと作ってもいいかな」
「……器用だな」
「ええ? レシピ見ただけだし、このくらい君だって作れるさ」
ダイニングテーブルに肘を付いてくすくすと笑いながら、レイシオが食べ進める様子を楽しげに眺めている。朝食のお礼にと気を遣って出される夕食はいつも鮮やかなもので、品数も多く栄養のバランスも考えられていた。
また、元々気にしていた創造物に対しても、そのやり取りを通して日頃から穏やかに接しているのが伝わってくる。彼らに向けられる喜怒哀楽は特に豊かなもので、日頃の真意が読めないものとは違っており、懐かれていることにも納得がいく。
そして一番気になったのは、思ったよりも彼自身が抜けていることだった。特に朝は弱いらしく、ぼんやりとした様子でスリッパを鳴らしながらリビングへと現れるのだ。
「……おはよー……」
「ああ、おはよう」
ゆらゆらと揺れる頭に半分意識が飛んだままで朝食を口に運ぶ姿は、おおよそあの「アベンチュリン」の姿からは想像がつかないけれど、貸した部屋に引っ込んでから一時間も経てば知っているあの姿で出てくるのだった。
意外にも人間らしく過ごしているらしい彼の姿に、レイシオは徐々に何かが絆されていくような気がしていた。
アベンチュリンの家に工事が入る前日――つまりレイシオの家を去る前の日になって、アベンチュリンはこの生活で感じていたことを口にした。
「レイシオって、外にいる時と雰囲気が違うよね」
それはまるで家族に向けられるようなもので、幾度となくアベンチュリンの心をそわそわさせたものだ。
「家だからな。違いを挙げるとするなら、外にはアホが多すぎる」
「それも一理あるけど、僕たちはうるさくなかったのかい?」
「うるさくしていた自覚が?」
「いずれにせよ、君からすると僕たちの存在はイレギュラーだろう? 少なからず君に我慢させたんじゃないかな、ってね」
「初めに言ったが、そう思うくらいなら提案をしない」
「は〜い……」
暗に気にするなと念押しされ、アベンチュリンは素直に口を閉ざした。こういった彼の分かりづらい甘さに気づきながらもバレないように寄りかかっていたが、元の生活に戻れば消えてしまうのだろうか。
「もしもこれで工事が失敗したら、またここに戻ってくるよ」
「ふん、自分の幸運を鑑みれば――そんなことはないだろうな」
「あはは、それもそうだね」
「まぁ、創造物のことを知る良い機会にもなった」
レイシオがふっと口元に笑みを湛えながらそう言うと、自分のことを言われていることに気づいたお菓子たちが嬉しそうに足元へと寄ってくる。
「ふふ、すっかり懐かれてるね。この子達に」
「君はさておき、君たちは飼い主に懲りたらこの家に住むといい」
「あっ、ちょっと! 引き抜き禁止! 僕が飼い主!」
二人でくだらないことを言いながら過ごす夜は、この二週間の中で一番名残惜しいものとなっていた。
***
無事に工事の立ち会いも終わり、アベンチュリンは二週間ぶりに自宅のエアコンから冷風が出ていることを確認すると、お菓子たちを縦に積んだ状態で持ち上げてその風に当ててみる。すると、お菓子たちは一様にみゃうみゃうと鳴き出し、喜びの声をあげていた。
「ああ、良かった! どうにか直ったよレ……イシオは居ないんだったね」
あはは、と思わず名前を呼んだことに自分でも呆れながら誤魔化すように笑うと、持ち上げられているお菓子たちもアベンチュリンを見ながら不満をこぼし始める。
「なんだい、寂しいって? そもそもこれがイレギュラーなんだ。彼とは友達だし、望めばいつでも会えるよ」
本当? と純粋な目で見つめられると少し心が痛むような気もしたが、彼らにバレないように笑顔を取り繕って荷解きを始めたのだった。
ルームシェアを終えてからさらに二週間が過ぎ、レイシオと普段の距離感に戻ってからふと気づいたことがある。それは、家の中だけで見かけていた気がするあの柔らかさが、対アベンチュリンの時に依然として続いていることだ。
今もこうしてカフェに入り、座席の都合で何も聞かずにレイシオがオーダーを取りに行ったが、その手に握られているのはアベンチュリンの好きなカスタマイズのものである。
彼の記憶力の良さがそうさせるのか、あのルームシェアを通じて何かが変わったのかは分からないけれど、ただ雑談をしているだけでも彼の機嫌が良いことはしっかりとわかる。
「……かっこいいなぁ」
「何だいきなり」
「いいや? ふと思っただけ。もちろん褒め言葉だよ?他意なんてないさ」
訝しむようにきゅっと眉を眉間に寄せたレイシオは、やがてその眉を八の字に下げて反論をする。
「君は――思ったよりもずっと抜けているな」
「えっ、何が?」
意地悪な笑みを浮かべたレイシオに「何が面白いんだ」と詰め寄ってみたものの、その口から答えが得られることはない。それどころか「そういうところだ」と言われてしまえば、答えに窮して口を結ぶしかなかった。
仕事中とはいえ、そんなくだらないやり取りにあの生活が少しだけ恋しくなったアベンチュリンは、内緒話をするように彼に提案する。
「ねぇ、今週末の仕事終わりに遊びに行ってもいいかな」
レイシオが口にした言葉が二つ返事だったことにこっそり安心すると、自然と口角がきゅっと上がってしまう。それを見たレイシオも似たような顔をしていて、すっかり週末が待ち遠しくなっていた。
ただいま! と元気よく発したアベンチュリンに「君の家じゃない」ととっさに返事をすれば、あの生活に戻ったみたいだと微笑まれてしまって思わず口を噤んでしまった。
そんな様子には一切気づかないままで楽しそうに玄関を抜けたアベンチュリンは、お菓子たちを連れてくれば良かった、と少しだけ寂しそうに口にする。
「次は連れてくるといい。僕の家で良ければな」
そう伝えると、彼の独特な瞳がきゅっと嬉しそうに細められる。何だかそれを見るのも久々で、心臓が妙に跳ねるのを感じていた。
良いお酒を持ってきたと浮かれる彼はリビングのローテーブルにそれを置いた後、勝手知ったる様子で家の中を歩いている。
「そうだ、キッチン借りるよ。今日は僕が準備するから」
「ああ、君の選ぶものはどれも外れがないからな」
「ははっ、褒め上手だね」
そんな会話をしながらも手を洗うためにレイシオがキッチンへと足を運べば、さすがに狭い空間に男二人が並んだことによって圧迫感が出てしまった。
「何か作るのか」
「いや、買ってきたものをお皿に移すだけだよ。……でもいいね、こういうの。なんだか仲良しって感じがするよ」
隣にいるレイシオを見上げるアベンチュリンは嬉しそうに目尻を下げている。その表情から目を離せなかったレイシオは、思わずアベンチュリンへと顔を寄せて――唇が触れる寸前のところで正気に戻った。
ばっと体を引いて彼から距離を取れば、その瞳は驚いたように見開かれたままで数回まばたきを繰り返している。それを見たレイシオの口を突いた言葉は謝罪であった。
「……すまない」
「えっ、うん。いいんだけど、びっくりしちゃってさ」
「自分で言うのも何だが、おそらく良くはない」
「あー、良くないのかな。友達はそんなことしないもんね? いや、でも、いいんだけど……どこに君のスイッチがあったのかなって、思っただけ」
スイッチ――きっかけなどあったのだろうか。きっかけというよりは、何かの閾値を超えたような感覚な気もするけれど、今のレイシオは具体的な答えを持ち合わせてはいない。
ただ、一つだけ言えそうな言い訳だけはある。
「君が……」
「うん」
「この家に居て、少々浮かれていたのかもしれない」
「君が?」
「……ああ」
苦し紛れに出したレイシオの言葉を聞いて、アベンチュリンは俄かに笑い出した。その瞬間、レイシオの方で勝手に張り詰めていた心の糸が少しだけ緩んでいく。
「っはは! 安心したよ。浮かれてるのは僕だけじゃないんだ、ってね」
一緒だね、と囁くように言われたあと、アベンチュリンがくすくすと笑いながらぎゅっとレイシオに抱きついてくる。その目には安堵と期待のようなものが入り混じっているように感じた。
「家ってダメだね、どうしたって気が抜けちゃうんだ。……君もそうだろう?」
明らかにレイシオのために用意された言い訳に甘えるようにして、レイシオもまたその背中に回された手に応えるように目の前の体を抱きしめ返したのだった。
あの後は彼が用意したアペタイザーに手をつけながら、二人はソファに並んで穏やかな時間を過ごしている。若干の気恥ずかしさは気がつくと抜けきっていて、リラックスした状態でゆったりと会話を楽しんでいた。
「そういえば、あの子達がずっとレイシオに会いたがってる」
「懐かれるようなことはしていないと思っているが」
「そうかい? なんだか相当好かれてるけど……でも、たまには君の家ばかりじゃなくて、君を僕の家に招待するのもいいかもね」
「――得体の知れない男を?」
「君こそ、こんな男を二週間も泊めた上に絆されてるじゃないか」
そう返されてしまっては何も言えず、そっと目線を逸らしているとアベンチュリンが畳み掛けるように口を開く。
「ダメだろう? 君みたいにすご〜い人が、こんな出自も怪しい男に騙されちゃうなんて」
そもそもカンパニーに詐欺で捕まってるんだけど、というブラックジョークは聞き流しつつ、レイシオは事も無げに言い放つ。
「……騙す? 僕は騙せない部分に惹かれたと思っているが」
「レイシオ、酔ってる?」
「いいや」
ほぼ素面であるが、多少自棄になっている節はある。それは自分で認めながらも、さらに自分のことを棚に上げて言葉を続けた。
「君こそ、友人にキスを許す姿勢はどうかと思うが」
「はぁ? 君にだけは言われたくないよ、レイシオ。そもそも友達にキスしようとしないでくれるかい?」
言い合いに発展しそうな空気のままで見つめ合うと、同じタイミングで二人して噴き出した。
「はぁ、馬鹿馬鹿しい。物は言いようだね」
「そうだな。今ばかりは他人のことを言うつもりはない」
静かな夜にくすくすと笑いながら過ごすことを優先した二人は、未だ関係をどう定義するかは明確に決めていない。おそらく恋人という枠に収まるのだろうが、今はまだ分からない。
ただ、隣で気負わない素の笑顔をさらけ出す彼に目を細めながら、レイシオは上等な酒で唇をそっと濡らすのだった。